私、起動する。

吾輩は犬である。名前はチョップと言う。

この名前を付けられたのは、少しばかり理由がある。
正直なところ、吾輩はこの名前をあまり気に入ってはいない。

吾輩がまだ小さかった頃、動物愛護センターからこの家に引き取られて来た時に、
この家の子供達が吾輩を囲んでやんややんやと名前の相談を始めた。
そして、どれもこれもセンスのない名前ばかりを吾輩に向かって呼び続けるため、
吾輩はそれらを全て無視していたのであった。

しかし、きな子というこの家にいる少女が、何を思ったか突然、吾輩に軽くチョップをした。
吾輩はびっくりして「何をするんだ!」とばかりに彼女の方を向いたのがいけなかった。

きな子は「あー!この子の名前はチョップがいいんじゃない!」と言い出した。
吾輩は「やめてくれ!」と抵抗を示すために彼女をじっと見つめていたのだが、
「ほら、気に入ったからこっち見てくれてるよ!」などと言い出し始めたため、
吾輩はもう白旗を揚げたのだった。


そうして吾輩はこの南野家で飼われている。
かれこれ今で8年目くらいだろうか、吾輩もいやはや年をとったものだ。
さて、吾輩が初めて見たこの少女を、初めは人間という生き物だと思ったものであったが、
よくよく人間達の話に耳をすませていると、どうやらきな子は人間ではないらしいことがわかった。


南野きな子は、どうやらアンドロイドらしい。


ではなぜこの家に住んでいるのか?
それは少しばかり長いお話になる。


昔々、この児玉坂という街に自称天才科学者と呼んでいたウナギ博士という人がいたらしい。
とても奇妙奇天烈な人物だったらしく、この街で彼を知る人の話では、
「うなぎとわたあめで家を作る」などと普段から不思議な事を口にする人だったらしい。
全くもって変わった人物で、ずっと部屋にこもって一人で研究を続けていたという。


そして、ウナギ博士は学会で全く相手にされなかった自説を信じ続け、
世界で初めての「愛情を生む」ロボットを作り出したそうな。
ウナギ博士は世界平和を夢見ている人だったらしく、
「愛情を生む」ロボットが作り出せれば、人間との共存が可能であり、
なおかつ人間を愛のある生活へ導くことができると考えていたらしかった。

科学がもたらすのは人々の便利さではなく、人を幸福へ導く愛でなければならないというのが、
ウナギ博士の持論であったが、彼はきな子を造り出してからまもなくこの世を去ってしまった。
きな子は人間と同じように成長するアンドロイドの機能を備えていたらしく、
ウナギ博士の部屋から発見されたきな子を、現在の家族が引き取ったということらしかった。


そして、吾輩も8年ほど歳をとったように、きな子もすくすくと成長して今では高校生となった。
見た目は普通の女子高生となんら変わり無いのだが、
ふとした時に、やはりこの子はアンドロイドだなと思う事がある。

例えば、吾輩が天気の良い日に庭のウッドデッキで気持ちよく寝そべっている時、
きな子はにたにたしながら吾輩に飛びついてくる事がある。

「チョップ〜!あーさーだーよー!起ーきーろー!」

きな子は吾輩の耳元で大声を出して呼びかけるものだからいつもびっくりする。
ウナギ博士がうっかりものだったのか、きな子にはボリュームの調整機能がない。
遠くにいても近くにいても、ところかまわないほどの大声を発するものだから、
きちんと距離を把握してこちらが心の準備と耳の調整をしておかないと、
びっくりして「ビクッ!」っと飛び起きるハメになるのだ。
そして、そんな吾輩を見て、きな子はいつもイジワルそうにクスクスと笑うのだった。

さらに、今日もいつも通り吾輩のお尻に軽くチョップをしてきた。
吾輩が嫌そうな顔を見せると、さらに嬉しそうな顔をして吾輩の顔をクシャクシャに撫でる。
人間の少女のいたずらであれば良いが、きな子はアンドロイドであるために怪力で、
ぶ厚い少年誌を素手で破ったり、フライパンを曲げるほどの力があるのだ。
そんな力を加減せずに吾輩に接してくるものだから、こちらはたまらないのである。


そしてひとしきり吾輩にいたずらをした後、きな子は吾輩を抱きしめてくる。
「チョップ大好き〜♡」と言って全身を使って遠慮なく吾輩の毛と肉を包み込んでくる。
力が強くて苦しいのではあるが、抱きしめられるのは吾輩もまんざら嫌ではない。
そして、お預けといういじわるが待っているのではあるが、
きな子がたまにくれるあの骨型のガムの誘惑にはどうしても勝てないのである。


このようなきな子の行動パターンには実は深い意味がある。

吾輩がきな子の両親の話を盗み聞きをしたところによると、
ウナギ博士がきな子を造る時に、このような設計をしたということらしい。


犬の吾輩には人間の科学というものの詳しいところはよく分からないが、
ウナギ博士が人間の「愛」を生み出すカラクリとして考案したのが、
きな子の中に埋め込まれているエンジン機構にあるらしい。

まず、活動の為に必要な莫大なエネルギーを生み出すには、
ある種、鉄腕アトムと似たような原子力の爆発的な構造が必要だったらしい。
だが、きな子の場合、そのエネルギーを生み出した後、なぜか「いたずら心」も共に生まれる。
そして、その「いたずら心」が解消された後に、とてつもない大きな愛情が生まれるという仕組みだ。

吾輩がこの話を耳にした時に思ったことは、
もし生きていればウナギ博士になぜこんな構造を採用したのか聞いてみたいという事だった。
というのも、その「いたずら心」の対象はほぼ吾輩に向けられるのであり、
先述した怪力と爆音声によって、吾輩は毎日のようにヘトヘトにさせられるからである。
これはさすがに骨型のガム一個では、到底わりに合うものではないのだ。

おそらく、この「いたずら心」は南野家で時々食されている、
あの美味しそうなお鍋料理に付き物の「あく」みたいなものなのかもしれない。
上手にすくって取り除いて、そうして残りの美味しい食材をいただくのだろう。
だが、南野家の誰もが吾輩にはあの美味しそうなお鍋料理を分けてくれないように、
吾輩にはきな子の「あく」ばかりが回ってくるのだ。

吾輩にできる反撃と言えば、ペットサロンで爪を切ってもらった後、
フローリングに爪が触れなくなり音が出なくなったのを利用して、
きな子の背後に静かに忍び足で近づき、急に吠えて驚かしてやるくらいのものだ。
我々犬の世界の格言「いたずらにはいたずらを」である。
布団におしっこなどをしないだけまだマシだと思っていただきたいものである。


・・・


ある日、吾輩が庭のウッドデッキでうたた寝をしていた頃、
玄関のドアが「バタン!」と大きな音を立てて閉まった。
吾輩は「ああ、また始まった」と大きなあくびをして寝転がっていた。


母親の問いにぶっきらぼうに答えたきな子は、
階段をドンドンと音を立てて部屋に上がっていった。
そして、しばらくして「あー!」と大きな声が聞こえてきた。
きな子が枕に顔を伏せて大声を出して叫んだのだ。


これはアンドロイドきな子のメカニズムが関係している。
彼女は「愛情を生む」アンドロイドであるはずだが、
体内のエネルギーが上手く循環されない時には、
彼女自身が制御できないそのエネルギーに振り回される。
そのエネルギーは愛情を生むどころか、八つ当たりを生むのだ。


そして厄介な事に、体内のエンジン機構のメカニズムから、
そのエネルギーが暴走状態になると、この児玉坂の街自体が危険にさらされる。
きな子の運動能力は50mを3秒で走るし、
体当たりをして壁をぶっ壊しながら学校まで行った事もある。
時々、握手をする時に彼女なりの冗談か「腕とか引きちぎったらごめんね」などと言うが、
これは冗談などではなく、本気なのだろうなと吾輩は時々思うのである。


吾輩は全身で大きく伸びをしてブルブルと体を震わせた。
そしてウッドデッキからリビングを通って前足と後ろ足でピョコピョコと階段を上がった。


階段を上りながら思い出していた。

きな子がどこかで、吾輩以外に飼ってみたいペットは何かと聞かれていて、
「恐竜の赤ちゃんとホワイトタイガーの赤ちゃんとシャチ」と答えていたが、
吾輩から言わせれば、それは全部きな子自身の事であるように思った。
可愛いルックスと、肉食の獰猛性を兼ね備えているのは、
それは何よりもきな子自身ではないか。
吾輩は、もうそれはあなたの心の中に飼っていますよと告げてやりたい気分である。
きな子も無意識の内に、自分の中に暴れる原子力エネルギーに気がついているのかもしれない。
また、きな子が本当にそんなペットを飼ってきたら、吾輩は絶対に家出してやろうと思っている。
そんな恐ろしいものと一緒に住むなんて絶対にご勘弁である。


きな子の部屋の前にたどり着いた吾輩は、ドアを前足の爪で引っ掻いてやった。
部屋の中から反応がないので、右足と左足を順番交代にガリガリとやるのだった。

「もう!チョップ、うるさい!」

部屋の中からきな子の声が響いた。
それくらいの罵倒であればもう吾輩には慣れっこなのだ。
止める事なくドアを引っ掻き続けること3分、
きな子の足音が聞こえてドアが開いた。

「チョップ!静かにして!バカ!」

吾輩はドアの隙間からするりと体を通過させて部屋に侵入した。
お望みどおり、バカっぽくピョンピョン跳ねて、しっぽをブンブン振って、
きな子の機嫌を直してやろうと努めた。
そうでもしなければ、この街の平和が危ないのである。

「もう!今はそんな気分じゃないの!おとなしくして!」

きな子はまたベッドにごろんと寝転んでしまった。
これは今日はいつもよりもちょっと大変だな。
そして、よしあれをやってやろうと思い立った。

吾輩は勢いをつけてベッドに飛び乗り、きな子の視線の範囲へ移動した。
そして眠ったふりをして、突然ビクッとなって起きたふりをした。
そして、その起きた衝撃でベッドが揺れて、その揺れに再度驚いたふりをした。
徹底的にバカな犬を演じてやったのである。

「・・・チョップ!お前は本当におバカだな!バカバカ!」

と少しご機嫌になり、いつもどおり吾輩のお尻にチョップをしてきた。
あまり痛くはなかったが、とても痛いふりをして飛び跳ねてやったところ、
きな子はたいそう喜んでくれたのであった。

ここまでくれば大丈夫と思った吾輩は、きな子の顔をペロッと舐めて、
きな子の枕元に行き、彼女と同じように枕に頭を乗せて人間みたいに寝てやった。
彼女はこのポーズがとても好きなので大変喜んでくれた。


あとは一緒にしばらく眠った。
寝ればきな子の機嫌は大抵すぐに収まることを吾輩は知っていたのだ。


しばらく一緒に眠ったあと、きな子は1階に降りていき、
母親が畳んだ洗濯物をぐちゃぐちゃに散らかした。
そして、えへへと笑いながらその洗濯物をすぐに自分で畳み始めた。

1階について降りてきた吾輩は、そのいつもどおりのいたずらに戻ったきな子を見て、
安心して庭のウッドデッキに戻ってまたうたた寝を開始したのだった。
今日も児玉坂の平和は守られたのである。


・・・


夕食を終えたきな子は自分の部屋に戻ってきた。

とは言っても、アンドロイドのきな子は普通のものは一切食べない。
彼女はわたがしとペロペロキャンディだけしか食さないのである。
また、水分はメロンソーダしか絶対に飲まない。

これはウナギ博士の設計によるものだ。
彼女は原子力エネルギーで動いている為、その他の不純物を取り入れる必要はないのだが、
ウナギ博士がきな子を思って人間と同じような機能を少しだけ付けてやったのかもしれない。


吾輩が先ほどきな子がくれた骨型のガムをゆっくりと味わっていると、
きな子は何やら神妙そうな表情をして椅子に座って鏡を見つめている。
学校で好きな異性でもできたのだろうかと思いながら、
ふと、きな子がアンドロイドだったと思い出して、
バカげた事を想像した自分が可笑しくなった。
そしたら、噛んでいたガムが歯に引っ付いて取れなくなった。

「アウッ!アウッ!」と悶えていたが、
きな子は全然こちらを気にする様子もなくずっと鏡を見つめていた。


「・・・ねえチョップ、本当の私ってどんな人かな?」


アンドロイドにも思春期というものがあるのだろうか?
吾輩も幼い頃はそんな事を考えた事もあったなと思った。
吾輩のような雑種犬でもそんな事を考えるのだから、
アンドロイドにそんな感情があってもおかしくはないかと考えた。
ウナギ博士は、こんな風に思春期を経て成長するアンドロイドを作り上げたなんて、
生きていたらとんでもない賞をもらっていたのではないかと思う。


「子供の頃は何も悩んだりしなかったのに・・・。
 なんだかこの頃、呼吸が苦しいの・・・」


おそらく、アンドロイドは呼吸をしていないはずであるが、
きな子は精巧に作られすぎて人間と同じ感覚で生きている。
もちろん、自分がアンドロイドである事は理解しているのだが。


「鏡の向こうから、私ってどういう風に見えるのかな?
 自分の事、よく分からないんだ。
 ねぇ、チョップ、私っていい子?悪い子?どっち?」


吾輩にはそんな人間みたいな葛藤はよくわからないけれど、
骨型のガムをくれる人に悪い人はいるはずがないので、
「ワン!」と軽く吠えて励ましてみた。


「・・・そうだよね、私って悪い子だよね・・・」


吾輩はそんな事言っていないのに。
人間やアンドロイドは動物の声が聞こえるようになったら、
それはさぞかしビックリするのであろうな。
本当の意味で飼われているのは人間達のほうなのだからね。


「私って本当に不器用だし、友達にも素直に甘えられないし、
 辛い時でも辛くないふりして、周りに八つ当たりして・・・」


昼間の影響がまだ少し残っているのかなと思った。
確かにきな子は少しプライドが邪魔して素直になれないタイプだと思う。
また、抱えたものを自虐性という形で攻撃性を発する人もいれば、
それを多少周囲に放ってしまう人だって、それは人それぞれだ。
ましてや、きな子の中にはとんでもない原子力エネルギーが渦巻いている。
だから平時だってとびきり明るいエネルギーを周囲に振りまけるわけだし、
それを自分一人で抱え込んだら逆にとんでもないことになってしまうだろう。
多少は周りに放っても、別に差し引き計算したら、そんなに気にやむほど酷いことではない。


とは言え、まだ若いから考えこんでしまうのだな。
こんな時にはMr.Childrenの「つよがり」でも聴けばいいのだ。
あれは吾輩でもわかる名曲である。


 笑っていても僕にはわかってるんだよ
 見えない壁が君のハートに立ちはだかってるのを


吾輩も、たまにはちょっと自信に満ちた声できな子の名前を呼んでみた。

「ワン!」

吾輩の気持ちはきな子に届いたであろうか?


「・・・なんだか心がからっぽみたい。
 あー!もう考えてもわかんない、めんどくさい!」


吾輩の気持ちは届かなかったようである。
学校で何か辛いことでもあったのだろうと思った。
同級生との人間関係など、思春期は誰でもそういう悩みがあるものだよ。
それを過ぎて大人になれば、もっと安定した気持ちになるものだ。
別に君だけが特別に罪悪感を感じる必要などないものなのだ。

それにしても、人間やアンドロイドはよく悩むものである。
吾輩達の方が苦労は多いのに、なんて贅沢な事だろう。

吾輩は気持ちを伝えるために、きな子の携帯電話を肉球でタッチした。
タッチパネルというやつは肉球でも反応するはずであるが、
ロックというものがされているのか、電源がつかない。

「・・・ちょっと!チョップ勝手にケータイ壊さないでよ!」

きな子は吾輩からケータイを取り上げて画面を見た。
そうだ、そのまま音楽プレーヤーをつけて「つよがり」を再生するのだ。


吾輩は少し興奮してきて、舌が勝手に出てきて、さらにハッハッと声が出た。
人間やアンドロイドにはこの気持ちはわかるまい。
冷静でいられることはとてもありがたいことなのだよ、まったく。


きな子は予想に反して、Mr.Childrenの「Everything is made from a dream」を流し始めた。


 夢、夢って 
 あたかもそれが素晴らしい物のように
 あたかもそれが輝かしい物のように
 僕らはたくさんの夢を讃美してきたけれど
 実際のところどうなんだろう?

 何十万人もの命を一瞬で奪い去った核爆弾や細菌兵器
 あれだって最初は 名もない科学者の純粋で
 小さな夢から始まっているんじゃないだろうか?
 そして今また僕らは 僕らだけの幸福の為に
 科学を武器に 生物の命までをも
 コントロールしようとしている・・・


「・・・私って、何のために造られたのかな?
 ウナギ博士は『愛情を生むため』って言ってたらしいけど、
 私、愛情なんかちっとも持ち合わせていない気がする・・・。
 いじわるでわがままで・・・」


吾輩の声はなぜ届かないんだ。
きな子はとっても優しくて愛情深いではないか。
そうでなければこの骨型のガムをくれたりしない。

「きな子〜ちょっと降りてきてー!」という声が響き、
「なにー!?」ときな子は部屋を出て1階へ降りて行った。

置き忘れられたケータイから音楽が鳴り続けていた。


 やっかいだな夢は 良くもあり 悪くもなるてな訳で
 oh oh oh oh yes 僕らの手に懸かってたりして・・・


・・・


翌朝、吾輩の目を覚ましたのは窓から差しこむ太陽光であった。

それは一緒に寝ていたはずのきな子が、いつの間にかベッドを抜け出して、
窓のカーテンを一気にバッと開いた結果、痛いほどの光線が吾輩の目を突き刺したのだ。


「チョップ!オーハーヨー!!
 さあ、起きるんだよー!!」

朝から壊れたTVのような爆音ボリュームが吾輩の耳を突き刺した。
きな子の声を目覚まし時計にすれば、きっと誰もが朝に強くなるにちがいない。

「早く起きなきゃもったいないよー!
 早く目を開けるんだー!
 眠ってた時間全部取り戻すよー!」

きな子は窓側からベッドに向けて走りこんできて、
全身でジャンプして吾輩のお尻にチョップをしてきた。
ベッドが「ドゥン!」と弾んで吾輩の体が少し宙に浮いた。

「考えててもしょうがない!
 今すぐに行動だー!
 お散歩に行くんだよー! 」


昨日の憂鬱はどこへやら。
今日も、きな子はいつも通り起動したのであった。


・・・


いつも通り、わたがしとメロンソーダを吸収したきな子は、
吾輩がまだ水を飲んでいるのをかまわず、散歩用のリードを持ってきた。

「チョップ!おすわり!お手!」

吾輩がちょこんと座り込んで右足をあげると、
紐を足からくぐらせてみるみるうちに散歩用のリードは装着された。

ふと気がつくと、散歩用のリード以外にも何かが体につけられている。
吾輩が歩くと、何かが吾輩のお尻に当たるのである。
そしてそれが気持ち悪くて歩くたびに後ろを振り向くと、
吾輩を見てきな子がケラケラと笑っているのである。

吾輩の体につけられていたのは風船であった。
それが歩くたびに引っ張られて吾輩のお尻に当たるのである。

お母さんが「かわいそうだからやめなさい」と言うと、
「はーい!」と言ってやっと風船を外してくれた。
しかし、きな子は風船を外すと共に吾輩をギュッと抱きしめた。
そして「可愛すぎて食べたくなる♡」と言って吾輩の頭に大きく開けた口を当てた。

きな子は基本的にはいじられキャラであるが、
親しい存在には甘えるからか、そのいじわるを本領発揮する。
そして、そのいじわるを発揮したのちにケラケラと嬉しそうに笑って、
その人物に対して食べてしまいたいほどの愛情を欲するらしい。

これがウナギ博士の設計した愛情を生むカラクリなのだ。
吾輩はそれを知り尽くしているから、きな子のいじわるにはさほど動じない。
むしろ、わざと嫌なふりをして受けてやればやるほど、
その後に生まれる愛情の度合いが増すのだから、これほど面白いものはない。

だから、耳元で急に爆音で話しかけられるのと、
怪力でメチャクチャにされるのを除けば、吾輩にはもうかなり免疫ができていた。
それさえわかれば、人のいじわるというのは、むしろ愛情の一部分だとも思えてくる。
断っておくが、吾輩は決していじめられて楽しいタイプの犬などではないのだよ。
誰だって、きな子の原理をちゃんと理解すれば、こんな可愛らしいアンドロイドはいないのだ。



「行っくよー!」


きな子が急にリードを持って走り出したせいで、吾輩の首がグイッと引っ張られた。
アンドロイドのくせに長距離は全く走れないきな子であったが、
短距離の速さは世界記録を2秒も上回る速度を持っているのだ。
吾輩の首が、一体どれだけ日々鍛えられているかわかっていただけるだろうか?

吾輩が歩くより前方を、にたにたしながらきな子は嬉しそうに歩いていく。
「早く来るんだよー!」と近距離なのに相変わらずの爆音ボリュームに、
こちらの方がご近所さんに申しわけなくて恥ずかしくなった。

全く、世の人間とアンドロイド諸君よ。
お散歩に行きたいのは犬ですか、それとも飼い主の方ですか?
吾輩としては、もっと我らに感謝してもらいたいものだと思うのである。


・・・


公園に辿り着いた時、吾輩の背筋に嫌な悪寒が走った。

太陽は出ているが、少しづつ風が強くなってきた気もした。
人間もアンドロイドも犬も、言葉で説明するよりも肌で感じる直感の方が、
時に何かを予見することがある。
それはきっと、生物が生きるという営みの中で、
身を守るために脈々と受け継がれてきた本能というやつなのだろう。


吾輩ときな子がベンチの側でキャッキャと遊んでいた時、
少し離れたところで走っている野良犬の姿が目に入った。
野良犬はその少し先で餌を持っている数人の男性達のところまで嬉しそうに走っていく。
そして、突然にして我々の視界から姿を消した。


落とし穴に落ちたのである。


その餌を持っていた男性達はその野良犬の姿を見て「ハッハッハ!」と高らかに笑った。
そして穴に落ちた犬を覗き込んで、手に持っている餌を見せびらかせてまた笑った。


近年、日本で野良犬というものを見かけることは極めて少なくなった。
吾輩が風のたよりで聞いたところでは、日本以外の国であれば、
街中で野良犬達が群れを作って歩いている姿も良く見かけるらしい。
片目や片足が不自由になった野良犬もよく見かけるそうで、
本当にその日暮しの生活の中で、たくましく生きているのである。



では、日本は裕福な国だから野良犬はいないのだろうか?
実はそうではなく、日本では狂犬病が人間に与える影響を防ぐため、
保健所や動物愛護センターのような機関が積極的に捕獲しているのである。
そうして、日本では街で野良犬の姿を見かけることが極めて少なくなった。
吾輩も、南野家に飼ってもらう前には動物愛護センターにいたのだ。


では、そこで預かってもらっている動物達がどうなるのか?
吾輩の仲間達がどうなっているのか、ここでは言いたくもない。
だが、人間諸君にわかってもらいたいことは、
この世界は目に見えるものだけが真実では決してないことである。
今日歩いているその街の景色が、たとえ幸福で溢れていたとしても、
あなたの見えない世界に不幸を投げ込んで封じ込めているのなら、
そんなものは本当の意味で幸せなどではないのだから。


ふと気がつくと、吾輩の周りにきな子の姿が見えなくなっていた。
風はさきほどより強さを増し、落ち葉やゴミが風に舞って飛んでいく。


吾輩は走った。
きな子の存在を確認したからである。
あの落とし穴を覗いて笑っていた男達の目前に静かに立ち尽くしている。


息を切らしてきな子の足元に辿り着いた。
しっぽを振ってきな子の膝にジャンプしてみたが、
きな子は黙って目を閉じて下を向いていて、反応は全くない。
ただ、握りしめている両こぶしが音もなく静かに震えている。


男達がきな子に気がついてこちらを睨みつけている。
立ち上がると180センチはあるであろうかという長身で、
きな子に対して敵意をむき出しにしている。


次の瞬間。


大男の胸ぐらをつかんだきな子は、その片手で大男を軽々と持ち上げていた。
そして、なぎ払うように思い切り投げ飛ばした後、
他の男達のところへゆっくりと歩いていき、
同じように片手で腕を掴んでさっきの大男のところへ軽々と投げ飛ばした。


吾輩は、こんなきな子を見るのは生まれて初めてであった。
8年間ともに生活をしてきたが、見るからに正気を失っている。
まるで彼女の体内で生まれている原子力エネルギーが暴れ出し、
制御装置を吹き飛ばしてしまったかのようにも思えた。


きな子、暴走。


そして、男達をまとめて気絶させた後、
きな子の右腕がパカリと開いた。
その右腕の中には、ミサイルのようなものが入っているのが見えた。


吾輩は思わず叫んだ「マジでか!」と。
ただその声はむなしく「ワンワン!」とだけ変換されて空中へ響いた。


ウナギ博士はどうして「愛情を生む」アンドロイドにこんな物騒な物を取り付けたのだろう。
そもそも、愛情を生むアンドロイドであれば怪力なんて必要だったろうか?
ボリューム機能だってぶっ壊れているし、とんだポンコツ博士だったのかもしれない。
それとも、人間は優しさだけでは生きていけないとでも言うのだろうか?
愛情を守るためには、人間には力が必要だとでも考えたのだろうか?
それともウナギ博士は、よほど性格の悪い女性にでも騙されたのだろうか?
いずれにせよ、こんな屈折した愛情を考え出した博士の人生は波乱万丈だったに違いない。



吾輩は「おい!きな子!しっかりしろ!」と叫び続けたのだが、
結局は「ワン!ワンワン!ワンワンワン!」としか伝わらない。

こんな物騒な物が男達に向かって放たれたら、
男達だけではなく、この児玉坂の街全てが吹き飛んでしまう。


万事休す。


ミサイルはきな子の腕を離れて男達に向かって放たれた。
さようなら児玉坂、さようなら吾輩の犬生。



だが、次の瞬間。


咄嗟に現れた何者かがミサイルを緑色の盾で受け止めている姿が目に入った。
そして、受け止めたミサイルには植物の茎のような物が絡み付いていき、
ミサイルはその力を失ったように不発弾となって勢いを失った。


「この正義の百合の盾を砕くことはできないわ・・・」


吾輩がそこで見たのは、白いコスチュームに変装した一人の女性だった。
年齢は見たところきな子とそう変わらないように見えた。


「輝く花弁は正義の証、白く咲きたる百合の花、リリーナイト参上!」


吾輩は吠えるのも忘れて、ただぽっかりと口を開けて二人を眺めていた・・・。


・・・


「児玉坂の街を荒らす悪は許さないわ!」

リリーナイトと自称するその女性はきな子を悪と呼んでそう言い放った。
吾輩はそういえばTVで見たことがあった。
児玉坂のヒーローとして悪の怪人達と戦い続けるリリーナイト。
一時期はスランプに陥ったこともあったらしいが、
今ではすっかり元気を取り戻して、子供からお年寄りまでみんな知っている人気者だ。


「・・・クソガキだな」

初めて口を開いたきな子はリリーナイトを見てそう言った。


「誰がクソガキだ〜!正義の味方だぞ!」

リリーナイトは少しムキになって反論していたが、
吾輩から見ればどっちもどっちである。
この児玉坂の命運は、こんな子供っぽい少女達にいま委ねられている。


そしてきな子はゆっくりと手のひらを野獣のようなポーズで顔の高さに掲げた。

次の瞬間、きな子の手のひらからエネルギーの波動のような物が放たれた。
リリーナイトは瞬時に緑の盾で体を庇ったのであったが、
その波動のエネルギーは強大で、リリーナイトの体は3mほど後ろに吹っ飛んだ。
リリーナイトの緑の盾は、その鮮やかな緑色が黒く変色してしまっていた。


「・・・こんなエコじゃない子、私にとって悪の塊でしかないわ!」

リリーナイトはキッときな子を睨みつけてそう言った。

「いでよ!リーフソード!」

鮮やかな緑色の剣が現れ、リリーナイトは右手でしっかりとその剣を握りしめた。
白い姿と緑色の剣の色合いは、まさにエコロジーを絵に描いたような美しさだった。


「・・・誰が悪いの?」

きな子は相変わらず正気を失っていたが、その両目からは涙を流していた。
あの犬をいじめた男達への憤りのメッセージだったのだろうか?
それとも、それは自分を造り出した人間への痛烈な批判だったのだろうか?


吾輩の心は、大きな津波に飲み込まれるような痛々しい気持ちであった。
「愛情を生む」はずのきな子が、どうしてこのような「悲劇を生む」ことになったのだろうか?
そして、きな子を造り出したはずの人間が、その存在を自ら否定し、
単純な二者択一を迫る形で、その存在を抹消しようとしている。
自分達が、いったい何を行ってきたのかを、全く振り返ることもないままに・・・。


きな子の左腕がパカリと開いた。
その中には先程と同じように、もう一つのミサイルが封じられていた。


「させない!」

リリーナイトはきな子の方へ駆け寄ってその緑の剣を掲げた。
その緑の剣はきな子の胸部に眠るエンジン部分を目がけて振りかざされた。


吾輩は、飛んだ。


無我夢中で飛んだ吾輩は、きな子と緑の剣の間に割り込み、
リリーナイトはその緑の剣を寸前のところでただの植物に変化させた。
吾輩の体にはその緑の百合の葉が被せられた形になった。


「・・・チョップ!」


きな子は正気に戻ったのであった。

物騒なミサイルに気がついたきな子は、
その腕を元どおりに収納し、吾輩を抱きしめて泣いていた。


リリーナイトはその泣いているきな子を見て、
「まったく、こんな子が悪なわけないわね・・・」と呟いた。


・・・


夕食を済ませたきな子はホラー映画を見ていた。

とは言え、きな子は一風変わっていて、
怖い場面にびっくりするのが嫌なので、
まず先にネットで怖い場面を調べてから映画を見るのだ。
ちょっとズルいやり方なのだが、きな子らしいと思う。

吾輩はと言うと、ホラー映画は苦手なのでTVときな子からは離れて座っている。
あんな怖いものを見て何が楽しいのか、全く人間とアンドロイドはよくわからない。

それでも「チョップ〜!」と呼ぶから走って駆け寄ってやった。
そしたら「怖いからってチョップ走ってきたの〜♡」とご機嫌な様子である。


そのままTVを見ているきな子に引っ付いて寝ていたのであったが、
吾輩が気付いたとき、いつの間にかきな子がホラー映画ではなく、
動物ドキュメンタリー番組を見ている事に気がついた。


吾輩も起きて横に座って一緒にそのTV番組を見ることにした。
「ハッピーハウス」という動物保護施設の職員の方々が、
保健所に行って動物達を引き取るという内容であった。
きな子はいつになく真剣な表情でずっとTVを見つめていた。


吾輩は、今朝の公園での出来事を思い出していた。

結局、リリーナイトは泣いていたきな子の慰め役になった。
そして一緒に穴に落ちた野良犬を救い出した。

「この子の里親はね、きな子ちゃんの代わりに、お姉ちゃんが絶対見つけてあげる」

リリーナイトはきな子にそう告げると、ニコッときな子に微笑みかけた。
きな子も泣きやんで、ニコッと同じように微笑みを返した。


そして二人は立ち上がると、きな子は右手を差し出した。
その様子に嬉しそうにリリーナイトも右手を差し出して握手をした。

吾輩は「あちゃー」と思ったが、もう後の祭だった。

きな子はいたずらにリリーナイトの右手の骨をごりごりとやり始め、
さすがに正義のヒーローと言えども、きな子の怪力に握られれば痛くないはずがなかった。

「痛っ!痛いって〜!」

リリーナイトは悶えて手を振り払った。
その様子を見て嬉しそうにきな子は「えへへ」と跳ね回っていた。

「このクソガキが〜!」とリリーナイトはムキになっていった。
「クソガキって言う方がクソガキなんだ〜!」ときな子は言い返した。


吾輩はそれを見て、きな子はリリーナイトが大好きになったんだなと思った。


きな子は相変わらずずっとそのTV番組を見続けていた。
吾輩は少し眠たくなってきて大きなあくびを一つした。

「ねえチョップ」

吾輩は足で耳を掻きながらきな子の声を聞いていた。

「私ね、この人達みたいに沢山の命を助けられる人になりたい」

吾輩は耳を掻く足を止めて、きな子の真剣な顔を見つめた。
そして、思い立ってペロリときな子の顔を舐めてやった。

「ちょっとチョップ〜!私、今とっても真剣な話をしてるんだからね!」

きな子はちょっと怒ったけれど、吾輩は舌を出してハッハッと見上げていた。
そしてもっといじわるにきな子の顔を舐めてやった。
全く、この子に飼われている犬で、吾輩は世界一の幸せものであった。

「チョップ〜!話を聞けバカ〜!」

ときな子は怒り出したので、吾輩は少し距離を置いたのだが、
すぐにきな子は間合いを詰めてきた。

「秩序のない現代に水平チョップだ〜!」

と吾輩のお尻にまた痛いチョップをかましてきた。
そして、吾輩も必要以上に痛い仕草をしてやると、
きな子は嬉しそうに「チョップ大好き〜♡」と抱きしめてきた。
本当に、世界一可愛い飼い主だなと吾輩は思った。
そして、ウナギ博士は、ひょっとすると大天才かもしれない。
ちゃんと、沢山の命を助ける「愛情」を生んでいたのだから。


リビングの明かりが消えると、きな子の部屋で眠る合図である。
吾輩はその合図で、タッタッタッタと走ってきな子のベッドに飛び乗るのだ。

吾輩がきな子の枕に頭を乗せて眠る準備をしていると、
きな子はケータイで音楽を再生し始めた。
そして、明かりを消してベッドに入り、静かにその音楽を聴いた。
曲はMr.Childrenの「It’s a wonderful world」だった。


 忘れないで君のこと僕は必要としていて
 同じようにそれ以上に想ってる人もいる
 あなどらないで僕らにはまだやれることがある
 手遅れじゃない まだ間に合うさ 
 この世界は今日も美しい そうだ美しい・・・


吾輩は大好きなきな子に引っ付いて静かに寝息を立てた。
きな子は吾輩の寝息を聴いて、とても幸せそうに眠りについた。


 Oh Baby 通り雨が上がったら
 鼻歌でも歌って歩こう
 この醜くも美しい世界で・・・


ー終幕ー


私、起動する。 ー自惚れのあとがきー



この作品は6作目である。
きな子を主人公にすると決めて題材を探したのだが、
何よりもこの子が参加している楽曲がまだ多くなくて少し焦った。
だが、参加楽曲の中からこれを見つけ、
「私、起動する。」と良いタイトルを決められた時、
筆者はもうそれだけでかなり興奮した事を覚えている。

しかし、6作目まで来ると、文体に飽きるという現象が起こる。
何か工夫をしなければ面白くないし、書いていて作品が似てしまう気がした。
だからこの作品では夏目漱石に敬意を表し、我輩と呼ぶ飼い犬の視点からの文体を選んだ。
さすが明治の文豪が採用した視点である、こうするだけでグッと面白くなった気がする。
(この視点の採用以外は彼に何一つ遠く及ばないのであるが・・・)

しかし何より、きな子のようなキャラの視点で書いてしまうと難しい。
物語の中で暴走させる事も考えていたからなおさらだった。
だからそばで見ている飼い犬の視点がありがたかった。
だが、それはそれで慣れない視点で書くのに苦労した事も多かった。
だが、こうして校正の為に見直してみると、案外悪くない形に収まっていたように思う。
この犬自体がとても可愛い存在として際立って作品に色をつけてくれていた気がしたからだ。


きな子のキャラクターを考えていた時、暴走アンドロイドというのが最も面白かった。
この子の魅力はとても絶妙だと思う、かなりオリジナリティーが高い気がした。
それは一種の不安定さを持っているが故に愛らしさが溢れてくるという魅力であった。
要するに少々の子供っぽさが残る事で、天真爛漫なキャラクターにもなりうる。
無難な設定では活かしきれない魅力だったので、暴走アンドロイドとなった。
筆者としては、暴走してしまう部分も含めて愛らしいと思っている。
だから飼い犬の視点では決して暴走する彼女を非難はしていない。
もちろん、彼女も成熟していく中で制御する事を覚えていくのであろうけれど、
現段階の発展途上を決してマイナスに捉える必要はないと筆者は思う。
それがこの作品で描かれているきな子の唯一無二の魅力なのだ。


また、今回の作品のために、動物愛護に関する部分も筆者なりに調査をしてみたのであるが、
なんともきな子に学ばせてもらった事も多かった。
我々が気づかない動物世界の現状というものがそこにはあった。

最終的に、きな子の愛らしい平時の姿と、暴走という物語の展開を利用し、
動物に対するきな子の優しい気持ちを書いてあげたいと思うように結論づいた。

面白かったのはMr.Childrenが好きな犬に筆者自身がなりきっていた事である。
この視点を取った事で、筆者はいかにすればきな子を上手く操れるかを考えるようになった。
チョップという犬になりきる事で、きな子のそばにいる疑似体験をしたような気さえする。
そうした時、きな子の本当に可愛らしい魅力に気付けたような気もした。


もう一つ筆者にとっての喜びは、リリーナイトであった。
これは実は展開に困っていた時に降りてきた咄嗟のインスピレーションであった。
児玉坂がピンチになった時、どうすればいいだろうかと思った時、
過去に自分が書いたキャラクターが助けに来てくれたのだからこんなに嬉しいことはなかった。

そして、彼女がエコの象徴であり、きな子が人の作りし原子力機構の象徴であったことが、
この作品に思わぬ副産物としての問題提起を投げかけることになった。
元々、Mr.Childrenの楽曲の歌詞を作中で示したように、
「科学」が一つのテーマとして始めたものではあったのだけれど、
リリーナイトが登場してくれたおかげで全てが上手く着地点を見つけてくれた。
またリリーナイトを書けた事が筆者にとって望外の喜びであり、
調子に乗って前作よりも進化したアイテムや能力を無意識的に書いてしまった。
やはりこのキャラには底知れぬ愛着があったのだと筆者自身が気付かされた。


暴走アンドロイドと正義の味方リリーナイト。
自分が作り出したキャラクターが出会って友好を深めてくれれば、
筆者にとってこんなに嬉しいことはなかった。
きな子と百合子の関係性もそれなりに上手く表現できたのではないかと思っている。
児玉坂に住んでいる住人達は、結局はどこかでつながっているのである。


ー終わりー