インフルセンサー

 

 

「こちらマレスケ、大尉、聞こえていたら応答せよ」

 

目の前のモニターを注視していたワカ=ムーンはコックピットのボタンを操作して回線を合わせた。

雑音混じりに耳に届いた先ほどの音声が少しだけ鮮明になって聞こえてきた。

 

「こちらワカ=ムーン大尉、作戦は予定通り遂行している、何か?」

 

いくつものモニターを注視しながら、彼女はそう返答した。

ヘルメットの中に見える瞳はまるで野生の虎のそれであるように見える。

張り詰めた声から幾分の緊張感が伝わってきた。

 

「一人だけ前に出すぎている、隊列を乱すな、気負いすぎだ」

 

回線を通じて聞こえてくるのは男性の声だった。

ワカ=ムーンはモニターを再度注視して自分の位置を確かめた。

自分の左右に展開する味方機は二機、中心にいる自分が少し前に出すぎているのがわかった。

 

「いつの間にか出すぎたか・・・でもおかしい、この辺りはあまりに静かすぎやしないか?」

 

そう言ってからワカ=ムーンは機体を隠せる木陰まで移動して左右に展開する二機が追いついてくるのを待った。

 

「貴殿の任務を忘れるな、あくまでも偵察として大尉はそこへ来ている。

 何もなければ何もないという報告をしてくれれば良いだけの話だ、戦場での焦りは命取りになるぞ」

 

「・・・了解!」

 

ワカ=ムーンは回線を切ってからまた目の前のモニターを睨みつけた。

広大な森林地帯のどこから敵機が強襲して来てもおかしくはないのだ。

そんなことは今まで幾多の戦場を経験していた彼女には痛いほどよくわかっていた。

 

「偵察と言ったって、敵が現れたらもう後戻りはできないんだ・・・」

 

息を殺すようにして注意深く索敵を続ける彼女に、また別の回線から呼びかけがあった。

 

「ワカ=ムーン大尉、右側に展開しているマナ=ツー大尉のオフショルが遅れています、単独行動は控えてください」

 

「わかってますが、だいたい、あの機体がコロニー内の使用には適応してないんでしょう?」

 

「もちろん、重力のない宇宙用に作られたという話は聞いているけど、

 今の私たちにはそんな贅沢を言っている余裕はないんだから、そこはパイロットの腕で埋めてもらわないと」

 

ワカ=ムーンの回線に届いたのはマイ=シロイシ少佐の声だった。

透き通った綺麗な声がコックピットの中で反響する。

 

「マナ=ツー大尉、聞こえていますか?

 聞こえていたら返事をして」

 

マイ=シロイシが回線を使って呼びかけている間、ワカ=ムーンはモニターでマナ=ツーの居場所を調べた。

どうやら彼女の機体はまだ二人のはるか後ろの方向にいることがわかった。

 

「やっぱり、あの機体の性能じゃあな」

 

「あら、機体のせいじゃないわ、パイロットのやる気の問題よ」

 

二人がそんなことを話していると、やがてマナ=ツーの機体と回線が繋がった。

 

「・・・ごめんなさい、さっきちょっと転んじゃって」

 

「このくらい走れないようじゃ、コロニー内でその機体を使うのは無理だな。

 だいたい、装飾だけやたらと凝ってる機体なんて邪道すぎないか?」

 

ワカ=ムーンが呆れたような声でそう言った。

マナ=ツーの乗っている機体「オフショル」は肩が露出したように見える新しいデザインで、

まるでスカートを履いたような斬新な形状を採用して設計されていた。

それがワカ=ムーンには邪道にしか思えないのだった。

 

だが、そんなことは気にしないかのように、マイ=シロイシは冷静な声のトーンを保っていた。

 

「マナ=ツー大尉の機体はそもそも遠距離からの援護射撃がメインなんだから、

 ちょっと足が遅くたって構わないわ、できることをして補っていければいいのよ」

 

マイ=シロイシはそう言い聞かせた後、また回線に呼びかけた。 

 

「マナ=ツー大尉、聞こえる?

 隊列を変更するわ、あなたは後方から援護してくれればいいから」

 

「・・・ありがとう、えっ、うわっ!?」

 

「どうした!?

 まさか、なんでそっちの方角から!?」

 

ワカ=ムーンがモニターで識別信号を調べたところ、

マナ=ツーは複数の敵機と思われる部隊に襲われたことがわかった。

 

「まさか、私たちの後をつけてたって言うの?

 でも、敵の基地はこの先にあるんじゃなかったのか?」

 

「話は後よ、ワカ=ムーン大尉、ここは私が救援に向かうから、あなたは先に行って!」

 

「少佐一人で大丈夫ですか?」

 

「大丈夫、ノギダムは伊達じゃないわ」

 

 

・・・

 

 

 

 

宇宙世紀0046

人類は科学の進歩を武器に、やがてその居住地を宇宙にまで拡大させた。

 

人々は地球を離れ、人工的に作り出された宇宙衛星、コロニーへと移り住むようになった。

その生活圏を拡大したことを記念し、人類は西暦を廃止し、新たに宇宙世紀という年号を採用した。

 

人々が宇宙に移り住むようになってから46年が経過した。

宇宙には数多くの宇宙移民者の生活を確保するためのコロニーが建設され、

地球連邦政府は地球からそのコロニーを統治しようとした。

だが、既得権にまみれた汚職政治を行う地球連邦政府を嫌うコロニーのスペースノイド(宇宙居住者)たちは、

やがてコロニーの自治権を要求するようになり、地球連邦政府との間の政治対立は深刻なものとなっていった。

 

もちろん、地球連邦政府はコロニーの自治権を容認することはなく、

独立運動を先導する者たちは反逆罪で処分されたりもした。

地球から宇宙へと居住圏を移したスペースノイドたちには新しい価値観が生まれており、

ずっと地球に住んでいる者達との間で考え方の相違も生まれて行った。

スペースノイドたちは自分たちの新たな価値観によって自分たちの生活を創り上げたい意思があり、

だが地球圏にすむ政治家や既得権者達はそんなことを許すはずもなかった。

政治の不安定はやがて反乱分子を生み、コロニーや地球圏でのテロリズムが頻繁に起こるようになった。

地球連邦政府は鎮圧のための軍隊を設立し、地球連邦政府の管轄のもと、各地に派遣されるようになった。

 

 

テロリズムの性質を大きく変えることとなったのは、モビルスーツの存在だった。

スペースノイド達は宇宙圏で作業をするためにロボットの開発を進めて行った。

そのロボット技術は、残念ながら戦争になれば兵器へと姿を変えることになる。

そうして生み出されたのがモビルスーツと呼ばれる人型のロボットである。

モビルスーツのパワーは絶大であり、テロリズムの性質を大きく変えてしまった。

下手をすれば何万人もの死傷者が出ることに繋がりかねないこの技術に対抗するべく、

地球連邦政府も軍のために秘密裏にモビルスーツの開発を進めることになった。

そうして作り出されたのが、マイ=シロイシ少佐の乗るノギダムであった。

 

 

・・・

 

 

「マレスケ、聞こえますか?」

 

マイ=シロイシは回線をつないで旗艦マレスケに呼びかけた。

彼女が所属するのは地球連邦軍第46部隊、旗艦マレスケの名前は、

宇宙世紀が始まる前、日本の明治時代の英雄だった乃木希典に由来する。

 

「どうした、マイ=シロイシ少佐?」

 

「後方から何者かに襲撃を受けました。

 敵機は数機だけです、私とマナ=ツー大尉で撃退します。

 ワカ=ムーン大尉には引き続き偵察を行ってもらいます」

 

「わかった、援護が必要であれば言ってくれ、無茶をするな」

 

「はい」

 

回線を切ったマイ=シロイシはノギダムの機体を空へ浮かび上がらせた。

ブースターを使って空から敵の位置を確認するためだったのだが、

通常、このようなことをしてしまうと敵機に狙い撃ちを受けてしまう恐れがあった。

空から敵の位置を把握することはできるかもしれないが、敵に自らの位置を知らせることにもなる。

だが、マイ=シロイシはそのようなリスクは承知の上でこのような手段を採った。

よほど自信がなければできないことだった。

 

案の定、マナ=ツーを襲っていた敵機が一斉にノギダムを狙い撃ちしてきた。

だが、ノギダムはブースターを使って空中でその射撃を躱したりシールドで防いだりしながら地面に着地し、

マイ=シロイシは敵が撃ってきた場所へノギダムを走らせた。

 

「さすが第46部隊のエースパイロット、マイ=シロイシ少佐。

 あのノギダムを任されるだけのことはあるな・・・」

 

ワカ=ムーンはそう呟くと、自身が操縦するモビルスーツ、ヨシツネを立ち上がらせ、

ノギダムが向かった方向と反対へと歩みを進めて行った。

この辺りはコロニーの郊外に当たるエリアで、森林が茂っている僻地だった。

だが情報によれば、この先にテロリストの基地があることになっていた。

 

「だがこれで偵察に来たことがバレてしまった可能性があるな。

 敵が警備を強化していなければいいのだけれど・・・」

 

 

・・・

 

 

 

「そこか!」

 

ノギダムは背中からビームライフルを取って敵のモビルスーツをめがけて撃った。

マナ=ツーの機体、オフショルに近づいていた敵機にビームが命中して爆発した。

 

「マイ=シロイシ少佐!」

 

「大丈夫、マナ=ツー大尉?」

 

「うん、ちょっと足をやられただけ」

 

マイ=シロイシはコクピットのモニターをアップにしてオフショルの足のダメージを確認した。

敵機の攻撃を受けて、オフショルの足は半壊してしまっていた。

 

「それじゃもう任務は全うできない、ここを離脱したらマレスケに戻って」

 

「うん、ごめんね、足引っ張っちゃって・・・」

 

「何行ってんの、困った時はお互い様でしょ」

 

そう言ってからノギダムは、周囲に近づく敵機を連続して二機ほど沈めた。

近くにいた他の二機が、どうやら攻撃の意思を見せずに撤退していくのがわかった。

 

「マレスケ、聞こえますか?」

 

「どうしたマイ=シロイシ少佐」

 

「敵機は後退していきます、こちらの追撃はしません。

 オフショルが足をやられたので、機体の回収をお願いします。

 私は引き続き先に行ったヨシツネを追いかけます」

 

「わかった、オフショルの回収にモビルスーツ部隊を向かわせる。

 敵がどこに潜んでいるかわからん、ヨシツネの援護も頼む」

 

「了解!」

 

 

・・・

 

 

「奇妙だな・・・」

 

マイ=シロイシとの回線を切ったマレスケの艦長、ジュード=イトーはそう呟いた。

腑に落ちない表情を浮かべていた艦長に、オペレーターのミサ=ミサが声をかけた。

 

「艦長、どうしたんですか?」

 

「いや、敵の引き方が鮮やか過ぎると思ってな・・・。

 こうもあっさり退却するのなら、なぜここに現れたのか」

 

「しかし、ここに敵機が現れたということは、このヨコハマの郊外に敵基地があるという証拠じゃありませんか?」

 

ミサ=ミサのいうヨコハマとは、このコロニーの名前である。

新しいコロニーが建設されると、地球連邦政府がわざわざ名前をつけることになっていた。

それは地球連邦政府がコロニーを統治しているという象徴として機能させるためだった。

他にも宇宙には、プネー、テンシン、サンタンデール、レッチェ、バイアブランカなどと呼ばれる、

地球の都市から採った名前のコロニーが数多く存在していた。

 

「そうかもしれない、だがそれならどうして後方から攻めて来たのか?

 このヨコハマの郊外の森林の奥に基地があるというのなら、

 そちらから敵が現れても不思議じゃないはずだ」

 

「・・・陽動だと?」

 

「わからん、少なくとも、敵が現れたことで、我々はこの辺りに敵の基地がある可能性に確信を持った。

 そこに攻め入らせることが敵の思惑だとすれば・・・」

 

「艦長、何者かより入電です」

 

ミサ=ミサの隣に座っていたオペレーター、マイ=チュンがそう言った。

 

「誰からだ?」

 

「わかりません、ですが内容は『速やかに敵基地より撤退されたし、基地内に大量の爆薬あり』とのことです!」

 

「どう言うことだ、コロニーに潜んでいる連邦政府のスパイからの警告か?

 誰なのかはとにかく、これは秘密裏に我々に連絡を取れる確かな人物の情報提供だということになる。

 もしそういうことであれば、このまま基地内に入ってはダメだ、これは罠かもしれない!」

 

マレスケに連絡を取れるのは、パスワードを知っている人間に限られていた。

情報は全て様々なセキュリティロックによって制御されていたのだ。

名前を名乗らないにせよ、連絡を取り合える人物が不審者であることはない。

ジュード=イトー艦長は椅子から立ち上がり、興奮した様子で命令を飛ばした。

 

「モビルスーツ部隊、速やかにオフショルの回収に向かってくれ。

 ノギダムとヨシツネには連絡を取り、すぐに基地から離れるように言え!」

 

 

・・・

 

 

「なーんだ、やっぱり罠だったんだ」

 

第46部隊の量産型モビルスーツ、ノギスナイパーに乗り込んだザキ=レナ少尉はそう言った。

パイロットスーツに身をまといながら、コックピットの中でヘルメットを装着した。

 

「ねっ、私の言った通りだったでしょ?」

 

ザキ=レナが話しかけているのはモニターに映っていた、

同じように隣のノギスナイパーに乗り込んでいたミリオン=ラブ少尉だった。

彼女には、観たところまだパイロットスーツは大きく感じられる。

新しく入って来た三期生パイロットを除けば、ミリオン=ラブ少尉は最年少だった。

まだ戦争に出るような年齢ではないはずだ。

 

「マナ=ツー大尉が転んだんだって、それを回収に向かわれたし、だってさ。

 なんかさ、あのオフショルってモビルスーツ、重力のある場所ではバランスが悪いと思うんだよね。

 設計段階から疑問が出なかったのかな、重心が上に偏りすぎなんだよあれ」

 

出撃準備を進めながらザキ=レナは饒舌になっていた。

自分が思っていた通り、敵基地が罠である可能性が高くなり、多少興奮していたのだった。

 

「ねえ、アヤメもそう思わない?」

 

ザキ=レナはモビルスーツの整備を続けていたアヤメ=スズミにモニター越しに話しかけた。

パッド型コンピューターを片手で胸に抱えながら、アヤメ=スズミは黙々と作業を続けていて返事はなかった。

 

「マナ=ツー大尉が転んだの、あれネタなのかな?」

 

アヤメから返事がなかったので、ザキ=レナはまたミリオン=ラブに話を振った。

モニター越しにため息をつくような音が聞こえた後。

 

「いや、ネタじゃないと思うんだけど、前に一回ふざけて転んでるの見てから、

 なんかもう全部ネタにしか思えなくなってしまったかも」

 

「だよねー、だよねー、そうだよねー」

 

自分の思いをわかってもらえたことが嬉しかったのか、

ザキ=レナは嬉しそうにそう返した。

これから戦場に出るという緊張感は微塵もなかった。

 

「まっ、私達二期生パイロットの任務なんてこんなもんだからさ。

 さっさとオフショルを回収して戻ってくればいいだけだから。

 アヤメもくればよかったのに、艦内にいても気が滅入るだけでしょ?」

 

「・・・私、出撃命令、出てないから」

 

「あっ、そうだっけ?

 アヤメがジュード艦長にメカいじりの方がいいとか言うからじゃん」

 

アヤメ=スズミは何も言い返さなかった。

ミリオン=ラブが代わりに口を開いた。

 

「いいじゃん別に、人それぞれだし」

 

「ま、そりゃそうだけどさ」

 

そんなことを言っている間に、ノギスナイパー達は次々と出撃デッキに上がっていった。

アヤメ=スズミはその様子を見送りながら、二人が無事に帰ってくることを心の中で祈った。

 

「ザキ=レナ、ノギスナイパー、出ます!」

 

「ミリオン=ラブ、ノギスナイパー、いきます!」

 

二人のノギスナイパーはマレスケの出撃デッキから勢いよく飛び出して森の中へ消えて行った。

 

 

・・・ 

 

 

「こんなところにあったのか・・・」

 

マイ=シロイシと別れて先へ進んだワカ=ムーンは、

茫漠と広がる森林地帯がやがて開けてくるのがわかった。

そこには先日、ヨコハマ地方政府を襲撃したテロリスト達の基地と思われる設備があり、

数隻の戦艦やモビルスーツなどが基地内に配備されている様子が見て取れた。

 

コロニー内で起こるテロリズムの種類として最も多いのが要人の襲撃だった。

テロリスト集団の要求はコロニーの独立自治を地球連邦政府に認めさせることであったにも関わらず、

政治的な方面では太刀打ちできないことを知り、それはやがて暴力という形に性質を変えて行った。

モビルスーツが生み出される以前は、地球連邦政府に媚びる地方議員の暗殺や街頭での無差別自爆テロなどが主な活動だったのだが、

今となってはその気になれば地方政府の建物を襲撃し、全てを一日の間に灰にしてしまうことが可能になってしまった。

そうして先日、ヨコハマ地方政府の議員宿舎がモビルスーツ部隊に襲撃され、議員の半数が殺害されるという悲惨な事件が起きてしまった。

地球連邦政府軍第46部隊、つまり戦艦マレスケがここヨコハマに送り込まれたのはそのためであった。

 

「連邦政府からの情報は間違っていなかったってことか・・・」

 

敵基地の周囲を散策しながら、ワカ=ムーンは基地の規模を冷静に分析して行った。

かなり大規模な施設であることは間違い無いのだが、それにしては静かであり、倉庫と思われる設備を数に入れても、

それほどの戦艦やモビルスーツが収容されているとは思えない。

 

(・・・主戦力はもう別の場所に移ってしまった後なのか?

 この程度の数であれば、私一機でもやれないことはない・・・)

 

ワカ=ムーンは先日、マレスケの休憩ルームで見た議員宿舎襲撃のニュースの映像を思い出していた。

街中にいる大勢の人々がまだ避難できていない中、敵機モビルスーツ部隊が街を破壊しながら進行し、

彼らの目標である議員宿舎に対して何の警告もなく一斉射撃を行った。

会議を開いていた議員や地球連邦政府からの出張者達は、倒壊する建物の中で多くが死傷して行った。

地球連邦政府の軍が到着しなければ、テロリスト達は無差別な殺戮を続けていたかもしれない。

 

(・・・あんな惨劇はもうたくさんだ、それを未然に防げるのなら!)

 

ワカ=ムーンはモビルスーツ、ヨシツネのビームサーベルを抜いて構えた。

一機で基地内に突撃しようとした時、後ろからヨシツネの肩を抑えたのはノギダムだった。

 

「待ちなさいワカ=ムーン大尉、命令違反です。

 あなたの任務は偵察だったはずよ」

 

「・・・マイ=シロイシ少佐、無事だったんですか。

 しかし、この規模であればヨシツネ一機でも・・・」

 

「気持ちはわかります、先日の事件のニュースを見た者は、みんなあなたと同じ気持ちを持っています。

 でも、あなたが独断先行してしまったら、それは命令違反として処罰されてしまうのは避けられない・・・」

 

ワカ=ムーンは何も答えることができなかった。

だが、時間が経過すればするほど、主戦力が戻ってきて基地を攻めるのは再び難しくなるかもしれない。

手薄になっている今がチャンスなのは間違いない、しかしマレスケに報告をすれば待機を命じられるのはわかっていた。

現場の判断で動いた方が得策なことは山ほどある、組織的に動くことは時に決定的なチャンスを逃してしまうこともある・・・。

 

「もう少しだけ待って、私がマレスケに報告をするから。

 ノギダムとヨシツネの二機を持ってすれば、敵基地に壊滅的なダメージを与えられるはず。

 ジュード艦長だって、それであれば私たちの意見を認めてくれるかもしれない」

 

ワカ=ムーンは歯を食いしばりながら、肩に入っていた力を抜いてビームサーベルをしまった。

だが、ノギダムの力を持ってすれば艦長が認めてくれるという意見は至極真っ当なものであり、

自分が反論する余地など残ってはいなかったのも事実だった。

 

「マレスケ、こちらノギダム、聞こえますか?」

 

「ジュード艦長、ノギダムより連絡です」

 

「回線つなげ!」

 

「ジュード艦長、敵基地を発見しました、基地の規模は大きいですが、内部はかなり手薄のようです。

 主戦力が出払っている今、ノギダムとヨシツネの二機で先制攻撃を仕掛ければ、敵基地の機能の大半を破壊することができると思います」

 

「わかった、よくやってくれたマイ=シロイシ少佐、すぐにヨシツネを連れて帰還してくれ」

 

「撤退ですか!?」

 

「こちらに新しく入った情報では、敵基地に大量の爆薬があるという、これは罠かもしれないんだ」

 

「爆薬が!?

 でも、どうして?」

 

「わからん、考えるのは後だ、速やかにその場を離れてくれ。

 コロニー内に潜んでいる連邦政府のスパイからの情報かもしれない」

 

「・・・了解!」

 

マイ=シロイシは腑に落ちない表情のまま回線を切った。

 

「これはどういうことなんだろう?

 先日の連邦政府から提供されたものとは全く違う内容だ」

 

無言になってしまったマイ=シロイシの気持ちを代弁するようにワカ=ムーンはそう言った。

 

「連邦政府が敵からの情報リークに踊らされてたってこと?

 それとも、政府内でも違う筋からの情報源ってことか?」

 

「・・・わからない、でもとにかく、この場を離れましょう!」

 

ノギダムとヨシツネは帰還命令に従い、敵基地に深入りすることなく撤退を始めた。

その時、敵基地からモビルスーツ部隊が出現し、二機に対して攻撃を始めた。

まるでこちらの動きを察知した結果、二機が撤退するのを防ぐかのように・・・。

 

「疑いが確信に変わったね」

 

「やっぱりこれは罠だったのね・・・ここはノギダムで防ぎます、ヨシツネは先に撤退してください!」

 

ワカ=ムーンはその言葉に従って先に撤退を始めた。

階級が上のマイ=シロイシ少佐に逆らうことなどは許されなかったからだ。

自分が所属している軍では、何か大きなものに巻かれて生きていくしかない。

 

(・・・私にできることって・・・)

 

 

 

・・・

 

 

ノギダムが防戦をしながらヨシツネと撤退を始めた後、

敵基地の奥の倉庫の一つが大きな爆発を起こした。

その爆発がまた違う倉庫を誘爆し、凄まじい爆風が二機にまで届いてきた。

ノギダムを襲っていた敵のモビルスーツの中にはその爆風を背中に受け、森の中へ堕ちて行ったものもあった。

 

「まだ味方が基地内に残ってるのに!」

 

「ノギダム、ヨシツネ、撤退の速度を上げろ。

 敵は自爆覚悟でこの作戦に挑んでいると見た、テロリスト達は命が惜しくないんだ」

 

「・・・了解!」

 

ノギダムはシールドを使ってヨシツネを爆風から守りながら撤退を続けた。

爆薬が次々と誘爆し、基地内の倉庫は全て爆発を始めた。

その衝撃で基地内に残っていた戦艦もモビルスーツ部隊も爆発に巻き込まれてしまった。

中には逃げ出そうとして間に合わなかったモビルスーツもあった。

 

 

 

「こりゃ思ってたよりすごいわ・・・」

 

マナ=ツーの乗るオフショルを回収しながら、ザキ=レナはそう呟いた。

森の奥地で大規模な爆発が起きるのをモニターで確認したからだった。

 

「あの二人は大丈夫だったのかな?」

 

ミリオン=ラブは同じようにオフショルを抱えながらそう尋ねた。

 

「ノギダムがいれば大丈夫だよ、あの人はうちらと違って最強のニュータイプだから」

 

ザキ=レナとミリオン=ラブが二人だけの回線をつないでやり取りをしていると、

突然、マレスケからの回線が繋がってジュード艦長の声が響いた。

 

「ノギスナイパー、何をもたついてる、さっさとオフショルを連れて帰還しろ」

 

「・・・了解!」

 

ザキ=レナはそう言った後、回線が切れたのを確かめた。

 

「まったく、うちらの扱いは雑なんだから」

 

「私、こんな扱いが続くんだったら、もうやさぐれちゃおうかなー」

 

そんなことを言いながら、ノギスナイパー二機はオフショルを連れて無事にマレスケまで帰還した。

 

 

・・・

 

 

 

「ノギダムとヨシツネ、無事に敵基地より離脱を確認しました」

 

ミサ=ミサがそう告げるのを聞いて、ジュード艦長はホッと胸をなでおろした。

いつの間にか興奮して立ち上がってしまっていたことに気づき、ようやく落ち着いて椅子に腰を下ろした。

 

「それにしても、いったいどういうことだ?

 連邦政府からの情報によって我々はここへ赴くことになり、

 また何者かの情報によって、難を逃れることができた・・・」

 

「ノギスナイパー二機、無事にオフショルを連れて帰還しました」

 

マイ=チュンがそう叫ぶと、ジュード艦長はまた思案から戻ってきた。

 

「よし、オフショルのダメージ状況を調べろ、メカニック達に修理を急がせるんだ。

 パイロット達は休ませろ、またいつ出撃命令が出るかわからんからな」

 

ジュード艦長はまた椅子から立ち上がり、ミサ=ミサの肩に手を置いた。

 

「あとは頼んだ、俺も少し休むことにする」

 

「わかりました」

 

ジュード艦長はそう言って艦内の自室へと下がって行った。

 

 

・・・

 

 

二機のノギスナイパーが連れて帰ってきたオフショルはマレスケに収容された。

コックピットの中からマナ=ツーが出てきて、どこか申し訳なさそうな表情をしていた。

 

「ごめんなさい、ホントごめんなさい」

 

マナ=ツーはすれ違うメカニック達に申し訳なさそうに頭を下げた。

自分の不甲斐なさが悔しくて、目にはうっすらと涙を浮かべているのがわかった。

 

「あっ、ごめんねー!」

 

大きな声で叫んだのは、遠くにいるメカニックスタッフが目に入ったからだった。

彼女はいつもモビルスーツの修理・整備をしてくれている腕利きのメカニックだ。

彼女も大声で謝罪の言葉を述べたマナ=ツーに対し、艦内に響く大声で返事をした。

 

「わざとじゃないんでしょー!?」

 

「うん、わざとじゃないんだけど、ごめんねー!」

 

「大丈夫、大丈夫、うちらで修理やっとくからー!」

 

第46部隊のメカニック、ズミリー=リングイネはとてもいいやつだった。

 

 

「ふぅ、これでオフショルをコロニー内で使うのは無理だって、艦長もわかってくれるかな?」

 

ノギスナイパーのコックピットから出てきてヘルメットを取ったザキ=レナがそう言った。

 

「適材適所ってものがあると思うのよ、いくらニュータイプだからって、なんでもできるわけじゃなし。

 陸戦だったらノギスナイパーを援護に出した方が、ノギダムの役には立つと私は思うんだけど」

 

同じくノギスナイパーから出てきたミリオン=ラブに対してザキ=レナはそう自分の意見を述べた。

理路整然としていたザキ=レナの意見に反論する余地は残っておらず、

ミリオン=ラブは何も言わずに、ただ謝罪を続けていたマナ=ツーと大破したオフショルを交互に見つめていた。

 

「あっ、アヤメお疲れ、ノギスナイパーの整備よろしくねー」

 

自室に戻る途中、すれ違ったアヤメ=スズミの肩をポンと叩いてザキ=レナはそう告げた。

 

「・・・戦闘には巻き込まれてないし、二機とも弾は減ってないから」

 

ミリオン=ラブは去り際にそうアヤメ=スズミに言った。

アヤメ=スズミは無言でコクリとうなずいてノギスナイパーの整備に向かった。

 

 

・・・

 

 

「あらーまた足だけやられちゃったかー」

 

足が大破したオフショルを見上げながらズミリー=リングイネが言った。

モビルスーツの全長は約20m、奈良の大仏を見上げるような感覚に等しい。

 

「マナ=ツー大尉の好みに合わせてるから、そりゃそうなるよね」

 

修理工具を準備しながら、同じメカニックのゴン=リザがそう言った。

彼女はオフショルの設計から立ち会っていたメカニックの一人であり、

肩の部分の装飾や短いスカート型のデザインという従来では難しいリクエストを請負った。

可愛らしいデザインに携わりたいと思っていた彼女にとっては、オフショルの設計に関われたことは光栄であったが、

重火力の武器に重点を置き設計されたため、背中につけている弾薬の重量もかなり大きくなり、

またその弾薬を正面から見えないように隠すために頭部を大きく設計してしまった。

だが、マナ=ツーのこだわりの強いリクエストに従い、足は細く設計し、本来は装甲となるスカート部分もかなり短くしてしまったため、

上半身が重く、機動力に欠けるモビルスーツとなってしまったのである。

 

「おまけに結構可愛いデザインだから、戦場でも目立つしね」

 

ズミリー=リングイネも修理工具をまとめながらそう付け足した。

ゴン=リザの設計によって可愛いデザインが実現したのだが、今のところ戦場ではそれが色々とあだになってしまっていた。

 

「でもジュード艦長には好評なんだよ、陸戦では使いにくいことを承知でもこうして使ってくれてるし」

 

「まあ、そりゃマナ=ツーがニュータイプだってこともあるんじゃない?」

 

二人がオフショルの修理に取り掛かろうとして話をしていたのを、

アヤメ=スズミは横を通り過ぎながら聞いてしまった。

 

ノギスナイパーのコックピットにたどり着いたアヤメ=スズミは中に入って椅子に座った。

電源を入れて各機能が異常なく正しく動くかチェックを続けて行く。

ミリオン=ラブの言っていた通り、モビルスーツの弾は一つも減っていなかった。

 

 

メカニックたちが整備を続けていると、やがて敵基地から離脱したノギダムとヨシツネが帰還してきた。

他の乗組員たちは二機のモビルスーツを収容するための準備に取り掛かっていた。

 

「ノギダムはまた無傷か」

「そりゃそうだ、マイ=シロイシ少佐が乗ってるんだぞ」

 

アヤメ=スズミが整備を続けている中、他のスタッフ達は口々にそんなことを言った。

誰が無傷で帰還した、誰の弾の減りが早い、誰の機体にダメージがいつも多い。

そんなことを噂するのが日々の彼らの習慣だった。

パイロット達もそんな噂が飛び交っていることを知っているので、

マナ=ツーのように周囲に気を使って謝罪周りをすることにも繋がっていた。

 

アヤメはノギスナイパーのチェックを終え、帰還してきたノギダムの方へと向かった。

コックピットに辿り着いた時、開いたコックピットからマイ=シロイシが降りてきた。

彼女はアヤメ=スズミの前に立つと、両手でヘルメットを外した。

ヘルメットの中から彼女の白い肌が露わになり、長い髪が解放されて、それはとても美しかった。

 

「アヤメ=スズミ少尉、ノギダムの整備をお願いね」

 

「はい」

 

ノギダムは真っ白なカラーリングをしたモビルスーツだったが、

そこから降りてきたパイロットスーツも白、おまけにヘルメットを取った素肌も真っ白で、

彼女が帰還した時には、いつも周囲のスタッフがその美しさに見とれてしまうほどだった。

 

アヤメ=スズミは入れ替わるようにしてコックピットに入って椅子に座った。

電源を入れて各部が正常に作動するのかを確かめて行く。

 

「・・・はぁ」

 

ノギダムのコックピットに入るたびに、アヤメ=スズミはいつも自分の手が震えるのがわかった。

その震える片手を、もう一方の手で押さえながら、彼女は与えられた仕事を淡々とこなして行った。

弾数はかなり減っていることがわかったし、エネルギーもかなり消費していた。

自分が乗り込んでいるコックピットには、まだ戦場の生々しい匂いがこびりついているようにも思えた。

 

 

・・・

 

「なんでそういうことになるんですか!?」

 

ノギダムの整備を終えたアヤメ=スズミは自室に戻る際にジュード艦長の怒声を耳にした。

会議室の扉は閉められているが、あまりにも声が大きかったので部屋から漏れ出てしまっていたのだ。

 

「我々は独自のルートで入手した情報に基づいて判断を下したまでです!

 その情報がなければ、我々は今こうして話ができていたかどうかも怪しいものです!」

 

止むことなく聞こえてくる怒声に、アヤメ=スズミは思わず部屋の前で足を止めてしまった。

無意識のうちに何の話をしているのか、好奇心が押さえきれなくなってしまったのだろう。

 

「盗み聴きは良くないな、アヤメ=スズミ少尉」

 

ドキッとして声のする方を見ると、そこには腕組みをしたワカ=ムーンが立っていた。

 

「すみません、通りかかったら偶然声が聞こえたもので」

 

「わかってるよ、私だって、その中で何が起きてるのか、大いに興味があるしね」

 

そう行ってワカ=ムーンはアヤメ=スズミの方へと近づいてきた。

肩をポンと叩いて「見なかったことにするよ、だから私たちも何も聞かなかったことにしよう」と行って通り過ぎた。

 

「いつもヨシツネの整備をしてくれてありがとう。

 少尉が整備をしてくれるようになってから、とても調子がいいんだ」

 

「あっ、いえ」

 

ワカ=ムーンはそのままどこか別の場所へ行ってしまった。

会議室の中からまだ怒声は続いていたが、アヤメ=スズミは聞かなかったことにして自室へと戻った。

 

 

・・・

 

 

自室に戻ってから、アヤメ=スズミはしばらく眠った。

いつ敵の襲撃があるかわからない艦内では、眠れる時に眠るのが乗組員の仕事でもあった。

 

自室の電話が鳴る音で彼女は目覚めた。

電話を受けると、室内のモニターに相手の顔が映し出された。

少し大きめのTVサイズのモニターが各部屋に備え付けられているのだ。

 

「やっほー、アヤメまだ寝てた?

 ごめんごめん、一緒にご飯でもどうかなと思って」

 

モニターに映ったのはザキ=レナの顔だった。

 

「わかった、準備するからもう少し待ってて」

 

「オッケー、じゃあミリオンと先に食堂に行ってるから」

 

そういうとモニターは勝手に消えてしまった。

アヤメ=スズミはベッドから起き上がり、髪を整えて服を着替えてから自室を出た。

 

 

・・・

 

 

「おーい、ここ、ここ!」

 

アヤメ=スズミが食堂に辿り着くと、先に席に座っていたザキ=レナが手を振っていた。

その席のところまで近づいて、アヤメ=スズミは彼女の向かい側に着席した。

斜め向かいにはミリオン=ラブも座っていて、彼女はもう食後のプリンを口にしていた。

 

「アヤメ遅いからもうミリオンがプリンまで食べちゃってるよ」

 

「・・・ごめん、ちょっと考え事してたから」

 

眠る前に偶然会議室から聞こえてきた怒声について彼女は気になっていた。

あの怒声はこのあいだの敵基地が自爆した作戦と何か関係があるのだろうか。

 

「アヤメは真面目だからね」

 

「そんなことないよ」

 

そう言ってからアヤメも遅めの夕食を取り始めた。

作戦のたびに食事の時間は不定期になり、仮眠をとる時間もバラバラだったが、

この艦に乗り込んで以来、こうした不規則な生活にも慣れてしまっていた。

最前線で活躍しているパイロットや、不眠不休で修理を担当しているメカニックに比べれば、

まだ自分は恵まれている方だとすら、アヤメ=スズミは考えていた。

 

「何を考えてたの?」

 

プリンを食べ終えたミリオン=ラブがそう尋ねた。

 

「決まってるじゃん、今朝のよくわかんない作戦についてでしょ?

 連邦政府から知らされた情報で敵基地の偵察に出たのに、それがどういうわけか罠だったなんて。

 しかも、よくわからない筋の情報で間一髪で爆発に巻き込まれずに済んだって。

 私たちはそんな曖昧な指揮の元で前線に出るんだから、たまったもんじゃないわよ」

 

ザキ=レナの言葉に、ミリオン=ラブもアヤメ=スズミも何も返せなかった。

三人が黙っていると、向こう側からマイ=シロイシ、ワカ=ムーン、マナ=ツーの三人がやってきた。

食事をとっていた三人は速やかに立ち上がり、敬礼をした。

 

「お疲れ様、でも食堂ではそんなにかしこまらなくていいのよ、みんな疲れてるんだし」

 

マイ=シロイシは三人にそう告げて向こう側へ歩いて行った。

ワカ=ムーンとマナ=ツーと一緒に食事を摂る様子だった。

 

「さすがニュータイプ部隊は余裕があるっていうか」

 

敬礼するために立ち上がっていた三人は、また椅子に腰を下ろした。

ザキ=レナは敬意と多少の皮肉を込めてそんなことを言った。

 

「でも、私たちが今日までやってこれたのは、ニュータイプ部隊のおかげだし」

 

「ま、それを言われちゃ何も言い返す言葉はないんだけどね」

 

アヤメ=スズミは何も言わずにマイ=シロイシの方を見つめていた。

あれだけの激戦をくぐり抜けた後だというのに、冷静な表情で周囲を気遣う余裕も持っているなんて。

 

「でも、アヤメだって毎日ノギダムの整備をしてるわけだし、乗ろうと思えば乗れるでしょ?

 実際、この艦の中で一番モビルスーツに詳しいのはアヤメじゃないかって、わかってる人はわかってるんだしさ」

 

ザキ=レナはそう言ってくれたが、アヤメ=スズミはあのノギダムのコックピットに乗った時に感じる、

手の震えを思い出してはバレないようにそっと自分の手を抑えた。

自分がこの艦の主力兵器であるノギダムを操縦するなんてことは、恐れ多くもあり、想像もできなかった。

 

「・・・詳しいのと乗りこなすのは別だと思う」

 

「そうかな?

 でもアヤメだって元々はパイロット志願だったんでしょ?

 今はメカニックばっかりやってるけどさ」

 

「アヤメは自分にはその方が合ってるって言ってるんだよ。

 別にパイロットだけが一番偉いわけじゃないしさ」

 

ミリオン=ラブはそう言ってアヤメをかばってくれたが、

ザキ=レナは何か腑に落ちない様子だった。

 

「そうかな?

 じゃあどうしてみんなこの食堂でニュータイプ部隊にあんなに過剰に気を使うわけ?

 結局、パイロットがいなきゃみんな今までやってこれなかったのは事実だよ」

 

アヤメ=スズミは食事があまり喉を通らず、もう食べるのをやめてデザートのプリンに手を伸ばした。

殺伐とした毎日の中で、プリンだけは自分の唯一の心からの楽しみだった。

 

「連邦政府の高官達が、第46部隊のことをニュータイプ部隊って呼んでるの知ってる?

 数々の激戦を切り抜けてこられたのは、彼女たちがいたからだってもっぱらそういうことになってるの。

 だからジュード艦長も、ニュータイプ部隊ばっかり贔屓して前線に送り込むわけで・・・。 

 ま、ニュータイプじゃない私たちには、そんなことはどうでもいい話だけどね」

 

ザキ=レナは自虐的にそう言ったが、別にニュータイプ部隊に恨みを持っているわけではないことをアヤメ=スズミは知っていた。

ただ、彼女は自分が前線に出られないことが残念で、ジュード艦長に対しては多少の恨みを抱いていたかもしれなかった。

 

「ニュータイプなんて、誰もまだその存在を科学的には認めていないのにね」

 

「人類が宇宙に出ることで、その能力を開花させることができた人たちのことでしょ?

 既存の枠にとらわれないで自己の能力を発揮することができて、そうであるがゆえにモビルスーツの操縦もうまいって。

 でも、そんな定義が曖昧なもの、誰も正確に把握なんてできないから、結局は結果主義で判断されてるだけに過ぎない。

 だから激戦をくぐり抜けたこの第46部隊の一期生パイロットが、そのニュータイプだと噂されるようになった」

 

アヤメ=スズミは何も言わずにプリンを食べ続けた。

その甘い味だけが自分を慰めてくれるような気がしていた。

 

「でもこういうのは選民思想って言って、極めて危険な思想であることは歴史を学べばわかることでね。

 だけど連邦政府の高官達は、利用できるものは利用するだけだから、一期生パイロットを神格化して行って、

 それをテロリスト達を抑え込むための手段として使おうとするから、ノギダムだって連邦の白いやつって恐れられるようになった。

 だから今朝の作戦みたいにさ、まともなテロリスト達はもうノギダムを普通のやり方では相手にしなくなる。

 自爆覚悟で刺し違えてもノギダムを破壊しろって、そんなバカみたいな作戦がテロリスト達の中で正当化されてしまう」

 

ザキ=レナはそこで飲み物を飲んで一息ついて話を続けた。

 

「おまけにニュータイプでもない私たち二期生パイロットは、ニュータイプ部隊の後方支援にしか回されなくて、

 どう活躍したって褒められることもないし、縁の下を支えてることも連邦政府の高官達には見えてない。

 私たち二期生なんてのは、連邦軍にとっては使い捨ての駒でしかないんだよね、いくらでも取り替えがきくと思われてる。

 どうせ連邦軍にとってはノギダムだけいれば事足りるんだから、あとはどうにでもなればいいと思ってる」

 

アヤメ=スズミは話を聞きながらマイ=シロイシの方を見つめていた。

各コロニーでテロリズムが発生すれば、連邦政府は第46部隊に出動を命じ、いつもノギダムを最前線に送り込んできた。

連邦軍が秘密裏に作り出したモビルスーツ、ノギダムはマイ=シロイシというニュータイプパイロットを得たことで、

もはや敵無しの強さを手に入れ、ほぼ一機だけで不利な情勢でも覆せるまでになってしまった。

今の連邦軍でマイ=シロイシの名を知らぬものはいないし、彼女のいない第46部隊すら考えられなくなっていた。

 

「ちょっと、ザキ声が大きいって」

 

ミリオン=ラブがそう言ったのは、彼女がマイ=シロイシにこちらの話が聞こえてしまったと気づいたからだった。

アヤメ=スズミが見つめていたマイ=シロイシは、おそらく途中でこちらが何の話をしているのか気づき、

申し訳ないような、気を使った表情で時々こちらを横目で見ていた。

ノギダムに乗っている彼女には彼女なりの悩みや苦労もあったのかもしれない。

 

「別にいいよ、私はニュータイプ部隊に憧れたから第46部隊を志願したんだし、

 マイ=シロイシ少佐を恨んでいるわけでもない、私は私なりにここで頑張るだけだから。

 ただジュード艦長のニュータイプ贔屓には、ちょっと不満はあるけどね」

 

食事をしながら、いつの間にか話に夢中になってしまっていたザキ=レナは、

ようやく話をやめて目の前にある餃子を食べ始めた。

アヤメ=スズミが見る限り、彼女はよく餃子を食べていた。

それが彼女の好物かどうかはわからなかったが、彼女なりのポリシーがあったのかもしれない。

 

「アヤメはさ、いつかノギダムに乗りたいとか思わないの?」

 

「・・・」

 

ザキ=レナの質問に、アヤメ=スズミは何も答えなかった。

 

「アヤメってさー、不思議だよねー。

 どうしてこの第46部隊を志願したの?

 さっきも言ったけど、元々はパイロット志願だったんでしょ?

 なのにメカニックばっかりやってて、あのデザインが可愛いとか、エンジンの音がいいとか、

 どんどんマニアックな方向にばっかり進んで行ってる気がするんだけど」

 

「別に・・・私はもともとオタク気質だから。

 飛行機とか見るのが好きだったし・・・」

 

「何?見る専門なわけ?」

 

「いや、乗るのも好きだけど」

 

「じゃあさ、ノギダム乗りたくないの?」

 

「・・・」

 

ザキ=レナの質問に、またアヤメ=スズミは答えなかった。

パイロット候補生として訓練を受けた彼女は、大抵のモビルスーツの操縦であれば苦もなくこなせる力はあったのだが。

 

「私は乗りたいよ。

 いつか、ノギダムに乗って最前線で戦うのが夢だから」

 

そう言ってザキ=レナは食べ終えた食器を持って席から立ち上がった。

一人で食べ終えた食器を戻し、そのまま手を振って部屋に戻って行った。

 

「私はさ、もうずっとこんな感じでやってるから、ノギダムに乗りたいとか、

 そういうのはもうよくわからないけど、仕事の後でこんな風に美味しいプリンが食べれたらそれでいいかな」

 

ミリオン=ラブはそう言ってアヤメ=スズミの方を見て笑った。

その意見に無言で同意するように、アヤメ=スズミはプリンを口へと運んだ。

 

 

・・・

 

 

 

翌朝、アヤメ=スズミは艦が起動する音で目を覚ました。

しばらくの間、このヨコハマにずっと寄港してしていたマレスケが、

艦長から何の指示もなく動き出し、どこかへ向かおうとしているのだった。

 

自室の電話が鳴りモニターをつけると、オペレーターのミサ=ミサが映った。

 

「一期生、二期生および三期生パイロットに告ぐ。

 すぐに準備をして十分後に全員ブリッジまで来るように、以上」

 

それだけ言って、モニターはすぐに消えてしまった。

全員集合の命令が出たということは、この艦が起動したのと無関係ではなく、

何らかの今後の方向性が示されるのではないかとアヤメ=スズミは思った。

 

 

「諸君らに集まってもらったのは他でもない、マレスケは今朝七時をもってヨコハマを離れゼルコバを目指す進路をとる。

 本日より、三期性パイロットは全員昇格し、今後はモビルスーツでの出撃も想定して配置についてもらう、以上!」

 

ジュード艦長のその言葉に、パイロット達の間ではどよめきが起きた。

まだ第46部隊に配属されて間もない三期生パイロットの全員昇格というサプライズ人事を含め、

ヨコハマを離れて向かう先がゼルコバであったことも、誰もがすぐには理解できなかった。

 

ゼルコバというのは最近ようやく建設が終了した新しいコロニーの一つであり、

地球から最も遠い位置に造られ、その設備には最新技術が使用されていた。

だが、地球連邦政府はそのコロニーを「バード」と名付けており、誰もゼルコバとは呼んでいなかった。

 

そしてこのコロニーは地球から最も遠い位置にあったために、地球連邦政府の統治が進まなかった。

むしろ、反地球連邦の政治的意志を持った人々の寄り合い所帯となって行ったことが連邦政府の頭痛の種となっていた。

やがて、バード内にはテロリスト達とも違った形で、地方政府が民主的な制度を通して独立を目論むことになり、

その名を「ゼルコバ」と呼び改めることになったが、もちろん地球連邦政府はそんな呼び名をいまだに認めてはいない。

ゼルコバは今までの各コロニーが求めていた自治権をはるかに超える独立国家の樹立を目論んだことから、

地球連邦政府との対立は深まり、いつ軍事行動によって鎮圧作戦が行われてもおかしくない状況にはあった。

連邦軍の第46部隊がゼルコバを目指すというのであれば、それはすなわち戦争が始まったことを意味し、

彼らの掃討作戦に駆り出されたことになるのだが、そうであればジュード艦長が「バード」と呼ばないことが奇妙だった。

敵が作り出したゼルコバという名を尊重し、用いるのはどう考えても矛盾していた。

 

「ジュード艦長、お言葉ですが」

 

手をあげて発言したのはザキ=レナだった。

 

「これだけの不十分な説明では私達には現状が理解できたとはとても思えません。

 連邦軍の高官達がどう思っているのかは存じ上げませんが、

 私達パイロットにだって知る権利はあるのではないでしょうか?

 それとも、軍は私達のことを使い捨ての駒だとでも思っているのでしょうか?」

 

彼女があまりにストレートな物言いをしてしまったことで、

その場にいたパイロット達は声も発せずに静まり返った。

誰もが心に思っていたことを代弁してくれたのが彼女であったが、

艦長に対してそんな物の言い方をするのは誰にでもできることではなかった。

 

「艦長、ザキ=レナ少尉の意見はもっともです。

 私達も、それだけの説明では納得がいきません。

 もう少し詳細をお聞かせいただけないでしょうか?」

 

ザキ=レナをフォローしたのはマイ=シロイシだった。

突然の想定外の展開に、ザキ=レナは神妙に頭を下げて礼を示した。

 

「・・・俺だってどう説明すればいいのか悩んでいるんだ・・・。

 まだ全ての状況がクリアに納得できているわけではない」

 

「そうだとしても、分かる範囲でご説明願えませんか?」

 

ワカ=ムーンが艦長に対してそう切り出した。

誰もが事情を知りたいのは同じだった。

 

「・・・先日、連邦軍のTV会議でのことだ。

 敵基地から離脱した我々を、連邦軍本部は命令違反だと決めつけた」

 

「でも、あのままだったらみんな爆発でやられちゃいましたよ!?」

 

マナ=ツーが驚いた様子でそう反論した。

 

「我々が情報を得た何者かを、連邦軍本部は知らないと突っぱねた。

 もちろん、俺だってその情報提供者が何者であるかは実のところ知らない。

 だが、その情報通り、敵基地は爆発を起こした、その情報は何ら間違ってはいなかった」

 

渋い顔をしてジュード艦長は拳を握りしめた。

 

「あのまま敵基地に突撃していれば、我々は木っ端微塵になってしまっていただろう。

 だが、それでも連邦軍本部は得体の知れない情報を優先したと我々を責めた。

 第46部隊は軍規違反で敵前逃亡をしたと言い渡されてしまった・・・」

 

「そんな・・・それはあんまりじゃないですか!」

 

マイ=シロイシが声を荒げた。

それを聞いていたアヤメ=スズミは、会議室から聞こえてきた昨日のジュード艦長の怒声を思い出した。

あまりに理不尽すぎる内容に、誰もがきっと同じように怒りの声を上げるのは容易に想像できた。

 

「腑に落ちないのは、はじめにここに敵基地があると知らされたのが連邦軍本部からの通達だったことだ。

 それに基づいて行動した我々が、途中で罠であると気づいて離脱したことがなぜ非難されなければならないのか・・・。

 おそらく、連邦軍内部で何かが起きているに違いない、どうして我々が処分を受けなければならないのか、

 多分、このニュータイプ部隊を毛嫌いする連中の仕業だと俺は思っている」

 

「連邦軍から・・・疎まれている?」

 

ザキ=レナがそう口にした時、悲しそうに下を向いてしまったのはマイ=シロイシだった。

ニュータイプ部隊を毛嫌いするというのは、それは象徴としてはノギダムであり、パイロットとしては自分がその原因の中心である。

これまで激戦を切り抜けてきたノギダムを、連邦政府は恐れるようになり、都合よく処分してしまおうと考えたのかも知れなかった。

 

「じゃあ、これからどうするんですか?」

 

「・・・俺としてはこのような理不尽な処罰を受けるつもりはない。

 だが、真っ向から連邦軍に歯向かっては、第46部隊は反乱軍ということにされてしまう。

 そうなれば奴らの思う壺になってしまう、とはいえどこかで補給を受けなければ我々も持たない。

 だから俺たちはテロリストとは違う、永世中立国を自称しているゼルコバを頼るしかない。

 今の政治状況で連邦政府もゼルコバには迂闊に手を出せない、一触即発の戦争になりかねないからだ。

 我々はその隙をついて彼らから補給を受けようと思う、その間に時間を稼ぎ、第48部隊に連絡を取る」

 

ジュード艦長の説明に、またパイロット達はざわめいた。

第48部隊といえば、第46部隊にとっては連邦軍内の公式ライバルであり、

お互いに競い合いながら成長してきた部隊であった。

その第48部隊にも多数のニュータイプパイロットがいると言われており、

彼らは連邦軍のエリート部隊と呼ばれていた。

 

「確かに、第48部隊を取り込むことができれば、

 連邦軍本部は第46部隊に手出しをすることは難しくなるかも知れない・・・」

 

マナ=ツーは何かを考えながらそう呟いた。

 

「でも、第48部隊も連邦軍の所属です、彼らが敵になる可能性はないのでしょうか?」

 

ワカ=ムーンが疑問に思う点を指摘した。

 

「それは正直、五分五分だな。

 俺にもどうなるかは、やってみないとわからん。

 だが幸い、現在第48部隊に配属されているイカ=マリネ大尉の消息がわかった。

 彼女は元第46部隊に所属していたが、今は第48部隊に異動になっている身だ。

 彼女の身に何も起きていないのであれば、第48部隊はまだこちらの味方になる可能性はあるということだ。

 だが、地球圏にいる第48部隊の主力と連携することは、現時点では難しい。

 地球圏に近づきすぎると、他の連邦軍部隊に囲まれることにもなりかねない。

 軍の本部が我々を処分すると言っている以上、彼らが敵になる可能性は大いにある」

 

「ゼルコバだって、連邦軍の旗を掲げている私達に補給をさせてくれるでしょうか?」

 

ミリオン=ラブがそう尋ねた。

ジュード艦長が話した作戦が、必ずしもうまくいくとは思えないのは、

おそらくほぼ全員が感じていた不安要素だった。

 

「それはわからん。

 だが、ゼルコバだって連邦軍が内部対立してくれれば自分達に利があるのはわかるはずだ。

 彼らは時間を稼ぐことで、独立国家をもっと強靭にすることができるのだからな」

 

「網の目を潜るような作戦ってわけですか・・・」

 

ザキ=レナはため息をつきながらそう言った。

まさか自分達が連邦軍から追われる身になるとは、ここにいる誰もが予想だにできなかった現実だった。

 

「・・・戦争になるんですか」

 

ボソッと呟いたのはアヤメ=スズミだった。

そこにいた誰もが彼女の方を見た。

 

「誰もが戦争なんか望んではいない。

 連邦軍とゼルコバの対立だって、止められるものなら止めたい。

 だがそれは政治家に任せるしかないだろう。

 俺たち軍人は、とにかく今日を生きることだけを考えろ、解散!」

 

ジュード艦長の話が終わり、パイロット達は一斉に散って行った。

全員昇格した三期生パイロット達は、状況が状況だけに素直に喜ぶこともできず、

だがこれから始まる過酷な現実に備えるべくしてそれぞれ持ち場について行った。

 

アヤメ=スズミは一人でその場に立ち尽くしていた。

ミリオン=ラブが彼女を気にして足を止めたが、躊躇した後でその場を去って行った。

 

「・・・私だって、わかっていますけど・・・」

 

アヤメ=スズミはノギスナイパーの整備へと向かった。

 

 

・・・

 

 

「連邦軍内部の対立かー、まあわかんなくもないねー」

 

コックピットに座っていたアヤメ=スズミに対して、

ズミリー=リングイネがそう言った。

 

「昔っからだよ、変な序列ばっかつけてきたり、

 ちょっと気に入らないことがあれば、食料の補給を滞らせたり、

 連邦軍本部って、結構そういうことを平気でするからねー。

 うちらの同期でも、それが嫌でパイロットやめちゃった子とかもいたし。

 カラーリング、水色でいいの?」

 

ズミリー=リングイネはアヤメ=スズミから渡された資料を見ながらそう尋ねた。

連邦軍からの補給が受けられなくなった第46部隊は、パイロットになれるものは全員モビルスーツに乗らなければならず、

例外として許されてきたアヤメ=スズミもノギスナイパーに乗り込まなければならなくなった。

アヤメ=スズミの専用機として、カラーリングの変更をすることになり、素案をあげたのがその資料だった。

 

「いいよねー、私水色すっごい好きだからさー。

 アヤメちゃんってセンスあるよねー、このノギスナイパー絶対に可愛くなると思うー」

 

「・・・ありがとうございます。

 ズミリーさんにそんな風に言ってもらえたら、考えた甲斐がありました」

 

「いやいやー、これ絶対にいいよー、夏に海とかで乗りたい感じがするー」

 

ズミリー=リングイネはそう言って笑顔でコックピットから去って行った。

このモビルスーツに乗って、地球の海にいける日がくるかは定かではなかったが。

 

 

「う~ん、ラメつけるのも可愛いけどなー」

 

アヤメ=スズミがノギスナイパーの整備を終えてコックピットから出ると、

隣にはマナ=ツーのオフショルが並んでおり、メカニックのゴン=リザと話をしていた。

 

「でしょ?

 オフショルはそもそも肩にフリルつけてるし、スカートも短いから、

 指先にラメのネイルつけるのもありかなーって思ったりもして」

 

設計に携わったゴン=リザにはまだオフショルのデザインには進化の余地があると思っていたらしい。

 

「マナ=ツー大尉も小部隊の隊長になったんだから、隊長機らしくラメくらいいいでしょ?」

 

ゴン=リザがそう提案していると、通りかかったパイロットがこちらへやってきた、マイ=シロイシだった。

 

「ちょっとすいません、カラーリングは味方機の識別を目的として行っていますので、

 あまり派手な装飾をするのは、限られた物資でやりくりしている以上、控えていただけますか?」

 

「あっ、すいません」

 

ゴン=リザは即座に謝った。

マイ=シロイシはマナ=ツーを見ながら話を続けた。

 

「メカニックの方が提案してくれるからって、なんでも受け入れていいものではないですからね」

 

「ごめんなさい、ちょっと浮かれちゃって」

 

「まったくもう」

 

そう言ってマイ=シロイシは去って行った。

こうしてかろうじてオフショルにラメ装飾が施されるのは取りやめになった。

 

そんな話をしていた間に、ズミリー=リングイネはアヤメ=スズミのノギスナイパーのペイントの準備を整えた。

機体のボディ部分、頭部、足先、シールドの下半分などに水色の塗料が吹き付けられていった。

 

「あら、素敵なカラーリングじゃない?」

 

アヤメ=スズミが機体に色が塗られている現場を見ていると、

いつの間にか隣にはマイ=シロイシが立っていた。

普段それほど話をすることもないので、アヤメ=スズミは少し緊張してしまった。

 

「機体が色によって識別されることで、戦場でも敵味方を見分けることも簡単になる。

 噂ではゼルコバ軍の機体は全て緑色で統一されているらしいの。

 連邦軍はそこまで徹底はしていないけど、各々が好きな色をつけるのはいいと思う」

 

「でも、マイ=シロイシ少佐はノギダムに色はつけないんですよね?」

 

アヤメ=スズミは思い切ってそんなことを尋ねてみた。

マイ=シロイシは微笑みながらその質問に答えた。

 

「ノギダムはね、私は白で行こうと思うの。

 誰がなんと行っても白、それが私らしいかなーって思うから」

 

ノギダムは連邦政府からもテロリストの間でも「連邦の白いやつ」と呼ばれている。

今更カラーリングを変更するなんてのはパイロットの意向でも許されるとは思えなかったが、

本人がそう思っているのであれば、それはとても幸せなことだとアヤメ=スズミは思った。

 

「いいと思います、白、素敵ですよね」

 

「あら、アヤメ=スズミ少尉にそう言われると、なんか嬉しい」

 

マイ=シロイシにそう言われて、アヤメ=スズミは少し照れた。

パイロットとして尊敬する彼女にそんなことを言ってもらえるなんて。

 

「じゃあもし、私が白以外に塗り替えようとしたら、その時は止めてね。

 あのとき、ずっと白がいいって言いましたよねって、私も疲れすぎておかしくなって、

 なんだか間違った方向に進んじゃう時もあるかもしれないし」

 

「・・・そんな」

 

「ふふっ、冗談よ、その前にゆっくり休んで疲れないようにするわ。

 アヤメ=スズミ少尉も、これから戦場に出ることになるけど、休める時はしっかり休んでね」

 

肩をポンと叩き、マイ=シロイシはどこかへ行ってしまった。

入れ替わりにやってきたのはズミリー=リングイネだった。

 

「どうー?めっちゃいい感じじゃない?

 もうすぐでペイント終わるから、あとは乾かしたら大丈夫だよー」

 

「ありがとうございます、素敵なペールブルーになりました」

 

「なんか、これで戦うの勿体無いよねー、飾っておきたい感じ!」

 

そんなことを話していると、艦内にサイレンが鳴り響いた。

非常事態になると鳴るもので、各員戦闘配置につかなければならない。

 

「アヤメ、スタンバイだよ!」

 

ザキ=レナはヘルメットをアヤメ=スズミに投げた。

彼女はそれを受け取り、ペールブルーに染まったばかりのノギスナイパーのコックピットへと向かった。

 

 

・・・

 

「連邦軍がお相手か・・・それで、どうすればいい?」

 

ヨシツネのコックピットに座ったワカ=ムーンが電源を入れながら呟いた。

モニターにはジュード艦長の姿が映し出されていた。

 

「各員、戦闘配置につけ、敵は連邦軍の所属部隊だと確認した。

 こちらに投降を求めているが、素直に従うつもりはない。

 だが、こちらから撃てば彼らに反乱軍鎮圧の大義名分を与えることになる。

 指示を出すまで各モビルスーツはこちらからは絶対に手を出すな!」

 

「・・・了解!」

 

モニターが消えたあと、ワカ=ムーンは一人ぼやいた。

 

「無茶なことを言ってくれるよ・・・三期生の初陣だってのに」

 

三期生が昇格してから、ワカ=ムーンとマナ=ツーは小部隊の隊長に任命された。

それぞれ三名ずつ部下を任されることになり、ワカ=ムーンは新しく昇格した三期生パイロットを任されていた。

彼女のモビルスーツ、ヨシツネの横には量産型モビルスーツ、ノギスナイパーが三体並んでスタンバイしていた。

 

「アヤメ=スズミ少尉、スタンバイできてる?」

 

「・・・はい、マナ=ツー大尉、いつでも大丈夫です」

 

アヤメ=スズミはマナ=ツーの部下として配属されることになった。

同じようにミリオン=ラブ少尉、サガ=ラン少尉も彼女の部下として配属された。

 

「ミリオン=ラブ少尉、サガ=ラン少尉、今回は指示が出るまで先に撃っちゃダメだからね」

 

「・・・了解です、マナ=ツー大尉!」

 

「・・・はい、大尉も戦場で転ばないでくださいね」

 

「えっ?」

 

 

・・・

 

 

マレスケがゼルコバに到着するまであと1時間を切った時、

連邦軍はマレスケに追いつき、コロニーに着艦しようとする第46部隊に投降を促してきた。

 

連邦軍からの一斉射撃を恐れ、ジュード艦長はモビルスーツ部隊の展開を指示した。

連邦軍からの投降命令は続いているが、あと1時間ほど耐えしのげばゼルコバの空域に突入できる。

そうなれば、連邦軍といえどもその空域に無断で侵入することは許されなかった。

 

「連邦軍第46部隊に告ぐ、速やかに投降をしてわが部隊に同行せよ。

 諸君らは本部の命令により軍規違反で処罰を受ける身分である。

 我が隊の警告を無視すること、すなわちまたもや軍規違反として処罰が重くなることをご了承願いたい」

 

連邦本部部隊からのメッセージを読み上げたジュード艦長は拳を握りしめながら警告を無視し続けた。

あと三十分後にはゼルコバの空域に達するが、そこまで見逃してくれるという甘い考えは持っていなかったが。

 

「我が軍の警告を無視されるなら、貴殿の部隊は反乱軍として処罰されることになる。

 もはや連邦軍としての部隊の名を剥奪し、ただの賊軍として我々に処罰されることになる。

 そうなれば、情状酌量の余地もなく、こちらも適切な防衛手段を取らせていただくことになる」

 

続けて届いたメッセージを読み上げたジュード艦長は、握りしめた拳で椅子を叩いた。

 

「艦長、連邦軍本部隊から熱源を確認!」

 

「撃ってきたか!全軍回避運動!」

 

「こちらも撃ち返さないと持ちませんよ!」

 

「ワカ=ムーン大尉、ダメです!」

 

混乱した状況の中で、各モビルスーツ部隊は敵の攻撃を回避できたものの、

大きな的になってしまったマレスケはそうは行かず、敵の射撃をいくつか受けてしまった。

 

「艦長、こんなのナンセンスすぎますよ!」

 

ザキ=レナがそう叫んだ。

所属部隊のない彼女は、もはや独自の行動で切り込んでやろうかと思ったが。

 

(・・・このままだと第二波が来る・・・?)

 

アヤメ=スズミは敵の再攻撃が予測される中で身構えていた。

こちらから撃てないとはいえ、ミサイルを撃ち落とすくらいの防衛は自分でもできると思った。

 

だが、予想した時間に敵の第二波は来なかった。

おかしいと思い、アヤメ=スズミはコックピットのレーダーを使って索敵を始めた。

そして、連邦軍本部隊の右側から攻め込む四機のモビルスーツがいるのを発見した。

 

「・・・艦長、敵部隊の右側に正体不明機が四機紛れ込んでいます」

 

アヤメ=スズミは回線をつないでマレスケに報告を入れた。

 

「・・・どうやら戦闘行為を行なっている模様ですね」

 

「どこの所属機だ?確認を急げ!?」

 

「艦長、識別信号は出していません。

 モビルスーツの機体は四機とも全て赤色をしています」

 

艦長の方を振り返り、そう叫んだのはオペレーターのマイ=チュンだった。

 

「・・・まさか、赤い林檎?」

 

ジュード艦長は興奮して椅子から立ち上がった。

 

 

・・・

 

 

 

ゼルコバの空域まであと二十分ほどの時間を稼げば、マレスケは敵の標的になることは避けられた。

連邦軍本部隊は謎の四機のモビルスーツからの攻撃を受けていたようで、しばらく第二波を撃ってくることはなかった。

 

「赤いモビルスーツ・・・サユ=リンか?」

 

「ええ、きっとそうね・・・」

 

アヤメ=スズミの回線にはワカ=ムーンとマイ=シロイシの二人の会話が流れてきていた。

 

「隊長、サユ=リンって誰すか!?」

 

三期生の新人パイロットの一人がワカ=ムーンに回線でそう尋ねた。

 

「慌てるな新人、あれは味方機だ」

 

「じゃあ、連邦軍を攻撃してたらまずくないですか?」

 

「・・・まあ、厳密には所属は連邦軍じゃない。

 だが、この状況下でそんな正論は通じないだろうな」

 

ワカ=ムーン大尉が軽く舌打ちをしたのが回線に乗って伝わった。

これはまずい状況だと新人パイロットも十分に理解した。

 

「・・・サユ=リン、元連邦軍第46部隊所属の一期生パイロット、

 ニュータイプ能力はずば抜けているが、軍規無視で有名な問題児パイロットだった。

 ジュード艦長の判断によって第46部隊から名目上は独立し、無所属となる。

 だが、事実上は連邦軍第46部隊の別働隊としてジュード艦長の管理下におかれている」

 

ワカ=ムーンの部隊の三期生パイロットの一人が分析結果を述べた。

彼女はパイロットとしては新人だが、データ分析にかけてはスペシャリストだった。

 

「じゃあ、ジュード艦長の言う赤い林檎って異名は?」

 

ワカ=ムーン隊のもう一人の部下がそう尋ねた。

 

「それはマレスケの食堂のおばちゃんにつけられたあだ名だった。

 彼女は普通のパイロットの三倍の量のご飯を食べることで有名なので、

 食堂のおばちゃんからは『また赤い林檎が来た』と隠語として呼ばれていた」

 

「・・・」

 

「おい新人、あまり余計なことを喋るなよ。

 これは、サササのさでは解決しそうもない問題だ」

 

 

・・・

 

 

サユ=リンの部隊の攻撃により、連邦軍本部隊の攻撃は止んだかに思えたが、

連邦軍本部隊はいよいよモビルスーツ部隊を展開させて攻撃を仕掛けて来た。

ゼルコバの空域まで残り十分程度を稼げばいいだけとなっていたが、

やはり、そう簡単に見逃してくれる相手ではなかった。

 

「艦長、敵モビルスーツ部隊がこちらに向かって来ます!」

 

「艦長、こちらも撃たなければモビルスーツ部隊がやられます!」

 

オペレーターのミサ=ミサとマイ=チュンが叫んだ。

ジュード艦長は頭を抱えて判断を迷っていたが、

連邦軍本部隊がモビルスーツ部隊を展開して来たと言うことは、

サユ=リン部隊を無所属機とは認識してくれないことを示していた。

そうであれば、もうどのみち反乱軍のレッテルを貼られるのは逃れられなかった。

 

「・・・わかった、各モビルスーツ部隊は敵機を各個撃破しろ!

 マレスケがゼルコバの空域に入るまでの時間を稼げばいい!」

 

ジュード艦長の命令は、回線に乗って全てのモビルスーツまで届いた。

 

「隊長、もう撃っていいんすか?」

 

「ああ、だが焦るなよ新人、戦場で功を急げば早死にするぞ」

 

そんな話をしていたワカ=ムーン隊の目の前に、連邦軍のノギスナイパーが迫っていた。

新人パイロットはその敵機を一撃で撃ち落とし、さらに次の敵機へと向かっていった。

 

(・・・こいつ、初陣のくせにすごいな、ニュータイプか・・・?)

 

 

「やっと撃っていいんだってさ、全く無駄な時間だったね」

 

ザキ=レナの声がアヤメ=スズミのコックピット内に流れた。

 

「最初からこうなることはわかってたんだから、先に仕掛けてればよかったのに」

 

ザキ=レナはそう言ってから前線の方へと機体を動かして行った。

やってくる敵機を撃ち落とし、ビームサーベルで切り落とし、彼女はいつの間にか前線まで行ってしまった。

 

「アヤメ、後ろ!」

 

ザキ=レナの動きに気を取られていたアヤメ=スズミは、自分の後ろに忍び寄る敵機の存在に気づかなかった。

やられるかと思ったその時、「ズッキュン♡」と言う声とともにオフショルが放ったビームレーザーが敵機を破壊した。

 

「大丈夫?」

 

「・・・すみません、迂闊でした」

 

「初陣だから、あまり前に出なくていいからね」

 

そう言ってマナ=ツーの乗るオフショルは前線へと向かった。

宇宙空間では無重力なので、さすがにアンバランスな機体でも転ぶことはなく、

本来持っているニュータイプ能力を発揮したマナ=ツーは強かった。

 

 

・・・

 

 

「軍団長、いいんですか、第46部隊の加勢なんかして?

 この場面、あまり勝手に動かない方が良かったように思えますけど・・・」

 

「いやいや、あとでジュード艦長にパフェおごってもらうんやから、ここで恩を売っとかんとあかんやろ~♡」

 

赤い機体に乗り込んでいたパイロットの一人がそう告げたが、

「アップル」と言うモビルスーツに乗っていたサユ=リンは聞く耳を持たなかった。

そんな無駄話をしながらも、アップルは敵機を次々と撃ち落としては進んでいく。

食べる早さは三倍と言われていたが、パイロット能力も流石に高く、

その動きの速さは通常のモビルスーツの三倍と言っても過言ではなかった。

 

「それにしても軍団長、偶然第46部隊を見つけたのはラッキーでしたね」

 

「軍団長が食べ過ぎるから、ちょうど食料も足りなくなっていたところでしたし」

 

後続の三機も、すべて赤色のモビルスーツであり、姿形もアップルに酷似していた。

おそらく、アップルをベースに量産した機体だったのだと思われる。

 

「そうやな~、マレスケがどこに行くんか知らんけど、

 ちょっとお邪魔したところでジュード艦長も別に許してくれるやろうし♡」

 

四機は雑談をしながらも連邦軍本部隊の中心へ切り込んでは敵機を次々と撃ち落として行った。

バラバラなように見えて、四機のコンビネーションは抜群で、みるみるうちに敵戦力は削られていく。

 

「それに、こ~んな可愛いモビルスーツが四機も帰ってきたら、

 ジュード艦長もびっくりするかも知らへんな~♡」

 

「軍団長、まずいです、もうすぐ弾切れですよ」

 

「えっ、しゃあないな~、ほんじゃマレスケの方向へレッツゴ~♡」

 

四機は戦線から勝手に離脱し、進路をマレスケの方向へと変えた。

 

「あっ、あれはノギダムやんか、お~い、マイちゃ~ん♡」

 

アップルは投げキッスを送るような動きをしてノギダムに何かをアピールしながら飛んで行った。

 

 

・・・

 

 

 

「あれ?連邦軍ってこんなもんだったっけ?」

 

前線へと進みながら、ザキ=レナはそんなことを言った。

敵の戦力は思ったよりも手応えがなかったからだった。

これではテロリスト達の方がゲリラ戦を仕掛けてくる分だけやっかいだと思った。

 

「連邦軍といっても、第48部隊と第46部隊が主力なんじゃん?

 それ以外の部隊は戦闘慣れしてなくても不思議じゃないかも」

 

ミリオン=ラブはザキ=レナ機と共に前線まで出てきていた。

本当はマナ=ツー部隊に属している彼女がここにいるのはまずかったのだが。

 

「変に時間稼ぎなんかしなくても、うちらでどうにかできるんじゃない?」

 

「でも大丈夫かな、私たち二機だけ前に出過ぎじゃない?」

 

「大丈夫でしょ、マレスケも逃げるのに必死だし、誰も見てないって」

 

「ん?なんか見たことないモビルスーツがいる・・・」

 

ミリオン=ラブが発見した敵機は、腰にウォレットチェーンをつけた機体だった。

二人がその機体を見つけた瞬間、敵機はそのチェーンを腰から外して攻撃を仕掛けて来た。

 

チェーンが飛んで来たところを、二機は左右に分けて上手くかわしたが、

ビームライフルで狙い撃ちするも、その敵機は器用に銃撃をかわした。

その動きは他のモビルスーツとは違い、スピードも早く、乗っているパイロットも一般兵とは思えない。

もしかすると隊長機かもしれないとザキ=レナは思った。

 

「ねえ、こいつ、強いかも」

 

ミリオン=ラブは瞬時に感じた手応えからそう口走った。

 

「その辺の雑魚じゃないことは確かみたいね」

 

敵機はまたチェーンを伸ばして攻撃を仕掛けて来たが、

ミリオン=ラブは上手くその攻撃をかわした。

その隙をついて、ザキ=レナのノギスナイパーがビームサーベルで斬りかかった。

だが、敵機はその攻撃をかわし、ザキ=レナ機は敵機から膝蹴りを食らった。

動きが止まったところで、次の攻撃を食らうとやられると思われたが、

どこかからビームライフルの援護射撃があり、敵機は瞬時にザキ=レナ機から離れて身をかわした。

 

「ノギスナイパー、後退してください、前に出過ぎです!」

 

加勢に来てくれたのは白いモビルスーツ、ノギダムだった。

そもそも狙いはノギダムだったのか、敵機は俄然勢いを増してノギダムに襲い掛かった。

チェーンによってビームライフルは潰されてしまったが、その隙に距離を詰めたノギダムは、

瞬時にビームサーベルを取り出し、敵機のチェーンを真っ二つに斬り裂いた。

あと一撃で敵機を倒せるかというところで、他の敵機が援護に駆けつけて来た。

ノギダムはすぐにバックステップで敵の攻撃をかわしたが、目の前の敵が素手で殴りかかって来た。

その攻撃をシールドで防ぎ、蹴りを入れて撃退するも、別の敵機がビームライフルを連射してきた。

 

「当たらない!」

 

普通のパイロットではかわすことが難しいと思われた集中攻撃を、

ノギダムは神業のように俊敏な動きですべてかわしてしまった。

ミリオン=ラブは目の前でノギダムがあまりにも華麗な動きで敵を翻弄し、

次々と倒していく姿に目が釘付けになってしまった。

これが初めて戦場で見る生のノギダムの姿だった。

 

先ほど敵機の膝蹴りを食らったザキ=レナは意識を取り戻し、

朦朧とする頭で敵がどこへいったのかと瞬時に確認した。

そして、ノギダムの方を向いている隊長機の背後に隙ができていることに気づき、

ザキ=レナの乗るノギスナイパーはまたもやビームサーベルを持って斬りかかっていった。

 

「背後がガラ空きなんだけど!」

 

だが隊長機はノギスナイパーのビームサーベルをかわし、今度は片腕でモビルスーツの首を締め上げてしまった。

 

「うわぁーー」

 

「やめなさい!」

 

ノギダムの中でマイ=シロイシがそう叫んだ。

敵の隊長機はそんな叫びも聞こえないように、ノギスナイパーのコックピットに銃を押し当てた。

そのまま撃たれたら、パイロットの命は保証できない。

 

「その機体を離しなさい!」

 

マイ=シロイシはノギダムの回線を開いて隊長機に話しかけていたが、

何やら敵の要求を飲んで手に持っていたビームサーベルを放り投げた。

隊長機はまだ納得できない様子で、ノギダムの電源を落とすことを要求した。

ミリオン=ラブの乗るノギスナイパーはライフルを構えたが、

隊長機がそれに気づき、手に持っていたビームライフルを撃った。

ノギスナイパーが持っていたライフルは片腕ごと吹き飛ばされてしまった。

 

「やめなさい、わかりました、ノギダムの電源を落とします!」

 

マイ=シロイシはそういってノギダムの電源を停止した。

ザキ=レナはノギスナイパーの中で意識を失ってしまっていた。

ミリオン=ラブは、片腕をもぎ取られたノギスナイパーで隙をついて離脱し、援軍を呼びにすぐに後退した。

 

電源を落としてしまったノギダムは停止し、コックピットの中にはマイ=シロイシが取り残されてしまった。

隊長機は周囲のモビルスーツに命令し、動きの止まったノギダムを回収するように指示を出した。

 

二機のモビルスーツがノギダムを連れ去ろうとした時、

どこかから発射されたビームレーザーによって、そのうちの一機が吹き飛ばされた。

隊長機はすぐにパイロットが意識を失っているノギスナイパーを打ち捨てて、

ビームレーザーが飛んで来た方向へ威嚇射撃を行なった。

そこに現れたのはマナ=ツーの乗るオフショルだった。

 

オフショルは連続でビームレーザーを撃ち続け、数十秒の間に敵モビルスーツ数機を撃ち落としたが、

隊長機の威嚇射撃もあり、相手との距離を詰めることがどうしてもできなかった。

その間にノギダムは連れ去られてしまい、オフショルは味方機と連携して意識を失っているザキ=レナのノギスナイパーの回収を優先させた。

 

 

・・・

 

 

「たいした戦力じゃないが、これじゃキリがない!」

 

マレスケに群がる敵モビルスーツを倒しながら、ワカ=ムーンは吠えた。

ノギダムが前線へ行ってしまった後、手薄になったマレスケを狙って連邦軍本部隊はモビルスーツ隊を送り込んだ。

一部隊でしかないマレスケの戦力は限られるが、連邦軍のモビルスーツの数は圧倒的であり、

まだ経験の浅い三期生パイロットの初陣でもあり、流石に主力がヨシツネ一機では守りきれない。

 

「隊長、自分もやれるだけやってみるっす!」

 

「無理をするな新人、ただ時間を稼げばいい、マレスケがゼルコバの空域に入るまであと五分もないはずだ!」

 

「いえ、マレスケは敵に囲まれていたために足止めを食らっていました。

 ゼルコバの空域に逃れるには、まだこのペースではあと十分はかかります」

 

「これじゃあ、後処理にもまだ相当時間がかかりそうですね」

 

ワカ=ムーンの部隊に所属した三期生パイロットは優秀だったが、

この戦闘ではあまり見せ場を与えられず、散らかった戦場の後片付けの役割を担うことになった。

それもまた彼らの運命だったのかもしれない。

 

 

「・・・そうか、みんな、つまらない仕事かもしれないが、

 組織にはそれぞれ役割というものがあるんだ、みんなはそれを全うしてくれ!」

 

「了解!」

 

初陣にしては強すぎる三期生パイロットのノギスナイパーは、

マレスケに群がってくる敵機を次々と片付けていった。

 

「あれっ、隊長、おかしいっす」

 

「どうした、新人?」

 

「連邦軍本部隊のモビルスーツが一斉に撤退を始めてるっす!

 ほら、みんな一斉に逃げ帰るように去っていくっす!」

 

「どういうことだ?」

 

「隊長、見るべきは後ろかもしれません」

 

新人パイロットの一人がそう行ったので振り返ると、

ワカ=ムーンの目には三十機近くの緑色をしたモビルスーツの群れが見えた。

 

「ゼルコバの援軍か・・・助かった」

 

「連邦軍本部隊もゼルコバには手を出さないところを見ると、

 やはり彼らもゼルコバとはまだ戦争をしたくないようですね。

 このコロニーの中にいる限りはマレスケが狙われることもないでしょう。

 おまけに、援軍を送ってくれたところを見ると、ゼルコバは私たちに協力的なのかもしれません」

 

「よし・・・ゼルコバの援軍の陰に隠れるようにして、全機マレスケまで後退だ!」

 

「了解!」

 

ヨシツネの中で回線を切ったワカ=ムーンは、深く息を吐きながらヘルメットを外した。

 

「まったく、どうなってるんだ最近の新人は・・・どいつもこいつも優秀すぎる。

 第46部隊は、本当にニュータイプが集まる特殊部隊なのかもしれないな・・・」

 

 

・・・

 

 

「あれ~、お~い、ジュード艦長~♡」

 

ゼルコバに着艦したマレスケに乗り込んで来たのはサユ=リン率いる軍団だった。

真っ赤に色が塗られた鮮やかな機体は、マレスケに収容されてからも乗組員達の注目の的だった。

 

「ちょっとちょっと、軍団長、少しは空気を読んでくださいよ。

 なんかみんな様子が変ですから、しかもうちら勝手に乗り込んじゃっていいんですか?」

 

「なんでよ~もともとうちはこの艦におったんやからええやんか~。

 ここにおるんは、昔一緒に釜の飯を食べたメンバーばっかりやねんから~」

 

「軍団長が釜の飯を一人で平らげて、恨まれてませんでしたっけ?」

 

「あれ、そんなことあったっけ♡」

 

ブリッジではしゃぎまわっているサユ=リンには目もくれず、

ジュード艦長はマナ=ツーからの報告を受けていた。

その側には、部隊を離れて前線へ行ってしまったザキ=レナとミリオン=ラブが並んで立っており、

二人とも下を向いてかなり落ち込んだ様子をしていた。

 

「それでノギダムは帰ってこなかったわけか・・・」

 

ノギダムが連れ去られてしまったことを知ったパイロットたちは、

皆一様に驚きを隠せなかった、そしてあまりに衝撃的な結末に誰も言葉が出なかった。

第46部隊がここまで生き延びてこれたのも、全てはノギダムのおかげだった。

ニュータイプ部隊なんて呼び名もあったが、ほとんどはノギダムが一人で看板を背負ってきた。

その部隊の象徴であるノギダムと、最強のニュータイプパイロットを同時に失ってしまった。

 

「・・・すみません、私があまりに軽率でした・・・」

 

ザキ=レナは泣きながらジュード艦長に、そしてみんなに頭を下げた。

それを見ていたミリオン=ラブも同じように頭を下げた。

 

「違います艦長、私がもっとうまく敵を撃ち落としていれば、今頃は・・・」

 

「もういい、わかった」

 

マナ=ツーの言葉を遮るようにして、ジュード艦長は話を打ち切った。

これ以上話してもみんなの士気が下がるだけで意味はないと判断したのだった。

 

「ノギダムはお前たちをかばってくれたんだろう?

 だったら、その救われた命を決して無駄にはするなよ。

 マイ=シロイシ少佐のことは心配だが、捕まったといっても相手は連邦軍だ。

 彼女に対して人道的な扱いをしてくれることを信じよう、きっと大丈夫だ」

 

 

・・・

 

 

「よう、お待たせ」

 

食堂のテーブルに座っていたサユ=リンの元に、ジュード艦長はやってきて声をかけた。

とりあえず手土産にリンゴを一つ持ってきたのをテーブルの上に置いた。

しかし、サユ=リンは大好きなはずのリンゴにまったく興味を示さなかった。

 

「さっきはすいませんでした、うちなんも知らんかったから」

 

「どうしたんだ、お前らしくないな」

 

ジュード艦長は持っていたナイフを取り出し、リンゴの皮を剥き始めた。

 

「まさかノギダムがやられるとはな、誰も想像ができなかったよ。

 俺だって、いつも無茶な使い方をしても、あいつは絶対に帰ってきた。

 だから今回も、同じように涼しい顔して戻ってくると期待してた。

 全ては俺が甘かったんだ、あいつの強さに甘えすぎていたんだな」

 

皮をむいたリンゴを丁寧にカットし、適当な大きなに分けてお皿の上に並べた。

それでもサユ=リンは手を伸ばしてそれを食べようとはしなかった。

 

「それにしてもいいタイミングで戻ってきてくれたな。

 かつてこの第46部隊で、ノギダムのパイロット候補だったお前なら、

 俺たちが置かれている絶望的な状況から救い出してくれるかもしれない」

 

ジュード艦長は自ら切ったリンゴを一つとって口に放り込んだ。

そしてお前も食べろと、サユ=リンの腕を叩いて促した。

 

「うちは別にこの艦に長く居座ろうとは思ってなかったんです。

 偶然近くでマレスケがおるのを発見して、ちょっと懐かしくなったから、

 立ち寄ってみようかなと思っただけです、ほんまにそれだけやったんです」

 

「それでも別に構わない、ノギダムに乗れなくてこの部隊からいなくなるなんて、

 もともとそんなのはとてももったいない話だったんだよ、俺はあの時にお前に残れって言ったろ?

 マイ=シロイシ少佐だって、お前がいなくなってから気にしてたんだぞ。

 それが、変な責任感をあいつばかりに背負わせることにもなってしまったかもしれんな・・・」

 

ジュード艦長はまたリンゴを手にとって口に入れた。

シャリシャリした音が二人の間に響いた。

 

「それでも、ノギダムは一機しかなかった。

 もしあの時、二機用意できてたら、俺はお前にも乗ってもらっていた。 

 別にノギダムに乗るのはマイ=シロイシだけだなんて、俺は思っていないからな」

 

ジュード艦長は残ったリンゴの最後のひとかけらを食べるように肘で腕をついた。

サユ=リンは下を向いていた顔を上げて、その最後のひとかけらをつまんで口に入れた。

 

「別に、うちはやりたいようにやるだけやし。

 そんな風にしか、うちは生きていかれへんと思う。

 それでもええんやったら、ちょっとの間だけここに居座らせてもらおうかなー」

 

そう行ってサユ=リンは初めて笑顔を見せた。

ジュード艦長もそれに笑顔で返して見せた。

 

「おう、白米の備蓄もたくさんあるからな、今度白米でパフェを作ってやろう」

 

「いやや、ちゃんと甘いのがいい」

 

 

・・・

 

 

 

 

「お会いできて光栄です、ジュード艦長」

 

「こちらこそ、先程は援軍まで出していただいてかたじけない。

 どうやらゼルコバの内部には、我々の状況を理解してくれている方がいると見える」

 

永世中立国を謳うコロニー、ゼルコバに到着したマレスケは緑色のモビルスーツ部隊に誘導されて補給庫へ入った。

ゼルコバの部隊は、まるでマレスケが来ることをあらかじめわかっていたかのように手際よく彼らを導き入れた。

補給庫で停止したマレスケの中で、ゼルコバ側からの要請によって会議が開かれることになった。

そこにやってきたのは、緑色の軍服を身にまとっていた、まだ十代の若い少女たち数名だった。

代表して話をしてくれたのは、彼女たちのリーダー格の女性だった。

 

「はい、ゼルコバでも連邦軍の第46部隊のことは大変有名ですので・・・。

 ジュード艦長はイカ=マリネ大尉のことをご存知ですよね?」

 

「ああ、もちろんだ。

 なるほど、彼女が橋渡し役になってくれていたというわけか」

 

「ええ、かつて連邦軍第46部隊に所属していたイカ=マリネ大尉はゼルコバでも大変な有名人です。

 どうやら現在は連邦軍第48部隊の所属となっているようですね、パイロット交換制度による実験的な人事だと聞いていますが・・・」

 

第46部隊がまた創設間もない頃、ノギダムのテストパイロットを務めていたのがイカ=マリネ大尉だった。

彼女は十分な訓練を受ける間も無くノギダムに乗せられ、それでも立派にテストパイロットの役目を勤め上げた。

連邦軍のみならず、スペースノイドたちの間でも、彼女の名前を知らないものはいないほどの有名人だった。

 

「ああ、連邦軍内部のお偉いさんの要請でいまはそうなっているが、俺は彼女はいまでも第46部隊のメンバーだと思っている。

 近いうちにこちらに返してもらえるようにずっと主張し続けているんだが、こうなってしまった今では難しいかも知れんな」

 

ジュード艦長は連邦軍から反乱軍のレッテルを貼られてしまった現状に舌打ちをした。

指揮をとりながら全軍を率いている彼でも、この腑に落ちない現状には他の誰よりも納得がいっていなかった。

 

「我々ゼルコバでは、近いうちにこうなることは予測していました。

 誇大化した連邦軍内部では腐敗が始まり、次は強大な戦力となってしまったニュータイプ部隊を恐れ始める。

 治安維持の任務に当たってきた第46部隊が力をつけすぎて独立し、連邦軍を超える権力を持ってしまうことが怖いんです」

 

「それと同じ論理で、連邦軍はゼルコバが独立することを恐れている、そうだな?」

 

ジュード艦長が述べた言葉に、ゼルコバの隊長は無言で頷いた。

彼女の横には暗い顔をして不機嫌そうに座っている若い少女の姿があった。

 

「人々が宇宙に移民するようになり、人類は新しい進化の過程を辿りはじめました。

 既存の枠組みに囚われず、新しい価値観を生み出し、世界をさらに革新的な方向へ導こうとする人々・・・」

 

「あなた方は、それがニュータイプだと?」

 

「何もかもが従来のやり方通りでは、世界は何も変わっていきません。

 新しい価値観を生み出し、新しいやり方を採用するのはいつの世も若者達です。

 そして、古い価値観を押し付け、若者たちを利用するのは大人達です。

 利益だけを無限に追求しようとする資本主義社会の拡大や、

 地球とコロニーという枠組みで支配し相手に従属を求める旧来のやり方に、

 新しい価値観を持ったニュータイプ達はもううんざりしています」

 

ジュード艦長は向かいの席に座っている少女達の中で最も若く、

それでいて暗い顔をして俯いている少女のことが気になっていた。

今までニュータイプ部隊を率いてきた経験から、直感的に彼女がニュータイプであることがわかった。

モビルスーツに乗せれば、おそらく途轍もない能力を発揮するのは想像するに容易く、

ノギダムのようなモビルスーツを与えれば、彼女はたった一機でも戦況を変えうる存在になるかもしれないと思った。

 

「・・・なんで、戦争しなくちゃいけないんですか?」

 

ジュード艦長が見つめてしまったせいか、その少女がボソッとそんなことを呟いた。

横に座っていた隊長も、その他のメンバーも、心配そうに彼女の方を見つめた。

 

「・・・君は戦争が嫌いか?」

 

「・・・戦争が好きな人なんているんですか?」

 

長い前髪から覗く彼女の瞳は野獣のように鋭く、ジュード艦長は一瞬ひるんでしまった。

 

「・・・それで金が儲かったり、必要悪だと主張をする輩は山ほどいるな・・・」

 

「・・・それで、多くの人が死んでも?」

 

ジュード艦長は両目を閉じて大きく息を吐いた。

軍人として戦争することだけを仕事としてきた自分は、

世の中で起こる出来事に知らない間に無感覚になってしまっており、

そうした矛盾をそのまま抱え込んで生きていることに、若者に指摘されて改めて忘れていた感覚を気付かされる。

 

「・・・我々の世代もまた、君たちと同じことを考えてきたし悩んでもきた。

 それでも解決する方法が見つからなくて、こうして大人になってしまったんだな。

 それがいいか悪いかはわからないが、我々も生きるために目の前の仕事をするしかないんだ。

 各地で起きるテロリズムを抑えなければ、世界はもっと混沌としたものになってしまう」

 

ジュード艦長が絞り出した答えに、少女はもう何も答えなかった。

わかってくれたのか、それとも大人はわかってくれないと思われたのか、

おそらく後者だろうと推測し、ジュード艦長はまた話を続けることにした。

 

「そうは言っても、我々だってできる限り戦争は避けたい。

 おそらく、それはゼルコバだって同じはずだ、だから我々を受け入れてくれた」

 

「はい、私たちも連邦軍との戦争は望んではいません。

 私たちが欲しいのは、このゼルコバの独立自治権だけです」

 

「あなた方は、俺たちに何を望んでいる?」

 

ジュード艦長が尋ねた質問に、隊長である彼女がテーブルの上に手紙を置いた。

彼女はそれを滑らせるようにジュード艦長の前に突き出した。

その手紙をテーブルの上で開くと、ヴァーチャルリアリティーの映像が浮かび上がり、

イカ=マリネ大尉の上半身が手紙の上に映し出された。

 

「ジュード艦長、お久しぶりです。

 こんな形でご連絡させていただいたのは、今連邦軍内部で起きている事態について知ってもらいたかった為です。

 第48部隊に配属となった私は、久しぶりに地球圏に戻って愕然としました。

 連邦軍内部は既に腐敗し、日夜権力闘争に明け暮れていたからです。

 私たち第46部隊を支えてくれた方々は既に失脚し、新たな幹部達が連邦政府の指揮をとることになりました。

 もはや連邦軍には創設時の理念など毛頭なく、第48部隊もまた連邦政府に利用されるだけの部隊になってしまいました。

 創設時のメンバーは既にほぼいなくなり、第48部隊も今やその存在意義が問われています・・・。

 それはともかく、私が掴んだ情報によると、次の標的が第46部隊になることは明白です。

 連邦軍内部では秘密裏にノギダムとニュータイプ部隊の回収作戦が進行しています。

 最悪のシナリオは、それらを回収できない場合は速やかに消去せよ、という命令が下っていることです。

 どうしてこんなことになってしまったのか、私にもわかりません・・・。

 ですが、私は自分の身の危険を冒してでも、この事情を第46部隊にお伝えしたいと思いました。

 連邦軍内部でもゼルコバ対してに理解がある方々もいるので、今回はその伝手を頼りました。

 私が第46部隊と直接連絡を取ることは禁じられているからです。

 連邦軍内部の古くから言われている公式ライバルであるという事実が利用され、

 私は自由こそ保証されていますが、第48部隊から戻ることは難しい立場になってしまいました・・・

 とにかく、どうかゼルコバのレジスタンス部隊と協力し、連邦政府の腐敗を止めてください。

 ノギダムやニュータイプ部隊を、ゼルコバとの戦争に利用しようと考えているのが今の連邦政府なのです!

 私たちパイロットの意思を無視し、むやみやたらと対立を煽り、人々を苦しめて楽しんでいるのが、彼らのやり方なんです!

 おそらく連邦軍は第46部隊に何らかの方法で汚名を着せ、ジュード艦長の立場を奪うつもりです。

 どうかそんなことになる前に、第46部隊は独立を宣言するべきです、ゼルコバ市民と同じように!

 私も微力ながらマレスケと皆様がご無事であることを願っています」

 

そこまで話すと、ヴァーチャルリアリティの映像は消えてしまった。

この手紙はまた閉じて開けば何度でも再生される仕組みになっているので、

ジュード艦長は手紙を折りたたみ、ポケットの中にしまい込んだ。

 

「残念ながら、イカ=マリネ大尉の思いとは裏腹に、俺たちはもうノギダムとマイ=シロイシを失ってしまったがな・・・」

 

「ノギダムのことは残念でした・・・。

 ですが、私たちゼルコバもニュータイプ部隊です。

 私たちが第46部隊に加われば、連邦軍も簡単には手出しができないはずです」

 

「つまり、それは逆も然り・・・。

 第46部隊の戦力がゼルコバに加われば、連邦軍はゼルコバに容易に手が出せなくなる。

 ゼルコバが力をつけて独立する時間が稼げると、そういうわけか、俺たちに同盟を組めと?」

 

「同盟なんて、そんな大げさな・・・私たちは、一緒に坂を登って行きたいんです!」

 

ゼルコバの隊長がそういったとき、隣に座っていた少女がガラッと椅子の音を立てて立ち上がった。

その場にいた全員が彼女の方を見つめたが、彼女は周囲の視線など何も気にしないように口を開いた。

 

「・・・僕は嫌だ・・・」

 

彼女はそういってふらつきながら会議室を出ていってしまった。

座っていた少女の数人が心配そうに後を追いかけていった。

自分たちの利益のために同じグループでもないのに同盟を組んだり、また簡単に裏切ったり、

そうした大人のやり方が気に入らなかったのかもしれない。

ジュード艦長は、ゼルコバも内部に色々と複雑な事情があるのかもしれないと思った。

 

「・・・とにかく、今の我々には選択の余地などない。

 ここを出て行けばゼルコバ周辺を取り囲んでいる連邦軍部隊に襲われるだけだ。

 ゼルコバ内には連邦軍と手を組むことに批判的な方々もいることを考慮して、

 正式な文書などは取りかわさず、ひとまず共に坂を登る間柄だということにしておきましょう」

 

「はい、私たちには異論はありません」

 

 

・・・

 

 

 

(・・・結構よかったな・・・)

 

ゼルコバの補給庫でマレスケが補給を受けている間、乗組員達は久しぶりの休暇を得ていた。

連邦軍は相変わらずゼルコバに対して匿っている第46部隊を引き渡すように政治的交渉を続けていたが、

第46部隊とゼルコバが組んだ場合のことを考慮すると、連邦政府はゼルコバと戦争を始めるのは得策だと思っていなかった。

 

だが、連邦政府内の強硬派は政治的な圧力を強めており、ゼルコバの政治的な孤立を狙っていた。

連邦の反乱軍を匿っていることも、既に連邦政府に戦争の大義名分を与えてしまったようなものだった。

 

それでも補給を続けている現在、連邦軍はゼルコバのコロニーに入ってくることはない。

パイロット達も常に緊張状態を強いられるわけにもいかず、休息を取ることも大事だった。

 

「アヤメちゃんもさー、たまには街に出てみるのもいいかもよー。

 私もさー、地元に帰ったらいっつも友達と遊びに行くんだけど、

 やっぱりそういうの大事だなって思うのよねー、仕事ばっかじゃ疲れちゃうし」

 

一人マレスケに残ってモビルスーツの整備を続けていたアヤメに、

ズミリー=リングイネはそういった。

マレスケの先輩クルーとして、強制的な口調を取ることはなかったが、

彼女は彼女なりの優しさで後輩に対して接してくれているのだと思い、

アヤメはその好意を受けてゼルコバの街を散策してみることにしたのだった。

ゼルコバの街は日本の東京を模して作られたようで坂の多い街だった。

その坂を登りながら街の景色を見ていると、どうやら近くでクラシックのコンサートがあり、

スーザの行進曲が聴けるというので、彼女はそのコンサートホールへ足を運んだのだった。

 

アヤメがコンサートを聴き終えて建物を出ると、辺りはもう既に少し薄暗くなっていた。

コロニーは人間が作り出した人工的な居住空間であり、地球のように自転することはないが、

その構造的な作用から太陽光をうまく取り入れて光と影を生み出すことで、昼と夜を再現しているのだった。

だが、コロニーに雨が降ることはない、飲み水などは他の手段で生み出すことができ、

コロニーに住む人々の生活に使う水は雨がなくても充足していた。

むしろ雨は、人類にとっては自然災害を生むリスクの方を懸念され、

コロニーで再現する必要があるものではないと考えられたのだった。

 

アヤメは地球に住んでいた癖でいつも折りたたみ傘を持っていた。

とても冷静で堅実な性格なのか、それとも天気予報を見るのが面倒なのかはわからない。

コロニーでは雨が降らないと気付いた時、少しおかしくなって自虐的に笑った。

そんな風に笑ったのは久しぶりだと、自分でもようやくリラックスできたような気がしていた。

 

街を歩いていると、次は本屋が目に入った。

ズミリーから外に出たほうがいいと言われたのに、結局また建物の中に入ってしまうことになり、

自分は根っからのインドアなのかもしれないとまた自虐的に笑った。

それでも本屋に入ると紙の懐かしい匂いがして、アヤメは少し嬉しくなった。

小さい頃に母親に図書館に連れてきてもらった記憶が呼び起こされ、

それが自分にとって何か幸福なスイッチに繋がっているのかもしれないと思う。

 

数冊の小説を書い、マレスケの自室で読もうと思った。

そうしてお会計をすませると、本屋を出た時にはさらに辺りが暗くなっていた。

戻るのがあまり遅くなるといけないので、アヤメはもうマレスケに帰ることにした。

帰る前に少しだけ食料とプリンとアイスを買い込んだ。

 

自室にたどり着いたアヤメは、買ってきた本を机の上においた。

食料は冷蔵庫にしまうと、灯りもつけずにソファーに横になった。

そしてイヤホンを耳に入れて、音楽を流しながら少し眠った。

先ほどのスーザの行進曲を思い出してまた聴きたくなったのだ。

久しぶりに街に出てたくさん歩いたので疲れたのかもしれなかった。

悪い意味ではなく、心地よい疲れだと思った。

 

眠っている間、兄の夢を見た。

第46部隊に入る前、二人は東京で暮らしていた。

喧嘩をしたこともないほど仲良しで、アヤメは優しい兄が好きだった。

 

目を覚ました時には、スーザの音楽は止まっていた。

音楽が終わってしまったわけではないと思われたが、音楽機器の再生ボタンを押してみても音が出ない。

どうやら原因はイヤホンが壊れてしまったせいらしく、寝ている間に断線したのかもしれなかった。

 

アヤメはソファーから起き上がり、鳴らなくなった音楽機器を机の上においた。

まだ夢の中で出会った兄のことが頭の中をぼんやりと占めていた。

仕事以外のことをすると、アヤメはよく昔のことを思い出したり、家族のことを想ったりした。

出撃がないことは良いことだと思っていたが、何もない日常に戻ることで寂しくなってしまう自分もいた。

 

真っ暗な部屋の中で音がなり、それが呼び出し音だと気付いた。

アヤメはその音を聞いて部屋の入り口についているモニターをつけた。

ザキ=レナの顔がモニターに映し出された。

 

「・・・あっ、ごめん、アヤメ、もう寝てた?」

 

「ううん、大丈夫、どうかした?」

 

「・・・ちょっとだけ、部屋入って話ししてもいいかな?」

 

「・・・うん、いいよ」

 

アヤメはそう言って部屋のドアを開けた。

ドアの向こうには、申し訳なさそうにうつむいているザキ=レナの姿があった。

 

「ごめんね、お邪魔します」

 

「どうしたの?」

 

ドアが自動で閉まると、灯りのついていない部屋はほとんど真っ暗だった。

だが、照明をつけようとしたアヤメを止めたのはザキ=レナだった。

 

「このくらいの方が話しやすいかも」

 

「えっ、そう?」

 

「うん」

 

そう言って二人はソファーに並んで座った。

話しがあるといいながら、ザキ=レナはしばらく黙ったまま何も言わなかった。

不思議に思ったアヤメが何かを言おうとした瞬間、

ザキ=レナは口を開いて話し始めた。

 

「今日さ、アヤメは何してたの?」

 

「えっ、今日はちょっと街に出てたよ、買い物とか」

 

「そうなんだ・・・」

 

そう言ってから、また二人は何も話さなくなった。

ザキ=レナが部屋を訪ねてきた場面で、アヤメが話題を提供するのもおかしく、

彼女はその静寂の中で沈黙を続けていたが、ザキ=レナも何やらまごついていて黙っていた。

 

「レナはさ、今日何してたの?」

 

話しが始まらず、アヤメが結局は話を振った。

少しため息をついてザキ=レナは口を開いた。

 

「何もしてないかも、ずっと部屋のベッドで寝てた」

 

「へぇー、でも休みだから、それもいいかもね」

 

アヤメが返答するも、話は盛り上がらずにまた途切れた。

話を振っても続かない気まずい感じになり、アヤメも何を話せばいいかわからない。

 

「ゼルコバの街ってさ、東京の街を参考に作られてるんだって。

 だからこんなに坂が多い街になったらしいよ」

 

「へー、そうなんだ。

 そういえばなんか今日歩いてて坂が多い気がした」

 

「私たちいつまでここにいるのかな?

 ここにいれば安全だってみんなは言ってるけど、

 ゼルコバの市民だって連邦軍の第46部隊が好きなわけじゃなし、

 中には嫌ってる人だっているはずなんだよね、そんなんで一緒に坂を登ろうって、

 そんな口約束だけでいつまでも続くのかな。

 世の中そんな綺麗事だけで上手くいくとも思えないんだよね」

 

「でも私、今日街を歩いてたけど、みんな普通だったよ」

 

アヤメは自分で街を歩いて感じたことを素直に述べた。

この街は地球の東京とほとんど変わらないと思った。

雨が降らなくたって、街ゆく人も文化も何も変わらない。

 

「表向きはね、もちろん好意的に見てくれてる人もいるけどさ。

 中にはうちらのことを嫌ってる人もいるし、ゼルコバがどうしてうちらの力を借りなきゃならないのかって、

 そんな風に思う人もいるんだよ、独立してるんだから自分達の方が連邦軍より優れてるって、

 変な対抗心を燃やしてる人も多いって聞くし」

 

「どうしてそうなっちゃうんだろう・・・」

 

アヤメが少し悲しげにそう呟くと、ザキ=レナもしばらく返答に困った。

同じ目的を共有する同志でも、市民レベルで意思統一をするのは難しいのだった。

 

「何にせよさ、うちらもいつかここを出て行かなきゃならないわけで。

 これからどうするのかはわからないし、ジュード艦長もどう考えてるのか知らないし。

 だけどさ、とにかくうちらは強くならなきゃいけないと思うの。

 もう連邦軍は頼れないし、ゼルコバだって自分達のことで必死だろうし、それに・・・」

 

ザキ=レナはまた黙ってしまい、何か上手く言葉を紡げないようだった。

そんな彼女の顔をアヤメは黙ったままで見つめていた。

暗い部屋なので、彼女の表情がはっきりと見えることはなかった。

 

「私ね、あの時、悔しかったんだ。

 いつもノギダムばっかりにいいとこ取られちゃって、

 私だってできるんだって、証明したかったんだと思う」

 

アヤメは彼女が本当に言いたかったことはこの話だとすぐに悟った。

彼女の声は少し震えていて、そのせいで感情的に心を揺さぶられる気がした。

 

「そうでなきゃ、私なんのために生きてるのってなる。

 たったそれだけのことなんだけど、すごい苦しくなっちゃうの・・・ねえ、わかる?」

 

「・・・うん」

 

アヤメはまた黙った。

なんて言えばいいかわからなかった。

人間はある意味とても単純で、難しい生き物だと思った。

 

「だけどさ・・・結局は私のせいでノギダムは帰ってこれなくなった」

 

「違うよ」

 

「ううん、違うくない!

 全部私のせいだもの!

 私があの時勝手な行動をしなければこんなことにはならなかった!」

 

暗い部屋の中ではっきりは見えなかったけれど、

アヤメはザキ=レナが泣いているのがわかった。

 

「私・・・もうどうしたらいいのかわからなくて・・・!

 でもね、わかって欲しかったの、アヤメには。

 私は私だけのためじゃなくて、二期生パイロットとして、

 この第46部隊の役に立ちたかったの!

 第46部隊には一期生のニュータイプ部隊だけじゃなくて、二期生だっているんだって、

 そういうことを世の中にちゃんと示したかっただけなの!

 でも私・・・私のせいで・・・もう私どうしたらいいのか・・・」

 

ザキ=レナはアヤメの肩に頭を乗せて泣いていた。

彼女の肩を抱きながら、アヤメは結局彼女に何も言ってあげる言葉が見つからなかった。

 

 

・・・

 

 

 

 

「・・・ほら、またあの『赤い林檎』が来たよ」

 

「えっ、本当かい、そりゃ大変だよ!」

 

 

食堂のおばちゃん達がヒソヒソと話をしているのが聞こえた。

アヤメがミリオン=ラブと一緒に食後のプリンを食べていた時だった。

 

「あっ、おばちゃ~ん、また今日も白米大盛りな~♡」

 

「あらあら、また来たの、よく食べるねー」

 

「うん、今日は唐揚げも大盛りやで~♡」

 

「残念だけどね、唐揚げはもう作ってないよ、今日は牛タンしかないんだ。

 あんたらがあんまりたくさん食べるから、連邦政府のお偉いさんが怒っちゃってさ。

 今では食料だって必要最低限しか支給されなくなったんだから。

 もうあんたらがいた昔とは違うんだよ、時代は変わったね」

 

そう言っておばちゃんは牛タンのチケットを手渡した。

サユ=リンは不満そうにそのチケットを受け取って眺めながら、

一枚のチケットでもらえる牛タンの枚数が、今までよりも減らされていることにも気がついた。

 

「えー何これー、ゼルコバから補給を受けてるんやから、美味しいものもたんまりあるはずやのにー!」

 

「いやいや軍団長、私たちは補給を受けさせてもらってる身なんですから、

 ゼルコバから食料まで提供してもらって平らげたら、それこそゼルコバ市民にここを追い出されちゃいますよ。

 今は食べさせてもらえるだけでもありがたい話なんですからね」

 

部下であるカ=リンにたしなめられながらわちゃわちゃしていると、

後ろからやって来たのはワカ=ムーンだった。

 

「やれやれ、相変わらず変わってないね。

 おばちゃん、カツ丼一つ」

 

そう言ってワカ=ムーンは割り箸をとって口にくわえた。

提供されたカツ丼をトレーに乗せて彼女はテーブルへと歩いて言った。

 

「サユ=リン、まあここに座りなよ。

 久しぶりに再会したんだ、一つ腹を割って話をしようじゃないか」

 

そう言いながらワカ=ムーンは割り箸を二つに割った。

後ろから「すげえっすねー、ジャスティスっすねー!」という掛け声が飛んだ。

 

「いやいや、話を聞かせてもらいたいのはこっちの方やねんけど。

 いつの間にか後輩をたぶらかして部隊長になってしまいはって」

 

少ないながらも牛タンを受け取ったサユ=リンは、

大盛り白米と牛タンをトレーにに乗せてワカ=ムーンの向かいに座った。

 

「まあまあ、その辺は仲良くやろうじゃないの。

 うちらの部隊は早起きして艦内の掃除だってやってるんだし。

 決してあなたの地位を脅かそうって目的じゃあないから。

 それより、またどうして急に戻ってくる気になったの?

 まさか牛タンを食べる為に戻って来たわけじゃないでしょ?」

 

その言葉を聞いたサユ=リンは「ムゥ!」と言ってプク顔をしてそっぽを向いた。

絶対に話をしないという姿勢を決め込んだかに見えたが、

ワカ=ムーンが「カツ丼でも食うか?」とおばちゃんにもう一つ注文すると、

急に笑顔でまっすぐむきなおり、子供みたいにはしゃぎ始めた。

 

「自白強要、自腹カツ丼です」

 

横に座っていた眼鏡をかけていた部下がそう言った。

これでサユ=リンは自白するかに思われたが、

全くそんなそぶりは見せず、綺麗にカツ丼だけ平らげた。

 

「シャン、テクテクテク、ペコリ」

 

そんな謎の擬音語を発しながら、平らげた食器をおばちゃんに返すと、

サユ=リンはニコニコしながら満足げに食堂を出て行った。

 

「・・・そうか、自白させるには、まだお袋の話が足りなかったか」

 

ワカ=ムーンは悔しそうにそう呟いた。

アヤメはそんな様子を見ながらプリンを食べ終えた。

 

そのタイミングで突然、艦内放送が流れた。

全員速やかにブリッジに集合されたし、とのことだった。

 

 

・・・

 

 

「みんなに集まってもらったのは他でもない。

 今夜、我々第46部隊はゼルコバを離れてアンクレットに向かう」

 

ジュード艦長がそう告げると、乗組員たちは一斉にざわつき始めた。

 

「アンクレットって、あの第48部隊が駐屯してるコロニーのことっすか?」

 

「そう、第48部隊の中でもエリート中のエリートが配属されているコロニーだ」

 

「でも第48部隊って、連邦軍ですけど、大丈夫なんすか?」

 

ワカ=ムーンは何もわからないという風に両手を上げて首を振った。

質問をしていた新人も不安そうな表情になってジュード艦長を見つめた。

 

「みんなが不安に思うのも無理はない。

 我々は今や連邦軍から追われる身だ、それがどうして敵地にわざわざ突っ込んでいくのか。

 そんな風に思われるのも無理はない、だがそれがこちらの作戦でもある」

 

ジュード艦長がそう言うと、誰もが息を飲んで次の言葉を待った。

 

「アンクレットにはイカ=マリネ大尉がいる。

 先日、ゼルコバを通じて彼女と連絡が取れた。

 彼女が無事でいるところを見ると、アンクレットにいる第48部隊は我々に手を出しては来ないだろう」

 

「どうしてそんなことがわかるんですか?」

 

マナ=ツーがそう質問した。

ここにいる誰もが同じ疑問を持っていた。

もし第48部隊がこちらを攻撃して来たら、もう頼るところがなくなってしまう。

 

「俺にもよく事情がわからないが、どうやら第48部隊とゼルコバには何らかの繋がりがあるのだろう。

 そうでなければ、イカ=マリネ大尉がゼルコバとこうも簡単に連絡が取れるはずがない。

 第48部隊は連邦軍の一部隊だ、だがおそらく、何かそれ以上の秘密があると見える」

 

「連邦軍のエリート部隊と、反連邦軍のレジスタンス、ゼルコバがつながっているなんて、

 一体それは誰が得をするんでしょうか?」

 

マナ=ツーが述べたことは最もだと思われた。

表面上は敵対する組織同士に繋がりがあるなんて、

普通の感覚では信じがたい事実だったからだ。

 

「わからん・・・。

 だが、我々がゼルコバと情報交換をした感触としては、

 彼女たちがその謎を明かすことはないにせよ、

 第48部隊とゼルコバの繋がりに関しては否定はしなかった。

 彼女達はなんども第48部隊と連絡を取っている事実があるようだし、

 現にイカ=マリネ大尉には何も被害が及んではいない。

 アンクレットは安全だと結論づけるしかないだろう」

 

ジュード艦長が言ったことは理にかなっているようにも思えたが、

決して確信のある話ではなかった、それが誰もの心に巣食う不安をぬぐい去れなかった。

ゼルコバに残っていた方が安全なのではないか、そう考えるものも少なからず残っていた。

 

「みんながこの作戦に不安を感じていることはわかる。

 だが、我々がここにこれ以上止まっていては、ゼルコバに迷惑がかかる。

 連邦政府はゼルコバに政治的な圧力をかけ続けて来ている。

 そして、連邦軍は今ゼルコバの周辺を取り囲むようにして展開しているんだ。

 我々を匿っていることで、彼女たちにも多大な迷惑がかかっている。

 そして、何よりこの状況で戦争が始まってしまえば、ゼルコバは連邦軍から一斉攻撃を受けることになる」

 

「どのみち、私たちには選択肢はないってことですね、ジュード艦長?」

 

ワカ=ムーンがそう言った。

乗組員全員に覚悟を持ってもらいたかった、彼女なりの激励だった。

 

「ああそうだ。

 我々はここを抜け出してアンクレットに向かう。

 そこで補給を受けて、地球に降りる」

 

「地球に?」

 

サユ=リンが何か思うところがあったかのようにそう尋ねた。

ここにいる乗組員は、みんな地球出身であり、地球に降りるとは故郷に帰ることを意味していた。

 

「ああ、秋葉原で連邦政府と連邦軍の高官の会議が行われることになっているらしい。

 そこには第48部隊の生みの親、アキ=モト将軍も会議に参加することになっている」

 

「なるほど、アキ=モト将軍を説得して第48部隊をこちらの仲間に引き入れる・・・すげぇっすね、ジャスティスな作戦っすね!」

 

「浮かれるな新人、地球に降りると言うことは、敵地に乗り込んでいくに等しい。

 この作戦、命懸けで行わなければ成し遂げることはできないぞ」

 

ワカ=ムーンの言葉に誰もが言葉を失った。

確かに全てがうまくいけば、第48部隊はこちらの味方になり、

連邦軍は大半の戦力を失い、第46部隊にも恩赦をかけ、

ゼルコバとの戦争も避けられ、和平交渉が進むかもしれない。

だが、もしうまく行かなければ、アンクレットで第48部隊に迎え撃ちにされ、

地球に降り立っても、連邦軍に囲まれて捉えられてしまうかもしれない。

仮説に仮説を重ねた危ない橋を渡る作戦であることは疑いようがなかった。

 

「まあまあ、そんな怖いことばっかり言ってもしゃーないし、

 うちらがおるからジュード船長は大船に乗ったつもりでいてください♡」

 

「いやいや、艦長のはずなのに、もう船長になってるし」

 

サユ=リンが明るく言い放ったセリフはカ=リンにツッコミを入れられたが、

それでもマレスケの乗組員たちを明るく励ましたのは確かだった。

 

「しめしめ、地球に帰ったら、美味しいものたくさん食べれるに決まってるわー♡

 ジュード艦長、ザギンでチャンネーとシースーやからよろしくー♡」

 

「いやいや、チャンネーはいらないでしょう」

 

暗い表情になっていた乗組員たちは、そのツッコミでワッと湧いた。

気持ちが明るくなったおかげで、なんだかこんな無茶な作戦もうまくいくような気がしてきたのだ。

 

「そうだな、全てがうまくいけば、各自好きなように過ごしていい。

 戦争を食い止めることができれば、そんな時間が何よりも幸福だとわかる」

 

戦争を食い止めると言う大義をみんなに思い出させることで、

ジュード艦長はみんなの表情がまた引き締まったのがわかった。

第46部隊は反乱軍のレッテルを貼られてしまったが、元は治安維持部隊である。

この世界から戦争をなくすことが、創設当時の理念だった。

 

「もう少しだけ、みんなの力を俺にくれ。

 今夜、マレスケの出発まで、各自よく休んでおけよ、解散!」

 

乗組員達は敬礼し、それぞれの部屋へと帰って行った。

アヤメも自室に帰ってベッドに横になったが、

地球に帰れることを想像すると、また兄のことを思い出し、

その嬉しさからうまく眠ることができなかった。

 

 

・・・

 

 

「あっ、アヤメちゃん、よく眠れた?」

 

夜になり、モビルスーツにスタンバイ命令が出ると、

アヤメは水色にカラーリングされたノギスナイパーのコックピットへ向かった。

ノギスナイパーを整備してくれていたズミリー=リングイネが気遣って話しかけてくれた。

 

「いえ、少し考え事をしてしまって、あまりよく眠れませんでした」

 

「あちゃー、まあそんなこともあるよね。

 私も地球に帰れると思ったら、友達のこととか思い出しちゃったもんね。

 でも、パイロットは寝るのも仕事だからなー、辛いよねー」

 

「いえ、でも大丈夫です、最低限は眠れたので」

 

「あっそう?

 それなら良かった、ノギスナイパーいい調子だから」

 

ズミリー=リングイネはコックピットを撫でてから次のモビルスーツの整備に向かった。

アヤメは一人になり、コックピットに乗り込む時、隣のモビルスーツのコックピットの前で立っているザキ=レナが目に入った。

彼女はどうやらアヤメより眠れなかったのかもしれない、ノギスナイパーを見つめる目がどこか虚ろだった。

 

 

「モビルスーツ部隊、発進準備はできてるか!?」

 

コックピットに乗り込んでいるパイロットにジュード艦長の無線が飛んだ。

つながっている無線から、他のパイロット達の返事が聞こえる。

 

「艦長、敵艦隊に気づかれました!

 こちらに向かってくるようです!」

 

オペレーターのミサ=ミサが叫ぶ。

ジュード艦長はこうなることをすでにシミュレーションしていたのだろう。

冷静に状況を見つめながら、モビルスーツ部隊に発進命令を出した。

 

「いいか、あまり無茶をすることはない。

 マレスケがゼルコバの空域を離脱する時間を稼げばいい。

 敵艦隊もゼルコバを取り囲んでいる状況から戦力を割くことはない。

 我々の軌道がアンクレットに向かっていることが分かれば、

 そちらから他の部隊を差し向けようとするに違いない。

 だが第48部隊が味方をしてくれるならば、彼女達がこちらを迎え撃つことはない」

 

ジュード艦長の指示によって次々とモビルスーツ部隊が発進して行った。

それぞれ深追いすることなく、マレスケの周りに近づいてきた敵機だけを撃破して行った。

 

「あらあら、敵さんもあんまし追いかけて来はらへんなあ。

 こーんな可愛いモビルスーツがいてんのに、見えてへんのやろか?」

 

「第46部隊を匿ってるって口実を使って取り囲んだゼルコバの包囲網を崩すわけにはいかないからな。

 結局、うちらなんて眼中にもないってことさ」

 

正面を任されていたサユ=リンとワカ=ムーンがそんな話をしている間、

アヤメとザキ=レナは右方向からの敵の進撃を防いでいた。

 

「正面ほど数は多くないけど・・・レナ、聞こえてる?」

 

「・・・」

 

「レナ、回線繋がってるよね?」

 

「えっ、ああ、ごめん、アヤメ呼んだ?」

 

「さっきこっちにいた敵機がそっちの方に回り込んでるから気をつけて。

 隕石の陰に隠れてるのかもしれない」

 

「・・・」

 

「レナ?」

 

「あっ、うん、わかった、あっ!」

 

ザキ=レナが慌てた声をあげたのでアヤメはモビルスーツのメインカメラをそちらへ向けた。

先ほど見えなくなった敵機が、やはり隕石の陰から姿を現してザキ=レナのノギスナイパーに襲いかかっていた。

 

間一髪で敵の攻撃を躱したザキ=レナのノギスナイパーだったが、

間髪入れずに迫ってくる敵の攻撃にどんどん押されてしまった。

アヤメはビームライフルを構えたが、ザキ=レナ機に当たってしまう可能性を考えると撃つ事が出来ない。

 

「レナ、一旦敵から離れて!」

 

「こいつ、しつこいから!」

 

敵機がビームサーベルを大きく振りかぶったところで、

次の瞬間、敵の機体の胴の部分が真っ二つに切り裂かれているのがわかった。

ザキ=レナ機はそれを確認すると爆発に巻き込まれないように瞬時に距離をとった。

案の定、胴を切り裂かれた敵機は大爆発を起こした。

 

「・・・緑のモビルスーツ?」

 

 

・・・

 

 

「右方向に緑のモビルスーツ部隊出現しました!」

 

オペレーターのマイ=チュンが叫んだ。

モニターを見つめるジュード艦長の姿勢は前のめりになっていた。

 

「あれはゼルコバの量産型モビルスーツ、セゾンMark-IIか!

 しかしここで彼女達が手を出したらもう収まりがつかなくなるぞ!」

 

その言葉を聞いて、何やら分析をしていたミサ=ミサが叫ぶ。

 

「艦長、大丈夫です、破壊されたモビルスーツはゼルコバの領域に侵入していました。

 ゼルコバは領域侵犯による正当防衛で攻撃をしたものと思われます」

 

「しかし、警告も威嚇射撃もなしにいきなりでは・・・。

 そんなことをして、連邦軍がタダで見過ごすはずがない」

 

 

・・・

 

 

「・・・ありがとう、助かりました」

 

ザキ=レナは回線を通じてセゾンMark-IIに話しかけた。

だが相手からの返事はなかった、回線を確認したところ通じているのは確かだった。

 

セゾンMark-IIは何も言わずに立ち去ると、まだゼルコバ領域内に侵入して来ている敵機を攻撃し始めた。

ゼルコバは複数機での集団戦法を得意とすると聞いていたが、あまりにも連携のとれた鮮やかな攻撃に、

ザキ=レナもアヤメも思わず見とれてしまった。

パワー、スピード共にただのレジスタンスのパイロットとは思えなかった。

 

「一体、どんな訓練を受けたらあんな風にモビルスーツを扱えるっての・・・?」

 

「・・・レナ、後退信号が出てる」

 

「・・・うん、わかってる」

 

ゼルコバの緑のモビルスーツ部隊は次々と領域内に紛れ込んだ敵機を撃墜していった。

その空域の敵を壊滅させると、モビルスーツ部隊はまたゼルコバ内部へと帰還して行った。

 

 

・・・

 

 

 

「私たちは戦争を欲している訳ではありません。

 私たちはただ、スペースノイドとしてのコロニーの自治権が欲しいだけなのです。

 それが人類が目指して来た自由と繁栄のあり方ではないでしょうか?」

 

マレスケの艦内、ブリッジでコーヒーを飲みながらジュード艦長はTVモニターを見つめていた。

そこに映っていたのは、第46部隊が先日会ったことのある少女達の姿だった。

 

敵の領域侵犯とは言え、連邦軍のモビルスーツ部隊を攻撃したゼルコバは、

連邦政府に非難される格好の餌食となってしまっていた。

連邦政府は彼女達が警告も威嚇射撃もなくいきなり攻撃をしたことを非難した。

だが、もちろんゼルコバは連邦軍が断りもなく領域を侵して来たことが最も非難されるべきであると反論した。

 

ゼルコバ軍の助けを得て、マレスケは順当に次の目的地であるアンクレットへと向かっていた。

アンクレットへと向かう航路はとても穏やかであり、連邦軍が襲ってくる様子は感じられなかった。

これを機会とばかりに乗組員達は休息を取り、ジュード艦長もまたゼルコバの今後の動きを探るべく、

彼女達が全世界に対して発信していたテレビ演説に見入っていた。

 

「地球連邦政府の古い大人達は、重力に魂を引かれた人々です。

 自分たちが子供の頃に感じたことなど忘れ去ってしまい、 

 ただ自分たちの正義を振りかざして若者達を従わせようとします。

 しかし、それではいけないのです、それでは新しい価値観が潰されてしまう。

 従来では想像もできなかった世界を生み出すのは若者達です。

 宇宙に移民した人々は、コロニーの自治権を得ることによって、

 また新しい価値観で人類の社会のあり方を創り出すことができるはずです」

 

アヤメもまた、ザキ=レナ、ミリオン=ラブと一緒に休憩室でTVモニターを見つめていた。

自分たちと同じ歳くらいの少女達が、世界を相手に演説を行っている姿に、

勇気付けられるようであり、同時に嫉妬も感じながら、今後の動静を読み取ろうと努めていた。

 

「私、彼女達の言うこと、わからなくもないな」

 

ザキ=レナはマグカップに入った紅茶を飲みながら呟いた。

 

「だって大人達はいつも勝手に物事を決めていくんだもの。

 私たちの意思なんて、尊重してるように見せかけて、実はただうまくあやしてるだけなんじゃないかな」

 

「それってさー、ジュード艦長のこと?」

 

ミリオン=ラブがテーブルに肘をつきながら尋ねた。

 

「違うよ、ジュード艦長なんて子供みたいなものなんだから。

 もっと汚い大人達が、どうせこの戦争の黒幕なんじゃないかってこと。

 自分たちは手を汚さないで、どこかで高みの見物でもしてるのかも」

 

アヤメもグリーンティーを飲みながらただ黙って話を聞いていた。

TVモニターにはまだ彼女達の演説が続いていた。

 

「この放送をご覧になっている皆様、どうか私達の声を聴いてください。

 私達は決してこの世界の秩序を破壊することなんて望んではいません。

 私たちはただ、大人の方々に話を聞いて欲しいだけなのです。

 ただ、もし連邦政府が私達の意思を無視し続け、政治的な圧力を与え続け、

 このゼルコバに住む人々を苦しめると言うのであれば仕方ありません」

 

演説はしばらくの間止んだ。

その沈黙に惹きつけられて、誰もがTVモニターへ目を向けた。

 

「私達は今日ここに、ゼルコバ共和国の樹立を宣言します!」

 

TVモニターの中では支援者達が歓喜の声を上げているのが見えた。

この広い宇宙で、おそらく誰もこの共和国の存在を公に認めるものはいないだろう。

連邦政府に反旗を翻すような真似をすれば、政治的な様々な嫌がらせを受けることは目に見えていた。

 

「・・・まずいな、これでは戦争になる」

 

ジュード艦長はコーヒーをテーブルの上に置いてそういった。

 

「艦長、ゼルコバはどうしてこんな勝ち目のない戦争を呼び込む真似なんか・・・」

 

ミサ=ミサは彼女達を心配するお姉さんのような口調でそう言った。

間近で見てしまった彼女達の姿が、そんな生々しい感情を想起させた。

 

「いや、おそらく何か勝算があるんだろう。

 もしかすると、それは俺たちにかかっているのかもしれないが・・・」

 

「どう言うことですか?」

 

マイ=チュンが眉をしかめながらそう尋ねた。

 

「俺たちは彼女達にうまく利用されているのかもしれない。

 ただそんな気がしただけだ、何も確信はないがな」

 

ジュード艦長はそう言いながら椅子に座って目を瞑った。

嫌な予感が的中しなければいいと願いながら。

 

「いずれにせよ、アンクレットに着けばわかることだ・・・」

 

 

・・・

 

 

マレスケはその後、敵に遭遇することなく順調にアンクレットへと航路を進んだ。

翌日には到着する予定となったことで、パイロット達は各自の部屋で休んでいた。

もし第48部隊が予想に反して襲いかかってきた場合、戦いは避けられないからだった。

 

ベッドで休んでいたザキ=レナは、部屋の中で呼び出し音が鳴っているのに気づいて目を覚ました。

モニターをつけると、ジュード艦長の顔が映っていた。

 

「ザキ=レナ少尉、マレスケは間も無くアンクレットに到着する。

 ミリオン=ラブ少尉と共に偵察に出てくれ、10分後にはスタンバイだ、頼んだぞ」

 

ジュード艦長はそれだけ告げると一方的にモニターを消した。

真っ暗に戻った部屋の中で、ザキ=レナは一人ベッドに座って膝を抱えていた。

 

「・・・私、またあれに乗るのか・・・」

 

 

・・・

 

 

「あれ?

 レナちゃんは?」

 

ノギスナイパーのコックピットにたどり着いたミリオン=ラブは、

モビルスーツの点検をしていたズミリー=リングイネにそう尋ねられた。

 

「えっ、まだ来てないんですか?」

 

「うん、まだ来てないけど、どうしたんだろ、気分でも悪いのかな?」

 

そう言いながらズミリー=リングイネはいつも通り軽快に作業を続けていく。

人間は心が不安定な生き物だとわかっていて、それを許し合うことでうまくやっていける。

そんな信念をズミリー=リングイネは密かに抱いており、彼女の口調からもそれはなんとなく理解できた。

 

「あっ、おーい、アヤメちゃーん、代打で出てあげてくれないー?

 ノギスナイパーの整備はできてるからさー」

 

ズミリーは出撃準備のために自分の機体を整備していたアヤメにそう呼びかけた。

 

「えっ、でも私、出撃命令受けてないですよ」

 

「あっ、でもジュード艦長でしょ?

 私から言っとくから大丈夫大丈夫!」

 

そういってズミリーは壁に備え付けられた受話器を取り、

ブリッジにいるジュード艦長にザキ=レナが体調不良らしいと告げた。

 

「あー、なんかオッケーだってさー!

 偵察だから別にアヤメちゃんなら大丈夫だって」

 

「はい、わかりました、では私が代わりに行きます」

 

「急に頼んじゃってごめんねー!」

 

「いえ、大丈夫です、お気になさらないでください」

 

そう言いながらアヤメはザキ=レナの代わりにノギスナイパーのコックピットに乗り込んだ。

アヤメはモビルスーツを起動させながら、ザキ=レナに何かあったのかもしれないと心配になった。

だが、とにかく自分に与えられた任務が目の前に迫っている以上、そちらに集中しなければいけないと思った。

 

 

・・・

 

 

「レナに何かあったのかな?」

 

ノギスナイパーで偵察に出た二人は索敵を続けながら回線で話をしていた。

 

「どうなんだろう、でも最近少し元気がなかった気がする」

 

アヤメはゼルコバ離脱戦の時、注意力に欠けていたザキ=レナのことが頭に浮かんでいた。

敵機が迫っていても気づかず、ゼルコバのモビルスーツが助けてくれなければやられていたかもしれない。

 

「珍しいよね、レナが元気ないなんて」

 

「でも気分が乗らないときは無理して出撃しないほうがいいよ」

 

「そんなの、みんな思ってるけどさー。

 いやでも出撃命令は出ちゃうしね、大人の都合でさ」

 

「・・・」

 

アヤメは何か腑に落ちないように黙っていた。

ゼルコバの演説がまだ彼女の頭の中でぐるぐると反響していた。

自分たちは戦争の道具に使われている駒に過ぎないのだろうか。

 

二人はアンクレットに接近すると、回線を切って索敵に集中し始めた。

敵艦隊が出てこないところを見ると、こちらを迎撃する意図はないように思えた。

 

「ねえ、何もないね」

 

あまりにも静かだったのに耐えかねて、ミリオンがまた回線をつないだ。

真っ暗に広がる宇宙空間には、鉄色の巨大なコロニーが浮かんでいる。

第48部隊の主力が占めていると言うこのアンクレットは、

近年、急発展を遂げて人口も爆発的に増えてしまった。

これだけ巨大になった居住地で独立運動が起こらないのは奇妙なことである。

民族や国境という目に見えないボーダーラインがやがて生まれてくると、

それは自他を識別することに繋がり、自分が住んでいる地域に愛着も湧いてくる。

郷土意識が芽生え始めると、そのエリアはまるで人間のように自分のアイデンティティーを確立しようとする。

やがて従来の枠組みに飲み込まれることを嫌い、己の色を出す為に独立運動に踏み切ることになる。

特に従来の枠組みに収まりきらず、自分たちの能力が生かせない場合などにこのような作用が起きることが多い。

 

おそらくこのアンクレットでも、ゼルコバのようなレジスタンス組織はあるのだろう。

だが、公に叛旗を翻すと、連邦軍のお膝元である以上、その芽はすぐに摘まれてしまう。

ゼルコバのように地方政府による行政手続きを通じて正式に異議を唱えるにしても、

結局は連邦政府によって政治的に圧力をかけられてしまうのであるから、

人々は絶望し、妬み、暴力という最終手段に手を染めることになる。

それが第46部隊が鎮圧に乗り出しているテロリスト達である。

 

アヤメは広大な宇宙に浮かぶアンクレットを見ながら様々なことを考えていた。

自分たちが鎮圧しているテロリズムという手段は、やり場のない人々の怒りなのかもしれない。

そうであれば、コロニーの独立を認めない連邦政府が悪いのだろうか?

だが、権力の所在があちこちに散らばってしまえば、世界は混沌に帰すことにもなりかねない。

連邦政府が地球から宇宙を支配している限り、宇宙で人々が好き勝手に争いを始めることはない。

だが、それに伴う不満はやがてゼルコバのような形で噴出してくるのは避けられない・・・。

 

「ねえアヤメ、聴いてる?」

 

「えっ、あっ、ごめん、ちょっと考え事してた」

 

「えー危ないよ、モビルスーツに乗ってる時は目の前のことに集中しないと」

 

「うん、ごめん」

 

アヤメは我に帰り、自分の任務に戻った。

索敵を続けるも敵機を発見することはなく、アンクレット周辺はとても静かだった。

これは何も異常なしだと判断した二人は、マレスケに報告をすることにした。

 

「ジュード艦長、こちらミリオン=ラブ少尉、聞こえますか?」

 

「ああ、どうだ、アンクレットの様子は?」

 

「何も異常ありません、アンクレットの周りには敵艦隊どころかモビルスーツ一機たりとも出ていません」

 

ミリオンが報告を続けている間、アヤメはまた一人で考え事をしていた。

もしこのまま何も見つけられなければ、マレスケはアンクレットのどこへ向かえばいいのか?

 

「異常がないのはありがたいが、アンクレットから何かシグナルのような物は出ていないか?

 何もなければ、我々はアンクレットに降り立つことが難しくなる。

 勝手に中に入ろうとすれば検問を受けねばならんだろうし、

 それでは下手をすればわざわざ捕まりに行くようなものだ」

 

アヤメのコックピットにもジュード艦長とミリオンの会話が流れていた。

ジュード艦長の言うことは最もで、アヤメが考えていた内容と大差なかった。

このままではアンクレットの中に入ることができない、どうすれば・・・。

 

「・・・ジュード艦長、モビルスーツが一機、アンクレットの中から出現しました」

 

ジュード艦長とミリオンが会話を続けている中、アヤメはその会話に割り込んだ。

アンクレットを観察し続けていたアヤメは、一機のモビルスーツがコロニーの中から飛び出してくるのを発見した。

 

「・・・識別信号から、どうやら第48部隊のモビルスーツのようです。

 武器は持っていないようで、こちらに通信を求めています」

 

「よし、ノギスナイパーで通信を受けてマレスケにも回せ!」

 

「はい!」

 

アヤメはコックピット内で通信設備を操作して第48部隊のモビルスーツの通信をキャッチした。

初めはノイズが多くて話し声が聞こえなかったが、少しずつ通信状態が良くなり、声が鮮明になった。

 

「・・・こちら・・・イカ・・・・リネしょ・・・応答せ・・・こち・・・カマリネ・・・応答・・・」

 

「・・・こちらノギスナイパー、連邦軍第46部隊所属、アヤメ=スズミ少尉です、聞こえますか?」

 

「・・・あー・・・・アヤ・・・ちゃん・・・なつかし・・・・出身地・・・秋田・・・」

 

「間違いないな、イカ=マリネ大尉だ、これでアンクレットの中に入れるだろう」

 

ジュード艦長はそう言ってアヤメとの通信を切った。

ノイズが多すぎて聴いていられなかったからだ。

アヤメはまだ通信状態の悪い中で会話を拾おうとしていたが、

イカ=マリネ大尉のモビルスーツはとても楽しそうに身振り手振りで何かを伝えようとしていた・・・。

 

 

・・・

 

 

 

「えー、やばーいー、あの機体超可愛くない?」

 

「うん、えっ、こっちの機体もすっごい可愛い装飾ついてるんだけど♡」

 

アンクレットの中に入ったマレスケは、第48部隊が駐留している基地の中へ先導された。

イカ=マリネ大尉の乗っていたモビルスーツは、第46部隊で言えばオフショルに近いような見た目をしており、

可愛い装飾が好きなゴン=リザやマナ=ツーには大きな関心を引いた。

そのまま基地に入って行くと、さらに可愛い装飾が施されたモビルスーツが多数置いてあり、

二人のテンションはさらに高まって行ったようだった。

 

「あれっ、軍団長は見ないんですか?」

 

「ムゥ、可愛いのはうちらのモビルスーツだけで十分やの!」

 

「そんなこと言わずにさー、見てた方がいいよー。

 メカニックからしたら、すっごい勉強になるわこれー」

 

ズミリー=リングイネも好奇心が旺盛なのか、新しいものを吸収するのは好きなようで、

「あーこれいいわ」やら「あーこれも可愛い♡」など興味が尽きないようだった。

 

ノギスナイパーでマレスケを先導したアヤメは、マレスケが基地に入ったことを確認し、

マレスケのモビルスーツ庫の中に戻って行った。

それでも横目で同じように第48部隊のモビルスーツを観察しながら、

その性能はどの程度だろうかと、デザインよりも本質的な部分に興味を向けていた。

流石に歴戦のニュータイプ部隊だけあり、第48部隊のモビルスーツは種類も豊富で、

今までに見たことのないような機体もたくさんあった。

 

ノギスナイパーのコックピットから降りてくると、

向こうから走ってきたのは、パイロットスーツに身を包んだままのイカ=マリネ大尉だった。

 

「あーアヤメちゃん!!

 久しぶりだねー、私のこと覚えてる?」

 

「もちろんです、母も時々イカ=マリネ大尉のお話をしたりしていましたし」

 

「あー、ありがたい限りだねー。

 そうそう、この間ね、私のお母さんがアヤメちゃんのお母さんとご飯食べたって言ってたよ。

 私もしばらく地球に帰れてないから、それ聴いてちょっと秋田が恋しくなっちゃったよ~」

 

アヤメがまだ第46部隊に所属する前、彼女の地元の秋田でイカ=マリネのことを知らないものはいなかった。

若くしてノギダムのテストパイロットに選ばれた彼女に憧れ、同じように第46部隊を志願したものは数多くいた。

地球で暮らしていた頃のアヤメも、かつてはそんな名も無い若者の一人だった。

 

 

・・・

 

 

「ジュード艦長、お久しぶりです」

 

アヤメと雑談をした後、マレスケから降りてきたジュード艦長に対し、

イカ=マリネ大尉は敬礼の姿勢をとりながらそう挨拶した。

 

「イカ=マリネ大尉、久しぶりだな、まあそう固くなるな」

 

「はい、それにしても、第46部隊の皆様と会えるなんて、懐かしい限りです」

 

イカ=マリネは軍人として敬礼の姿勢を崩すことはなかったが、

旧友たちにまた出会えたことを心の底から喜んでいるようだった。

 

「ここで第48部隊の指揮をとっているのは誰なんだ?」

 

「はい、アンクレットの指揮をとっているのはマ=ユユ大佐です」

 

「・・・まさかあの伝説のマ=ユユ大佐とお会いできる日がくるとはな」

 

そう言ってジュード艦長も軍服の襟を正した。

艦長という役職ではあるが、軍人としてはマ=ユユ大佐の方がはるかに格上だった。

 

「案内してくれるか?」

 

「はい、こちらです」

 

 

・・・

 

 

アンクレットに到着した第46部隊は、第48部隊の基地で補給を受けながら、

ここでしばらくの休息を取ることになった。

 

ジュード艦長とマ=ユユ大佐の会議は連日のように続けられていたが、

46部隊にとって次の目的地である東京に向けてのスケジュールは未定となっていた。

上層部がどのような話を続けているのかは定かではなかったが、

戦士たちはそれぞれゼルコバ以来のゆっくりとした休暇を楽しんでいた。

 

「ゆっくり買い物とか超久しぶりなんだけどー!」

 

ショッピングバッグにたくさんの品物を詰め込んだゴン=リザが楽しそうにそう言った。

アンクレットはゼルコバと比べると規模の大きなコロニーであり、住んでいる人口が圧倒的に違った。

その分、都市としての発展も目覚ましく、人々も余暇を楽しめる十分な施設があった。

 

連邦軍直轄地として、アンクレットのようなコロニーには反乱分子が巣食う余地は多くなかった。

連邦政府は宇宙移民者たちのガス抜きとして、申し分ない生活を市民たちに与えていたからだった。

人々は満たされた生活を送っている限り、革命や戦争などと言った変化を望むことはない。

ゼルコバのように、地球から最も遠い辺鄙な位置にあるコロニーの方が、

経済的な発展も遅れる分、反乱分子たちの不満が溜まりやすかったと言える。

 

「ほんと、やっぱたまにはこうしてパーッと発散しないとダメだよねー!

 あっ、あれみて、第48部隊の子じゃない、めっちゃ可愛いんだけど、ねーねー良かったら一緒に遊園地行かない?」

 

「えっ、あっ、第46部隊の方ですかー?

 ノギダムがいる部隊ですよねー、えっ、私すっごい憧れてたんですよー」

 

「そうなんだ、私たちもノギダムの整備したことあるよー」

 

「えっ、そうなんですかー、すごい!」

 

「まあ、今はもうノギダムはいないけどね・・・」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

48部隊の女の子が不思議そうに尋ねる。

どうやらノギダムが連邦軍に連れ去られた事実は第48部隊には知らされていないとズミリーは思った。

 

「あっ、いや、うん、なんでもないよー、早く遊びに行こー!」

 

 

・・・

 

 

「レナ、あれからしばらく会ってないね、アヤメは?」

 

「私も会ってない、あれ以来部屋に閉じこもったまま出てこないから」

 

ミリオン=ラブとアヤメ=スズミはお互い、マレスケの中でノギスナイパーに乗ってスタンバイしていた。

休暇が取れるとはいえ、誰かが当番制でスタンバイしていなければならないのが軍の決まりである。

二人はモビルスーツのコックピットに座ったまま、回線をつないで話をしていたのだ。

 

「せっかく休暇が取れるタイミングなのにね」

 

「ちゃんとご飯食べてるか心配だよね。

 今日、お部屋に何か美味しいもの持って行ってあげようかな。

 あれっ、レナって何か好きなものあったっけ?」

 

「えっ、わかんない、餃子じゃない?

 結構よく食べてるの見るし」

 

「そうなのかな、私、あれはキャラ付けのためだと思ってた」

 

二人がコックピットの中で雑談をしていると、モビルスーツ倉庫の中に誰かが入ってきた。

モビルスーツのカメラを使って外を見ると、パイロットスーツを着たワカ=ムーン大尉だった。

 

「二人とも交代の時間だ。

 今から私とマナ=ツーで変わるから、二人は自由時間だな」

 

ワカ=ムーンは壁についていた無線機でコックピットの中に話しかけた。

モビルスーツにに乗っていた二人は、その言葉を聞くとコックピットのハッチを開いて中から出て来た。

 

「半日は休憩だから、外に出て来てもいい。

 アンクレットの街は綺麗だし、気分転換にもちょうど良いかもな」

 

「うん、中央通りのところにめちゃめちゃ美味しいマカロンのお店とかもあったよ♡」

 

ミリオン=ラブもアヤメもマカロンには興味はなかったものの、

自分の部隊の隊長にスタンバイを代わってもらうことになったのでぺこりと頭を下げた。

ワカ=ムーンはヨシツネに、マナ=ツーはオフショルへと乗り込んだ。

 

「ミリオンはどうする?」

 

「私?

 私はちょっと部屋で休もっかなー」

 

そう言ってミリオンは通路の分岐路の反対側へ行ってしまった。

アヤメもまた一度自室に戻ってから買い物へ出かけることにした。

 

 

・・・

 

 

ミリオン=ラブが自室に戻る通路を進んで行くと、

マレスケの窓から外の景色が見えた。

補給基地には他の乗組員達も見ていたようにたくさんのモビルスーツがあり、

見るだけで勉強になるようなものもたくさんあったのだが、ミリオン=ラブにはあまり興味がなかった。

だが、通路の窓を通り抜けてから、何か気になるものが目に入ったと思い、彼女はまた通路を少し引き返した。

窓の外には今まで見たことのない、謎の飛行物体が宙を飛び交っているのが見えた。

 

(・・・何あれ、私、今まであんなの見たことない・・・)

 

いつの間にか興味を惹かれてしまったミリオン=ラブは、

窓に両手をついて食い入るようにその様子を眺めてしまった。

飛行物体の動きを目で追っていると、やがてそれを操作する者がいることに気がついた。

 

(・・・連邦軍の新型兵器かな・・・なんだか面白そう・・・)

 

そんなことを考えながら窓に張り付いていると、

その飛行物体はミリオン=ラブをめがけて飛んでくるのがわかった。

条件反射で思わず姿勢をそらしてしまった彼女だったが、

飛行物体は窓にぶつかる寸前で器用に宙返りをし、また向こう側へ飛び去って行った。

 

ミリオン=ラブが驚いていると、飛行物体を操作していた人が楽しそうに笑っていた。

なんだかからかわれたのかと思い、ミリオン=ラブは通路の窓を開けて叫んだ。

 

「危ないじゃないですか、やめてください!」

 

「君、ドローンに興味あるのかい?」

 

「・・・ドローン?」

 

「ああ、連邦軍の最新兵器さ、これはその小型版でね。

 モビルスーツの中から遠隔操作で飛行物体を操って敵を攻撃できる優れものだ。

 とは言っても、誰でも簡単に使いこなせるような物じゃないがね」

 

そう言いながら操作者は器用にドローンと呼ばれる飛行物体を操り、

またいたずらにミリオン=ラブの目の前を宙返りさせて遊んでいた。

 

 

・・・

 

 

自室に戻ったアヤメは、読みかけになっていた本を読もうと決めた。

本棚から取り出して机に向かい、1時間くらい読み進めた後で、

少しお腹が空いていることに気がついて手を止めた。

 

時計を見ると午後二時を過ぎていた。

モビルスーツの中で待機していた時間にお昼は過ぎてしまい、

食堂に行っても大した食べ物が手に入らないと思ったアヤメは、

冷蔵庫の中にまだ非常時の缶詰が入っていたことを思い出した。

それを取り出して開けようと思ったが、どうにも一人では硬くて開けられない。

こんな時にはいつも兄が助けに来てくれて、どうにかしてくれたものだと過去を思い出す。

だが今は第46部隊で勤務する身なので、全て自分でどうにかするしかなかった。

アヤメはとにかく缶詰を開けようと色々な道具を駆使して見たりもしたが、

単純に自分が非力なのだと気づくと、なんだか自分が情けなくなって缶詰を机の上に置いた。

 

それでもお腹が鳴り、読書にはもう集中できないと思ったアヤメは、

誰かを頼って缶詰を開けてもらうことを決意した。

そうなると自分一人で食べるのは悪いので、缶詰を開けてくれる人の分も多少多めに袋に詰めた。

そしてミリオン=ラブの部屋へ行ってドアをノックしてみたが、彼女はどうやら部屋の中にいないようだった。

仕方がないので彼女に開けてもらうのは諦め、また重たい袋を持ちながらトボトボと歩き出した。

 

廊下を歩いていると、そういえばザキ=レナは元気だろうかと思った。

そして、彼女に缶詰を開けてもらおうと思い、今度は通路の角を曲がってザキ=レナの部屋へと足を向けた。

しかし、彼女の部屋へ向かう途中、なんだか嫌な予感がした。

普段とは違う何かが起きているような、そんな感覚に襲われた。

そうしてアヤメがザキ=レナの部屋に辿り着いた時、彼女の部屋のドアはロックもかかっておらず簡単に開いた。

そして、中は荷物が片付けられた後で殺風景であり、そこには誰もアヤメを待っていなかった。

 

 

・・・

 

 

(・・・さらばマレスケ、今までお世話になりました・・・)

 

ボストンバッグに荷物を詰めたザキ=レナはマレスケを後にしていた。

どこに行くあてがあるわけでもないが、ここにいるよりはマシだろうと思った。

それくらいマレスケの中は彼女にとって息苦しかった。

 

日差しがコロニーの外側から差し込み、アンクレットは地球の春のように暖かかった。

眩しさから視界を良好に保つのと、誰かに見つからなくて丁度良いのと、

果たして自分はどちらの為にサングラスをかけているのだろうと考えたりもした。

彼女は不思議と冷静だった、もちろん本当は幾分動転してもいたはずだったが。

 

自分がモビルスーツに乗っていても役に立てないと戦場で悟った時、

彼女はこの艦を降りようと密かに決意していた。

本当はもっとうまくモビルスーツを扱える自信もあったのに、

小さなつまづきから、その自信すら失ってしまっていた。

そんな中途半端な自分自身が存在すると思うだけで、彼女にはやりきれなかった。

だから艦を降りた、簡単明瞭な理由だった。

 

だが、ジュード艦長に何も言えなかったのは情けなかった。

どうせ止められてしまうし、みんなにも知られてしまうくらいなら、

ここで艦を降りてひっそりと新しい生活を始めようと彼女は思った。

 

郊外にある基地からタクシーを拾ってしばらく走った。

コロニーの中だというのに、アンクレットには人工の海まで作られていた。

その景色があまりにも綺麗で、ザキ=レナはまるでここは地球みたいだと思った。

人類が自ら生み出した宇宙の居住空間は、もはや地球と何ら変わりない環境を再現してしまっていた。

 

(・・・私、今まで知らなかったな、コロニーってこんなに進んでるんだ・・・)

 

「あんた、どっから来たの?」

 

タクシーの運転手は後部座席のザキ=レナに話しかけて来た。

バックミラーから覗く視線がギラついていたので、

ザキ=レナはとっさに嘘をついて、地球出身だということは伏せた。

 

「他のコロニーから来たなんて珍しい。

 まあこの辺りではアンクレットがどこよりも先進的だと思うがね。

 だが、みんな自分が暮らしている場所に誇りを持っているのか、

 あんたみたいに移ってくるような奴らはいやしないよ」

 

「きっと現状に何も不満がないんでしょうね」

 

「そうかもしれねえな、みんな目の前の生活に忙しくて、

 別に新しい生活を望むこともない、不満があるってのは贅沢なもんさ」

 

タクシーは海沿いのカーブを曲がりながら市内へと向かう。

途中で海岸線をカモメが飛んでいる光景は絵画でもみているようだった。

 

「だけどあんたも気をつけな、この街は知っての通り連邦軍の直轄地だ。

 平和な時はいいが、いざどんぱちが始まると、すぐに戦場になっちまうかもしれねえ。

 地球に住んでる連中は、コロニーが戦場になったって何も構いやしない。

 だからってゼルコバみたいな連中も、正義を掲げて戦争でも始めようものなら、

 結局連邦軍の締め付けが厳しくなって、今以上に宇宙移民者は窮屈な生活を強いられることになる。

 勝ち負けにこだわってたら疲れるだけなんだよ、何も考えないで適当に暮らしてりゃそこそこ幸せになれるんだ。

 俺の言ってることが嘘だと思うかい、長生きすりゃわかってくるさ、革命なんて夢物語だってことが」

 

市内に到着し、ザキ=レナは買い物をする為にショッピングモールへ行って欲しいと告げたが、

途中で渋滞に巻き込まれてタクシーは動かなくなってしまった。

 

「まだかかりそうですか?」

 

「そうだな、最近はこのアンクレットも人口が増えすぎてね。

 車が進まなくなるのは日常茶飯事なのさ、降りるかい?」

 

「ええ、ここからは歩きます、ありがとう」

 

ザキ=レナは料金とチップを払い、タクシーを降りた。

降りる前に運転手に一つだけ声をかけた。

 

「そう言えば、地球の東京に行かれたことはありますか?」

 

「はっ?

 俺はそんなところ行ったことねーよ。

 コロニーだって地球と何ら変わらないって聞くしな」

 

「そうですか、機会があればぜひ行ってみてください。

 東京は坂が多い街なんです、坂を登るのもなかなか悪くないものですよ」

 

そう言ってからザキ=レナは運転手の返答を待つまでもなく後部座席のドアを閉めた。

そして、渋滞の車に見向きもせず、ボストンバッグを持って歩道を進んで行った。

 

(・・・結局、ここにも私の居場所なんてないんだ・・・)

 

刺激のない生活を想像して見るだけで、ザキ=レナには耐えられない気がした。

どんなに辛い思いをしても、チャレンジしている自分がいる方が性に合っている。

わずか短時間だったが、外の世界の日常に触れてみて、ザキ=レナはマレスケを降りる選択肢などないことに気づいた。

ニュータイプ部隊に憧れ、第46部隊に志願した頃の自分が、遠い昔のように思えるけれど、

それでもあの頃、自分が選んだ道は間違っていなかったのかもしれないと感じた。

いつかノギダムに乗りたい、最前線に出たい、そういう自分を目指していなければ生きている意味がない。

 

(・・・でも、どうしよう、飛び出して来た以上、何もなかったようには帰れないし・・・)

 

ザキ=レナは自分が持っているボストンバッグを見つめながらそう思った。

我ながらちょっとカッコつけすぎたかとも思った。

これではまるで映画の主人公気取りに思われてしまうではないか。

こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいったらありゃしない。

 

「・・・レナ!」

 

呼びかけられた方を振り向くと、そこにはなぜかアヤメが息を切らして立っていた。

 

「ア、アヤメ、なんでここに・・・」

 

タイミングが悪すぎた、どうして追いかけてなんて来るのだろう。

放って置いてくれれば、そのうち勝手に自分でこっそりと帰ったものを。

 

「・・・どうして、黙って出て行くの?」

 

「いや、別に、そんなつもりじゃ・・・」

 

「・・・寂しいよ、そんなの」

 

「いや、だから、そんなつもりじゃないって言ってるじゃん・・・」

 

ザキ=レナは慌てながら誤解を解く方法を探していたが、

何を語ろうとも彼女の持つボストンバッグが大きすぎて状況を撤回することはできっこなかった。

 

「・・・どうしても、行っちゃうの?」

 

ザキ=レナは心底返答に困った。

目の前の悲しそうなアヤメの顔を見ていると、ふざけて返事をするわけにもいかず、

ただ彼女の口調から自分が去ってしまうことは既定路線として話が進んでしまっている。

このタイミングですぐに帰るなんて言い出せる勇者はきっといない。

 

「・・・いや、あの、私がいてもマレスケのお役に立てないかなって・・・」

 

「・・・そうなんだ」

 

ザキ=レナはアヤメに「そんなことない」と言って欲しかった。

そうすれば、引き止めてくれれば、帰る口実が見つかるのに。

だが、アヤメと付き合いの長いザキ=レナは、アヤメが人を強制したりすることを嫌うのを知っていた。

彼女は優しくて頭がいいだけに、相手の自主性を尊重するような節がある。

 

「・・・いや、でも、待てよ、私がいなくなったらノギスナイパーが一機余っちゃうな、これ勿体無いかも」

 

ザキ=レナはとぼけたふりをしてそんなことを言ってみた。

そしてアヤメが同調してくれれば、なんとか帰るきっかけが見つけられる。

 

「・・・そんな無理しなくてもいいよ」

 

泣きそうな顔になりながら、アヤメはそう言った。

こんなに純粋で美しい涙を流せる子に出会えて本当に良かったと思う反面、

この純粋さを蹴散らしてまで自分の体裁を繕うなんてみっともないことはできないとザキ=レナは思わされた。

 

「・・・あの、ご、ごめんなさい、私そんなつもりじゃなかったんだけど・・・」

 

なんだかザキ=レナも泣きたくなってきた。

もう泣きながら「私、帰ります」ってストレートに言ってしまおうかと思った時。

 

「・・・ちょっとだけ、レナと一緒に散歩したい」

 

一緒にいられる最後の時間になるようなニュアンスでアヤメが甘えてきたので、

もう何も言えなくなってしまったザキ=レナは手に持っていたボストンバッグより重たい心を引きずって二人で歩道を歩き始めた。

 

 

・・・

 

 

 

二人で歩いたアンクレットの街はとても美しかった。

市内から海辺へ遊びに行く人々の姿も見受けられ、みんな荷物を持ってバスに乗り込んで行く。

たどり着いたショッピングモールは多くの人だかりで溢れており、

必要なものは全てここで揃うのだろう、休日なので家族連れで賑わっていて活気に溢れていた。

 

二人は初めのうち、あまり言葉も発さずにただ静かに歩き続けた。

アヤメはなんて言ってあげればいいかわからなかったし、

ザキ=レナはどう切り出していけば良いかもうわからなかったのだ。

 

二人はベンチに座って家族連れの姿を見ながら、ゆっくり流れる穏やかな時間に身を任せた。

アヤメはこれが二人で過ごす最後の時間になると思っているに違いなかったし、

ザキ=レナはなんとしてもこれを最後の時間にするわけにはいかないと内心焦りながら帰る口実を探し続けていた。

 

二人が話を切り出すきっかけを作ってくれたのは、ベンチに座っている二人の元へ駆け寄ってくれた子供だった。

街頭で配られていたどこかのお店のチラシを持ってきたその子供は、わけもわからずとにかくチラシをアヤメに手渡した。

 

「・・・どうしたの?お母さんは?」

 

アヤメがそう尋ねると、子供は向こう側を指差し、母親がこちらへ歩いてきながらぺこりと頭を下げた。

子供は持ってきたチラシを乱暴に扱うため、チラシはしわくちゃになって行った。

 

「・・・いらないチラシなのかな?」

 

ザキ=レナはそう呟いた。

 

「・・・その辺で配ってたやつじゃないかな」

 

アヤメはそう推測し、子供から渡されたチラシをテキパキと折って紙飛行機を作った。

そして、それを飛ばしてあげると、子供はとても嬉しそうに飛行機を追いかけた。

地面に落ちた飛行機を拾っては、また嬉しそうにその飛行機を投げる。

子どもの投げ方が下手くそなので、飛行機は地面に激突したり、後ろに飛んで行ったりしたが、

やがて母親がやってきて、それを拾ってうまく投げると、また子供は嬉しそうな表情をして笑った。

 

母親はまたアヤメの方にぺこりと頭を下げて子供と一緒に歩いて行った。

 

「子供はいいよね、無邪気でさ」

 

ベンチに前かがみに座りながら、ザキ=レナは両手でほっぺたを抑えてそう言った。

アヤメはまだ親子の方へ視線をやっていたが、その親子のおかげで、二人のなんとなく気まずい空気は打破できたような気がした。

 

「この街の人達は、まさか今この宇宙のどこかで戦争が始まろうとしてるなんて、想像もつかないんだろうね。

 第48部隊が駐留してるって言っても、今までこの街で大規模な戦争もテロも起きたことなんかないだろうし、

 まあ何か起きても、第48部隊の最強のニュータイプパイロット達が守ってくれるって信じてるんじゃないかな。

 ニュータイプって言っても、誰も精確にその概念を把握できていないし、曖昧でバカバカしいものなのにね」

 

ザキ=レナはそう言って横に座っているアヤメに視線だけ向けた。

アヤメはまだ相変わらず親子の方を見つめていて、一体話を聞いているのかどうかも定かではなかった。

 

「・・・でも、ニュータイプの存在を考え出した人は、きっと素敵な人なんだろうなって私は思う」

 

「・・・誰が考えたんだろうね、今じゃ言葉だけが一人歩きして、結局は証明する術が何もないけど」

 

親子連れを見送ってしまった後、ザキ=レナは頃合いだと思ってベンチから立ち上がった。

 

「せっかくだから、歩こっか。

 アンクレットの街を見られるのは、休憩時間だけなんでしょ?」

 

「・・・うん」

 

アヤメも同じように立ち上がり、二人はどこへ行くともなく歩き始めた。

ザキ=レナはボストンバッグを、アヤメは重たい缶詰を持ちながら。

 

「・・・私、この間ニュータイプに関する本を読んだの」

 

「えっ、そうなんだ、アヤメは勉強家だなー」

 

「ニュータイプって言葉を誰が考えたのかは、今となってはわからないらしいんだけど、

 とある学者が言うには、宇宙に出た人類に平和をもたらすには、ニュータイプが必要不可欠なんだって」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「ニュータイプは古い価値観に縛られず、世の中に新しい価値観を提示することができるって。

 そして、周りの人々に幸せをもたらして、人類を進歩させることができるんだって」

 

「なるほどね、すごいよね、ニュータイプって」

 

二人は歩きながらそんな話を続けていた。

本で読んだ内容が面白かったのか、アヤメは珍しく饒舌に語り続けたし、

ザキ=レナはまるで子どもの話を聞き続ける母親のような相槌を打ち続けていた。

おそらく、アヤメはこの話を聞いて欲しいのだと言うことが、ザキ=レナにはよくわかったからだった。

 

「ニュータイプの半分は優しさで出来てるんだって、モビルスーツの操縦がうまいのは副産物なんだって」

 

「へー、そうか、ニュータイプってバファリンみたいなものだったのか」

 

「ニュータイプでも、自分がニュータイプだって気づいていない人もいるんだって」

 

「ふーん」

 

二人がそんな話をしながら歩き続けていると、突然アヤメが立ち止まった。

 

「ねえレナ、重い、もう歩けない」

 

アヤメは袋いっぱいに詰めた缶詰を持ってきてしまっていたので、もう腕が限界に達していた。

ザキ=レナはどうして彼女がそんなものを持ってきているのか、つい聞きそびれてしまっていたが、

持ってきたのは自分なのだから、冷たいかもしれないがそれは自己責任で頑張って欲しいと思った。

 

「もうちょっと頑張って」

 

「・・・無理」

 

アヤメは珍しく甘えるような口調でそんなことを言った。

先に歩いていたザキ=レナは、先ほどからずっと子供を連れて歩いているような気分だと思っていた。

 

「あーもう!

 私、お母さんじゃないんだけど!」

 

思わず振り返ってそう叫んでしまったが、

アヤメはそんなことには動じず、ただ斜め上の空を見上げていた。

 

「あっ、飛行機」

 

アヤメがそう言ったので、ザキ=レナはアヤメが見つめている方向へ目を向けた。

遠い空から何かこちらへ向かってくる物体があることに気が付いたが、

近づいてくるに連れて、どうやらそれは飛行機ではないことがわかった。

 

「・・・いやいやいや、あり得ないあり得ない!」

 

ザキ=レナはそう言うなり突っ立っていたアヤメを連れて全力で走っていた。

彼女が空から降ってくるのが見えたものは、誰もがその存在を知っている連邦軍のモビルスーツだった。

 

「・・・あれって・・・黒い・・・ノギダム!?」

 

 

・・・

 

 

ザキ=レナはアヤメを引っ張りながら猛烈に走った。

そしてビルの角を曲がると、まるで子供を抱きかかえるようにアヤメを突風から守った。

先ほど空から降ってくるのが見えた黒いノギダムが着陸したせいで爆風が起きたのである。

 

「・・・嘘でしょ!?こんな市街地で!」

 

着地したノギダムは美しいアンクレットの街を台無しにした。

踏まれた建物は崩れ落ち、買い物に集まっていた群衆は叫び声をあげながらパニックになって逃げた。

黒いノギダムは膝を折った姿勢からゆっくりと立ち上がり、首を動かしながら何かを探しているようだった。

 

「アヤメ、急いでマレスケに戻らなきゃ!

 あのノギダム、どう考えても普通のパイロットが乗ってるとは思えない!

 市街地のど真ん中に着陸するなんて、普通の人間のやることじゃないでしょ、これ!?」

 

アヤメは爆風で崩れた建物越しに見える黒いノギダムの姿を見た。

何か嫌な予感が彼女を貫いたのか、瞳孔が広がり、彼女は小刻みに震えていた。

逃げなければならない場面であったが、彼女は立ちすくんで動けなくなってしまっていた。

 

「アヤメ!聴いてる!?アヤメってば!」

 

ザキ=レナは両手で彼女の体を揺りながら叫んだ。

彼女は缶詰の入っていた袋を地面に落としてしまい、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

「だから、私、あなたのお母さんじゃないんだってば!」

 

ザキ=レナは落ちていた缶詰の袋を拾うと、アヤメを連れて猛然と走り出した。

とにかくこの市街地から離れなければ危険だと言う直感があった。

市街地のど真ん中に降ってきた無神経なノギダムが、人命を尊重して戦闘するとは思えなかったからだ。

 

ノギダムがゆっくりと歩き始めたことで、その振動がまるで地震のように二人に伝わった。

ザキ=レナはノギダムが向かう進行方向とは直角に逃げることで、少しでも距離を置こうと思っていた。

だが、どう言うわけか、ノギダムは進行方向を変え、逃げる二人の方へ歩みを向けた。

モビルスーツの歩幅で歩いて追いかけて来られれば、人間がいくら走って逃げても逃げ切れるものではない。

ノギダムがこちらを狙っていることに気づいたザキ=レナは、一層焦りながらビルの間をネズミのように逃げ惑った。

 

モビルスーツといえども、やはりこちらの姿をパイロットがカメラで追いかけていることがわかってきたザキ=レナは、

それならばと、わざと相手を混乱させるように建物の影に隠れながら逃げ続けた。

ノギダムは建物も障害物も何も気にせずに破壊しながら彼女たちを探していたが、

やがて、二人はノギダムから隠れるように、わざと先ほどノギダムが破壊した建物の陰に隠れることに成功した。

今にも崩れるかもしれない瓦礫の隅っこに、二人は座り込んで息をひそめるようにノギダムが通り過ぎるのを待った。

 

(・・・お願いだから早くあっち行って・・・)

 

ザキ=レナはアヤメを抱きしめながら目をつぶって祈っていた。

初めて黒いノギダムを見たとき、もしかしてパイロットはマイ=シロイシ少佐かと思ったが、

こんな風に街を壊しながら動き続ける様子を見て、これは彼女であるはずがないと確信した。

黒いノギダムの存在なんて、今まで聞いたこともなかったが、第46部隊に一機だけあるわけもなく、

連邦軍が隠し持っていたって不思議ではない、ザキ=レナはそんなことを考えながら味方の援軍を待った。

 

そんなことを考えていた時、やがてノギダムは後ろを振り向いてから立ち上がった。

そして背中からビームサーベルを抜いて空から落ちてくるモビルスーツに対して身構えた。

ビームサーベルが重なり、辺りにはビームの衝撃波が発生していた。

やがてその衝撃が収まると、空から降ってきたモビルスーツは建物を避けて地面に着地した。

 

「やっぱり黒いノギダム・・・マイ=シロイシ少佐か!?」

 

先ほどヨシツネでノギダムにビームサーベルで斬りかかったワカ=ムーンは、

敵機が黒いノギダムであることに動揺を隠せない様子だった。

 

ワカ=ムーンくらいのパイロットになれば、少し相手の動きを見ていれば、

誰が操縦しているのか、そういったクセを見抜くこともできた。

先ほどビームサーベルを合わせた感覚では、これはやはりマイ=シロイシ少佐かと思った。

ワカ=ムーンはコックピットで通信回線を開き、相手に呼びかけることにした。

 

「・・・聞こえるか、ノギダムのパイロット、誰が乗っている、マイ=シロイシ少佐ではないですか!?」

 

ワカ=ムーンが呼びかけるも、ノギダムから返事はなかった。

通信がうまく届いていないのかもしれないと思ったワカ=ムーンは再度呼びかけることにした。

 

「・・・聞こえないのか、貴殿も連邦軍のパイロットであれば名前くらい名乗ってもいいだろう?」

 

またもノギダムは応答に答えなかった。

代わりにビームサーベルを上段の構えにして斬りかかってきたので、

ワカ=ムーンはそれに素早くビームサーベルを合わせ、バックステップを踏みながら後ろへ大きくジャンプした。

ノギダムはそれを追いかけるようにして、前方へ大きくジャンプして行った。

 

「・・・ワカ様、さすがニュータイプだけあって、察しがいいわ。

 ここで戦いを続けられたら、どれだけ犠牲者が出るかわかったもんじゃないからね・・・」

 

ザキ=レナはワカ=ムーンがノギダムをおびき寄せる様にして後退するふりを見せたのだと悟った。

というよりも、通常であればパイロット同士の騎士道に則って、関係のない民間人を巻き込んだり、

街の中で戦いを避けるのが軍の従来の慣習であるはずであった。

あの黒いノギダムが街を破壊しながら活動をしていたことは、おそらくこの街に人にとっても一大事であり、

あとで連邦軍がどう説明するのかわからないが、民間人から軍への不信感が高まるのは避けられないだろうとザキ=レナは思った。

 

「・・・でも、とにかく助かった・・・」

 

ザキ=レナがそう言って体全身を覆っていた緊張から解き放たれると、

力が抜けて安心してしまったのか、お腹が「ぐぅ」となってしまった。

 

「・・・やだ、恥ずかしい、何も食べずに歩いてきたからかな」

 

ザキ=レナがそう言うと、アヤメはここぞとばかりに袋から缶詰を取り出した。

まるで小動物のように、缶詰を開けてくれようとしたが、缶詰は開かなかった。

 

そして、アヤメはその缶詰を何も言わずにザキ=レナの前に差し出した。

 

「・・・まさか、私にこれを開けて欲しいからずっと持ってたなんて言わないよね?」

 

ザキ=レナがそうたずねると、アヤメは何も言わずに恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「まったく、缶詰くらい缶切りでもなんでもあるでしょうに・・・」

 

そう言いながらも、ザキ=レナも嬉しそうに缶詰を開けてアヤメに差し出した。

二人とも窮地から逃れて安心してしまったのか、無邪気に缶詰のフルーツを食べ始めた。

 

缶詰のフルーツを食べ終わると、ザキ=レナは深くため息をついてから立ち上がった。

瓦礫の中で二人して缶詰を食べるなんて、まるで世界の終わりみたいだなと少し自虐的に笑った。

外はまだ砂埃が舞っていたが、去って行ったモビルスーツたちがここへ戻ってくる様子はなかった。

 

「さてと、アヤメ、行くよ」

 

「・・・えっ、どこに?」

 

アヤメはキョトンとした瞳で尋ねた。

 

「決まってるでしょ、マレスケよ」

 

「・・・えっ、でも、レナ帰らないんじゃ」

 

そこまで言われて、ザキ=レナもおかしくなって思わず声を上げて笑った。

そういえば、さっきまで意固地になって帰れないって話をしていたのだった。

 

「帰るに決まってるじゃん、だって私がいないとアヤメはなーんもできないんだから」

 

ザキ=レナはまた、少しカッコつけて強がりを言ってしまったのだけれど、

本当は心の中で追いかけてきてくれたアヤメに感謝していた。

だから手を伸ばして彼女の手をとって、瓦礫の中から外に出ることにした。

 

だが、二人が瓦礫の外に出ると、そこにはまた見たことのないモビルスーツが、

今度は空からゆっくりと降下してきているのが目に入った。

ザキ=レナはがっくりうなだれて渋い顔をしていた。

 

「・・・もう何よ何よ、今度は何?

 今日はどれだけモビルスーツが空から降ってきたら気がすむのよー!」

 

地団駄を踏みながら彼女がそう言っている間、

アヤメは黙ってずっと空を見つめていた。

 

「・・・金色の・・・モビルスーツ・・・」

 

アヤメは無意識にそう呟いた。

彼女が見ていた金色のモビルスーツの背中には翼があり、

それがしなることで、まるで鳥のように宙に浮かんでいる。

 

「・・・あの鳥のようにしなやかで無駄のないフォルム・・・かわいい・・・」

 

「・・・えっ、この状況で何言ってんの・・・?」

 

アヤメはブツブツ言いながら、ずっと金色のモビルスーツを見上げていた。

 

 

・・・

 

 

 

(・・・ここまでくれば大丈夫か・・・)

 

ワカ=ムーンはノギダムを引きつけて市街から海沿いまでやってきた。

敵の攻撃を受け流しながらおびき寄せたのは見事であったが、

ノギダム自体、かなり我を忘れたように襲いかかってくる様子であり、

ワカ=ムーンが熟練パイロットとはいえ、ここまで簡単に海沿いまでおびき寄せられたのも不思議ではあった。

このモビルスーツに乗っているパイロットは強いのだが、明らかに冷静さを欠いているようにワカ=ムーンには思えた。

 

「・・・ノギダムのパイロット、聞こえているかわからないが、返答がなければ撃墜する」

 

そう呼びかけるも、やはり相手からの返答はなかった。

通信状態に問題があるようではなかったので、完全に無視されている形だった。

 

(・・・仕方ないか、この感じだとマイ=シロイシ少佐でもないだろう・・・)

 

ヨシツネは背中に差していたもう一つのビームサーベルも抜いて二刀流になった。

ノギダムはビームサーベルで斬りかかってきたが、流石に二刀流の方が手数が多くなる。

ヨシツネはノギダムをパワーで押し返して行く。

マイ=シロイシ少佐の乗っていた白いノギダムと比べると、その強さは雲泥の差があった。

 

ヨシツネはビームサーベルに注意を向けさせておきながら、がら空きになった足を払ってノギダムを地面に倒した。

そのまままた斬りかかったが、ビームサーベルで防がれた。

だが、パワーでジリジリと押し続け、倒せるのは時間の問題かと思われた時、

ノギダムの首が左右に動き始め、どうやら何かを探しているようだった。

 

「・・・マナ・・・・ツー・・・・」

 

先ほど繋いでおいた回線から音が漏れ聞こえてきた。

それは黒いノギダムのパイロットの声だと思われた。

 

「・・・マナ=ツー?」

 

「・・・マナ・・・ツー・・・許さ・・・ない・・・」

 

「・・・この声は!?」

 

ワカ=ムーンはスピーカーから漏れてくる声に一瞬ひるんだ。

そして、その隙にヨシツネはノギダムから腹部に蹴りを食らった。

ヨシツネはその勢いで後ろに仰け反るようにして倒れた。

 

「ワカ、大丈夫~?」

 

ヨシツネのコクピットに聞こえてきたのは、オフショルに乗っているマナ=ツーの声だった。

一緒にスタンバイしていたはずのオフショルだが、機体のバランスの悪さから陸戦では動きが遅い。

ノギダムを発見して駆けつけるまでに、ヨシツネより随分と遅れを取ってしまっていた。

それが今追いついてここまでやってきたのだった。

 

ワカ=ムーンはモビルスーツのカメラから、ノギダムの目が光るのが見えた。

モビルスーツの目はメインカメラになっているので、何かターゲットを見つけた時に作動したり点滅する。

 

「オフショル、来るな、ノギダムはマナ=ツーを狙ってる!」

 

「えっ?」

 

「・・・マナ=ツー・・・許さない・・・」

 

「・・・えっ、マイ=シロイシ少佐の声、嘘!?」

 

マナ=ツーが驚いている隙に、ノギダムはまるで野獣のようにオフショルに襲いかかった。

先ほどまでの動きよりも数倍俊敏で、まるで覚醒したような動きを見せた。

オフショルはとっさにビームサーベルを抜いてノギダムの攻撃を受けたが、

休む間も無くノギダムは猛烈に斬りかかって来る。

たまらず後ろへジャンプしてビームライフルを撃ったオフショルだが、

ノギダムはそれを躱し、またジャンプして間合いを詰めて斬りかかってきた。

ビームサーベルは空中で防いだが、そのまま蹴りを食らったオフショルは地面に墜落した。

 

「・・・ノギダム、マイ=シロイシ少佐なんですか!?

 ワカ=ムーン大尉です、聞こえますか、聞こえていたらやめてください!」

 

ワカ=ムーンは通信でノギダムに呼びかけた。

するとノギダムは一瞬動きを止めたが、また思い出したようにオフショルに迫って行く。

 

「マイ=シロイシ少佐、それはマナ=ツーが乗っている機体です、やめてください!」

 

「・・・マナ=ツー、こんなチャラチャラした機体で戦場に出て来るなんて、お前なめてんだろ・・・」

 

ノギダムは倒れているオフショルの喉元にビームサーベルを突きつけてそう告げた。

「なめてないです!」とマナ=ツーは返答したが「いや、なめてる」とノギダムは断定した。

 

もう一度ビームサーベルを振り上げ、オフショルを斬りつけるかと思われた瞬間、

ヨシツネは後ろからビームライフルを撃ってノギダムを威嚇した。

ノギダムは咄嗟にそれを躱し、ヨシツネに撃ち返してきた。

 

「マナ=ツー下がって、ノギダムはどうやらオフショルを見ると凶暴になるようにできてるらしい」

 

「なんで!?」

 

「私にもわからない、マナ=ツーの方が心当たりあるんじゃないの?」

 

「・・・私は何もわかんないけど」

 

「・・・マナ=ツー!!」

 

また回線からノギダムのパイロットの声が聞こえてきた。

かなり怒っている様子なのは聞けばすぐにわかった。

 

立ち上がったオフショルに対し、ノギダムはまた斬りかかってきた。

ヨシツネはオフショルの前に立ち、そのビームサーベルを受けたが、

オフショルを庇いながらの姿勢だったためにパワーを出し切れず、

二刀流のビームサーベルはノギダムのパワーに押されて吹き飛ばされた。

 

「まずい、やられる!」

 

ワカ=ムーンがそうやって最期を覚悟した瞬間、ノギダムは後ろを振り返って太刀を受けた。

そこにはやけに刺々しい形をした黒いモビルスーツがノギダムに斬りかかっている姿が見えた。

ヨシツネはその隙にオフショルを連れてノギダムから距離を置いた。

 

「ヨシツネ、オフショル、後退して下さい」

 

「・・・その声は!?」

 

刺々しいモビルスーツは隙をついてショルダータックルをしてノギダムを吹っ飛ばした。

そのモビルスーツのルックスは細身でスタイリッシュでありながら反抗的であり、

連邦軍でもゼルコバでもない、今までどこにも見たことがないような機種だった。

 

「・・・代打、私」

 

 

・・・

 

 

「ノギダムのパイロット、マイ=シロイシはマインドコントロールを受けて強化人間にされてる。

 この状態では何を言っても話は通じない、早くマナ=ツーを退げた方がいい。

 オフショルとマナ=ツーを認識することで、マイ=シロイシはさらに強化されてしまうから」

 

ヨシツネとオフショルの回線に流れてきたのは、冷静沈着で懐かしい声だった。

かつて第46部隊で同じ釜の飯を食べた仲間であることは、ワカ=ムーンもマナ=ツーも決して忘れることはなかった。

 

「ナナ=ミン!?ナナ=ミンなのか?」

 

「話はあと、ここは退がって」

 

「・・・わかった、オフショルを連れて後退させてもらう、マレスケに援軍を要請しよう」

 

「ナナ=ミン、ありがとう、気をつけてね」

 

ナナ=ミンにそう告げると、ワカ=ムーンとマナ=ツーはモビルスーツを後退させた。

立ち上がってきたノギダムは、オフショルがいなくなったことでまたキョロキョロとし始めた。

 

「・・・マナ=ツー・・・どこなの・・・」

 

「残念だけど、彼女はもうここにはいない。

 私はあなたとは戦いたくない、退がって下さい、マイ=シロイシ少佐」

 

「・・・お前ら・・・馴れ馴れしいな・・・私はマイ=クロイシ・・・お前らなど知らない!」

 

ノギダムはまた狂ったように斬りかかってきたが、ビームサーベルを合わせるまでもなく、

ナナ=ミンのモビルスーツ、シジンは全てを紙一重で躱して行った。

そして相手の隙をついて、また棘の付いた肩でショルダータックルを食らわせた。

ノギダムは後方へ吹っ飛んで機体が海の水を跳ね上げた。

 

「強化不十分、パイロットの能力を引き出せていない・・・」

 

シジンは倒れた姿から上体を起こしたノギダムにビームライフルを向けた。

 

「・・・退却して下さい、出ないと撃ちます」

 

「・・・ううっ、頭が痛い・・・」

 

ノギダムはまた立ち上がり、警告に従わずに正面から向かってきた。

あまりに単調で策のない攻撃パターンに、シジンは銃器を引っ込めて応対した。

先ほどは威嚇してみたものの、本気でノギダムを撃つつもりは毛頭なかった。

 

(・・・一機だけでアンクレットに投入されたのは、強化人間のテストのため?)

 

シジンはノギダムの攻撃をかわしてわざと少し距離を置いた。

そして、コックピットの通信回路を繋ぎ、誰かに呼びかけた。

 

「アシュ、聴こえる?」

 

「・・・うん」

 

「市街の状況の確認と民間人の救出はもう済んだ?」

 

「うん、もう終わったよ」

 

回線からナナ=ミンよりも幼い声が聞こえてきた。

 

「ノギダムを送り込んできた奴が空に待機しているはず。

 そいつを攻撃して、そうすればノギダムを援護に呼び戻すはずだから」

 

「・・・わかった」

 

 

・・・

 

 

「ナナ=ミンって、あのナナ=ミンなの!?

 第46部隊の元一期生パイロット、連邦政府のやり方に嫌気がさして、

 それで自ら軍をやめたって、あの伝説のパイロットの?」

 

ザキ=レナはコックピットの後ろに座りながらそう言った。

先ほどのやりとりが回線を通じて彼女たちにも聞こえていたのだ。

 

「あのー、すいません、飛びます」

 

コックピットに座っていた女性パイロットがそう言った。

アヤメは振動に備えて椅子にしっかりつかまっていたが、

いきなりモビルスーツが動いたのでザキ=レナは危うく転びそうになった。

 

ナナ=ミンにアシュと呼ばれていた女性パイロットがモビルスーツを空に浮かせた。

金色のカラーリングがされたモビルスーツの背中は翼型にデザインされており、

それがどういう仕組みなのか、まるで鳥のように翼を動かして飛んでいた。

 

「すごい、地上にいる時と、空を飛んでるときの翼のフォルムが全然違う。

 えー、これどうやって作ってるんだろう、金色のカラーリングも可愛いし、

 頭部も小さくて細身だから運動性も高いはずで、装甲は大丈夫なのかな?

 でも、これだけ運動性が高ければ、多少そこは犠牲にしても問題ないかもしれない。

 むしろ重力のある場所で空を飛べるモビルスーツであれば、地上に対して圧倒的に優位な攻撃ができる。

 なるほど、そうかー、これは、そうなんだ、うんうん、設計段階からこだわりがすごいなー、うん」

 

アヤメは人が変わったような早口で興奮しながらコックピットの中で喋り始めた。

確かに空を飛べるモビルスーツであれば、宇宙ではそれほど強みは発揮しないし、

装甲が弱いことはウィークポイントになってしまうけれど、重力のある場所であれば、

その高い機動性を生かして活躍することができるのである。

オフショルが地上では使いにくいのとは真逆の発想で設計されていると言っても過言ではなかった。

 

「すみません、このモビルスーツ、どこの会社が作ったんですかね?」

 

戦いの最中だというのにも関わらず、アヤメの知的好奇心が疼いていたようで、

彼女はコックピットの後ろからパイロットのアシュにそう質問した。

 

「えーと、なんだったっけ?

 確かNOGYとかいう東京の会社だったかも」

 

「あー、やっぱりNOGY社ですか、思った通りだ、この設計はそうだよなー、うんうん。

 他の企業じゃこういう繊細な感じには作れないもんなー、日本の技術が使われてるんだー、なるほどー」

 

NOGYってあれだっけ?

 昔はテレビゲームとか作ってた会社で、センサー関連で売り上げを拡大させて、

 人類が宇宙に出るときからどこよりも早く宇宙開発に投資し始めたって。

 今ではコロニーの開発からモビルスーツの設計まで請け負うコングロマリットでしょ?

 ってかアヤメ、モビルスーツの事について詳しすぎるんだけど」

 

アヤメが興奮しながらぶつぶつ言い、ザキ=レナがそれを補足している間、

金色のモビルスーツは翼を羽ばたかせて上空へ昇って行った。

ザキ=レナはコックピットのモニターを眺めながら、

どういうわけかモビルスーツの周辺に、先ほどの建物から崩れた瓦礫がたくさん浮かんでいることに気がついた。

 

「えっ、これどういうこと?

 岩とか瓦礫がモビルスーツについて一緒に昇ってくるんだけど!?」

 

そんなことを言っている間に、三人を乗せたモビルスーツは上空に浮かんでいる小型飛行機を見つけた。

あれがノギダムを乗せてきた輸送船であることは、連邦軍のマークをつけていることでわかった。

金色のモビルスーツが小型飛行機に接近すると、こちらの存在に気づいたのか敵は後退を始めた。

すぐに飛行機からサーフィンボードのような機体が高速で地上に向かって打ち下ろされ、

やがてノギダムがその板に乗るような形で空に昇ってくるのがわかった。

 

そして次の瞬間、金色のモビルスーツの周辺に浮かんでいた瓦礫や岩が、

ノギダムと小型飛行機に向かって飛んでいくのを、ザキ=レナはメインカメラからはっきり確認した。

ノギダムはビームライフルで岩を撃ち落としながら少しずつ昇ってくる。

飛行機は防衛手段を持たないので、瓦礫が衝突することでエンジントラブルを起こしたようだった。

 

「いやいや、なにこれ、なにが起きてんの!?

 私、今までサイコキネシスの可能性について考えたことなんて一秒もないんだけど・・・。

 でも、この状況を見てしまうと、もう信じずにはいられないというか・・・。

 だけど空飛んだり、岩を操ったりするなんて、もうそんなの反則じゃない?

 なにこの神に選ばれたようなモビルスーツは・・・」 

 

ザキ=レナは振動で揺れるコックピット内の椅子にしがみつきながらそう言った。

アヤメはいつにも増して目をしっかりと見開きながらずっとメインカメラで状況を食い入るように見ていた。

 

「・・・すみません、このモビルスーツの名前は何ていうんですか?」

 

「えっ、ああ、チャイティーヨーだよ」

 

「・・・チャイティーヨーダヨ?」

 

「ああっ、ふふふ、違う違う、ダヨはいらないから、チャイティーヨー。

 今日はね、ちょっといつもより張り切りチャイティーヨーなんだー」

 

パイロットの少女は自分のおでこを指し示してそう言って笑った。

何のことを言っているのか、二人にはさっぱりわからなかった。

 

やがて空に昇ってきたノギダムは、飛行機の盾になるように立ちはだかり、

ビームライフルで威嚇射撃をしながら距離を取り始めた。

チャイティーヨーも瓦礫を飛ばし続けたが、全てノギダムによって破壊された。

 

空を飛べるチャイティーヨーであれば、ノギダムと飛行機を追いかけることは容易かったが、

パイロットはあまりそんなことには関心を持たなかったようで「お腹が空いた」とだけ言ってからチャイティーヨーを地上に向かわせた。

 

「缶詰ならありますよ」

 

アヤメがそう言ったので、ザキ=レナは空気を読んで缶詰を開けた。

缶詰にはシロップ漬けのフルーツが入っていたので、パイロットはそれを人差し指と親指でつまみ、

上を向くような姿勢で、まるで鳥の雛のように食べた。

 

「ああ、美味しかった、どうもー」

 

食べ物をもらえたパイロットは上機嫌になり、チャイティーヨーを宙返りさせた。

アヤメは喜んでいたが、ザキ=レナは椅子にしがみついて振り落とされないように必死だった、

そして蓋が開いていた缶詰のシロップはザキ=レナの服の上にこぼれた。

やがて地上で待っているシジンの姿が見えてくると、通信回線を開いて呼びかけた。

 

「終わったよー」

 

「うん、ノギダムが空に昇っていくの見てた、ありがとう」

 

アシュが通信を切ろうとすると、ザキ=レナが後ろから手を伸ばして別の回線を繋ぎ始めた。

ここからマレスケに連絡を取るためだった。

 

「はっはっは!」

 

「どうしたんですか?」

 

アヤメが急に大声で笑い出したアシュに尋ねた。

 

「ごめんごめん、だって服からすっごいシロップの匂いがするから!」

 

手を伸ばしてモニターの操作をしているザキ=レナをよそに、

アシュはシロップでべたついているザキ=レナの服の袖を見て笑っていた。

 

「・・・こんなに頑張ってるのに・・・私の扱い、雑すぎません?」

 

ザキ=レナは悲しそうにぼやいた。

 

 

・・・

 

 

 

「久しぶりだな、ナナ=ミン少佐。

 いや、もう軍を抜けたからこう呼ぶのはよそうか?」

 

「別に呼びやすければ、それでも構いませんけど。

 でも、私はもう普通の市民ですから」

 

マレスケと回線をつないで連絡を取った二人は、

チャイティーヨーに乗ったままマレスケまで帰還した。

シジンに乗っていたナナ=ミンも同行してきた。

ジュード艦長と久しぶりに対面したナナ=ミンは、

普通の市民に戻ったと言っても、以前と変わらず気さくな様子だった。

 

「どこかのコロニーに移り住んだとは聞いていたが、

 それがアンクレットだとは思わなかったよ」

 

「別にどこでもよかったんですけど、

 しばらく軍を離れても、世間は忘れてくれないものですね」

 

「それは君の残した功績が大きすぎるからさ」

 

「ご冗談を」

 

「本当だよ」

 

ジュード艦長はナナ=ミンの後ろに立っている少女にも話しかけた。

彼女もまた、目立たないようにその場に居合わせている雰囲気があった。

 

「懐かしいか?

 お前の育ったマレスケは何も変わっていないぞ」

 

「そうですね、人が結構増えたくらいで」

 

アシュ=サ=イトーは、かつてこのマレスケで引き取られた少女だった。

今よりもまだテロリズムが盛んに起きていた頃、迷い込んできた彼女を引き取り、

彼女はこの船でマスコットキャラのような存在として暮らしていた。

パイロットでもなく、何か仕事をするわけではないが、忙しい時には大人たちの手伝いをしたり、

荷物を運んだりしながら、マレスケの乗組員としてみんなと共にここにいた。

やがてナナ=ミンが軍を抜ける事になった時、彼女はナナ=ミンについていく道を選んだ。

そうして数年が経ち、こうしてモビルスーツに乗って戻ってくる事になった。

育った環境がそうさせたのか、とにかく彼女は幼い頃からマレスケのことしか知らない。

戦争が常に彼女の身の回りにつきまとって生きてきたと言える。

ジュード艦長は少し複雑な気持ちではあった。

彼女はモビルスーツには乗らず、普通の生活をして欲しいという多少の親心みたいなものもあった。

だが結局、子供はその環境の中で周囲の大人たちの背中を見て育っていく。

その環境以外は知らないのだから、それが世間というものの全てとなり、

その中での処世術を学んで暮らしていく事になる。

 

ナナ=ミンは違った。

普通の市民として暮らしながら、自分が役に立てるならと軍のお手伝いを始めた。

やがて彼女はパイロットの適性があると周囲の大人たちにもてはやされ、

ノギダムのパイロット候補生としてマレスケに配属された。

ベースとなる環境から、全く異なる環境へのチャレンジであり、

楽しいこともあれば、面白くないこともあった。

学べることもあれば、染まりたくないこともあった。

やがて彼女はまた、元の環境に戻りたくなって軍を抜けた。

アシュ=サ=イトーも彼女に同行して初めて他の世間を知ったが、

やはり育ったベースとなる環境がマレスケであったために、

モビルスーツや戦争から切り離しての自分を想像することができないのかもしれない。

ナナ=ミンが元来た環境へ戻って行ったように、アシュに取ってはマレスケこそベースとなる社会であった。

 

「ジュード艦長、私、お腹が空きました」

 

「そうか、食堂にでもいって何か食べてこい、まだ何かあるだろう」

 

アシュはそう言われると、退屈な大人たちの会話を抜け出して食堂に向かった。

ジュード艦長はナナ=ミンを椅子に座らせてコーヒーを入れた。

 

「あまりお気遣いなく」

 

「いや、そんな長話をしようとは思っていない。

 だが、確かめたいことがある。

 我々は先日、ヨコハマでテロリストの基地殲滅に向かっていた。

 連邦軍の指示の元でだ、それがどういうわけか、それは罠だった」

 

「そうして、第46部隊は連邦軍から反乱軍のレッテルを貼られた」

 

「そうだ、そして・・・君は我々の置かれている状況を理解していると見える。

 単刀直入に聞こう、あの時、我々に情報を提供してくれたのは君だな、ナナ=ミン?」

 

「・・・」

 

ナナ=ミンはクールな表情のまま何も答えずにコーヒーをすすった。

ジュード艦長はその様子を見て、もうそれ以上何も聞かなかった。

 

「答えなくてもいい、君はもう一般市民だからな。

 軍の事に介入したとなれば、連邦軍も黙っちゃいない。

 それでも今回、我々の部隊を救ってくれた事には礼を言う」

 

「いえ」

 

そこまで話をして、ジュード艦長もまたコーヒーをすすった。

 

「先日、ここでアンクレットのマ=ユユ大佐と話をした。

 君もすでに知っている事だろうが、第48部隊は公式には我々を援護できない。

 今回の戦闘でもわかったが、何か起きても見て見ぬ振りをするだけだ。

 第48部隊はゼルコバや我々第46部隊と裏では連絡を取り合っていながら、

 連邦軍の所属であるために、表立っては動けない事になっている。

 どうして裏でこれほど密な連絡を取り合えるのか、マ=ユユ大佐は口にしなかった」

 

直接尋ねてはいないが、ジュード艦長は暗にナナ=ミンにその件についての情報を求めていた。

彼女なら何か掴んでいるかもしれないと思ったのである。

 

「残念ですが、私はこれ以上、ジュード艦長のお役に立つことはできません。

 第48部隊とゼルコバの話も聞かなかった事にしましょう。

 私の口からは言えませんが、連邦軍内部では以前から様々な政治的な取引が行われていて、

 その結果が今の現状につながっているとだけお伝えしておきます」

 

そう言ってナナ=ミンはまたコーヒーをすすった。

コーヒーカップをテーブルに置いてから手で長い髪を払った。

 

「わかった、この件についてはそれ以上は聞かないでおこう。

 とにかく、我々がここで補給を受けられるのもあと数日限りだろう。

 我々はその後、地球に向けて降下作戦を行う事になる」

 

「ノギダムがここに来た以上、第46部隊の今後のルートはもう知られています」

 

「わかってるよ、それでも行くしか俺たちには選択肢がない。

 それにしても、ノギダムに乗っていたのは本当にマイ=シロイシ少佐だったのか?」

 

ジュード艦長はこの話については深く聞いても構わないと思っていた。

そして、今後のためにも聞いておくべき話だった。

 

「ええ、回線から聞こえた声は確かに彼女のものでした」

 

「強化されていたと?」

 

「連邦軍は世論に配慮して、倫理的な観点から強化人間については表向きは実験を禁止して来ました。

 ですが、結局は裏では秘密裏に実験を続けていたんです、ニュータイプの実験と並行して」

 

「・・・君はそのことを知っていたのか」

 

ジュード艦長は思わず目を伏せた。

目の前に座っているナナ=ミンの目を見ることができない。

 

「もう言っても構わないでしょう。

 第48部隊と第46部隊は連邦軍のニュータイプ実験部隊だった・・・。

 ニュータイプの素養があると思われる者が集められ、実戦を通じてニュータイプを選別する。

 科学的にはよくわからないニュータイプを見分ける方法は、ただ戦場で生き残れるかどうかだけ。

 生き残ったものはニュータイプとして呼ばれる事になり、そうでないものは・・・」

 

「すまなかった!」

 

ジュード艦長はナナ=ミンの話を遮るように謝罪の言葉を述べた。

下を向いたまま、彼女に頭を下げているようだった。

 

「・・・俺がこの部隊の艦長に配属された時、ニュータイプ実験部隊の話を聞いた。

 連邦軍は今後、優秀なパイロットを育成するためにニュータイプ部隊を創設すると。

 そして第46部隊もその一つであり、戦場で得たニュータイプに関するデータは全て連邦軍に報告せよ、と」

 

「・・・ノギダムは、ニュータイプを見つけるための道具に過ぎなかった。

 戦場で最もうまくノギダムを操れるものが最強のニュータイプと認定される。

 あなたはきっと、マイ=シロイシ少佐が最強のニュータイプだと連邦軍に報告を入れた。

 だから、連邦軍はノギダムとマイ=シロイシの回収に乗り出した・・・」

 

ナナ=ミンは第46部隊に所属していた時期、連邦軍の秘密を知ってしまった。

ノギダムに選ばれたものは、やがて悲惨な末路を辿る事になると、

その時にはなんとなく彼女はわかってしまっていた。

結果としてマイ=シロイシがノギダムの専属パイロットに選ばれ、

パイロット候補生の御三家と呼ばれたサユ=リンとナナ=ミンは軍を去る事になった。

 

「全ては俺のせいだというわけか」

 

「そんなことは言っていません、あなたは何も知らなかったはずですから。

 あなたはただ、ニュータイプ部隊を育て上げろと指示を受けて実行しただけです。

 ニュータイプを育てれば、戦争を終わらせる力を得ることができると信じて」

 

ナナ=ミンは冷静に話をしながらも、心の底では怒りに燃えていた。

そうでなければ、彼女がこんな風に自分の良心に基づいて行動することはない。

 

「・・・ノギダムと、マイ=シロイシ少佐はどうなるんだ?」

 

「それはわかりません。

 彼らが手に入れた最強のニュータイプをどう使うのかは、

 連邦軍の内部でも一部の人しか知らされていない最高機密です。

 ただ、彼女の意志を奪ってしまおうとしているのは確かです。

 強化人間に仕立て上げ、連邦軍の思うままに利用しようとしている・・・」

 

ジュード艦長は椅子から立ち上がり、会議室から窓の外を見つめた。

まだ乗組員たちがせっせと補給物資をマレスケに積み込んでいるのが見えた。

 

「責任は俺が取る。

 マイ=シロイシ少佐とノギダムは取り返してみせる。

 俺にとってこの艦は実験場なんかじゃあない、みんな家族みたいなものなんだ」

 

「アシュを連れて行きますか?

 どうやら彼女は生粋のニュータイプのようです」

 

ナナ=ミンは思いもよらない提案をした。

軍をやめる時に自分に付き添ってきた妹のような彼女を、

マレスケの戦力として使うのかと尋ねたのである。

ジュード艦長は右手を顎の下においてしばらく考えた後。

 

「・・・いや、やめておこう。

 彼女にはここを離れて普通の生活をしてほしい。

 戦争が日常にある生活は、やはり普通ではない。

 戦力が足りない現状から考えるとありがたい提案だが、

 彼女の未来のために、ここは断っておく事にするよ。

 ニュータイプは戦争の道具ではないんだ」

 

「・・・わかりました、ご無事で」

 

椅子から立ち上がったナナ=ミンがそう言ったため、

軍人であるジュード艦長は思わず敬礼をしてしまったが、

ナナ=ミンは敬礼をせず、ただニッコリと微笑むだけだった。

 

 

・・・

 

 

「諸君らに話した通り、第48部隊は我々を援護することはない。

 我々は単独で地球降下作戦を実行する事になる!

 地球周辺の連邦軍は、我々のルートを先回りしている可能性が高い。

 モビルスーツ部隊はいつでも出撃できる準備をしておいてくれ。

 それでは、解散!」

 

アンクレットを出発した第46部隊は、その進路を地球へと向けた。

その最中、ニュースはゼルコバと連邦軍が戦争を始めたと言う話で持ちきりだった。

独立政府を打ち立てたゼルコバは、連邦政府の警告を無視して事を進めたことから、

連邦政府はしかるべき決議を経て、ゼルコバを攻撃する事を満場一致で承認した。

本当かどうかは定かではなかったが、どうやら戦争は始まってしまったらしく、

ゼルコバを包囲していた軍隊は攻撃を開始したと言う。

 

ニュースでは連邦政府の優勢が伝えられていたが、

実際に戦況がどうなっているのかは、イカ=マリネ大尉からの情報によって知らされた。

連邦軍はゼルコバのレジスタンスによる予想外の抵抗を受けて大苦戦を強いられていると言うのが本当のところらしかった。

 

市民への街頭インタビューでは、戦争は望んでいない、ゼルコバは独立を撤回するべきだと言う意見が多く報道されていた。

モビルスーツを用いた戦争を本気で始めるなら、人類は核戦争を超える危機を迎えることとなり、

何億人規模の死傷者が出て、世界の終わりが来ると言う論調まで展開されていた。

人々は不安に駆られ、小規模な犯罪なども各地で頻発するようになっていたし、

この機に乗じたテロリスト達の活動もまた活発になっていった。

 

情勢が急変を続ける中、第46部隊は順調に地球までのルートを進んでいった。

ゼルコバ戦争の勃発、テロリストの鎮圧のため、連邦軍はそちらに兵力を割かねばならず、

幸運にも第46部隊はその恩恵を受けて敵部隊と遭遇することがなかった。

ノギダムとマイ=シロイシを手に入れた連邦軍が、すでに第46部隊に興味を失ったと言う説も囁かれていた。

 

 

マレスケの乗組員達は間も無く訪れる大気圏突入の準備を行っていた。

宇宙船が地球に降下する際、超高速で地球を覆う大気圏に突入する場合、

前方の空気をものすごい勢いで押しつぶす事になる。

それが高熱を発生させてしまうため、耐熱処置を施された戦艦でない限り、

通常のモビルスーツなどはその熱によって燃え尽きてしまう。

宇宙から帰還する人々にとって最も危険度が高いのは大気圏突入であり、

シャトルの中で静かに熱を潜り抜けるのを待つ必要があるのである。

 

「大気圏突入まであと少しだ、総員待機を続けろ!」

 

「ジュード艦長、後方から敵機が出現しました!」

 

オペレーターのミサ=ミサが叫んだ。

マイ=チュンがその映像から分析データを高速で処理する。

 

「敵の数はモビルスーツ十機、ノギスナイパータイプに加えて、ウォレットチェーン付きもいます!」

 

「やはりこのタイミングを待っていたか。

 大気圏突入時を狙うとは、連邦軍も命が惜しくないのか」

 

「ジュード艦長、ここは私たちにお任せあれ♡」

 

ブリッジのモニターが切り替わり、サユ=リンが映し出されていた。

コックピットの中から勝手に映像をつないだようだった。

 

「わかった、無理はするなよ。

 時間になったらマレスケに帰還しろ」

 

「了解了解~♡」

 

サユ=リンは回線を勝手に切った。

モニターにはまた戦艦の外の様子が映し出された。

 

「アップル四機、発進準備完了です」

 

「よし、出せ」

 

マレスケのモビルスーツ射出機に赤いモビルスーツ四機が並んだ。

戦艦の左右から一機ずつモビルスーツは発進していく。

 

「サユ=リン、アップル、いっきまーす♡」

 

射出機から発進されたアップル四機は方向を変えてマレスケの後方へと飛んでいった。

 

「軍団長、わかってますか、大気圏突入まであと四分もないですよ」

 

カ=リンが有能なアドバイスを寄せたが、サユ=リンは気にもしていない。

 

「そんだけあったらうちらのアピールには十分やわ~♡」

 

サユ=リンのアップルは通常のモビルスーツの三倍の速度で動けるので、

調子に乗せてしまうと、編隊を崩して勝手に前に行ってしまう。

今回も結局はそうなってしまった、彼女には忠告しても効き目はない。

サユ=リンは敵モビルスーツ部隊を発見すると、まず回線を繋いで宣戦布告を行った。

 

「大気圏にお越しの諸君、この空域は我々サユ=リン軍団が乗っ取った!」

 

そう言うや否や、サユ=リンの乗るアップルはビームバズーカを肩に構えた。

 

「大人しく軍門に降りなさい!」

 

そう言うか言わないかの間に、サユ=リンはもうビームバズーカをぶっ放していた。

ビームバズーカはビームライフルの三倍くらいの破壊力を秘めているため、

前方で律儀に向かってきていた敵機五機を一瞬にして葬り去った。

 

「軍団長・・・私たちの出番は」

 

その言葉は聞こえていなかったように、サユ=リンのアップルはさらに前線へと行ってしまった。

 

 

「大気圏突入開始まで、あと残り三分!」

 

「サユ=リン部隊の戦況はどうだ?」

 

「はい、敵八機をすでに殲滅!」

 

「さすがは赤い林檎だな、間に合うか」

 

 

サユ=リンのアップルが残りの一機を破壊した時、

残るは隊長機だけになったことがわかった。

マイ=チュンが叫んでいたあのウォレットチェーン付きのモビルスーツに違いなかった。

 

「軍団長、残りはあと一機です!」

 

「残り時間は二分三十秒」

 

「そんだけあったら十分や~いけるいける!」

 

サユ=リンのアップルはビームバズーカをぶっ放したが、

ウォレットチェーン付きのモビルスーツはそれを躱した。

さすがに短時間でケリをつけるためにはバズーカでは間に合わないと思ったサユ=リンは、

ビームサーベルを抜いて隊長機に向かって突き進んで行った。

隊長機は腰からウォレットチェーンを掴んで攻撃を仕掛けてきたが、

サユ=リンの乗るアップルの速度には大抵及ばず、躱されてしまった。

そして、サユ=リンはビームサーベルでそのウォレットチェーンを真っ二つに割いた。

これで勝負あったかと思われた瞬間、敵モビルスーツはチェーンを捨ててアップルの後ろへ回っていた。

羽交い締めのような形になったアップルは、身動きが取れなくなったしまった。

 

「軍団長!」

 

「大気圏突入まであと一分!」

 

「まずい、相手は道連れにするつもりだ!」

 

大気圏に近づくにつれ、モビルスーツの装甲が熱を帯び始めた。

このままの状態が続けば、温度がさらに上昇し、モビルスーツなどは燃え尽きて宇宙のチリになってしまう。

 

「ダメだ、このままでは間に合わなくなる、モビルスーツ部隊はマレスケに戻れ!」

 

「でも軍団長が!」

 

「艦長命令だ、無駄死にしたいのか!」

 

羽交い締めにされているサユ=リンのアップルを助けに向かいたいところだが、

他のアップル機もこれ以上マレスケから離れると、退却の時間がなくなってしまう。

大気圏が近づいてきたことで、モビルスーツのモニターから見える景色が段々と赤くなってきた。

高熱がモビルスーツの装甲を焼き始めているのだった。

 

「軍団長!」

 

「いやや~焼きリンゴなんてなりたくない~!」

 

「二人は先にマレスケに戻って、私は軍団長を助けに行くから!」

 

カ=リンがそう告げて、サユ=リンの救出へと向かった。

残されたアップル機は、どうして良いかわからなかったが、

このままでいると無駄死にしてしまうのと、ジュード艦長が戻れと回線で叫び続けていたので、

二機は先にマレスケに帰還することにした。

 

「大気圏突入まであと三十秒を切りました!」

 

「モビルスーツの収容を急げ!

 他の二機はどうなっている!?」

 

「ダメです、間に合いません!」

 

マイ=チュンがそう叫んだが、ジュード艦長が感情的に「間に合わせろ!」と怒鳴った。

だが、どんなに感情的に叫んでも残された時間では間に合うはずもなかった。

 

「アップル二機、回収しました!」

 

「マレスケ、大気圏突入モードに切り替えます!」

 

「くそ!!!」

 

ジュード艦長は椅子を拳で叩いた。

大気圏突入モードに切り替えた艦内は静かになったが、

残されたサユ=リン達のアップルの行方はわからなくなった。

 

 

・・・

 

 

 

 

「・・・お嬢ちゃん、本当にこんな古いのでいいのかい?」

 

「はい、これがいいんです」

 

東京秋葉原の古い一軒の電気屋で店主と交渉していたのはアヤメだった。

店主は呆れた顔で古い一匹の犬型ロボットを棚の上から下ろすと、

それをテーブルの上に置いて見せた。

 

「おじさんは正直な商売がモットーだから言っておくよ。

 はっきり言って、こんなのは宇宙世紀になる前に作られたポンコツだぞ。

 今時は金を出せばもう少しマシなやつはいくらでも買える。

 少しだけ待ってくれれば取り寄せることだってできる」

 

店主はそう言ってアヤメを説得しようとしたが無駄だった。

アヤメの目は大きく見開いてその犬型ロボットを見つめていた。

 

「いえ、私はこれがいいんです」

 

アヤメは自分が好きなものについては信念を持っている。

これが本当に良いと思えば、誰が何と言っても譲ることはなかった。

 

「もの好きだねぇ、さあこれでもうお嬢ちゃんのもんだ、好きにしな」

 

店主はアヤメのカードから代金を受け取ると、その犬型のロボットを引き渡した。

ニッコリと微笑みながらアヤメはその犬型ロボットの頭を撫でてやった。

 

「アヤメ、ゲンキカ、アヤメ、アリガトウ」

 

犬のロボットはプログラムで入力されたような片言の日本語でそう答えた。

 

 

・・・

 

 

「それで、そんなポンコツを買って来たっての?」

 

ザキ=レナが補給物資の輸送の手伝いをしながらそう言った。

同じように物資の仕分けを担当していたアヤメの足元には、

古い電気屋で買って来た犬型のロボットがぎこちなく動いていた。

 

NOGY社が宇宙世紀になる前に作り出した人工知能の走りだって、

 昔はそんなおもちゃが一世風靡したらしいけどさ、もう宇宙世紀だよ?

 動きだってぎこちないし、声も安っぽいプログラミングされてて気持ち悪いし、

 そんなアンティークなもの好きなんて、ほんとアヤメは変わってるよね」

 

それでも嬉しそうに犬型ロボの頭を撫でるアヤメを見ていて、

ザキ=レナはまたお母さんみたいな気持ちになってため息をついた。

 

「でもこの子、可愛いよ。

 メカのベーシックなフォルムはこの時代からもう作られてたんだなーって思う」

 

「これがモビルスーツの原型だって、そんなロマンスに酔えるのはアヤメだけだから。

 何も知らない人から見たら、そんなのジャンク品だよ、ゴミ箱行きだよ?」

 

ザキ=レナが何を言っても、アヤメは嬉しそうに犬型ロボと戯れていた。

「全く、言っても聞かないんだから」とザキ=レナが言うと、「ザキ=レナ、ウルサイ」と犬型ロボが答えた。

 

「はいはい、私はどーせうるさいですよ」

 

宇宙から地球に戻って来たマレスケは、東京の沿海部にある場所にひっそりと停泊して補給を続けていた。

地球は連邦政府のお膝元であり、公に姿を現せば敵の攻撃を招いてしまうこともあり、

マレスケはずっと停泊を続けながら情報収集を続けていた。

イカ=マリネから入ってくる情報によると、近日中に秋葉原で連邦政府と軍の会議が予定されており、

そこにはジュード艦長が接触を希望しているアキ=モト将軍も参加することになっていた。

 

大気圏突入時に二機のモビルスーツを失ったマレスケは、

ただでさえ少ない乗組員を二人失った。

いつ連邦軍に見つかってしまうかわからないことを踏まえると、

補給はできるだけ速やかに済ませることが求められた。

パイロット達も荷物運びなどに駆り出されることになり、人手は全く足りていなかった。

 

ザキ=レナとアヤメがそんな風にマレスケの補給の手伝いをしていると、

通路からワカ=ムーンが出て来て二人に声をかけた。

 

「二人とも、十分後にブリッジに上がってくれ。

 今後の作戦会議を行うことになっている、遅れるな」

 

それだけ言うとワカ=ムーンはブリッジに上がってしまった。

誰一人としてゆっくり休んでいる暇もないのである。

 

「それにしても、まだ重力になれないわ。

 久しぶりに宇宙から戻ってくると、こんなに身体が重いもんなのね」

 

ザキ=レナは重たい荷物を運びながらそう言った。

宇宙空間では無重力なので荷物を運ぶのは簡単なのである。

 

「宇宙に出たら重力がなくなって、上も下も無くなるんだから、

 ニュータイプが生まれてくるのも分かる気がするよね」

 

「またその話?

 アヤメはニュータイプが好きだなぁ」

 

アヤメは元来、哲学的な会話が好きだった。

彼女にとってのニュータイプ論は単なる戦争のパイロットにとどまらない。

それは新しい人類の進化の未来を考えることにつながっていた。

 

「だいたい、ニュータイプって考えれば考えるほどよくわかんないし。

 モビルスーツでサイコキネシスが使えたりとか、そんなジャンルまで増えてしまったら、

 もうどういう人がニュータイプかなんて定義できっこないしさ」

 

「でも、何か共通点があると思う、ニュータイプだけが持ってる共通点・・・」

 

「非常識だってことよ、いるだけで周りを振り回して、他人に迷惑をかける存在。

 人類はもっと普通の人たちで成り立ってるんだから、マイノリティーは民主主義には勝てないの、ねえもう行こー」

 

ザキ=レナは荷物を地面に下ろすと、通路に向かって歩き出した。

アヤメも犬型ロボを抱きかかえてザキ=レナの後をついていった。

 

「アヤメ、ニュータイプ、スキナノカ、アヤメ・・・」

 

 

・・・

 

 

「今回、我々が地球に降り立った目的は、秋葉原で会議に参加する予定となっているアキ=モト将軍と接触することだ」

 

作戦会議室にはパイロット達が呼ばれていた。

会議に参加していたのは、従来であればマイ=シロイシ少佐、マナ=ツー大尉、ワカ=ムーン大尉などが主であったが、

現在は人数も足りなくなったこともあり、二期生パイロットや三期生パイロットも会議に呼ばれるようになっていた。

ジュード艦長の心境の変化なども何かあったのかもしれない。

 

「第46部隊は戦力が限られていることが喫緊の課題である。

 戦力を補強するために、ワカ=ムーン大尉、マナ=ツー大尉には別にやってもらうことがある。

 アキ=モト将軍の件は、ミリオン=ラブ少尉、ザキ=レナ少尉、アヤメ=スズミ少尉に任せようと思う」

 

「・・・はっ」

 

三人はいきなり自分達が抜擢されたことに驚きを隠せないようだったが、

会議がまだ続いていたので平静を装い続けた。

 

「会議の場所は秋葉原にある劇場の中らしい。

 世間の目を欺くために、アキ=モト将軍自らそんなところを会場に選んだようだ」

 

ジュード艦長はその劇場の見取り図をモニターに映した。

表向きは普通のこじんまりとした劇場に過ぎない。

それほど広さのある建物ではなく、裏にある控え室のような場所に、

会議ができそうなスペースが二、三あるように思われるだけだった。

会議の当日は劇場公演が行われており、普通の人々はまさか裏で会議が行われているとは思いもよらない。

 

「市街でモビルスーツを動かすわけにはいかない。

 そんなことをすれば、俺たちの存在が連邦軍にバレてしまう。

 三人は何とかして劇場の中に忍び込んで、会議が終わったらアキ=モト将軍を連れ出せ。

 第48部隊、マ=ユユ大佐からすでに連絡が入っているはずだ」

 

「はっ!」

 

ミリオン=ラブとアヤメは敬礼して答えたが、ザキ=レナは納得がいっていない。

 

「艦長、お言葉ですが、劇場に入る際には身分証の提示が求められますよね?

 私達が正面から入ろうとしても、セキュリティー上は不可能だと思いますが」

 

「そこを何とかするのが仕事だ。

 だからと言って策がないわけではない。

 ここ東京には元第46部隊に所属していたやつが住んでいる。

 そいつの協力を得られれば、何とかなるかもしれん」

 

「かもしれないってことは、確証はないんですよね?」

 

「全てのミッションに確証はない。

 俺たちはその成功確率を最大限に高めるだけだ」

 

ジュード艦長が厳しい顔でそう言い切ったので、

ザキ=レナはもう何も言い返す言葉がなかった。

何を言っても無駄だという諦観もあった。

 

 

・・・

 

 

 

「おい、もう休憩時間はおわりだぞ!」

 

休憩室でピアノを弾いていたエリー=イクタはその旋律を止めた。

いつの間にか没頭していて時間が過ぎていたことに気づかなかった。

 

「あっ、すみません、すぐに戻ります」

 

「頼むよ、どこも忙しくて大変なんだ、そんな優雅な趣味に浸ってる時間なんてない」

 

エリーに皮肉を述べたスタッフはわざわざ大きな音を立てながらドアを閉めて立ち去った。

エリーはピアノの鍵盤に蓋をして、椅子から立ち上がった。

 

 

・・・

 

 

「納品予定のやつ、最終チェックはもう済んでいるのか?」

 

「昨日、8割済ませています、異常はありません」

 

パッド型コンピュータに映し出されるデータを見せながらエリーは上司にそう説明した。

残っている箇所は色を変えて明確に示しているので、今日中に作業を終えられることはわかる。

 

「こんな旧式の試作機を引き取ってくれるんだから、うちにとっては大歓迎だな。

 ノギダムタイプなんてもう時代遅れなんだが、熱烈な支持者もいるもんだ」

 

上司はそう言って、もうそのデータには興味を示さなくなった。

パッド型コンピュータを勝手に操作して、他の資料を探していく。

 

「ゼルコバから依頼された新型機はどうだ?

 納期はもう一月をきっているはずだが」

 

「はい、ディスコードは最終調整の段階に入っています。

 ただ、ニュータイプ能力を引き出すための構造に偏り過ぎていて、

 制御機能が不十分だと思われます、お言葉ですが・・・これは設計段階で気づくべきミスではなかったでしょうか」

 

エリーは図面を見せながら上司に説明する。

ディスコードは細身のシェイプで運動性が最大限に引き出されているデザインだった。

深みのある青をベースにしたカラーリングに赤いラインが引かれており、内部構造に新しい技術をたくさん導入している。

その技術はノギダムにも実験的に用いられていたものだったが、

ノギダムでその性能が実証されたため、ノギダム以降のニュータイプ用のモビルスーツには使用されるようになった。

エリーはディスコードの試作段階からこのプロジェクトに関わってきた。

ゼルコバは新型機の完成を待ちわびており、ディスコードの失敗は許されなかった。

 

「お前の指摘はもっともだが、これは依頼者のリクエストに基づいて設計している。

 ディスコードの依頼者が、制御機能を犠牲にしてでもニュータイプ能力を引き出す構造を望んだんだ。

 俺たち民間企業は、金を生むなら全て顧客のリクエストに答え続けるだけだ。

 もちろん、テロリストにモビルスーツを提供することはしないが、

 ゼルコバは連邦軍から武器輸出の禁止対象に明確には指定されていない、裏で何やら動きがあるようだが、

 それまでに出荷してしまえばいい、完成を急がせろ」

 

上司はそれだけ告げると、忙しそうに倉庫を出て行った。

出て行くときにセキュリティーカードをドアロックにかざした。

そのカードには社名が書かれており、NOGYというロゴマークもあった。

 

エリーは上司が出て行った後で納品予定品のチェックに取り掛かった。

ノギダム型の三機のモビルスーツは、第46部隊に納品されたノギダムの試作型だった。

 

連邦軍の中でノギダムプロジェクトが始まった時、数多くの設計者が様々な案を出した。

そうした環境で連邦軍から多額の金が投資され、NOGY社は多くの試作品を作っていた。

その試作品の数は46種とも48種とも呼ばれ、多くの機体が日の目をみることなくこの東京郊外の倉庫に眠っていた。

 

エリーが機体に被せてあった布を取ると、そこには紫色のノギダムが姿を現した。

 

(・・・第46部隊のみんなは元気かな・・・やっぱり私はこのノギダムが一番好きかも・・・)

 

 

・・・

 

 

「簡単に言ってくれちゃってさ」

 

ザキ=レナは会議室から出て廊下を歩きながらそう言った。

両手を頭の後ろに回しているポーズをとっていた。

 

「でもジュード艦長が策があるっていうんだから、

 それを信じるしかないじゃん」

 

ミリオン=ラブは横を歩きながらそう言った。

アヤメは犬型ロボを抱いたまま黙っていた。

 

「ミリオン、シンジル、ミリオン、イイコトイウ」

 

アヤメの代わりになぜか犬型ロボが答えた。

 

「何この子、可愛いじゃん!」

 

ミリオンは上機嫌になって犬の頭を撫でた。

犬も照れ臭そうにワンワンと鳴いた。

 

「わかってるわよ、それじゃ今晩18時に劇場前で待ち合わせね!

 アヤメはその変なオモチャ持ってこないでよ、邪魔になるから」

 

ザキ=レナはそう言って自室へと戻って行った。

アヤメは持ってくるなと言われた犬型ロボを悲しげに見つめていた。

 

「別に大丈夫だよ、持ってきても邪魔にならないから」

 

ミリオン=ラブはそう言ってまた犬型ロボの顎の下を撫でた。

くすぐったそうな仕草をして、犬型ロボはお腹を見せて横になった。

 

「やっぱりこの子めっちゃ可愛い~♡」

 

「ミリオン、イイヤツ、ミリオン、スキ」

 

アヤメはどうしてミリオン=ラブがそんな風にかばってくれたのか、

この時には理由がよくわからなかった。

だが、夜、劇場に集合する時になって、その理由は明白になった。

 

 

・・・

 

 

「もう!これ遠足じゃないんですけど!」

 

ザキ=レナはアヤメが買ったばかりの洋服を身につけて犬型ロボを抱きかかえて来たのを見て、

そして、ミリオン=ラブが謎のラジコンを持って来たのを見て呆れてそう言った。

アヤメは東京に戻った際に兄と買い物に行って洋服を選んでもらったと言っていたが、

今日わざわざそれを着てくる必要があったのかはザキ=レナには疑問だった。

 

「でもさあ、この方が逆に普通の観客っぽく見えない?」

 

「もう好きにしてください、私は疲れた」

 

ミリオン=ラブが無邪気に返答した事で、

ザキ=レナはもう何も言うまいと口を閉ざした。

 

「それにしても、劇場前で待っていればいいって、

 一体どうやって中に入れるんだろう?」

 

ミリオン=ラブがキョロキョロしながら辺りを見回した。

今夜の劇場の出し物はヴァーチャルアイドル「電影少女」らしい。

楽しみにしていた観客達は、入り口で電子チケットをかざして入場して行く。

三人は電子チケットを持っていないので、このままではどうやっても入れない。

 

「あーごめんごめん、待った~?」

 

どこかから声が聞こえて来たので、誰かが待ち合わせしているのかと思っていると、

向こうから走って来た女性は、三人の前までやって来て止まった。

 

「第46部隊の方々・・・ですよね?」

 

「すみません、どちら様ですか?」

 

ザキ=レナは突然声をかけられたので、多少しらばっくれて名乗らなかった。

相手の素性を確かめることの方が先であるとの、彼女の優れた判断だった。

 

「あれ、古い犬のロボット持ってる女の子が目印だって、ジュード艦長が言ってたんだけど・・・」

 

三人は一斉にアヤメが抱えていた犬のロボを見つめた。

もしアヤメが今日これを持ってこなかったら、ジュード艦長はどうするつもりだったのだろう・・・。

 

「じゃあ、あなたが元第46部隊の?」

 

「うん、エリー=イクタって言います、よろしく~」

 

「じゃあ元一期生パイロットの方ですか?」

 

「うん、イカマちゃんとかと同じ世代だよ~」

 

三人は一瞬頭の上に「?」が浮かんだ。

そして、イカマちゃんとはイカ=マリネ大尉であることがしばらくしてからわかった。

少し奇妙な呼び方をしているところを見ると、この人はかなり独特の感性で生きているらしいと三人は気づいた。

 

「その犬型ロボ可愛いよね~。

 うちのNOGY社がまだ宇宙世紀になる前に作り出した商品で、

 当時はそれで一世風靡したもんなのよ、見る目あるなぁ~」

 

「えっ、どうして・・・?

 もしかしてNOGY社に勤めていらっしゃるんですか?」

 

アヤメはびっくりして思わず聞き返した。

 

「うん、第46部隊を卒業した後、NOGY社の面接を受けたんだ~。

 今はモビルスーツの出荷前のチェックを担当してるの。

 ノギダムを作った会社ってどんな会社だろうって気になってて、

 それで興味を持って就職しちゃったってわけ」

 

三人はエリーのパワフルさに多少圧倒されていた。

軍をやめてやりたいことを見つけてその会社にまた飛び込んで。

興味のあることをどんどんと見つけて取り掛かれる行動力は彼女の長所だった。

 

「えっ、でも最終チェックって、最近はニュータイプ専用機とかも多いですよね?」

 

ミリオン=ラブが頭に浮かんだ疑問をぶつけた。

そんな質問をしてしまったけれど、その答えはもはや三人の中で明白だった。

この人はおそらくニュータイプであり、そうであればニュータイプ専用機であってもチェックが可能である。

最終チェックと言っているが、おそらく彼女にしかできない仕事だったのでNOGY社に採用されたのだろう。

 

「え~、まあ、そうね、でもあんま企業秘密は言っちゃいけないから、ごめんね」

 

はぐらかされてしまったが、第46部隊にいた一期生パイロットであれば、

おそらくこの人もニュータイプの一人だったのだろうと三人は心の中で思った。

 

「えっと、それで今日はこの劇場の中に入りたいんだっけ?

 ジュード艦長から三人を中に入れてあげてくれって言われてるんだけど」

 

エリーはあっけらかんとそんなことを言った。

重大な任務を三人が背負っていることを知らないのだろうかと思うほどに。

 

「そうなんです、私たちチケットとか持ってなくて入れなくて」

 

「あっそう、大丈夫大丈夫!

 私にまっかせなさい!」

 

そう言うとエリーは首からかけていたカードを入り口のドアにかざした。

ピッと音がなったかと思うと、センサーが作動して入り口のドアが開いた。

 

「すごい、そのカードなんなんですか?」

 

ミリオン=ラブは小さい体で無邪気にエリーの手を覗き込む。

 

「えへへ、私はよくこの劇場でライブをさせてもらってるから、これでフリーパスなんだー。

 私の紹介があれば誰でも中に入れるから、心配しなくてもいいよー!」

 

そういってエリーは少しだけドヤ顔をした。

そんなお茶目な様子が、これから三人が望む任務の重さを良くも悪くも忘れさせる。

 

「えー、すごーい!」

 

ミリオン=ラブは感動していたが、アヤメは相変わらず犬型ロボを抱きしめたままで、

ザキ=レナはそんな簡単に入れていいのか、エリーのことをまだ何も知らないことが気になって用心していた。

 

ミリオン=ラブは開いたドアからテクテクと中に入って行ったが、

残りの二人はそんな気軽に入っていいものでもない気がして足が重たかった。

 

「ほらほら、ドアもう開いたじゃん、早く入って入って!」

 

エリーは二人の背中をバシバシ叩きながらまるで相撲取りのように劇場の中に押し入れた。

 

「では、諸君の健闘を祈る、なんちゃって」

 

エリーは軍人だった頃の真似をして敬礼で三人を見送った。

というよりも、むしろそのタイミングで自動ドアが勝手に閉まって行った。

 

 

・・・

 

 

劇場の中は多くの人で溢れており、三人はその賑やかさに任務を忘れそうになった。

宇宙世紀になる以前、秋葉原はアイドルたちのメッカとなっていたらしい。

科学が発展して人類が宇宙にその生活圏を移すような時代になると、

やがてヴァーチャルアイドルなるものが生まれてきて生身のアイドルのライバルとなった。

生身のアイドルは握手会をするにしても、会場を借りて行わなければならないが、

ヴァーチャルのアイドルは二十四時間、どこでもネットに繋がっているデバイスがあれば会える。

ヴァーチャルリアリティーが発達すると、実際に握手をしているような感覚を疑似体験できるようになり、

低コストで量産できるヴァーチャルのアイドルに、生身のアイドル達は仕事を奪われて行った。

 

この宇宙世紀の時代、ピアノを弾くなどというアナログな行為は逆に新鮮であり、

エリーがこの劇場でライブを行うことは、レコードで音楽を楽しむくらい粋な行為であり、

人々はそのアナクロニズムに独特の価値を見出していた。

 

劇場の中にエリーのポスターが貼られているのを三人は発見したが、

同じくらい「電影少女」の電子ポスターがたくさん飾られていた。

今宵の劇場では、生身の人間が劇をするわけでもない。

席に座って画面を見ながら、電影少女が飛び出してくる様をヴァーチャル体験するのである。

 

「ちょっとちょっと、二人とも、何を真面目に席に座ろうとしてんのよ!」

 

アヤメとミリオン=ラブが人々の群れに流されて劇場の方に向かっていると、

ザキ=レナが二人の服の袖を引っ張って食い止めた。

 

「私たちはアキ=モト将軍に会いにきたんでしょうが。

 この劇場の会議室かどこかにいるはずなんだから探さなきゃ」

 

「でも、劇が終わってからでも間に合うじゃん」

 

ミリオン=ラブはマイペースな様子でそんな事を言ったが、

ザキ=レナは納得していないようだった。

 

「せっかくこんなチャンスを得たのに、会議の様子も知らないで帰るわけ?

 連邦政府のお偉いさん達が何を話しているのか、二人は興味ないの?」

 

ザキ=レナが二人にそういうと、二人は顔を見合わせた。

 

「・・・でも私達は会議の参加者でもないし」

 

「・・・だって盗み聞きしてバレちゃったら怒られるよ」

 

ザキ=レナはその返答を聞いて大きくため息をついた。

 

「あのね、言われたことだけやってたら仕事って言わないの!

 少しでも有力な情報を手に入れて帰るからこそ、私達が来た価値が生まれるんだから!」

 

ザキ=レナはそう言って人混みに紛れながら会議室を探し始めた。

二人も彼女の後を追いかけるようにしてついて行った。

 

 

・・・

 

 

「エリ~・マイラーブ~・ソースィート~♪」

 

宇宙世紀になっても、旧世紀の歌を好む人はいた。

エリー=イクタは自分の名前が歌われているこの曲が好きだった。

上機嫌に歌いながら、エリーは会社の倉庫のドアを開ける。

 

「どこ行ってたんだ?

 お客さんもう来てるぞ」

 

倉庫の入り口で作業をしていたメカニックマンがエリーにそう告げた。

自分が上機嫌で歌っていた歌が聞かれていたかもしれなかったが、

多少の羞恥心はあるものの、エリーはそんなことはあまり気にしなかった。

だが、お客さんを待たせているという意識が、彼女を幾分早足にさせた。

 

「あっ、エリー♡」

 

「よう、久しぶり」

 

倉庫の中でエリーを待っていたのはマナ=ツーとワカ=ムーンだった。

二人と会うのはもう1年ぶりくらいだろうか、全く変わっていない。

 

「ワカ様久しぶり~、変わってないねー!」

 

「ねえ、私は~!」

 

「あれ、マナ=ツーいたの?」

 

「え~、すっごい久しぶりに会ったのに、それはさすがに酷くない~?」

 

三人はそんな風に冗談を言いあいながら旧交を温めた。

エリーはジュード艦長から、モビルスーツの引き渡しに関して乗組員を二人送ると聞いていたのだ。

 

「それにしても、エリーがいてくれてよかった~。

 NOGY社にまだノギダムタイプのモビルスーツが残ってるなんて知らなかったから」

 

「試作機は全部廃棄したって連邦軍は言ってたのにね。

 結局、あれは全部嘘だったってわけか」

 

「うん、私もNOGY社に来てからびっくりしたもん。

 ないって聞いてたノギダムタイプの試作機がこの倉庫にいっぱい残されてたから。

 連邦軍はテロリストの手に渡らないようにって情報操作をしてたらしいけど、

 結局はうちらのことも信用してなかったってことだからね」

 

エリーは二人を倉庫の中へ案内しながらそんな事を言った。

そこには今回引き渡すモビルスーツ以外にも、たくさんの試作機が乱雑に放置されていた。

 

「すぐに使えるのは三機だけなんだな?」

 

「うん、試作機の中には全く使い物にならないポンコツも混じってるし、

 第46部隊に引き渡した機体が、結局は一番バランスがよかったの。

 今回引き渡すモビルスーツだって、本当のところはかなりパイロットの力量に左右されちゃうと思う」

 

パッド型コンピュータでデータを開いてワカ=ムーンに手渡した。

その図面やデータを参照しながら、ワカ=ムーンはモビルスーツの機能を読み取っていく。

 

「確かに癖のある機体ばかりだな・・・。 

 データを見ている限り、これはパイロットとの相性に左右されそうな気がする」

 

「でも第46部隊には優秀なパイロットの子達がたくさんいるから、

 適性を見て乗ってもらえば大丈夫じゃない?

 三期生も優秀な子達が揃ってるわけだし」

 

「そうね、マナ=ツーもたまにはいいこと言うじゃん。

 まあマナ=ツーが乗るよりは安心かもね」

 

「もー!!

 エリー、それってどういう意味ー!?」

 

エリーはマナ=ツーをからかって笑っていた。

マナ=ツーは怒ったふりをしていたが、本当は久しぶりの交流が楽しかったのだ。

 

「いいもん、私にはオフショルがあるから。

 どんな新しいモビルスーツが来たって、一番可愛いのはオフショルだから」

 

マナ=ツーはちょっと膨れたような表情になってそう言った。

 

「あー、あれ、相変わらず破廉恥なモビルスーツだよね。

 肩出してるし、足出してるし、NOGY社で企画した時はあんなデザインじゃなかったはずなのに」

 

「いやいや、私のアレンジが入ってるから可愛いんじゃん」

 

「でもなー、どうも見た目があざとい気がするのよねー。

 まあオフショルはパイロットを守る構造としてはピカイチなんだけどね。

 中身はいいのよ、中身は、ただいやらしい目で見なければ」

 

二人がそんな話をしている間、ワカ=ムーンは一人で次々とモビルスーツのデータを眺めていた。

そして実物を目の前にして、その性能を一つ一つ確認していた。

 

「これは派手だな・・・紫色のノギダムか・・・」

 

倉庫の一番奥に横たわっていたノギダムを見て、ワカ=ムーンはそう呟いた。

カラーリングが独特すぎて、倉庫の中でもひときわ目を引く存在感があった。

 

「うん、試作機としては最後に作られたノギダムでね、 

 試行錯誤の末に作られたから期待されていたらしいんだけど、

 パイロットの能力に左右される部分が多すぎて残念ながらボツになったみたい。

 結局、マイ=シロイシ少佐が乗ってた機体が正式採用されたってわけ。

 あれが結局、誰がどう乗っても一番バランスがよかったのよ」

 

エリーは元祖ノギダムのデータを改めて二人に見せた。

様々な試作機とデータを比較すると、なるほど最終的にえらばれた意味がよくわかった。

 

「さあ、もう搬出の準備にかかりましょうか。

 今日の夜中に搬入を終えなきゃ行けないってジュード艦長が言ってたし」

 

エリーがパッド型コンピュータを脇に抱えて歩いて行こうとする時、

ワカ=ムーンが紫色のノギダムの横で白い布を被っているモビルスーツが気になって尋ねた。

 

「あの機体はなんだ?」

 

「ああ、あれはね、ごめん、他のお客さんに納品するものだから見せられないの。

 NOGY社の最新鋭の技術の結晶なんだけど・・・ごめん、あとは企業秘密なの」

 

「いや、別にいいよ、そりゃエリーでも言えないことはあるでしょう」

 

ワカ=ムーンはそう言って、もうその話をするのはやめた。

元来た道を戻りながらマナ=ツーとエリーがふざけあっていたが、

ワカ=ムーンは一人でその布の奥に潜む不気味さを感じていた。

そんなすごいモビルスーツの納品先はどこなのか。

そして、それが第46部隊の脅威になり得る可能性はどのくらいあるのか。

 

その時、ピピピッっと音がなり、マナ=ツーはあたりを見回した。

その音の発信源はエリーの腕時計だった。

彼女は腕時計のボタンを押してその音を止めてから言った。

 

「あっ、ごめん、私呼ばれてるみたいだから、今日はこの辺で。

 搬出作業は他のスタッフさんに指示を出しといたから」

 

「えっ、エリーどっか行っちゃうの?」

 

マナ=ツーが不思議そうに尋ねた。

てっきり一緒に搬出作業を見届けてくれると思っていたのに。

 

「アンプラグドのコンサートがあるから」

 

そう言ってエリーは別の倉庫の方へと去って行った。

二人は彼女が何をするのかよくわからなかったが、

自分達に与えられた任務として、モビルスーツの搬出作業に立ち会うことにした。

 

 

・・・

 

 

 

会議室のドアが開いて、一人の男性が部屋に入って来た。

すでに中には多くの人々が会議のために集まっており、彼は最後の一人となったようだ。

 

「これはこれはアキ=モト将軍、首を長くしてお待ちしておりました」

 

「おかしいですね・・・時間通りに来たはずですが」

 

茶色のスーツを着た老人が彼にそう告げると、黒服を着た背の高い男が彼のために椅子を引いた。

「どうも」と言いながら、アキ=モト将軍はその席に腰を下ろした。

 

「あなたが来ないと話が始まりませんからな」

 

「そうであれば、もう少し早めの時間設定をしていただいても良かったんですが」

 

「色々とご多忙のことかと思いましてね、配慮させていただきました」

 

「私に時間がないのをわかってくださっているのであれば、さっさと本題に入りましょう。

 今夜はまた次の予定も詰まっているので」

 

アキ=モト将軍はそう言ってノートとペンを取り出した。

宇宙世紀に入り、音声認識ソフトは飛躍的な進歩を遂げているため、

こんなやり方は時代遅れだということは承知していた彼だが、

何かを書くことで人はアイデアが生まれるという、

自己の経験に基づいたやり方を貫いていた。

 

「それでは連邦軍とゼルコバの和平プロセスについて話をしましょう。

 ついに始まってしまった戦争を、どのあたりで終わらせるのが最も良いのか・・・」

 

「連邦政府が彼らの要求を飲んで、最低限の自治権を与えればいい。

 そうすれば、ひとまず和平プロセスはスムーズに進むでしょう」

 

アキ=モト将軍は両ひじをついて手を組みながらそう言った。

無駄な話をするのは嫌いだという意思表示を態度で示しているように見えた。

 

「だが、それではスペースノイド達を付け上がらせることになる。

 増長した他のコロニーの市民達は、次々と自治権を要求することになるだろう。

 それは我々連邦政府の望むところではない」

 

「では、あなた方は何をお望みですか?」

 

アキ=モト将軍はすぐさま尋ねた。

彼は無駄なやりとりを省きたかった。

 

「ゼルコバの市民達に仕事を与えましょう。

 連邦政府の予算から幾らか都合を付ければ良い。

 地球から資本が入ればゼルコバも経済的に潤うことになる。

 その果実を後で幾らか還元してもらえれば良い」

 

「彼女達はそんなものを望んではいませんよ」

 

アキ=モト将軍は斬って捨てるような意見を述べた。

これでは話が平行線を辿るのは明らかだった。

ゼルコバが欲しているものを与えず、ただ大人達の論理でコロニーを支配し、

最終的には搾取構造を作り上げる、それが連邦政府のやり方だった。

 

「人々の望みを全て叶えていればキリがない。

 人は欲深い生き物だからな、ひとまず目の前の生活が潤えば、

 誰も文句は言わなくなる、夢など見なくなる、ただ適当に生き、適当に死んでいく。

 それで良いのです、一握りの天才などが生まれるから世の中はおかしくなる。

 急進的な意見など、大衆は誰も望んではいません、ましてや革命など夢物語ですよ。

 人類は凡人による多数派の意見によって占められ、緩やかに進歩と後退を繰り返す・・・」

 

「実につまらない世界のあり方だ」

 

アキ=モト将軍は腕を組んで椅子に深く腰掛けた。

そして、もう何も聴きたくないとばかりに目を閉じてしまった。

 

「あなたの意見が世界の総意ではないのですよ。

 アキ=モト将軍はそれをお分かりになっていないようだ」

 

「もう話をするだけ無駄でしょう、さっさと会議を終えたらいい」

 

アキ=モト将軍はノートとペンをカバンにしまった。

スーツを着た老人達は、その場で採決を取り始めた。

アキ=モト将軍を除いて、老人達が述べた和平プロセスに賛成した。

それでも彼は反対票を入れ、その会議に不協和音を響かせた。

 

「それでは採決の結果を尊重しましょう・・・。

 連邦軍は近日中に一時停戦を申し入れ、代表同士での話し合いの場を設けることに・・・」

 

「連邦軍の指揮をとるのは私です。

 私がしないと言う以上、停戦はあり得ません」

 

会場はどよめいた。

政治家達が決めた話し合いのテーブルをひっくり返すようなやり方は前代未聞だった。

 

「まさか文民統制をご存じない訳ではあるまい。

 ましてや民主主義で決めたプロセスを破棄しようなどとは言わないでくださいよ」

 

「こんな密室政治で決めたやり方が民主主義とは、聞いて呆れますよ。

 あなた方にはサイレントマジョリティーの声は聞こえないのでしょうね。

 大衆達が望んでいるのは、あなた方の総意とはまるで違う」

 

「黙れ!若造が!」

 

「議会制民主主義などは市民を狡猾に騙せば何とでもなる。

 あなた方の総意は全く民衆の意見を汲み取ってはいない」

 

「貴様!」

 

そう言うや否や、老人の後ろに立っていた数人の黒服が懐からピストルを抜いた。

その銃口は全てアキ=モト将軍一人に向けられていた。

 

「上等です、私は妥協したりしない。

 支配したいなら、私を殺してから行けばいい」

 

「貴様がゼルコバを立ち上げたことはわかっているんだ!

 連邦軍の仮面を被った反逆者の分際で!」

 

「そうですか、そこまでわかっているのなら話は早い。

 連邦軍は今後、全てゼルコバ側につくことになる」

 

「貴様にそんな権限はない!」

 

「少なくとも第48部隊と第46部隊は私の味方をするでしょう。

 あれらは私が立ち上げたニュータイプ部隊ですから。

 あの二つの部隊を除いた連邦軍にどれだけの戦力が残るか、

 政治家や役人達ではそんな現場のことを知るわけはないでしょうが」

 

「残念だが、その事実は誰も知ることがないのだ。

 なぜなら貴様はここで朽ち果てる運命なのだからな」

 

「私を殺しても、ゼルコバはなくならない」

 

アキ=モト将軍は毅然とした態度でそう言い放った。

会議の参加者達は、彼のその鋭い目付きに気圧されたが、

茶色のスーツを着た老人は不敵な笑みを浮かべて話を続けた。

 

「ええそうでしょう、だが形骸化した状態で残されるのみです。

 あなたが手に入れたがっているNOGY社のモビルスーツですが、

 残念ながら、あれは今月中にも議会で法改正を経て輸出禁止になる予定です。

 連邦政府はゼルコバを独立国家だとは認めていませんが、

 このような危険地域に武器輸出を認めるのはもってのほかですからな」

 

その言葉を聞いたアキ=モト将軍の顔は赤くなった、激昂しているのだ。

ディスコードは彼が設計から立ち会って来た秘蔵のモビルスーツであり、

その前代未聞のエキセントリックなアイデアには反対論も多かったが、

彼の独断で押し切って製造を急がせた経緯があった。

そのディスコードの輸出を禁止することは、彼の仕事を全て潰すに等しい。

 

「そうしたければすればいい、ディスコードは数日中に地球を離れるでしょう」

 

「あなたがここから生きて帰れればの話ですがね・・・」

 

黒服が再度銃を構えたとき、会議の参加者は、何やら会議室に闖入して来た物体に気がついた。

それは羽虫のような音を立て、ラジコンのように宙を舞う子供のオモチャだった。

 

「なんだこれは、誰がオモチャを持ち込んだんだ!」

 

老人達は立ち上がって慌てていたが、ドローンが来るりと一回転した時、

その機体からカプセルのようなものが地面に落ちた。

次の瞬間、カプセルから催涙ガスが吹き出て、辺りは騒然となった。

 

ドアが開いた。

ザキ=レナはアキ=モト将軍を部屋の外に連れ出した。

ドローンを部屋の外へ出したミリオン=ラブはドアを閉めてしまった。

 

「逃げましょう!」

 

ザキ=レナがそう叫ぶと、アキ=モト将軍と三人は走り始めた。

ドアから目を抑えながら黒服の男達が出て来て銃を撃った。

辺りは騒然となって悲鳴が上がり、四人は劇場を飛び出し、

黒服達はその後を追いかけていった。

 

劇場の外に一歩出ると、そこにはモビルスーツの手が差し伸べられていた。

三人はその光景に驚いて腰が引けたが、「大丈夫だ、エリーだよ」とアキ=モト将軍が言ったので、

全員そのモビルスーツの手の上に乗ってコックピットに避難した。

劇場から出た黒服達は、流石にモビルスーツには歯が立たずに恐れおののいた。

エリーの乗るモビルスーツは、背中についているブースターを吹かせてその場を離脱した。

 

だが、倉庫へ戻る途中、連邦軍のモビルスーツに追撃を受けた。

そのまま倉庫に戻ると、第46部隊に引き渡している途中のモビルスーツが発見されてしまうことを懸念し、

エリーはわざと遠回りをしながら東京の街をモビルスーツで逃げ回った。

 

「すごい、コックピットの中が、まるでスタジオみたい・・・」

 

アヤメが驚いた様子でそう言いながら、コックピットの中についている音響設備を触っていた。

何より奇妙だったのは、操縦席に謎のマイクが備え付けられていたことだった。

 

「アンプラグドノギダム、私が彼女のために用意したモビルスーツだよ」

 

アキ=モト将軍はそれだけ言うと、あとはエリーに微笑んだ。

エリーは照れ臭そうに笑うと、コックピットの中に音楽が流れ始めた。

 

「えっ、すっごい良い音する~!」

 

「な、何これ、モビルスーツにこんな音響が必要なの!?」

 

ミリオン=ラブは楽しそうに、ザキ=レナは目をパチクリさせながら、

そしてアヤメは目を大きく見開いてその光景を眺め続けていた。

モビルスーツは夜の東京の街を移動しながら、アンプラグドノギダムの装甲をスピーカーにして、

エリーはマイクに向かって、まるでミュージカルのように歌い始めた。

 

「わた~しの~歌~を~聴いてください~今夜~かぎ~りの~夢の共演~♪」

 

こんな風に全身から音楽を発しているアンプラグドノギダムは、

誰もが想像した通り、すぐに敵機に発見されて一斉射撃を受けた。

だが、エリーはその全ての射撃を伸びやかに、軽やかに躱し続けていく。

 

「どうして?どうしてあなた達は争うの?

 こんな奇跡のような蒼い星に生を受けたのに」

 

エリーは情熱的にセリフパートを演じあげた。

敵機は困惑しながらも、とにかく射撃を続けてくる。

 

「どうして反撃しないんですか!?」とザキ=レナが叫ぶ。

 

「アンプラグドノギダムはそういう機体ではない」と腕を組んだままアキ=モト将軍が言った。

 

敵機は遠慮なく射撃を続けてくる。

アンプラグドノギダムを標的として、その数はどんどん増えていった。

だが、その攻撃はアンプラグドノギダムには決して当たらない。

エリーは天性の勘の良さで、それらを全て避けて踊っている。

 

「自分~の~胸~に~手を~あ~てて~心の~声に~耳を傾け~♪

 聴いて~ごら~ん~誰もが~かけがえの~な~い~魂を~持って~いる~♪」

 

どれだけ打たれても、攻撃が当たることなく、やがて敵機は弾切れを起こした。

あとはただ、呆然と目の前で歌い踊るアンプラグドノギダムの姿を見ているしかなかった。

 

「そう、あなたはまだ知らないだけ、この世界で最も素晴らしいものを!」

 

エリーは情熱的にマイクを乗組員達に向けた。

マイクを向けられたザキ=レナはびっくりして照れてしまった。

 

「す、素晴らしいものって?」

 

「それは人を愛すること、かけがえのないこの命の息吹を感じること!」

 

エリーはまたマイクを、今度はミリオン=ラブへと向けた。

 

「それって、どうすればいいの?」

 

「簡単なことよ、隣の人と手を繋げばいいの」

 

エリーがそういったので、ミリオン=ラブは少し恥ずかしそうに隣の人と手を繋いで笑った。

普通のモビルスーツよりも広く作られているスタジオのようなコクピットの中で、

乗り込んだ四人はそれぞれ隣の人と手を繋ぎあった。

 

「どう?感じるはずよ?

 自分以外の誰かもまた、自分と同じように生きてるって!

 人は誰もが寂しさを抱えて生きているけれど、この世界では一人じゃないって!」

 

エリーはマイクをアヤメへと向けた。

 

「・・・」

 

アヤメは何もうまくセリフを吐けなかった。

そして、そんな自分を少し自己嫌悪してしまった。

 

「大丈~夫!」

 

「大丈~夫!」とアキ=モト将軍が掛け合いパートを担当した。

 

「失敗~しても」

 

「構わ~ない」とアキ=モト将軍が掛け合う。

 

「誰もあなたを否定~しない~同じ地球の~仲間~だから~」

 

エリーはまたマイクをアヤメへと向けた。

 

「こんな私でも、大丈夫ですか?」

 

エリーはそのセリフパートに満足した様子でレスポンスを返す。

 

「大丈夫!

 あなたはかけがえのない存在なんだから!

 そしてこの星の誰もが、生きとし生けるものすべてが、

 みんなで一つなの、孤独なんかじゃない、みんなで一つ!」

 

 

・・・

 

「なんだ、何が起きてるんだ?」

 

モビルスーツの搬出作業を進めながら、ワカ=ムーンは賑やかな都内の空を見つめた。

そこにはエリーが歌い踊っているアンプラグドノギダムの姿が見えた。

 

「私、なんだか感動しちゃった・・・」

 

マナ=ツーは涙もろい性格をしていたため、遠くから聞こえてくる歌声に心を打たれて涙を流していた。

倉庫で作業をしていたスタッフも、みんな打ち上げ花火を見るような様子で、

東京の空を跳ね回っているアンプラグドノギダムの姿を見つめていた。

 

 

・・・

 

「だ~から~争わな~いで~心の~ま~ま~に~♪

 自由に~生きるって~素晴らし~いこと~♪

 みんな~あ~なた~と~同じ~心を~も~ってる~♪

 手を取り~合えば~世界~はひ~と~つ~~~~♪」

 

突然始まった東京の空を舞うミュージカルに、

街ゆく人々は心を奪われていった。

モビルスーツが戦闘を行わずに、ただ歌って踊るだけ。

そんな光景を見たことがなかった東京都民達は、

何かサプライズのイベントか何かと勘違いし、大いに拍手を送っていた。

 

エリーはアンプラグドノギダムを使って最後に観衆にお辞儀をした。

コックピットに乗っていたアキ=モト将軍は手を叩いて拍手した。

 

「・・・このモビルスーツ、ユニークですね、面白いな・・・」

 

アヤメはコックピットの中で感極まってそんなことを言った。

 

 

・・・

 

 

 

「アキ=モト将軍、よくぞご無事で」

 

「二期生パイロットの三人が助けてくれました、ありがとう」

 

無事に帰還した三人とアキ=モト将軍はジュード艦長とマレスケのブリッジで対面していた。

アキ=モト将軍に褒められた三人は、予想もしなかった展開に頬を赤らめた。

 

「会議は物別れに終わったんではないですか?」

 

「君の想像した通りだよ、ジュード艦長。

 連邦政府は地球圏の利益のことしか考えていない。

 広大な宇宙圏とスペースノイドの事なんて何一つ理解する気がないんだ」

 

「そうでしょうね・・・。

 あなたは連邦政府の政治家との会談に臨んだ。

 ですが、相手は聞く耳を持たずに結局は破談になった・・・」

 

ジュード艦長は見てもいない今夜の様子を推量した。

彼の中でも不明瞭だった様々な事が少しずつ形を帯びてきていた。

 

「こうなることは前もってわかっていたことだ。

 連邦政府がなんと言おうが、私は軍を彼らの好きにはさせない」

 

「お気持ちはわかりますが、連邦軍だけで連邦政府に逆らうにはクーデターでも起こさない限りは不可能ですね」

 

「そうだよ、クーデターを起こしてやればいいだけのことだ」

 

「しかし、それでは秩序と言うものが・・・」

 

「力には力を持って対抗しなければ・・・彼らは目的の為には手段を選ばない職業だ。

 黙って指をくわえて見ているだけでは、相手に飲み込まれるのを待つばかりだ」

 

アキ=モト将軍はジュード艦長を若造だと思っている節があり、

それはジュード艦長からしても、悔しいが態度でわかった。

ひとかけらも尊敬の念を持たずに接されている感覚が肌でわかるのだ。

それは相手が上司とはいえ、腹が立たないことはない。

 

「・・・我々はゼルコバを抜け出し、第48部隊の協力を経てはるばる地球まで降りてきました。

 彼らはなぜ密に連絡を取り合っているのでしょうか?

 どうして我々第46部隊が反乱軍の汚名を着せられなければならないのでしょうか?」

 

ジュード艦長はアキ=モト将軍の目をまっすぐ見つめながらそう尋ねた。

ここまでやってきたのは、真実を明らかにする為だった。

 

「・・・連邦政府はゼルコバとの和平交渉を行いたがっている」

 

「昨今の動きを見れば、それは間違いないでしょうね」

 

「だが連邦政府は彼らを抑圧するやり方でケリをつけようと企んでいる。

 私はそれに反対の立場だ、だから軍でクーデターを起こしてゼルコバと先に和平交渉を進めたい」

 

「すでに第48部隊とゼルコバは裏で交渉を秘密裏に進めていると?」

 

ジュード艦長は横目でちらりとアヤメの方を見た。

アヤメは目を伏せたまま黙っていた。

 

「連邦政府より先にゼルコバと接触し、話を先に進めてしまいたい。

 そこでどうか、君の力で私をゼルコバへ連れて行って欲しい。

 私が連邦軍の代表としてゼルコバと話をつけることで、和平交渉はスムーズに行われ、この宇宙に平和が・・・」

 

アキ=モト将軍は話を続けていたが、ジュード艦長はそれを無視してアヤメの方へと歩いて行った。

アヤメは顔を上げてジュード艦長の目を見つめた、そして抱きかかえていた犬型のロボを手渡した。

 

「アキ=モト将軍、恐縮ですが、あなたが今言っている事が本当かどうか、

 この犬型ロボに録音してある音声を再生すればすぐにわかります。

 会議であなた方が話をしていた一部始終がここには納められていますからね」

 

ザキ=レナは思わず目を見張ってアヤメの方を見た。

アヤメは目を合わせることなく伏し目がちになっていたが、

おそらく、あの犬型ロボを持っていけと指示したのはジュード艦長だったのだろう。

 

「アキ=モト、ロクオン、ナガス、ワカル」

 

アキ=モト将軍は不意をつかれたことに沈黙したが、

決して動揺している様子を見せることはなかった。

交渉や会議で動揺を見せることは不利になることを経験でわかっていた。

それはロジックとエモーションの戦争である、押し負けては次の仕事はない。

だから交渉では絶対に負けてはならない、彼が仕事を通じて学んだポリシーである。

 

「だが、恐縮ですがこの録音を聞くまでもなく、私の胸には一つの予感があります。

 それは、ゼルコバを立ち上げたのは実はあなたではないかと言う疑念です。

 そして、連邦軍を率いての和平交渉は、ゼルコバに独立自治権を与えることで、

 あなたにとっては最高の結末を得ることができる、そうお考えではないでしょうか」

 

「・・・私が君に真実を話す義務はない。

 君がやるべきことは、私を一刻も早くゼルコバへと連れて行くことだ」

 

「録音を聞けば全てがわかるとしても・・・ですか?」

 

「先ほど言った通りだ、君に話す義務はない」

 

「・・・わかりました。

 ですが、私の予想では、あなたはもうすぐ将軍の職を解かれることになるでしょう。

 やがて連邦軍はあなたの命令では動かなくなる時が来る。

 その時は、私もあなたの命令を聞く義務がなくなりますが、よろしいですか?」

 

ジュード艦長はアキ=モト将軍を睨みつけるようにしてそう言った。

連邦政府はやがて軍のクーデターを恐れ、アキ=モト将軍を何らかの方法で暗殺する、

もしくはその任を解くことで連邦軍から追放することを検討しているに違いなかった。

そうなると、連邦軍は戦力が必要となるため、反乱軍の汚名を着せている第46部隊を赦免するかもしれない。

第48部隊は連邦政府に従うのか、アキ=モト将軍につくのかは定かではないが、

力のバランスが崩れることで、宇宙の秩序は乱れて新たな戦争が起こるかもしれなかった。

 

「第48部隊は私の命令でしか動かんよ。

 連邦政府が君たちを赦免したとして、君たちはまた連邦政府の犬に戻るか?

 おそらくそうはしないだろう、どこかの段階でまた裏切られるのが目に見えているからだ。

 だから君たちには選択権はないよ、私をゼルコバに連れて行く以外の道は残っていない。

 それが最も賢明な選択だ、君たちにとっても、全宇宙にとっても、なぜならそれで戦争は終わるからだ」

 

アキ=モト将軍が述べた意見には反論する隙は見当たらなかった。

ジュード艦長はこめかみが重たくなって痺れて来るのがわかった。

 

「・・・わかりました。

 こうしている間にも、連邦軍とゼルコバの戦争は続いています。

 一刻も早くそれを終わらせることが、何よりも先決です。

 それが最も多くの人々の命を救う道なのであれば・・・」

 

ジュード艦長はブリッジを降りて行った。

下の階から何かを拳で叩くような鈍い音が聞こえて来るのが三人にはわかった。

 

 

・・・

 

 

 

翌日、ジュード艦長は一人部屋で犬型ロボが録音した音声を再生した。

そして、聴き終わった後で停止のボタンを押して、一人考え込んだ。

 

(・・・ディスコード・・・NOGY社の最新モビルスーツか・・・)

 

ジュード艦長は自室の机から立ち上がると、電話を取って番号を押した。

呼び出し音が何度か鳴って、何度目かの呼び出し音でエリーが電話に出た。

 

「エリー、教えてほしいことがある、ディスコードについてだ」

 

そう言ってから、受話器の向こうが静かになったのがジュード艦長にはわかった。

すぐに返事をしないなんて、いつものエリーらしくなかった。

 

「ジュード艦長、いくら艦長でも、それは企業秘密ですのでお答えできません・・・」

 

「多くの人々の命がかかっているんだ、NOGY社だけの問題ではない!」

 

ジュード艦長は感情的になって吠えた。

民間企業は金を求めて顔色をコロコロと変える。

それがジュード艦長の気質には合わなかったのは確かだった。

 

「モビルスーツの性能については、私ではお答えできません・・・」

 

「それはわかった、モビルスーツは今はまだ倉庫にあるのか?」

 

「・・・いえ、アキ=モト将軍の命令によって、昨夜すでに出荷されました。

 まだ細部は完全には調整されていません、特にニュータイプ制御機能の箇所については・・・・」

 

エリーが制御機能について話していた時、ジュード艦長はもう他のことを考えていた。

 

 

・・・

 

 

第46部隊はNOGY社から試作型ノギダムを買い取って戦力を補強し、

艦長は不本意ながらも、東京を離れてまた宇宙へ戻った。

連邦政府は地球圏からゼルコバへのあらゆる武器類の輸出を法案によって禁止した。

NOGY社が今後、実質的に連邦軍以外への武器の供与はできなくなったと言える。

 

また、連邦政府は追ってアキ=モト将軍を反逆罪で指名手配し、その地位を剥奪した。

それと同時に第48部隊を牽制し、アキ=モト将軍の傘下に降るのを阻止した。

第48部隊はそれでもアキ=モト将軍に対して敵対することはなかった。

だが、露骨に味方をすることもできず、情勢の様子見を決め込んでいた。

 

連邦軍は今後のことを考えてか、第46部隊を追撃することはなかった。

その気になれば、宇宙へ上がったところをすぐに叩くこともできたはずだが、

第48部隊が様子見を決め込み、戦力としてあてにできなくなった事と、

そうであるがゆえに、第46部隊を後々に赦免する道も閉ざしてはならなくなった。

何かあればすぐに味方に引き込みたいという政治的な思惑があり、

マレスケは幸運にも追撃を受ける事なくゼルコバへと進路をとった。

 

連邦政府はアキ=モト将軍とゼルコバが接触するのを待っていた。

将軍としての地位を失った以上、彼はゼルコバの総帥に鞍替えする可能性が高かった。

本人が望まなかったとしても、周囲が彼をそうさせるだろう。

仮に正式にそうなれば、連邦政府は今度こそ大義を掲げてゼルコバを討つつもりだった。

連邦軍からの反逆者として、世論を味方につける口実を得ることができるはずだった。

 

アキ=モト将軍はゼルコバに到着すれば、役職を解かれたとはいえ、彼は連邦軍の将軍として振る舞い、

連邦軍とゼルコバの和平プロセスを世論に問う算段があった。

連邦政府の懲戒免職という一方的なやり方に異論を唱え、世論を味方につけることができれば、

やがて第48部隊はゼルコバに協力するだろうし、第46部隊も情勢を見て味方につく可能性が高かった。

第48部隊とゼルコバの連合軍を相手に、連邦政府の味方をするのは賢明な判断とは考え難かったからだ。

 

そういう政治的な状況から、第46部隊は最も微妙な立場に置かれていると言ってよかった。

ゼルコバに肩入れすれば本当の反逆罪に問われるし、連邦政府に赦免を受ければ、

アキ=モト将軍率いるゼルコバと戦わなければならなくなる。

もし第48部隊が連邦政府でなくゼルコバに味方するなら、

第46部隊は第48部隊も敵に回す結果となる恐れもある。

この状況は極めて繊細な政治的立ち回り方が求められていたが、

ジュード艦長は義を通す性格である以上、そんな器用な振る舞いはできなかった。

ただアキ=モト将軍をゼルコバまで送り届けた後、事の顛末を見てから身の振り方を考えるだけだと思っていた。

 

 

・・・

 

 

「あっ、悪いんだけどさー、弾薬が全然足りてないのー、うんそう、まだまだ積み込めるからー」

 

マレスケのモビルスーツ倉庫ではズミリー=リングイネが作業に追われていた。

東京で積み込んだ新しいモビルスーツの整備が追いついていないのだった。

呼び出し音がなったので、ズミリーは壁に付いていた受話器を取って話す。

 

「あっ、ううん、まだドローンの調整はしてないよ、うん、ちょっとリザちゃんの方で見てもらっていいー?」

 

そういって受話器を置いて、彼女はまた現場に戻る。

とても一人で全てを管理するには人手が足りていなかったのだが、

彼女は文句も言わずに作業をこなしていた。

もちろん、仕事が終わると誰かに愚痴はこぼすのだが。

 

「あー、こいつなんなんだろ、意味わかんないんだよなー」

 

ズミリーはパッド型コンピュータに表示されている紫色のノギダムのデータを見ながらそう言った。

しかしながら、彼女がわからないと言っても、他に誰かわかる人がいるはずもなく、

結局は彼女が調べて作業を進めなければならない、それが仕事の醍醐味でもあり、プレッシャーでもある。

ズミリーは寝る間を惜しんででも作業に没頭した、完成した時の喜びを知っているからこんな風に頑張れる。

仕上がった時の満足感、そして自分にしかできない仕事を成し遂げたという充実感が何よりもご褒美だった。

 

ズミリーがバタバタと慌ただしく走り回っていると、隅っこで作業をしているアヤメを見つけた。

何をしているのかわからなかったが、整備の手伝いをしてくれているように見える。

 

「あっ、アヤメちゃん、それわかるー?」

 

「・・・そうですね、結構難しいんですが、なんとなく構造の意味はわかってきた気がします。

 このノギダムは後から紫色に着色されているわけではなくて、もともと紫色の特殊な金属を装甲板に使っています。

 見る角度によっては自然に発光しているようにも見えますし、普通のモビルスーツに使われている合金よりも硬い材質ですね。

 それでいて、どういうわけか軽いのでモビルスーツの運動性も担保されています。

 不思議なのは、この装甲板には全て何らかのセンサーが埋め込まれている事です。

 装甲板に耳を当ててみれば、中で何かがブンブンと音を立てているのが聴こえます。

 それが何をどのように感知するのかはまだわかりませんが、このセンサーの量はかなり多いですね。

 この部分に関してはかなり異質な設計ですが、残念ながらそれ以外には特殊な武器が備わっているわけでもなく、

 そういう意味ではいたってシンプルなモビルスーツですね」

 

アヤメは普段の彼女よりも早口で解説をした。

彼女が好きなことになると興奮してしまうことを、ズミリーは見抜いていた。

 

「あー、なるほどねー、でも他の二機に比べたら見た目の割には中身は地味だよねー」

 

「そうですね、デザインは可愛いですし、技術的には高いものを感じる部分も多々ありますが、

 だからと言ってずば抜けた特徴があるわけではないですし、モビルスーツとして強いかと言われると少し疑問です。

 あっ、あと、私がこんなこと言って申し訳ないんですが・・・」

 

「えっ、何、どうしたの?」

 

ズミリーは気になって問い返す。

 

「ドローンの調整はミリオンにさせたほうがいいと思います。

 彼女が一番ドローンの操作に長けていますし、適性があると思うんです」

 

アヤメは少し申し訳なさそうにそう言った。

メカニック出身とは言え、今はもうパイロットになっている彼女が、

偉そうに意見を述べることは憚られると思っていたからだった。

 

「あっ、そうかもね、うん、わかった、その方がいいかもねー。

 そうしてくれた方が、私とリザちゃんはZノギダムに集中できるし。

 あれ、武器がめちゃくちゃ多いんだよね、弾薬の補充が追いつかなくて」

 

そう言ってズミリーは即座に受話器を取ってミリオン=ラブに理由を説明した。

彼女は承諾したらしく、まもなくモビルスーツ倉庫に降りてくることになった。

 

「ミリオンちゃん、やってくれるってー、みんな手伝ってくれて本当に助かるわー」

 

「すみません、私が偉そうに意見を述べることではないんですが・・・」

 

「そんなことないよー、アヤメちゃんがいてくれてめちゃ助かってるよー、私はー!

 じゃあさ、申し訳ないけど、とりあえずノギダムN46はアヤメちゃんに見てもらっていい?

 Z(ゼータ)ノギダムの弾薬の補充が終わったら、私も手伝うからさー」

 

ズミリーは紫色のノギダムを指差しながらそう言った。

アヤメは「はい、わかりました」と短く返事をすると、また隅っこで作業に戻った。

 

「アーヤーメ!」

 

座って作業をしていると、アヤメは後ろから背中を押された。

驚かせてきたのは、上機嫌のザキ=レナだった。

 

「こんなとこで地味な作業してるの、誰かと思ったらやっぱりアヤメだった」

 

ザキ=レナは満面の笑みで意地悪なことを言った。

アヤメは「もうびっくりするからやめて~」と言いながらも顔は笑っていた。

 

「そう言えば、ズミリーさんが、弾薬の補充が追いついてないって言ってたよ」

 

「ああ、そうなのよ、あれ細身のモビルスーツのくせに武器がやたら滅多ら多くてさ。

 重量考えたら運動性を犠牲にしすぎてる感は否めないんだけど、まあその不器用な感じが私らしいっていうかね。

 弾薬の補充を気にしないで戦えるから、それはそれで楽だなと思えるけど」

 

アキ=モト将軍を助け出す作戦に成功した三人のうち、ザキ=レナはその積極性を評価され、

東京で手に入れた新しいモビルスーツのパイロットに選ばれた。

ジュード艦長が直々に「お前が乗れ」と言ってくれたことがザキ=レナには嬉しかった。

それ以来、彼女はいつ会っても上機嫌で、それも彼女らしいとアヤメは思っていた。

 

Z(ゼータ)ノギダムの弾薬補充を手伝ってあげなよ」

 

アヤメはそう言ったが、ザキ=レナは目を見開いて否定した。

 

「いやいや、アヤメさん、読み方間違ってますから。

 あれはゼータじゃなくて、Z(ゼット)ノギダムですよ、間違えちゃいけません」

 

「えっ、そうなの!?

 私てっきりゼータだと思ってたけど」

 

「まあ、それはアヤメくらいモビルスーツに詳しければそう思うのかもね。

 でもこれはこれ、あれはあれだから」

 

「でもズミリーさんもさっきZ(ゼータ)だって言ってたけど」

 

「ズミリーさんはナナ=ミンさんの『シジン』を『トゲジン』って呼んでた人だから。

 漢字で書くと『棘人』って書くんだって、まあネタがコアだよね」

 

二人がそんな話をしていると、二人の間をブーンと飛ぶものが通り過ぎた。

羽虫の音かと思っていたらドローンだった、そしてミリオン=ラブが姿を現した。

 

「あっ、すいませーん、ここお子さんは入れない場所なんでー」

 

ザキ=レナはミリオン=ラブの頭をポンポンしながらそう言った。

彼女はプク顔になってから返事をした。

 

「いやいや、さすがに電車も子供料金では乗れなくなりましたよ」

 

「今までそれで乗ってたの?」

 

「嘘に決まってるじゃん、バカにしないでくれますー?」

 

「そうそう、ズミリーさんから言われたと思うけど、ドローンの調整、あれミリオンが一番向いてると思うからやっといて」

 

親しい人には、アヤメは遠慮なく物事が言える。

ザキ=レナとミリオン=ラブはアヤメにとってそういう存在だった。

 

「調整して、そのままもうこれ乗りますって言っちゃえば?

 あのドローンノギダム、小型のノギダムって感じだからミニオンにぴったりだし」

 

ドローンノギダムは試作型の中でもひときわ小さかった。

ノギダムの小型版を作ろうとし、それに遠隔操作の武器を取り付けることで、

小回りの効くモビルスーツを作りたかったのが本来の目的だったらしい。

最終的には、もう少し大型の方がパワーがあるということで、

ドローンノギダムは試作型の域を出なかったが。

 

「ねえ、さらっと間違えないで、ミニオンじゃないから」

 

「サロペットを着てゴーグルすれば、似たようなもんだけどね」

 

「ちっちゃい子がそれすれば大抵そうなるよね」

 

アヤメも笑いながらそう言った。

三人で話をしていると楽しくて、目の前に立ちはだかる現実のことなんてすっかり忘れさせてくれた。

 

「ゼルコバに着いたらどうなるのかなー?」

 

さらっとザキ=レナがそう言った。

あくまでもさらっと、それは重たい話題にさせたくない彼女の配慮だ。

 

「普通に和平交渉が進んでくれればいいんだけど」

 

「そうなったらここで準備してるモビルスーツもまた倉庫行きかー。

 まあ、本当はこんなの乗らない方がいいんだけどね、平和が一番だから」

 

ザキ=レナの言うことは最もだったが、アヤメは黙っていた。

おそらくそんな簡単には事は運ばないような気がしていたからだった。

 

戦争は誰の手によって引き起こされるのか。

後世の歴史家達は、当時の記録を引っ張り出しては丹念に調べ上げる。

だが、本当のことは結局、その歴史に立ち会った人々にしかわからない。

生々しい記憶は文書では後世に残されても、その熱は抜け落ちていく。

 

その責任は誰かに押し付けられる。

戦争犯罪者は誰それだったと言うことにして、公の場で裁くことで事は一旦の決着をえる。

だが、それはただ形を取り繕っているに過ぎない。

本当のことは誰にもわからない、複雑な要素の絡み合いと偶然が重なって出来上がる。

本当は誰の責任にもできない、時代がただ転がっていくだけであって、

それを止めることは渦中の誰にもできないのかもしれない。

 

アヤメは下を向いて随分考え込んだ後、顔を上げて言った。

 

「世界の終わりなんてこないよね」

 

「うん、大丈夫、私たちが世界の始まりだから」

 

ザキ=レナはそう言ってZ(ゼット)ノギダムの作業に向かった。

 

 

・・・

 

 

 

「前方にモビルスーツ部隊発見!」

 

マイ=チュンが大声で叫んだ。

乗組員達の間に緊張が走る。

 

「マレスケはまもなくゼルコバに到着する。

 おそらく連邦軍とゼルコバのモビルスーツがやりあっているんだろう。

 我々はその中に加わるわけにはいかない、連邦軍の艦として一時停戦をゼルコバに通達するんだ」

 

「後方にもモビルスーツ発見!」

 

今度はミサ=ミサが叫んだ。

敵に挟み撃ちにされたのかとブリッジに驚きの声が上がる。

 

「後方のモビルスーツの識別信号は?」

 

「・・・連邦軍のものです、あっ、これは黒いノギダムです!」

 

「他にはいないのか?」

 

「はい、ノギダム一機だけのようです」

 

ジュード艦長は右手を顎に構えて考え込んだ。

ここまで手を出してこなかった連邦軍が攻めてくるとは思えない。

ましてや、モビルスーツ一機だけを送り込んでくるなんて事は無謀すぎる。

ゼルコバを攻めあぐねた連邦軍の援軍だとすればもう少し別ルートをとるはずだった。

マレスケの後方をまっすぐ進むのはどう考えてもおかしい。

 

「ひとまずモビルスーツ部隊はスタンバイさせろ!

 ノギダムがこちらを攻撃してくるそぶりを見せたら迎え撃て!」

 

「しかし艦長、マイ=シロイシ少佐が乗っている可能性もあります・・・」

 

ミサ=ミサが意を決してそう言った。

マレスケの乗組員は誰も彼女を撃ち落としたくはない。

 

「わかっている、だが向こうが撃ってくるなら、こちらも傍観している場合ではない。

 できれば無傷で回収したいところだが、マイ=シロイシ少佐を相手に誰がそんな事できるものか」

 

 

・・・

 

 

「ジュード艦長、ここは私が出ます!」

 

ワカ=ムーンがモニターを繋いで志願した。

ヨシツネのコックピットですでにスタンバイはできていた。

 

「連邦軍とゼルコバの戦闘に巻き込まれないように、三期生パイロットは前方に出してマレスケの護衛をさせましょう!

 マナ=ツーはノギダムにぶつけないほうがいい、彼女には三期生部隊の指揮をとらせるべきです。

 そして、マイ=シロイシ少佐のノギダムは・・・私が食い止めます!」

 

「ノギダムは強いぞ、お前一人で大丈夫なのか?」

 

「はい、私の役目は、目の前の壁を壊して見せる事、それだけです・・・!」

 

モニターに映るワカ=ムーンの目はいつも以上に鋭く燃えている。

ジュード艦長はいつも以上に気迫がこもっているワカ=ムーン大尉の熱意を買うことにした。

そして、今の第46部隊で彼女以外にノギダムを止められる適任者もいなかった。

 

「よし、ヨシツネは後方のノギダムに当たれ!

 後方支援としてドローンノギダムとZノギダムを出させろ!」

 

「艦長、ドローンノギダムはまだパイロットが決まっていませんが・・・」

 

マイ=チュンはオペレーター席からジュード艦長の方を振り返ってそう尋ねた。

 

「ミリオン=ラブ大尉がドローンの調整に当たっている、そのまま出させろ!

 その状況に応じて適任だと思われるものに、ノギダムに乗ってもらえばいい。

 ノギダムに乗るのは、何も一人だけと決めているわけじゃない」

 

マイ=チュンはそのジュード艦長の判断を受けて椅子を回転させた。

オペレーターデスクから回線をつないでミリオン=ラブに話しかける。

 

「・・・ミリオン、聴いてた?

 やったじゃん、そのままドローンノギダムに乗っていいんだって~!」

 

「えっ、本当に、本当に私が乗っていいの?」

 

「やっぱ白いカラーリングで小型なノギダムだけあって、

 私は前からそうなると思ってたのよね~」

 

「・・・マイ=チュン、ここは職場だぞ、言葉遣いに気をつけてくれ」

 

ジュード艦長はハメを外しすぎたマイ=チュンに注意をした。

 

「あっ、すいません。

 ミリオン=ラブ少尉、ドローンノギダムにて発進準備進めてください!」

 

急に真面目な声になったことで、ミリオン=ラブはコックピットの中で笑っていた。

そして椅子に座り、初めて座るノギダムの席に嬉しさと戸惑いが同時にこみ上げてきた。

 

(・・・こんなに不安の方が多いものなんだ・・・)

 

ミリオン=ラブの顔から笑みが消えた。

ノギダム型のモビルスーツに乗るということの重圧がこれほどだったとは思いもよらなかったからだ。

だが、この経験は自分にとって貴重な成長の機会になることも同時に肌で感じていた。

 

「ミリオン=ラブ少尉、行けるか?」

 

ジュード艦長から回線で確認が入った。

緊張感を飲み込むようにしながら、震えそうな声を押し出した。

 

「・・・はい、精一杯やってみます!」

 

「いい返事だ、それだけドローンを操れるというのはニュータイプの萌芽かもしれない。

 俺はこの部隊にはニュータイプの可能性があるやつしか採用はしていない。

 ましてや、戦場に出すからには、それだけ期待しているということだ、わかるな?」

 

「・・・はい、ありがとうございます」

 

緊張のあまりいつの間にか涙がこぼれた。

これが諸先輩方が経験した重圧だったかと思った。

 

「ミリオン、大丈夫、私もいるから!」

 

隣でスタンバイをしていたザキ=レナがそう言った。

彼女の声は思っていたよりも明るかった。

 

「うん、Zノギダムの弾薬の充填は終わったの?」

 

「さっき終わったとこ、これで準備万端よ。

 1発で当たらなきゃ10発、10発で当たらなきゃ100発ミサイルを撃ち込んでやるわ。

 不器用かもしれないけど、これが私のやり方だから、もうやるしかないんだから」

 

Zノギダムは誰もが信じられないほどのミサイルを格納していた。

まさか一度の戦闘で100発も撃ち込んでくるやつがいるとは思わないだろうし、

弾切れしないZノギダムを見ているうちに、普通の相手であれば脅威を覚えるだろう。

胃もたれして逃げ出してしまうかもしれないが、これが彼女のやり方だった。

 

「いいじゃないかザキ=レナ少尉、その非常識な感じがニュータイプの片鱗を感じさせる」

 

二人の会話を聞いていたジュード艦長がそう激励した。

ザキ=レナは東京の空をミュージカルのように舞うアンプラグドノギダムの事を思い出していた。

生粋のニュータイプというのは、ある意味で非常識であり、誰も予想がつかない方法で新しい価値を生み出すものだった。

 

(・・・ニュータイプでも、自分がニュータイプだって気づいていない人もいるんだって!・・・)

 

かつてアヤメが言っていた言葉が頭の中に蘇った。

自分がニュータイプなのかどうかはわからない。

ニュータイプなんて結果論で判断するしかないからだ。

誰かがそう言ってくれるから、ニュータイプだと認識するだけのことで、

決してそれは自称できるものではないし、自惚れるものでもなかった。

だが、ここは自分を信じるしかないとザキ=レナは思った。

それが戦場を生き延びる最後の、そして最良の手段であった。

 

「・・・はい、ありがとうございます!」

 

ザキ=レナは気合が入った。

落ち込んでしまいやすい事も多い彼女だが、気合が入った彼女は強い。

決して折れない根性と生粋の負けず嫌いが彼女をどこまでも強くしてくれるとジュード艦長は思っていた。

 

「ワカ=ムーン、ヨシツネ、出ます!」

 

ヨシツネはカタパルトから発射されて宇宙へと飛び立った。

それに続いてドローンノギダム、Zノギダムも次々と発進して行った。

 

「まもなく戦闘が始まる。

 マレスケも無傷では済まないかもしれん。

 艦の中にいるものは残らずノーマルスーツを着させろ!

 艦に穴が空いて酸素が無くなっても知らんぞ!」

 

そういってジュード艦長は自分が率先してノーマルスーツに着替えに行った。

ノーマルスーツとはつまり宇宙服であり、宇宙空間でも息ができるものだ。

艦の乗組員達は持ち場を交代で受け持ちながら、着替えを急いでいた。

 

 

・・・

 

 

「コンコンコン、どなたかいませんか~♡」

 

ドアを叩いていなかったが、彼女は口で擬音語を話してそれを表現する癖があった。

 

「いや、ノックするのを遠慮して口で言ってる人、私、初めて見ましたよ」

 

横から思わずツッコミが入った。

サユ=リンは時々変に臆病であり、変に大胆である。

 

「え~だって初めてくるとこやし緊張するやんか~♡」

 

「相手もこっちが来る事わかってますから大丈夫ですよ。

 用件だけ伝えれば、あとは対応してくれますって」

 

サユ=リンは少しだけプク顔になったあと、

今度はちゃんとドアをノックしようとしたが、

ドアは内側から開き、中から出て来た人に逆に驚かされた形になった。

 

「・・・すみません、どちら様でしょうか?」

 

「あっ、えっと、お、お届け物で~す♡」

 

「そんな宅急便じゃないんですから。

 すいません、私たち、地球からNOGY社のモビルスーツを運んで来てまして、

 ゼルコバのレジスタンス宛てに引き渡すように言われて来たんですけど」

 

カ=リンが代わりに答えると、緑の制服を来ていた女性はすぐに何事かわかったような顔をした。

すぐさま中に通されて、二人はソファーに座ってお茶を出された。

 

「すいません、サインでいいですか?」

 

「ええ、この電子パッドにサインをお願いします」

 

カ=リンは電子パッドを差し出してサインをしてもらった。

これでサインされたデータは地球のNOGY社のシステムに反映されるはずなので、

二人が依頼されたモビルスーツ輸送の仕事は終わった。

 

「遠いところわざわざすみませんでした。

 ディスコードの引き取りは予定よりも一ヶ月も早くなりまして・・・」

 

「いえいえ、うちらもちょうどお金に困ってたとこやったんで、ちょうど良いアルバイトになりましたー♡」

 

「いやいや、NOGY社の大事なモビルスーツの配送なんで、うちら用心棒として護衛をして来たんです」

 

「やっぱり私の普段の行いが良いからか、全然誰にも襲われなかったんですよー♡」

 

「いやいや、スペースデブリとかが衝突しないように、ちゃんと見張って来たから大丈夫です」

 

ゼルコバの女性は愛想笑いをしながらその話を聞いていた。

この二人はまるで漫才でもしているように息が合っていた。

 

「・・・ちょっと軍団長、少しは苦労して来た風を装わないとダメですよ。

 用心棒なんて要らなかったと思われたら、NOGY社からもゼルコバからも愛想尽かされちゃいますよ」

 

カ=リンはひそひそ話でサユ=リンにそう告げた。

納得したサユ=リンは姿勢を正してもう一度やり直すことにしたらしい。

 

「いやー、もうめっちゃ大きい隕石が衝突しそうになりましてね、

 それでうちら隕石に乗り移って、衝突寸前で見事隕石の爆発に成功させまして、

 それで間一髪ディスコードが大破するのを防いだんですよー。

 いやほんま、アルマドン観ておいてよかったですねー、映画ってほんま為になるんですねー♡」

 

ゼルコバの女性は、それでも必死に愛想笑いを続けていた。

 

「いやいや、それじゃ嘘つきすぎて、もうなんか私が恥ずかしい・・・」

 

カ=リンはもう呆れてがっくりうなだれた。

ゼルコバの女性がいい子でよかったと思った。

 

 

・・・

 

 

第46部隊が大気圏突入を行なっていた時、戦闘に出ていた二人は大気圏で燃え尽きたかに見えた。

だが、二人の乗るアップルもまた、NOGY社に作ってもらった比較的新しいモビルスーツだったので、

モビルスーツ単独で大気圏突入を行える技術が備わっていた。

熱から守る特殊な膜をモビルスーツ周辺に発生させることで、大気圏での熱を防ぐことができたのである。

二人は第46部隊と同じように地球に降下し、NOGY社で用心棒の依頼を受けたのである。

 

 

「軍団長、さっき口座確認しましたけど、ちゃんと振り込まれてましたよ」

 

カ=リンはアップルのコックピットの中で家計のやりくりをするように計算をしていた。

これでしばらくはまた食いつないでいける算段がついた。

 

「やった~♡

 これでまた焼肉いける~♡」

 

「その前に、どこかでマレスケに合流しないと。

 私たち今頃消息不明で心配されてるかもしれませんし。

 それにしても、うちらが地球で仕事を請け負いたいからって、

 なんとかマレスケに乗り込んだってことは、絶対に秘密にしといてくださいよ。

 連邦軍の艦に乗って入れば、いつかは地球に帰れるとは思っていましたけど、

 まさかこんなにうまく行くとは思いませんでしたが・・・」

 

カ=リンはサユ=リンがぽろっと口を滑らせてしまわないかずっと心配していた。

そして、今後もうっかりがないか心配を続けることになる。

 

「大丈夫大丈夫!

 カツ丼出されても、うちは喋らんかったやんか~!

 それに大気圏で別れる時、ほんまにリアルに見せるためにあの二人をわざわざマレスケに残して来たんやから」

 

「でも、あの二人に真実を告げてないのが気がかりですけどね。

 敵を欺くには、まず味方からとは言いますけど、本当にうちらが死んだと思われてるでしょうし・・・」

 

カ=リンはそう言いながらもコックピットでモニターを見ていると、

どうやらゼルコバに近づく艦があることに気がついた。

それはマレスケであり、数機のモビルスーツが飛び出していくのも見えた。

 

「うわ、マレスケがゼルコバにまた戻ってくるなんて。

 軍団長、私たち本当についてるかもしれませんね」

 

「やろ~♡

 やっぱり私の日頃の行いがいいからや~♡」

 

二機のアップルはゼルコバを飛び出してマレスケの方へと向かった。

 

 

・・・

 

 

「ディスコード、点検終了しました!

 制御機能に不具合が起きる可能性がありますが、大きな異常はありません、すぐにでも使えます!」

 

ゼルコバに搬入されたディスコードはメカニックによってすぐに納品状態をチェックされた。

深い青色に赤いラインが印象的なカラーリングのディスコードは、

その細身のデザインからモビルスーツとしては非常に高い運動性を備えていた。

NOGY社の最新技術がふんだんに盛り込まれ、武器類はシンプルでありながら従来製品よりもパワーが増していたし、

何よりもパイロットの脳波を直接モビルスーツにシンクロさせる構造は唯一無二だった。

その分、まだ制御機能が安定しないのはNOGY社から正確なレポートを受け取っていたので問題とはされなかった。

連邦政府が法改正をして輸出禁止にする前に出荷しろというアキ=モト将軍からの指示が出ていたからだ。

 

「ありがとうございます。

 みなさんよく頑張ってくれました。

 ディスコードがゼルコバに届けば、

 私たちの勝利は約束されるとアキ=モト将軍はおっしゃられました。

 これで、早期に戦争を終えることができるでしょう・・・」

 

緑の制服を着た女性は多くのメカニックたちの前で頭を下げた。

その横を緑の軍服を着込んだ上官が通り過ぎて行った。

 

「ディスコードのパイロットをコックピットに入れろ、最終テストに入る」

 

「はい、しかし、彼女は連日の戦いですでに疲労困憊の状態が続いていまして・・・」

 

白衣を着た医者のような老人が現状を報告していた。

だが、上官はそんな話は耳に入っていないようだった。

 

「俺たちだって疲労困憊の中でやってるんだ、ようやくディスコードが届いたというのに、

 それに乗せるパイロットを休ませて出撃を遅らせていましたなんてことを、俺がどうやってアキ=モト将軍に報告しろと言うんだ?」

 

「そのお気持ちもわかりますが、パイロットの精神が安定しない状態で戦場に放り込むなど、

 医者の立場からとても推奨できることではありません・・・」

 

二人の大人たちは言い合いを続けていたが、黒いパイロットスーツを着た少女がその横をすり抜けてコックピットへ入った。

その様子を見つめていた緑の制服を着ていた女性は、急いでディスコードのところまで行ってコックピットの中の少女に話しかけた。

 

「・・・大丈夫?

 連日の戦闘で疲れてるのに、こんな短期間で乗るなんて・・・」

 

コックピットの中に近づいて手を握ろうとしたが、パイロットの少女にその手を振り払われた。

少女はやけくそになったようにモビルスーツの電源を入れ、モニターを操作していった。

 

「・・・もういいよ、どーせ僕が乗るしかないんでしょ・・・」

 

「そうかもしれないけど、辛い時は私たちに頼ってくれても・・・」

 

「・・・誰も僕の気持ちなんてわからないくせに・・・」

 

少女はそう言って強引にコックピットを閉めてしまった。

コックピットに挟まれそうになった女性は、慌てて飛び出して外に出た。

ディスコードは電源が入ったことでメインカメラが立ち上がったのか、人間で言うと目にあたる箇所が鋭く光った。

 

「よし、ディスコードのシンクロテストを始めろ。

 パイロットとモビルスーツの波長を合わせるようにするんだ。

 それによってパイロットの思考が直接モビルスーツに反応として伝わる。

 そうなれば、普通に操縦するモビルスーツとは比較にならないほど運動性が向上する」

 

上司がメカニック達に次々と指示を出していく。

同時にパイロットにも無線機で話しかける。

 

「いいかパイロット、ディスコードと波長を合わせることだけに集中しろ。

 それ以外の余計なことは考えなくていい、戦場の恐怖も勝利の喜びも何も必要ない。

 お前はただ、ディスコードに全てを捧げるつもりで一体化を目指せ」

 

「・・・」

 

語りかけても返事は何も返ってこなかった。

上官にとっても、これは無視されているのか、彼女がすでにある種のモードに入ってしまったのか、それを見分ける術がなかった。

ただパッド型コンピュータのデータから波長が高まっているか、そうでないかをチェックすることで機械的に判断していた。

 

「・・・いい調子だ、波長が高まっているな」

 

そのデータを何度か採取した後、80%程度のシンクロ率をはじき出したところで、

上官はニヤリと笑って次の行動に移った。

 

「よし、ここからは戦場で続きをやってもらおう!

 放っておいても90%以上にシンクロ率は高まっていくはずだ。

 ディスコードを射出口に移動させろ、準備ができればそのまま放出するんだ」

 

上官はパッド型コンピュータを脇に抱えたままディスコードの側を離れて行った。

緑の制服を着た女性は、すぐに上官の姿を追いかけた。

 

「・・・ちょっと待ってください、まだテストの段階だったはずです!」

 

「テストは成功だ、80%の成果が出せるのなら、何も問題はないだろう」

 

「しかし、ディスコードの制御機能は不完全です!

 なんどもテストを重ねなければ、不具合のパターンを特定できません!」

 

「我々にはそんな時間はない。

 アキ=モト将軍がもうそこまで来ているんだ。

 ディスコードを使って連邦軍に脅威を与えることができれば、

 今後の交渉を優位に進めることができる。

 それが結局はゼルコバの為になるんだ」

 

上官は淡々とそう語り、立ち止まる様子はない。

女性はそれでも追いかけ続け、前に立ちふさがって道を塞いだ。

 

「テストの時間を稼ぐくらいの事は、他のパイロットでもできます!

 私達が時間を稼いでいる間に、十分テストする事だってできるじゃありませんか!」

 

「・・・アキ=モト将軍は宇宙世紀に新たな神を創り出そうとしているんだ」

 

「・・・神様・・・?」

 

上官は女性を払いのけて通路を進んで行った。

廊下に倒れた女性を見て、上官は言い放った。

 

「お前達に神の代わりができるのか?」

 

 

・・・

 

 

 

マレスケからヨシツネ、ドローンノギダム、Zノギダムが発進したあとで、

三期生パイロットが乗るノギスナイパーが次々と飛び出して前方を固めて行った。

最後にオフショルが発進し、ノギスナイパー達の陣形を整えて行った。

 

「自分たちも、いつかノギダムに乗れるようになりたいっす!」

 

「私はアンプラグドノギダムみたいな機体に乗りたいなぁ。

 四六時中も好き~と言って~♪」

 

「でも、誰かの真似をするだけじゃニュータイプになれないっす!

 自分達の中に秘めてる何かを、見つけて発揮するしかないっすから!」

 

三期生パイロット達が陣形を組み終えた後、しばらく待機となった。

後方のノギダムの動きに気をつけながら、前方のゼルコバと連邦軍の様子にも気を配っていた。

 

「あれっ、前方から何か来る・・・?」

 

マナ=ツーはオフショルのモニターに味方機の反応を見つけた。

奇妙な事にその機体はなぜかゼルコバから出てこちらに向かって来る。

 

「どう言う事?

 レーダーの故障かなぁ?

 ゼルコバから味方機が出て来るはずないんだけど・・・」

 

マナ=ツーはレーダーに反応する味方機を特定しようとズームカメラに切り替えた。

そこに映っていたのは、赤いモビルスーツ二体であり、それがアップルだとわかった。

 

「えっ!?

 もしかして、サユ=リン?」

 

「あーーっ!

 宇宙でも肩出してるモビルスーツ見っ~け♡」

 

回線から届いた声は、間違いなくサユ=リンの声だった。

もう一機はカリンのアップルだと思われた。

 

「二人とも無事だったんだ~よかった~!」

 

 

・・・

 

 

一方、マレスケを飛び出したヨシツネは後方のノギダムの方へと向かっていた。

モニターに捉えた黒いノギダムは、やはりアンクレットで戦ったあのノギダムと同じ機体だった。

 

(・・・またマイ=シロイシ少佐が乗ってるんだろうか・・・?)

 

ワカ=ムーンの胸には複雑な思いが去来していた。

彼女とはできれば戦いたくない、でも戦うなら負けたくはない。

なぜ自ら志願してここへ出て来たのかと自分に問いかけると、

それはどこかでマイ=シロイシ少佐の乗るノギダムと戦ってみたい思いがあった。

なぜならそれは、彼女の中で超えなければならない壁だったからだ。

 

「・・・ノギダムのパイロット、いや、マイ=シロイシ少佐ですね?」

 

「・・・馴れ馴れしいな、私はマイ=クロイシ、お前らなど知らない・・・」

 

回線から返って来た声は、やはりマイ=シロイシ少佐のそれだった。

 

「・・・では、なぜあなたはここへ来たのですか?」

 

「・・・わからない、私はただお前達が嫌いなだけだ・・・」

 

「・・・違う、あなたは本当は第46部隊に戻りたいんじゃないんですか!?

 だから強化人間にされてまで、連邦軍を抜け出して来たんだ!

 そうでなければ、こんなところに一機だけでやって来るはずがない!」

 

ワカ=ムーンは自分の仮説を述べたが、この状況の奇妙さからそれはおそらく事実だと思っていた。

連邦軍が刺客を放ってくるタイミングではなく、何かを求めるように一機だけで現れたノギダム・・・。

彼女が完全に記憶を失ってしまったとは、ワカ=ムーンには到底思えなかった。

彼女はおそらく、自分の意志と戦いながら、第46部隊に帰還しようとしている・・・。

 

「・・・ううっ、わからない、頭が痛い、私の邪魔をするな・・・」

 

黒いノギダムはビームナギナタを取り出して構えた。

こちらの声が届かないと思ったワカ=ムーンは、諦めて同じようにビームナギナタを構える事にした。

 

ヨシツネは素早く上段に構えて踏み込んでナギナタを振り下ろした。

ノギダムは瞬時に反応し、それを受けて足元を払った、ヨシツネはバックステップでそれを躱した。

 

「・・・仕方ない、でもやるからには手加減はしませんよ」

 

「・・・小魚が・・・私の周りをチョロチョロと!!」

 

ノギダムが振りかぶって斬りかかって来たのを受けて払い、

ヨシツネは突きを返したが、また払われてしまったので距離をとった。

お互いに間合いを取りながら、相手との距離を測っていた。

 

(・・・マイ=シロイシ少佐、私はあなたを超えたい・・・!)

 

ヨシツネの後を追いかけて来たドローンノギダムとZノギダムは、

二機が睨み合ったまま動かないでいるのを発見した。

お互いに真剣勝負であり、歴戦パイロット同士のプライドのぶつかり合いだった。

 

「ねえミリオン、こんな勝負、私達が手出しできっこないじゃない」

 

ザキ=レナが回線でそう言った。

ミリオン=ラブも同感だと思った。

下手に援護射撃をしてもヨシツネの邪魔になってしまう恐れがあった。

 

「とりあえず、今は様子を見るしかないよ」

 

 

・・・

 

 

 

「カ=リンちゃんも無事だったんだ、よかった~♡」

 

「どうも心配かけちゃってすいません。

 言ってなかったんですけど、アップルは単体で大気圏突入のシステムを備えてるんです。

 だから艦に乗ってなくても、ぶっちゃけどうにかなるなって思ってて。

 地球に降りてからは、またちょっと色々ありまして、それでようやくゼルコバに戻ったとこなんですよ」

 

「それで今夜は軍団員みんなで焼肉やーって盛り上がってたの~♡」

 

さゆ=りんはモビルスーツの両手を使って器用に「♡」マークを作った。

カ=リンもその動きに同調して同じように「♡」マークを両手で作った。

 

「え~いいなぁ~、私の部隊はまだみんなでご飯行ったことないのにー」

 

「うちの軍団は結束力が違いますもんね、軍団長?」

 

「あの二人にも早く報告してあげやんとな~♡」

 

サユ=リンがそう言うと、思い出したようにマナ=ツーは回線をつなぎ始めた。

 

「あっ、ちょっと待ってね・・・あー、あー、こちらマナ=ツー大尉です、マレスケ聞こえますか?」

 

「・・・こちらミサ=ミサです、マナ=ツー大尉、どうかしましたか?」

 

ブリッジはみんな戦闘準備で忙しい中、何か悪い報告が入ったかと思っていた。

 

「みなさん、なんとなんと、さっき赤いモビルスーツが二機、戻ってきちゃいました~♡」

 

そう言ってマナ=ツーはモビルスーツのメインカメラで収めた写真をモニターに流した。

赤いアップル二機が戻ってきたことで、残りの軍団員の二人は涙を流して喜んでいた。

 

「艦長、アップル二機、無事に帰還してきたようです!」

 

「そうか、無事だったか、よかった」

 

ノーマルスーツを着て戻ってきたジュード艦長は安堵の表情を見せた。

二人が行方不明になっていたことで一番責任を感じていたのは彼だった。

二人が帰ってこなかった時、彼は心の底では責任を感じていたが、

それを決して他の乗組員に見せることはなかった。

まだ戦争は続いていて、気を緩めることはできなかったからだ。

なんにせよ、明るいニュースが舞い込んできたことは救いだった。

 

 

・・・

 

 

「聞いた?

 アップルが帰ってきたって!」

 

ミリオン=ラブ達にも同じ回線で音声は届いていた。

戦いの最中とは言え、仲間が生きていた報告は彼女達を元気付けた。

 

「何はともあれよかったね。

 まああの二人がそう易々と死ぬとは思ってなかったけどさ」

 

ザキ=レナも表には見せないが、内心はホッとしていた。

基本ベースがツンデレなのだ、彼女の場合。

 

「あの二人が・・・よかった・・・」

 

ワカ=ムーンも黒いノギダムと対峙しながら朗報を聞いていた。

誰も彼女達のことを敢えて口にしなかったのは、悪い結果を信じたくなかったからだった。

そして、その悪い結果が杞憂に終わってくれたことが、何よりも心を軽くさせた。

 

「・・・よし、これで心が晴れた、あとはあなただけです、マイ=シロイシ少佐!」

 

ワカ=ムーンは希望が膨らんで行くのを感じていた。

物事が好転した時には、人は気持ちが強くなる。

何事もうまく行くような、そんな気分がどこかしらからやってくる。

その波に乗っていけるような気がしていたのだが。

 

「・・・マナ=ツー・・・?」

 

目の前でヨシツネが構えていると言うのに、ノギダムはどこかよそ見をしていた。

ワカ=ムーンが開いていた回線に乗って、僅かながらマナ=ツーの声が彼女に届いてしまった。

 

「・・・しまった、マイ=シロイシ少佐、今のは空耳だ、あなたの相手はこの私だ!」

 

ヨシツネは上段の構えで斬りかかったが、ノギダムに軽く弾かれてしまった。

もはやノギダムは辺りをキョロキョロと見回し始め、ヨシツネの事など気にもかけなくなった。

 

「・・・マナ=ツー・・・どこにいる、マナ=ツー!!」

 

マイ=シロイシが激怒していた声は、ワカ=ムーンの回線を通じて、今度はマナ=ツーのオフショルまで聞こえてきた。

 

「えっ、なんで!?

 どうして私の声を聞くだけで怒っちゃうの!?」

 

「普段の行いのせいだろ、自分の胸に聞いてみろ!

 マナ=ツーの存在すべてが強化人間のトリガーになっているんだ!」

 

「・・・どこに隠れてんだって聞いてんだよ・・・」

 

マイ=シロイシ少佐はレーダーやカメラを見ながらマナ=ツーを探しているようだった。

 

「ダメだ、とにかくマナ=ツーはもう喋るな!」

 

ワカ=ムーンはモニターを操作してマナ=ツーとの回線を切ろうとしたが。

 

「・・・あー、どこにいるかわかっちゃったー・・・」

 

身の毛もよだつ恐ろしい声が聞こえてきたと思うと、

黒いノギダムはビームナギナタをしまってビームライフルに持ち替えた。

そして、ものすごいスピードでマレスケを挟んで反対側の空域にいるマナ=ツーの方向へ向かって行った。

 

「ダメだ、ミリオン、ドローンで動きを止めるんだ!」

 

ワカ=ムーンは自分よりもマレスケ側に控えていたミリオン=ラブにそう叫んだ。

ヨシツネも全速力で黒いノギダムの後を追いかける。

 

「いけ、ドローン!」

 

ミリオンはドローンノギダムの背中についていたドローンを遠隔操作で黒いノギダムに向かって飛ばした。

それと同時に自分もビームライフルを構えて威嚇射撃を行う。

 

「・・・ちびっこが、邪魔するなって言ってんだろ!」

 

「・・・あんな人ですけど、一応リスペクトしてるんで!」

 

ドローンは黒いノギダムにまとわり付くように高速で追いかけながら回転して爆弾を飛ばす。

黒いノギダムは今までに見たことのない攻撃に、流石に少し怯んだ。

そしてミリオンが同時に放ったビームライフルの射撃を交わした分だけ、僅かにドローンに対する反応が遅れた。

黒いノギダムはシールドで爆弾を防ぎながらドローンを回避しようともがく。

 

「・・・なんだこれ、虫みたいなうるさいやつ・・・!」

 

黒いノギダムはさっさと突破してしまいたいところが、ドローンにまとわりつかれてどうしても突破できない。

その間に、前方からミサイルが連続して飛んでくる、その数は5、10、15、20、、、止む気配がない。

マイ=シロイシは、もしや自分のセンサーが壊れたかと錯覚したほどだった。

ノギダムに搭載されている高性能センサーは、レーダーにミサイルやビームなどの熱源を察知すると、

ピピピという音声とパイロットに直に伝わる振動で、その攻撃を知らせてくれるシステムだった。

それが止むことなく音が鳴り続け、振動が次々とマイ=シロイシに伝わってくるのだから、なんだか恐ろしい。

だが、それは故障などではなく、すべて前方のZノギダムから放たれたミサイルだった。

しかも数が多いからと言って、決してでたらめに撃ってくるわけではない。

ザキ=レナは事前に用意したシナリオによって、ミサイルの撃つ位置をすべて計算していた。

巧妙に仕掛けれられた攻撃は、躱すことができず、やがてノギダムのシールドを吹き飛ばした。

たまらず、ノギダムは後退しながらミサイルをビームナギナタで切り払って防ぐ。

だが、そこへまたドローンがまとわりつき、ミリオンがビームライフルで追撃してきた。

二機のモビルスーツが止むことなく攻撃をしてくるので、さすがのマイ=シロイシでも前に進めない。

高性能センサーがあまりに高性能すぎて酔いそうになったので、彼女は舌打ちをしながらセンサーを切った。

 

「ああっ、指が腱鞘炎になりそう・・・。

 このモビルスーツ、ミサイル撃つ方も結構大変なんだけどー!」

 

ザキ=レナは止むことなくコックピットについている発射ボタンを押し続けた。

途中で一体自分が何をしているのかわからなくなりかける事もあった。

 

「いいぞ、二人とも!」

 

ワカ=ムーンは二人が足止めしてくれている間に、ノギダムの背後に追いついた。

ビームナギナタで頭部を狙った時、手応えはあったが、間一髪で急所を交わされた。

逆に間合いが詰まりすぎてしまったために、ヨシツネは脇をなぎ払われてしまった。

背中についていたブースターの右側が爆発し、うまくモビルスーツのバランスが取れなくなった。

 

「ううっ、やられた!」

 

「ワカ=ムーン大尉、退がってください!」

 

ミリオンの乗るドローンノギダムがビームサーベルを抜いて次の一撃を受け止めた。

背後からドローンが攻撃してくるために、黒いノギダムはまた距離を取らなければならなくなった。

 

「・・・こいつ、ほんと鬱陶しい!」

 

ドローンの攻撃をビームナギナタで薙ぎ払っていると、切ったはずのセンサーがまた作動し始めた。

パイロットの安全を守るために、あまりに高性能に作られているので、一定時間経つと自動的にまた作動するシステムだ。

それは案の定、Zノギダムからの集中砲火に対する警告だったが、バグかと思われるほど連続で起きる振動と音声。

例えるならば、ラインで無駄にスタンプを連打される腹立たしさに似ていた。

 

「・・・胃もたれすんだろが!」

 

マイ=シロイシは怒りに任せて拳でコックピットのセンサー回路を叩き壊した。

バキッという鈍い音がして、高性能センサーはその作動をようやく止めた。

 

そして次の瞬間、振り向きざま、大ぶりで払ったビームナギナタは数発のミサイルを同時に一撃で破壊した。

だが、後から飛んできた2、3発の追撃が爆風を突き抜けて来るのを躱しきれずにノギダムはたまらず腕で防ぐ。

立ち止まると的にされてしまうので、黒いノギダムは常に動いていなければ攻撃を躱しきれない。

 

「ミリオン、挟み撃ち!」

 

「追い込むから、構えてて!」

 

ザキ=レナは残りのミサイルが20発程度になっていることに気がついた。

次の攻撃で仕留めなければ、さすがのZノギダムでも弾切れを起こしてしまう。

相手を確実に仕留めるためには、前後から挟撃してしまうことが最も有効だと考えた。

 

「あの子たち、強くなった・・・」

 

ブースターが壊れたワカ=ムーンは、ヨシツネの機体バランスをなんとか保ちながら戦闘を見ていた。

新しいモビルスーツであるという優位性はあったが、自分にしかできないやり方で色々と策を練るようになった。

彼女たちもまた、ニュータイプ部隊で成長し続けているのだと、ワカ=ムーンは確信した。

 

黒いノギダムの進路を巧妙にドローンが塞ぎ、常について来るのを振り切れない。

ビームライフルの威嚇射撃で退路を断ちながら、ミリオンは相手をうまく追い込んでいく。

 

「・・・このタイミングしかないでしょ!」

 

ザキ=レナはドローンが追い込んでくれたおかげで、真正面から黒いノギダムを捉えることができた。

そして、ロックオンしたまま残りの全部のミサイルを一斉に発射させた。

20発のミサイルが次々と相手に向かっていき、退路が見当たらない。

 

「・・・捉えた!」

 

ノギダムはついにドローンをなぎ払ったが、それは囮だった。

注意をそちらに向けているうちに、ミリオンは前方からビームライフルを撃ってきた。

背後からは大量のミサイルが飛んできていることに気づいたマイ=シロイシは、

流石に逃げる時間などないということをすぐさま直覚した。

 

「・・・」

 

これは確実に捉えたと思った瞬間、黒いノギダムは冷静に上段の構えを取り、

前方から向かって来るビームをビームナギナタで真っ二つに切り裂いた。

切り裂かれたビームは砕け散り、そのまま黒いノギダムの後方から飛んで来る20発のミサイルにシャワーのように降り注いだ。

黒いノギダムの後ろには大きな音を立てて、最後の打ち上げ花火のような美しい爆発が起こった。

爆風に包まれたノギダムが姿を現したが、薙刀を振り下ろした姿で全くの無傷だった。

 

「・・・いやいや、ありえないでしょ・・・」

 

ザキ=レナは曲芸のような方法で挟撃を躱したノギダムに感動すら覚えていた。

ミサイルの発射ボタンを押しても、もうミサイルは1発も残っていなかった。

 

「・・・そんな無茶な・・・」

 

ミリオン=ラブは前方でゆっくりと直立の姿勢になった黒いノギダムを見つめていた。

ノギダムの性能もさることながら、このパイロットの精神力の強さと美しさのようなものを見た気がした。

 

「・・・強くなりたいなら、無茶をするの・・・」

 

ミリオン=ラブは回線から聞こえてきたマイ=シロイシの声にハッとした。

その声は、先ほどまでの凶暴な彼女の声ではなく、優しくて暖かい先輩の声だった。

 

「ワカ=ムーン大尉、この勝負、引き分けね」

 

そう言ってから、ノギダムは方向を変えて猛スピードで飛んで行った。

あっけにとられすぎて、もう誰も彼女を追う力は残っていなかった。

 

「・・・マイ=シロイシ少佐、やはりまだ完全に正気を失っているわけではないようだな」

 

「ミリオン、聞いた、さっきの声?」

 

「うん、いつもの優しいシロイシ少佐だったよね」

 

三人は呆然としたまま飛び去っていくノギダムの様子を見つめていた。

コックピットに座ったまま、ワカ=ムーンはパイロットスーツのヘルメットを取っていた。

 

「・・・この状態で引き分けだって?」

 

そう言いながら、ワカ=ムーンは少し自虐的に鼻で笑った。

脱いだヘルメットを腹の前で抱えていると、そこに落ちる光るものがあった。

 

「・・・そう言ってくれる、あなたの強さと優しさに、完敗ですよ・・・」

 

ワカ=ムーンは脱力して椅子の背もたれに倒れかかった。

彼女は震えながら落ちる涙を止められなかった。

 

 

・・・

 

 

「ノギダム、こちらに急速接近中!」

 

マイ=チュンが慌てたように叫んだ。

三機のモビルスーツの攻撃を一機で切り抜けたマイ=シロイシ少佐の乗るノギダムは、

猛スピードで別の空域に移動しようとしていた。

 

「機関砲で威嚇しろ、艦に近づかせすぎるな!」

 

「いえ、違います、ノギダムの進路の先にいるのはオフショルです!」

 

ミサ=ミサはノギダムの進行方向から目標物を割り出した。

どうやらマレスケはオフショルの場所へ向かう通過点に過ぎないようだった。

 

「艦を無視してまで一機のモビルスーツを狙うとは・・・」

 

その戦略性のなさに、ジュード艦長は強化人間の滑稽さを思った。

何かを頭に刷り込まされ、催眠術のように意識をコントロールされてしまった強化人間は、

もはや人間としての尊厳を失ったおもちゃに過ぎない。

彼女は連邦軍から逃げ出してきたのかもしれなかったが、

連邦軍もまた、持て余した彼女を放出したのかもしれない。

彼女はただそのニュータイプとしての戦闘能力に目をつけられた。

連邦政府は、その利用価値しか見えていなかったのだろう。

 

「艦長、どうします、撃ちますか?」

 

サユ=リン部隊の少女が尋ねた。

彼女達はマレスケの中で機関砲を担当していた。

艦には十分な人員すら足りていない。

 

「撃つしかないだろう・・・今となっては誰があのノギダムを止められると言うんだ。

 できうる限りの手を尽くすしかない、艦に近づけさせるな!」

 

マレスケの乗組員達は閉じていた機関砲をオープンさせ、

手動でノギダムに対して攻撃を始めた。

動き回る小さな的を狙うのは難しく、当てるのは至難の技だった。

モビルスーツに対しては、やはりモビルスーツで立ち向かうのがセオリーである。

だが、艦は逆に的が大きく、モビルスーツに接近されてしまうと防ぐ手段がない。

 

 

・・・

 

 

「うわー、やっぱマイちゃん強いなー」

 

モビルスーツ倉庫でモニターを見ていたズミリー=リングイネがそう言った。

自分たちが必死に準備したモビルスーツでも、ノギダム一機を止めることはできなかった。

その悔しさがあるはずだが、彼女は時にあっけらかんとその敗北を認めてしまう。

だが、そのカラッとした性格が、彼女が人に愛される魅力でもあった。

 

「ヨシツネもZもドローンも、性能ではノギダムに劣るから仕方ないけどねー」

 

ゴン=リザが三機のフォローをした。

メカニック達だけがわかる性能分析もある。

 

「でも、やっぱマイちゃんは気合入ってるよ、いつもそうだもん。

 普段は結構気さくな感じだけどさー、いざ戦場に出ると顔が違うもんね。

 本当は怖いこともいっぱいあるだろうけど、絶対に顔には出さないプロ根性があると言うかさー」

 

ズミリーは腕組みをしながら感心していた。

だが、そろそろ自分達の身の危険の心配もしなければならない。

マレスケに残っていたのはサユ=リン部隊のアップル2機と、紫色のノギダムN46だけだった。

 

「アップルの整備続ける?」

 

ゴン=リザがモニターを眺めていたズミリーに尋ねた。

自分達にできるのは、残っているモビルスーツを万全の状態にしておくだけだった。

 

「それしかないかもねー。

 でも今更これ出しても、申し訳ないけどノギダムは止められないと思うなー。

 パイロットの危険を考えたら、ジュード艦長も簡単には出撃命令出せないと思うよー」

 

サユ=リンとカ=リンを失ったと思っていたジュード艦長は、

これ以上過ちを繰り返したくない配慮からか、残されたアップル二機を使っていなかった。

パイロット達はやる気を見せて、いつでも出させてくださいと言ってきたが、

ジュード艦長は気乗りしなかった、これ以上乗組員を無駄死にさせたくなかったからだった。

 

「・・・じゃあさー、ノギダムN46はどうする?」

 

「えー、あれかー、悪いけど、あれも何もいい武器持ってないんだよねー。

 うちらから見てさ、正直ジュード艦長があれ買ったのすごい微妙じゃない?

 在庫処理で売れ残り品を押し付けられたって感じがすっごいするもん」

 

ズミリーは渋い顔をして腕を組んでそう答えた。

ゴン=リザがノギダムN46の方を眺めると、地面に座り込みながら何かをいじっているアヤメの姿が見えた。

 

「・・・アヤメちゃん?」

 

「あー、アヤメちゃん、さっきからずっとあのノギダムのこと調べてるみたい。

 やっぱアヤメちゃん、パイロットよりこっちの方が向いてるかもねー」

 

親戚の子の進路について考えるような口調でズミリーはそんなことを言った。

ゴン=リザはずっと黙々と作業している健気な女の子が割と気になるようなところがあり、

作業を続けていたアヤメの方へ話しかけに行くことにした。

 

「ア~ヤメちゃん?

 なんかわかってきたー?」

 

ゴン=リザはきっと何もわかっていないと予想していたが、

何か見つかれば良いという期待を込めてそんな風に尋ねてみた。

 

「そうですね、全ての謎が解けた訳ではないんですが・・・」

 

「えっ、何これ、光ってる!?」

 

アヤメが装甲板に触れて意識を集中させると、ノギダムN46の機体が紫色に光った。

ゴン=リザが同じようにやってみたが、やり方が良くないのか今度は光らなかった。

 

「何これ、どういう仕組み?

 アヤメちゃんにしかできないとか?」

 

「いえ、誰でもできます、ちょっとしたコツがいるだけで」

 

アヤメはそう言ってまた装甲板に触れてみた。

やはり同じように機体が紫色に光った。

 

「コツって、どういうコツ?」

 

「心にイメージを思い浮かべるんです。

 それで、この子に話しかけるようにすれば、ほら」

 

アヤメが触ると、何度でもノギダムN46は光を放った。

ゴン=リザも手ほどきを受けて何度がやってみると、アヤメほど上手くはいかないが、

それでもノギダムN46の機体をわずかに光らせることができた。

 

「あっ、光った~!

 なんで、これどういう仕組み!?」 

 

「わかりません、でも話しかけるようにするのがコツです。

 うん、そう、そっか、あなたも倉庫で一人だったから、きっと寂しかったのね」

 

アヤメはそう言ってモビルスーツに話しかけながら装甲板を撫で始めた。

それはまるで、犬型ロボットに話しかけながら頭を撫でるのに似ていた。

彼女はこれらの機械をまるで本物のペットのように「可愛い」と思える感性を持っていた。

 

「うん、そっかそっか、そうだよね、君はエンジンの裏の部分がユニークなデザインをしてるよね。

 みんなは紫色の見た目のことばっかり言うけど、実は見えない部分も凝ってるんだもんね。 

 そう言うところをわかってほしいんだ、うん、わかる、そうだよね、私もそう思うなー」

 

ゴン=リザはアヤメがまるでモビルスーツと話をしているような様子を一部始終見守っていた。

モビルスーツは、まるでアヤメに応えるように光を放ったり、点滅したりした。

ゴン=リザは、何も言わずにその場を離れて、またズミリー=リングイネのいるTVモニター前に戻ってきた。

 

「あれ、どしたの?」

 

「・・・アヤメちゃんが壊れた。

 あれ、休ませてあげた方がいいんじゃないかなー?」

 

二人は遠くからアヤメの方を見つめた。

彼女はまだノギダムN46の装甲板を撫でながら一人で座っていた。

 

 

・・・

 

 

 

「艦長、ノギダムの動きが速すぎて当たりません!」

 

機関砲はノギダムを艦に近づけさせないくらいは役に立ったが、

その動きを止めることは到底できなかった。

砲撃手の少女達は、ノギダムの動きを追うことに目を回してしまった。

 

「当たらなくてもいい、少なくともそのまま撃ち続けろ」

 

「放っておけばいい、ノギダムはマレスケなど眼中にないよ」

 

ジュード艦長よりも高い席に座っていたアキ=モト将軍が初めて口を挟んだ。

将軍の地位は剥奪されていたが、礼を失することがないよう、

ジュード艦長は彼をその席に座らせることを決めた。

だが、作戦に口を挟まないでもらう、と言う暗黙の了解で。

 

「失礼ですが、ノーマルスーツを着用して下さい。

 この艦に穴でも開けられて酸素が漏れてしまったら危険です」

 

「大丈夫だよ、俺の心配は無用だ」

 

彼はあまりに冷たくぴしゃりと言い放ったので、

ジュード艦長もそれ以上構うのはやめた。

 

「ジュード艦長、私たちがアップルで出ます!」

 

「ジュード艦長、私たちにも戦わせて下さい!」

 

サユ=リン部隊の二人は艦長にそう志願した。

だが、ジュード艦長はその申し出を迷った末に却下した。

 

「ダメだ、お前達がかなう相手じゃない。

 命を無駄にするようなものだ、艦の中でも仕事はたくさんある」

 

その言葉を聞いていたアキ=モト将軍が鼻で笑ったのがわかった。

だが、ジュード艦長は自分の決断を曲げることはなかった。

そして、すぐさま次の命令を出して自分にも周囲にも迷いを与えなかった。

 

「マナ=ツーとサユ=リンの二人をノギダムに当てろ!

 三期生パイロットは手を出すな、命が惜しかったらな」

 

手元の受話器でそう伝えた後、彼は椅子に座り込んだまま黙ってモニターを見つめた。

 

 

・・・

 

 

「マナ=ツー大尉、サユ=リン少佐、ノギダムがそちらに向かっています。

 二人で迎撃して下さい、カ=リン少尉は三期生パイロットをまとめてノギダムから離れて下さい」

 

ミサ=ミサはジュード艦長の命令を回線で伝えた。

 

「えっ、もうこっちに来てるの!?」

 

マナ=ツーは驚いた様子でそう言った。

アンクレットで黒いノギダムに襲われたことをまだ鮮明に覚えていた。

声だけであんなに怒らせてしまったのだから、また出会ってしまったら大変なことになる・・・。

 

「えっ、マナ=ツー、マイちゃんに怒られるようなこと、なんかしたん?」

 

「いや、私は何もしてないはずなんだけど・・・」

 

そんなことを話していると、見えない向こう側からビームライフルが飛んで来た。

二機はそれぞれ反対方向に別れるようにそのビームを避けた。

こういう場合のセオリーとして同じ方向に逃げるよりも、別の方向に別れるほうが戦場ではやられる可能性は低かった。

敵に対しても迷いを生じさせることができるメリットもある。

 

だが、この場合は逆効果だった。

相手は間違いなくマナ=ツーを狙って来ていたので、

二手に分かれたとしても、ノギダムはオフショルの方を追いかけて来た。

サユ=リンは相手が追いかけて来ないので、逃げるのをやめて逆にノギダムを追いかけた。

 

「なんで私の方ばっかり追いかけてくるの!?」

 

「・・・わかんないんだったら、自分の胸に手を当てて聞いてみれば・・・?」

 

回線からマイ=シロイシ少佐の冷たい声が聞こえて来た。

静かに怒っているのも、また別の怖さがあってマナ=ツーは寒気がした。

 

ノギダムはオフショルに接近し、ビームナギナタを肩に振りかざした。

オフショルの肩についている装飾の部分が損傷を受けた。

 

「うわっ、やめて、ノギダム!」

 

「・・・戦場にそんなふざけたモビルスーツで出てくるからだろ!!」

 

ノギダムはまたビームナギナタで足を払った。

足にクリーンヒットして、オフショルは足の回路が切れた。

 

「オフショル、右肩と左足に損傷!

 これ以上やられるとパイロットに危険が及びます!」

 

マイ=チュンがオフショルの損傷具合をデータにしてモニターに映した。

 

「マナ=ツー、どうしたの!?

 逃げてばっかりじゃなくて、反撃しなきゃあなたがやられるわよ!」

 

ミサ=ミサは思わず感情的になって叫んでしまった。

マナ=ツーだってニュータイプであり、その射撃力には賛否両論ながら定評があった。

 

「えっ、だって撃ったら、多分もっと怒らせちゃうし・・・。

 それに、私、マイ=シロイシ少佐と戦いたくなんかない・・・」

 

マナ=ツーの声はかなり真剣なトーンだったのだが、

目の前に近づいて来たノギダムはモビルスーツの外観からでも怒っているように見えた。

 

「・・・ああ、なるほど、次はいい子ぶって好感度あげようってわけか。

 でも、残念ながら、それも計算ってことよね?

 まったく、どこまであざといんだか!」

 

マイ=シロイシ少佐は何を言っても聞く耳を持たなかった。

武器も持ってない左手の拳で傷ついた肩をパンチし始めた。

もはや攻撃というよりは弱い者を痛ぶっている状況に近かった。

 

「ねえ嘘じゃないって!

 本当なんだってば、お願い、信じてよー!」

 

マナ=ツーが必死にお願いをすると、ノギダムの反応が少し遅れた。

何が起きたのかと、マナ=ツーはそのわずかな変化に神経を研ぎ澄ませた。

 

「・・・本当に本当?」

 

今までとは違う、柔らかい返答が来た。

感情を込めての説得が強化を弱めているのか。

 

「うんうん、本当に本当に本当!」

 

あんなに怒っていたはずのノギダムが「信じる」という言葉に反応して態度を軟化させた。

どうやら、強化人間は完全にはコントロールし切れないらしく、何かの弾みに強化も緩んでしまうようだった。

 

「・・・じゃあ、今後はもうふざけたモビルスーツのデザインしない?」

 

「・・・うん!!

 しないしない!

 絶対にしない♡」

 

マナ=ツーは畳み掛けるように声を出して反応した。

強化が溶けようとしているのを後押ししたかったのだ。

 

「・・・じゃあ、もうしないって、約束できる?」

 

その言い方は、もはや昔の優しかったマイ=シロイシ少佐そのものだった。

彼女が怒っていた原因さえわかってしまえば、そのポイントだけ気をつけることができれば、

強化されている人間でも分かり合えることができるものなのだとマナ=ツーは思った。

同じ人間だから話せばわかる、とはとてもいい言葉だなとマナ=ツーは感激した。

 

「うんうん、絶対しない、約束する~♡」

 

「え~本当かなぁ~?」

 

「本当だって!

 じゃあ指切りしてもいいよ♡」

 

そう言ってマナ=ツーはふざけてモビルスーツで小指を差し出した。

その仕草がおかしかったのか、マイ=シロイシ少佐も少し笑いながら、

同じようにノギダムの指を操作して小指を前に差し出した。

 

「・・・あっ?」

 

「・・・どうしたの?」

 

「・・・これ」

 

「・・・えっ、うそ!」

 

二機のモビルスーツが指切りをしようとした時、

マイ=シロイシはオフショルの小指が赤く光っているのが見えた。

 

「・・・さっき、もうしないって言ったよね?」

 

マイ=シロイシ少佐の声質の変化はすぐにわかった。

穏やかに収まっていたはずの波が荒ぶり始めた。

 

「いや、これ、私、知らないし!

 ちょっと、なんで、こんなとこに赤い色が塗られてんの!?

 えっ、私本当に知らないから!」

 

「・・・またそーいうこと言う・・・」

 

「違うって、本当に知らないんだってば!」

 

マナ=ツーは焦りながらモビルスーツの腕を後ろに引っ込めた。

ノギダムはその隠した手首を掴んで前に捻り出した。

 

「・・・これやめろって前に言ったよね?」

 

言葉と同時にノギダムの握力が強くなっていく。

手首は強く握られたせいで配線が内部で断絶した。

 

 

・・・

 

 

「やばい、マイちゃんまたキレちゃったよー」

 

TVモニターを見ながらズミリー=リングイネはボソッと呟いた。

そばで一緒に見ていたゴン=リザの様子が若干おかしい。

 

「あれ、リザちゃんどうしたの?」

 

「・・・マナ=ツーごめん、あれ私が塗っちゃったの・・・」

 

ゴン=リザは両手を合わせてTVモニターを拝むようにそう言った。

もちろん、いくら拝んだところでマナ=ツーには声は届かないが。

 

「えっ、なんでー!?」

 

「単純に、マナ=ツーが喜ぶと思ったから。

 なんか前から自分の部隊にだけわかる識別方法が欲しいって言ってて、

 じゃあアップルの塗装用の赤も残ってたし、これくらいいいかなーと思って、この間・・・」

 

二人は顔を見合わせたまましばらく黙ってしまったが、

また何事もなかったようにTVモニターの方へ視線を戻した。

 

 

・・・

 

 

「ほんと、あざといの通り越して、人として最低ね」

 

手首を潰されたオフショルは、これで両腕とも使えなくなった。

そして、目の前にはもう止められないほど激怒しているマイ=シロイシ少佐の乗るノギダムがいた。

 

「・・・私、ホントにやってないんだってば・・・」

 

マナ=ツーはコックピットの中でうなだれていた。

昔、子供の頃読んだ童話でオオカミ少年というのがあったことを思い出す。

まさか大人になって自分がその少年と瓜二つの状況に置かれるとは思いもよらなかった。

 

「この期に及んで、まだそんな言い訳する気?

 証拠は上がってんだろ、私のことナメてんの?」

 

「・・・ナメてないです」

 

「いーや、ナメてる」

 

もう何を言っても効果がなかった。

人は、一度失った信頼を取り戻すのは難しい。

 

 

その頃、マレスケを挟んで反対側にいたミリオン=ラブ大尉とザキ=レナ大尉は、

ワカ=ムーンのヨシツネをマレスケに帰還させるべく二機で運んでいた。

 

「あれっ、そういえばさ、ドローンノギダムの左手の小指のとこ、

 なんか赤い色がついてるんだけど、それ何?」

 

ザキ=レナが素朴な疑問を口にした。

特に悪気があったわけでもない。

 

「えっ、うわっ、本当だ、これ何ー?

 えーなんか超恥ずかしいから嫌なんだけど、今まで全然気づかなかったー」

 

ミリオン=ラブはメインカメラで小指を何度も確認していた。

そして不満げに眺め、帰還したら落としてもらおうと考えていた。

 

 

・・・

 

 

「うん、そっか、そうだよね、こんなの勝手につけられて、嫌だったんだよね」

 

アヤメは相変わらずノギダムN46と対話しながら作業をしていた。

今は何やら左手の小指についていた汚れを磨いて落としているようだった。

紫色のボディに、なぜか小指だけ赤色で、かなり妖艶な感じになっていた。

それはアヤメの好みとも違ったので、その汚れを落とすことに決めたらしい。

それが嬉しかったのか、ノギダムN46は何度も点滅を繰り返していた。

 

その汚れを落としきった後、少し休憩に入った。

そこでようやく彼女は、周りの状況が理解でき始めた。

先ほどまで作業に没頭しすぎていて、無我夢中になっていたのだ。

 

(・・・そういえば、私以外はみんな戦場に行っちゃったけど、大丈夫かな・・・)

 

あたりを見回しても、モビルスーツ倉庫はもうひっそりとしていた。

残っていたのはアップル二機とノギダムN46だけであり、

結局は赤と紫で妖艶な感じの雰囲気が残されていた。

 

「アヤメ、タイチョウ、キケン、アヤメ」

 

側で眠っていたはずの犬型ロボが駆け寄ってきてそう告げた。

何のことを言っているのか最初はよくわからなかったが、

犬型ロボがズミリー=リングイネとゴン=リザがいる方向を見たので、

どうやらTVモニターに映っている戦況のことを教えてくれたらしいとわかった。

 

「マナ=ツー、あれだけ至近距離でノギダムが油断してるんだから、

 このタイミングこそ肩と膝に隠してあるミサイルを撃てばいいのに。

 オフショルのデザインは相手を油断させる為でもあるんだけどな」

 

ゴン=リザがモニターを見ながら歯がゆそうに言った。

オフショルというモビルスーツの性能は決して低くはない。

それは設計や整備をしていた彼女達が一番よくわかっていた。

 

「まあ、それは無理だと思うよー。

 マナ=ツーは優しいからさー、多分マイちゃんは撃てないよ」

 

ズミリー=リングイネは腕を組みながら首を振った。

長年付き合ってきた経験から、パイロットの性格は知り尽くしていた。

 

「自分がこのままやられちゃっても?」

 

「うーん、多分、それでもマナ=ツーは撃たないと思うなー」

 

アヤメはいつの間にか二人のそばまでやってきて同じようにモニターを見ていた。

自分の部隊長が黒いノギダムに今にもやられそうになっている姿を目撃した。

 

 

・・・

 

 

「もういい、こんなハレンチなモビルスーツなんて、

 第46部隊の恥だから、ここで消えてもらうわ」

 

ノギダムは持っていたビームライフルをオフショルの胸元へ当てた。

ハートを撃ち抜こうとしているのだ、それはオフショルの得意技だったが、

このやり方で始末しようとしたのは、マイ=シロイシ少佐なりの皮肉だった。

 

「マイ=シロイシ少佐、やめて・・・」

 

マナ=ツーは懇願したが、時すでに遅しだった。

オオカミ少年を助けてくれるものは誰もいない。

 

「自分の行いを反省しなさい」

 

ノギダムはビームライフルのトリガーを引いた。

至近距離で発射されたビームはエンジン部分に引火して爆発を起こす。

ノギダムは爆発に巻き込まれないように打つと同時にライフルを捨てて後ろに逃げていた。

オフショルは爆発して鮮やかな閃光の源となった。

漆黒の宇宙空間に光が浮かび上がる。

遠方に離れているモビルスーツや艦隊でも、その爆発は視認できた。

 

「あれ、誰かがやられた!?」

 

ザキ=レナが爆発を発見してそう叫んだ。

ワカ=ムーンは動かないヨシツネのコックピットの中でうなだれた。

 

「マナ=ツー大尉、すまん、私の力不足のせいで・・・」

 

「うそ・・・マナ=ツー大尉がやられるなんて・・・」

 

ミリオン=ラブも信じられない光景に声が出なかった。

いつもはいい加減な先輩だと思っていたけれど、

こんなことになってしまうと、悲しみが心の底から沸き起こってくる。

 

 

「あちゃー、ダメだったかー」

 

ズミリー=リングイネも目を伏せながらそう言った。

悲しみを隠そうと明るく振る舞う彼女でも、

流石にそんな光景は目視していられなかった。

 

「いや、まだ生きてる!」

 

側で見ていたゴン=リザはそう言った。

ズミリー=リングイネはその声を聞いて顔を上げた。

TVモニターには、顔だけになって浮遊しているオフショルの姿があった。

 

「えっ、まさかオフショルって、頭にコックピットがあったの!?」

 

ズミリーは驚いたようにそう叫んだ。

オフショルはゴン=リザの担当だったので詳しいことは知らなかったのだ。

 

「うん、オフショルの最大の特徴は大きな頭だけで分離して活動できること。

 それによって、緊急時にパイロットを守ることができるの。

 大抵のモビルスーツのコックピットはおへそのあたりにあるけど、

 オフショルは頭の装甲を一番丈夫にしてるし、コックピットをそこに設けてる。

 その分、頭が大きくなっちゃってるけど、それはご愛嬌ってことで」

 

アヤメはその様子をモニターで見ていた。

そんな構造になっていたことはアヤメも知らなかったのだ。

改めてモビルスーツは奥深いものだと感じるとともに、

マナ=ツーがまだ生きていたことに安堵した。

 

「・・・どこまでも私をバカにして!」

 

ノギダムは頭だけで逃げていくオフショルに腹を立て、

背中に抱えていたビームナギナタを取り出して投げた。

ナギナタは一直線にオフショルの頭をめがけて飛んでいく。

 

「えっ、まだ来るの!?」

 

マナ=ツーは後ろからナギナタが飛んできたことに驚いた。

そして、頭だけになったオフショルから最後の緊急脱出ボタンを押した。

ナギナタが頭に直撃する寸前に、マナ=ツーは球体状の脱出ボールに乗って頭から離れた。

オフショルの頭はナギナタが直撃してまたもや爆発の光を生んだが、

マナ=ツーは間一髪で脱出し、その脱出ボールはカ=リンのアップルがうまくキャッチした。

 

「マナ=ツー大尉、大丈夫ですか?」

 

「カ=リンちゃん、ありがと・・・私もうダメかと思った」

 

カ=リンに上手く拾ってもらえたことで、安心したマナ=ツーは気を失った。

 

カ=リンは冷静に状況を分析できる貴重なパイロットであり、

自分一機だけでノギダムに立ち向かうことができないことは理解していた。

そして、適切な距離から戦闘の様子を伺い、自分にできることを探していた。

彼女はパイロットよりも、むしろ指揮官になった方が良いのかもしれない。

下手な指揮官に使われて、彼女が捨て駒になってしまうのはあまりにも惜しかった。

 

カ=リンの乗るアップルは、マナ=ツーを確保したあとですぐにノギダムから距離を置いた。

そして、二手に分かれて離れていたもう一機のアップルがその間に滑り込むようにしてやってきた。

このあたりのチームワークは、さすが息が合うのである。

 

「マイちゃん、もうやめて!

 私の好きなマイちゃんは、こんな人じゃなかった!」

 

サユ=リンは悲しげな声でそう叫んだ。

ノギダムを止められる最後の希望としては、もうサユ=リンしかいなかった。

 

「・・・えっ、もしかして私が怒ってるのマナ=ツーに対してだけだと思ってた?」

 

マイ=シロイシがそう言うと、サユ=リンの頭の上には「?」マークが浮かび、

腕を組んで過去のあらゆる記憶を辿りはじめたとき、何か思いついたのか自分の手のひらをグーで叩いた。

 

「えっ、もしかして、それってあの時の事ですか・・・?」

 

「そう、第46部隊を代表して私達三人でスピーチすることになったの覚えてるわよね?」

 

 

 

・・・

 

 

まだ第46部隊が創設まもない頃、連邦軍の中でもメキメキと頭角を表していたのが、

マイ=シロイシ少佐、サユ=リン少佐、ナナ=ミン少佐の三人だった。

 

ある日、彼女たちは連邦軍のお偉方に呼び出され、部隊を代表してスピーチして欲しいと頼まれた。

連邦軍の新人や民間人の観客も多く参加する場で、三人は何か気の利いたことを話して欲しいと言われたのである。

 

真面目なマイ=シロイシは前日にしっかりとスピーチの内容を考えてきていた。

スピーチの順番は一番目がサユ=リン、二番目がナナ=ミン、そして最後がマイ=シロイシだった。

 

出番が近づいてきた時、三人は控え室で着替えをしていた。

ナナ=ミンはいつもギリギリまで寝ているので着替えに来るのが一番遅かった。

マイ=シロイシとサユ=リンが一緒に着替えをしていた時の事だった。

 

「あー、どうしよう、なんか緊張してきたわ~」

 

「大丈夫だって、サユ=リンならいけるよ!」

 

「あっ、そういえば、話す内容かぶったらあかんから聞いとくけど、マイちゃんは何言うん?」

 

「えー、私はね、ニュータイプの事について話をしようかなと思ってるよー」

 

「ふ~ん、そうなんや~、じゃあうちはそれ以外のこと言うわな~」

 

二人が着替えを終えて、やがて交代でナナ=ミンが眠そうに着替えに向かうのが見えた。

彼女はあんな風に見えてもしっかりしているので、だいたい話をする内容は二人にはわかっていた。

 

「では、話す順番はサユ=リン少佐が一番目なので、お願いします」

 

連邦軍の兵士にそう告げられ、意外に考える時間がなかった事にサユ=リンは焦った。

事前に考えてこなかった彼女が悪いのだが、とにかく話が被らないようにと思っていた。

マイちゃんはニュータイプのことを話すから、自分は別のことを、マイちゃんはニュータイプのことを・・・。

 

やがて出番がやってきた。

拍手で迎えられた三人が舞台上に現れ、サユ=リンが笑顔でテーブルの前に立った。

 

「え~、そうですね、今日うちが話したいことは・・・ニュータイプについてです♡」

 

後ろで立って待っていたマイ=シロイシはショックを受けた。

自分が昨夜必死に考えてきた題材を、あっさりと我が物のように使われてしまうなんて。

 

(・・・サユ=リン、盗りやがった・・・!!!)

 

サユ=リンのスピーチが終わると、次はナナ=ミンのスピーチだった。

その間、マイ=シロイシは別の話題を探すのに必死になっていた。

やがてそのスピーチも終わり、彼女の番がやってきた。

テーブルの前に作り笑顔のまま進むマイ=シロイシ。

 

「・・・えっとですね、今日は、そうですね・・・」

 

会場が少しざわつき始めた。

マイ=シロイシ少佐の歯切れが悪かったからだった。

話す内容がまとまっていないのかと、訝る人々もいた。

 

「・・・あのですね、人間の心の奥底に潜む黒い憎悪について、お話ししたいと思います・・・」

 

さらに会場はざわついた。

だが、その時のマイ=シロイシには、その話題の他に何も思いつかなかった。

彼女は作り笑顔のまま、淡々とその話題について話を始めた。

 

 

・・・

 

 

「え~、そんな二、三年前の話、もう時効やわ~、ネタも古いし~」

 

サユ=リンはそんなことを言ったが、マイ=シロイシ少佐には通じるはずもない。

 

「じゃあどうして今まで謝ってくれなかったの?」

 

「・・・あー、なんかー、ちょっと怖くてー・・・」

 

彼女がそこまで言った後、マイ=シロイシはもう何も言わなかった。

ノギダムは背中からビームサーベルを抜いていきなり斬りかかってきた。

アップルも咄嗟にビームサーベルを抜いてそれを受け止めた。

二機の間にビームの衝撃波がほとばしる。

 

「あーごめんなさいー!!

 食堂の牛タンも、うちが食べ過ぎたせいでチケット制になったんですー!!

 それで、他には、えっと、うんとー・・・」

 

その会話はマレスケの回線も受信していた。

ブリッジにいる誰もが無言のまま、もう誰もノギダムを止められないと悟った。

 

「艦長、最後の希望が途絶えました」

 

ミサ=ミサが悲しそうにそう告げた。

ジュード艦長も無言で何も言えなかった。

 

 

・・・

 

 

アップルがノギダムと戦いを始めた時、ゼルコバで大きな爆発があった。

コロニーの一部に大きな穴が空いて、酸素が中から漏れ出ているのがわかった。

 

「何が起きたんだ!?」

 

ふと我に返ったジュード艦長がそう叫んだ。

彼はゼルコバで突然の大爆発があった事に驚きを隠せなかった。

 

「わかりません、内部からの爆発だと思われます」

 

「連邦軍のスパイが内側から仕掛けたのか・・・!?

 いや、そんなことをするメリットなどどこにもないはずだ」

 

「・・・始まった、我々の勝ちだな」

 

まだノーマルスーツを着ないで椅子に座っていたアキ=モト将軍がそう呟いた。

 

「アキ=モト将軍・・・元上官でありながらご無礼をお許しください。

 連邦軍の将軍の職を解かれた以上、今この艦では私が艦長であり、あなたは民間人にすぎません。

 もしものことがあっては命に関わります、どうかノーマルスーツを着用してください、これは命令です!」

 

「そんな必要はない、ディスコードが稼働すれば、連邦軍など一週間で壊滅だ」

 

「だからと言って、この艦が安全だという保証はありませんよ!」

 

「・・・彼女は今、命懸けで戦ってるんだ、そんな時に俺がノーマルスーツなど着れるかね?」

 

アキ=モト将軍はそう言って椅子から動くそぶりを見せなかった。

 

「戦場で、そんなロマンチズムに浸ってる場合ですか!?」

 

ジュード艦長が怒鳴ったと同時に、またゼルコバの周辺から続けざまに爆発が起きていた。

オペレーター達は何が起きているのか、データ解析をしながら確認を急いだ。

 

「艦長、ゼルコバより出現した新型モビルスーツを確認!」

 

「連邦軍の戦艦が・・・先ほどの一瞬で三隻沈んだようです・・・!!」

 

「なんだと!?」

 

ジュード艦長はモニターに釘付けになりながら誤認ではないかの確認を急いだ。

だが、事前に把握していた艦隊は確かに三隻数を減らしていた。

それもわずか一分前の状況と比較してのことだ。

 

「やるじゃないか」

 

アキ=モト将軍は腕を組みながら嬉しそうに笑った。

この艦の中で一人だけ違う状況を楽しんでいる異分子であることすら面白いかのように。

 

「これでもう大勢は決まったも同然だ。

 連邦軍はできるだけ早くこの空域から逃げ出したほうがいい。

 ディスコードはこの宇宙を新たな段階へと進める新しい神だよ」

 

「艦長、さらに一隻の艦が撃沈!」

 

「たったモビルスーツ一機だけで連邦軍が全滅させられると言うのか!?」

 

「君達は幸運だな、ユリーナの勇姿を目の前で眺めていられるんだから」

 

アキ=モト将軍はまた腕を組んだまま軽く声をあげて笑った。

今までにない溌剌とした表情で、彼は子供のように浮かれていた。

まるでこの時のために彼の今までの全ての仕事があったかのように。

 

「・・・パイロットは、あの少女か?」

 

「君も見たことがあるか、あれはすごいよ、これからまだまだ伸びる」

 

「彼女はまだ子供ですよ、自分がやっていることの意味もわかっていないような」

 

「天才ゆえの宿命だな。

 その才能は世の中の為に使われなければならない。

 年齢などは言い訳だよ、生きた長さで何が測れるものか」

 

そんな話をしている間にも、ディスコードは連邦軍の艦隊を攻撃し続けた。

モビルスーツ部隊も次々と撃墜され続け、ついに怖気付いたパイロット達が編隊を崩して逃げ始めた。

だが、それでもディスコードは神がかったような運動性で一機足りとも逃さずに撃ち落としていく。

 

「連邦軍のモビルスーツ部隊、およそ数十機がほぼ壊滅状態です!」

 

「予想以上の出来だ、帰ってきたら褒めてやらないとな」

 

アキ=モト将軍はそう言って椅子から立ち上がった。

もう結果はわかっているので、この場を去ろうとしたのだった。

 

「あなたは何を考えていらっしゃるんですか!」

 

ジュード艦長はアキ=モト将軍にそう叫んだ。

だが彼が立ち止まる様子はなかった。

 

「手を上げて動かないでください、アキ=モト将軍」

 

ジュード艦長は去っていくアキ=モト将軍の後ろから銃を抜いて構えた。

オペレーター席のミサ=ミサがその光景を見て驚いた表情を見せた。

だが、彼女は彼女の仕事をせねばならず、ディスコードのせいで状況は目まぐるしく変化した。

席を立って何かをしていられるような状況ではなかった。

 

「ほう、私を撃つのか」

 

アキ=モト将軍はジュード艦長の方に向き直った。

手を上げろと言われたが、それには従わなかった。

 

「これはあなたがやったことです、止められるのはあなただけでしょう!」

 

「俺にあれが止められると思っているのか?

 ディスコードは新しい神だ、神の意志は誰にも止められない」

 

「違う、あの子は人間です!

 我々と同じように普通に生きる道だってあるはずだ!」

 

「あれほどの才能を棒に振れというのか。

 誰が彼女の代わりになれると言うんだ?

 そんな道を選べば彼女は後悔する、私にはわかる」

 

「そうだとしても、それはあなたが決めることではない!

 彼女自身が自分の意思で決めることです!」

 

「俺は彼女達の意思を尊重しているよ。

 その意識を拡張させてやるのが俺の仕事だ」

 

「・・・さっきの一瞬で人が何人死んだと思っているんだ!

 全ての人に家族がいたんだぞ、彼らが無事に帰ってくることを願っていた!

 人々を過度な競争や対立に煽り立て、それが何をもたらすのか!?」

 

「競争や対立のない世界などは存在しない、それが人類をよりよい道へ導くのだ。

 テーゼに対するアンチテーゼが止揚を生むように・・・。

 過保護に守ってやるだけでは人は成長しない、時には父親のように冷たく突き放すべきだ」

 

アキ=モト将軍は自説を語り続けたが、ジュード艦長は両手で銃を強く握りしめた。

 

「君は何かを勘違いしているようだ、私を撃ったところでそれは終わらない。

 他の誰かがまた同じようなことをするだけだ、君の考えていることは根本的解決にはなり得ない。

 なぜならそれは、人類が背負っている宿命だからだ、誰かがその業を背負わなければならない。

 彼女に向けられる非難は、俺が全て受けても構わんよ、彼女のためなら俺は喜んで避雷針にでもなる」

 

アキ=モト将軍はそう言って立ち去ろうとした。

ジュード艦長は震える手で銃を構えながら、また口を開いた。

 

「みんなあなたのエゴに付き合っている暇なんてないんですよ」

 

「それはどういう意味だ?」

 

アキ=モト将軍はまた立ち止まってそう尋ねた。

ジュード艦長は大きく息を吐いてから重たい口を開いた。

 

「あなたはあの少女に恋をしているだけだ・・・。

 そんなあなたの個人的なエゴに付き合っている暇はないと言ってるんです」

 

その言葉を耳にしたアキ=モト将軍はゆっくりとジュード艦長の方へ振り返った。

 

「俺があの子に恋をしているだと?

 つまらない言い方だな、ボキャブラリーの貧困もいいところだ」

 

「私の言葉が正しく的を得ていないと言うのですか?

 それならそれでも結構です、ただ男はいつでも少年のままだ。

 特にあなたのような方にとっては死ぬまでそうでしょうね」

 

「・・・俺はただ面白いものが見たいだけだ。

 退屈ほど人生の無駄はないと思っている。

 ユリーナは俺を楽しませてくれる。

 彼女が新しい神になれば、宇宙世紀に新たな秩序が生まれることになる。

 戦争を望んでいるわけではない、戦争を終わらせるために彼女がいる」

 

アキ=モト将軍とジュード艦長は睨み合ったまま動かなくなった。

銃を向けているにも関わらず、気圧されているのはジュード艦長の方だった。

 

 

・・・

 

 

ゼルコバの方で何やら奇妙なことが起きているのは、

サユ=リンやマイ=シロイシの方でも察知していた。

二人はほぼ互角の戦いを展開していたが、

どうやら連邦軍の艦隊が撃沈しているとわかると、

戦いに集中していられなくなった。

 

「・・・なんだ、何が起きているんだ!」

 

マイ=シロイシは意味がわからずに叫んだ。

この戦いを終えた後、彼女のモビルスーツを拾ってくれるのは連邦軍の艦隊であるはずで、

それが沈められているのだから、彼女にとっては他人事ではなかった。

 

「軍団長、これ結構やばいことになってます」

 

「えっ、カ=リンちゃん、どういうこと?」

 

「あれ、うちらが運んできたディスコードみたいなんですよね。

 モビルスーツの性能とかについては何も聞いてなかったですけど、

 これ運んできたってバレたら、連邦軍は相当うちらのこと恨むんじゃないですかね」

 

サユ=リンの顔色が曇った。

また予期せぬ偶然によってトラブルをもたらしてしまった自分がいた。

 

「そ、そんなん乗ってるパイロットが悪いんやんかー!

 うちら何にも聞かされてないし、ただボーッと平和に輸送してきただけやし!」

 

「とにかく、このことはひとまず他言無用で行きましょう。

 あと、多分これもっとまずいことになりそうなんで、ひとまずこの空域から離れた方がいいでしょうね。

 私はとりあえず、マナ=ツー大尉をマレスケに送り届けなきゃいけないんで先に帰りますね」

 

カ=リンは大局を見ながら、自分が取るべき動きを決定した。

勝負の勘というやつか、ここは引くべきだと思っていた。

だが、全体的には悪い予感もしていた。

あと数手で王手をかけられてしまう戦局にある気もした。

 

 

・・・

 

 

「ジュード艦長、ディスコードがこちらに向かってきます!」

 

銃を構えていたジュード艦長に、マイ=チュンがそう叫んだ。

その姿勢のまま、ジュード艦長は返事をする。

 

「こちらの識別信号がわからないのか?

 我々はゼルコバと対立する意思はない!」

 

「ディスコードのパイロットがこちらの信号を理解していません!

 無視されているのか、わかっていないのか、パイロットの反応が伺えません!」

 

ジュード艦長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら命令を出した。

 

「三期生と二期生パイロットを戦闘空域から離脱させろ。

 あのモビルスーツの近くに置いておくのは危険すぎる。

 全機の収容が済んだら、サユ=リンのアップルだけを艦の護衛に残し、

 マレスケも全速力でこの空域を離脱する!」

 

ジュード艦長が下した命令に従って、乗組員達が一斉に離脱に向けて動き始めた。

艦長は銃を握って立ったまま、アキ=モト将軍の方を再度見つめた。

 

「あなたはこうなることをわかっていて、この艦から逃げようとしていましたね?」

 

「そうではない、私はもっと近くでユリーナの活躍が見たかっただけだ。

 一足先にゼルコバに行って、やるべき仕事に着手したかったんだよ」

 

「・・・そうはさせません、あなたはこの艦で最後まで見届ける責任がある」

 

「いいだろう、俺は逃げも隠れもしない、ユリーナの勇姿を見届けよう」

 

アキ=モト将軍はそう言って正面の大きなモニターを見つめた。

ジュード艦長は怒りに震えながらも銃を懐にしまい、また艦長の席へ座った。

 

 

・・・ 

 

 

「インフルセンサー?」

 

ジュード艦長はディスコードについてエリーに電話した時、

偶然、他の話題についても耳にしたことがあった。

 

「はい、ノギダムN46に使われている装置の話です」

 

「どういうことだ、詳しく聞かせてくれ」

 

NOGY社が連邦軍の要請でノギダムプロジェクトを行っていた頃の話です。

 試作機をたくさん作っては改良を繰り返し、完成したのがNo.20、現在のノギダムです」

 

エリーはその頃、第46部隊にいたのでNOGY社のことは知らない。

彼女が話してくれたのは、彼女がNOGY社で勤務を始めてから同僚に聞いた話だった。

 

「元々、プロジェクトはNo.46まで続きました。

 46機のノギダムタイプのモビルスーツを作り出して、

 最終的に選ばれたのがNo.20でした。

 全体のバランスが考慮された結果だったと思います。

 ですが、プロジェクト自体は46機まで続きましたから、

 後半に作られたモビルスーツはかなり実験的なものもありました。

 私が乗っているアンプラグドノギダムも、元々はその実験機のNo.22だったんです。

 それが初めてインフルセンサーが使われた試作機でした」

 

アンプラグドノギダムは、後にアキ=モト将軍の指令で再改造されることになった。

エリーのために戦闘用ではない、斬新なモビルスーツを検討したのが発端だった。

 

「他にも様々な試行錯誤がなされ、ついに46機目ではインフルセンサーを装甲板につなげました。

 アンプラグドノギダムに使われているのはコックピット内の一部だけだったんですが、

 それを外部の装甲板にも使ったのが、No.46の最大の特徴だったんです。

 インフルセンサーをふんだんに用いたことで、モビルスーツの性能は飛躍的に高まりました。

 当時、この企画自体は大変に新しく、かなり期待がかけられていたのですが、

 結局、このモビルスーツはパイロットの力量によって発揮できるパワーが大きく左右されるとわかり、

 誰もが乗れる汎用的な機体ではなくなりました、それがお蔵入りになってしまった公的な理由です」

 

多大な期待をかけられた分、人々の失望は大きかった。

No.46は設計者と科学者の自己満足の機体だと批判されることになり、

もう誰もその機体のことを口にすることはなくなったという。

 

「一体、そのインフルセンサーが何の役に立つんだ?」

 

ジュード艦長は誰もが気になる核心に触れた。

どのような意図を持って設計されたのだろうか。

 

「アンプラグドノギダムにも使用されていることからわかるかもしれませんが、

 このセンサーは私達パイロットと対話します。

 それは、私達パイロットの意思を汲み取って動くのです。

 操作するという感覚とは全く違うものです。

 モビルスーツを道具のように支配する考えでは、決して動いてはくれません。

 センサーは私達の意思を受けて、その意思の力を拡大してくれるのです。

 アンプラグドノギダムで歌う声が誰かの心に響くのはその為です。

 私の歌なんてまだまだ未熟ですが、アンプラグドノギダムが助けてくれます。

 そして私の意思を、東京の街中に響かせてくれたんです」

 

「ノギダムN46は、そのセンサーが装甲板全てに使われていると・・・」

 

「はい、それだけの量を使うことは、少し危険でもあります。

 意思の力は無限に拡大され、そのモビルスーツはもはや存在するだけで人々に影響を与えてしまう。

 それでは東京の街だけではなく、全宇宙を巻き込む恐れもある。

 正しいものが使わなければ、悪用されてしまえば、世界の終わりがくる可能性だってあるんです。

 だからそれを知っていた一部の科学者たちは、これをただのポンコツ機だという事にしてしまって、

 このNOGY社の倉庫の一番奥に閉じ込めてしまったんです」

 

 

・・・

 

 

 

「三期生パイロット、全機マレスケまで撤退してください!

 それが終わったら二期生パイロットも同様に帰還してください!」

 

ミサ=ミサは離脱に向けた指示を全機に告げた。

マイ=チュンは離脱すべき空域の調査と、進路変更の準備について指示を飛ばす。

 

ジュード艦長は椅子に座ったまま何かを考え込んでいた。

エリーと電話した時の、インフルセンサーのことだった。

 

「モビルスーツ倉庫、誰かいますか?」

 

ミサ=ミサの声に受話器を取ったのはズミリー=リングイネだった。

 

「いるよー、どうしたのー?」

 

「モビルスーツを全機回収します!

 モビルスーツ倉庫では回収する準備を進めてください!」

 

「オッケー、わかったー!」

 

ズミリーは受話器を持ったまま、顔の表情とジェスチャーでゴン=リザに内容を伝えた。

ゴン=リザはモビルスーツ回収命令が出たのだと直ちに理解して準備に向かった。

 

「やっぱ撤退かー、あのゼルコバのモビルスーツ、やばそうだもんなー」

 

ズミリーはモニターに映っているディスコードを眺めながらそう言った。

そして、自分も撤退の準備に取り掛かろうと思って振り向いた。

 

「あれっ、これアヤメちゃんの犬型ロボじゃん、どうしたの一匹で?」

 

犬型ロボは慌てたような様子でズミリーの前で悲しそうに首を振っていた。

 

「アヤメ、ノギダム、ノル、アヤメ、アブナイ」

 

犬型ロボを抱きかかえながら、ズミリーは向かいに立っている紫のノギダムを見つめた。

装甲板全体が紫色に怪しく光り輝きながら、ノギダムは起動しようとしていた。

 

 

・・・

 

 

「ジュード艦長、ノギダムN46に誰か乗っています!」

 

マイ=チュンが異常に気づいて艦長に報告した。

 

「モビルスーツ倉庫のスペースを空けるための移動じゃないのか?」

 

「いえ、手動で射出台を動かそうとしています、外に出る気です!」

 

「ダメだ、撤退命令を出しているんだぞ、止めさせろ!」

 

ジュード艦長が叫ぶと、マイ=チュンはノギダムN46と回線をつないだ。

 

「ノギダムN46に乗っているパイロット、すぐに降りてください!

 今は撤退命令が出ています、出撃は禁止されています!」

 

「・・・ごめんなさい、でもこの子が外に出たがっています」

 

回線から聞こえてきた声はアヤメ=スズミ少尉だった。

腕を組みながらモニターを見つめていたアキ=モト将軍もその声を聞いていた。

 

「モビルスーツがそんなことを言うはずがないでしょ!?」

 

忙しい中でマイ=チュンは少し声を荒げてしまった。

撤退してくるモビルスーツを手際よく回収するためにも、

モビルスーツ倉庫の中でもたついている時間はなかった。

その分だけマレスケの撤退が遅れてしまうからだ。

 

「アヤメ=スズミ少尉か、今は撤退命令が出ている、すぐに降りろ」

 

ジュード艦長は直々にマイ=チュンのデスクまでやってきてそう告げた。

それくらい今はこの艦が切羽詰まっている状況だった。

 

「・・・ジュード艦長、でもこの子が出たがっているんです」

 

その時、モニターには紫色に発光しているノギダムN46の様子が映し出された。

今まで誰も見たことないほどに、その紫色は怪しく光っていた。

 

「インフルセンサーと対話していると言うのか・・・?」

 

「四番ハッチ、手動でオープンしました!」

 

ノギダムN46が手動でマレスケの発進口を開けた。

射出準備を整えて、モビルスーツは射出台へと向かう。

手動で開けたハッチなどは、いくらでもこちらで閉めることができた。

システムが故障しているわけではないのだから、ブリッジに逆らうことなどできない。

 

「艦長、四番ハッチ、無理やり閉めますか?」

 

マイ=チュンが尋ねた。

ジュード艦長は何やら考えてから返答した。

 

「アヤメ=スズミ少尉、ノギダムが出たがっていると言うのか?」

 

「はい、ノギダムN46はこの戦争を止めたいと言っています」

 

「・・・君の意思はどうなんだ?

 君はノギダムが出たいと言うから出してやるだけなのか、

 それとも、君自身もこの戦争を止めたいと思っているのか?」

 

ジュード艦長がそう尋ねたとき、しばらく返事はなかった。

マイ=チュンは返事を待ちながら、アヤメはそんな自分の意見を口にすることはないと思っていた。

彼女は今までだって、思っていることの半分も、公の場で発言したことはない。

親しい人の間でならまだしも、艦長から直々に尋ねられて意見を述べるはずがなかった。

 

「・・・はい、私も出たいです。

 誰かの代理ではなくて、私自身の意思として」

 

マイ=チュンはその返事に耳を疑った。

アヤメが自分の意思をストレートに艦長に告げるなんて。

 

「・・・わかった、ノギダムN46を四番ハッチから放出しろ!

 だがアヤメ=スズミ少尉、覚えていてくれ、我々は今撤退の準備を進めている。

 外に出てしまった以上、誰も君を助けに行くことはできない。

 自己責任で帰還しろ、いいな?」

 

「・・・はい、わかりました、ありがとうございます」

 

「艦長、アヤメを見捨てるんですか!?」

 

マイ=チュンが感情的になって食ってかかった。

この状況でモビルスーツを放出するのは見捨てるに等しい。

 

「大丈夫だ、ノギダムN46に乗っている限り、彼女は守られている。

 あとは自分自身が何をしたいか、どうやって行くのかだけだ。

 彼女があそこまで強く出たいと言っているのだから、あとは彼女に任せよう」

 

それでもジュード艦長は、エリーから聞いた話に幾分期待していた。

インフルセンサーは、パイロットの意思を汲み取って動くと言う。

そうであるならば、ノギダムN46が外に出たいと言うのは、

モビルスーツの本来の意思ではなくて、アヤメ=スズミの意思ではないか。

彼女がノギダムN46を通じて自分の意思を確認しているのではないか、

ジュード艦長はその可能性に賭ける事にしたのだった。

 

「・・・ノギダムN46、出ます!」

 

射出口から勢いよくノギダムN46は飛び出して行った。

マレスケの近くまで戻って来ていたザキ=レナは、

マレスケから飛び出して行くノギダムN46の姿を見つけた。

 

「あれ、もしかしてアヤメじゃない?」

 

飛び出したノギダムN46は、紫色に発光しながら、迷う事なくゼルコバの方向へと向かって行く。

 

「うそ、アヤメ、この状況で出て行くの!?」

 

ミリオン=ラブは信じられないような声を出した。

今ここで飛び出して行くのは自殺行為に等しい。

 

「あのノギダム、まともな武器も付いてないんでしょ?」

 

ザキ=レナが心配そうにそう言ったが、

帰って来た返答は彼女が想定したものとは違った。

 

「武器なんていらないってアヤメは言ってたけど」

 

「何それ、武器なしでどうやって戦うわけ?」

 

「知ってる?

 アヤメが今まで戦場で敵を撃退した数」

 

「知らない、幾つ?」

 

「ゼロだよ」

 

「えっ?どう言う事?」

 

ザキ=レナは理解できずに聞き返した。

ミリオン=ラブも少し沈黙した後で口を開いた。

 

「アヤメは誰も殺したくないんだって。

 誰かを殺したモビルスーツにも乗りたくないって。

 だからモビルスーツの整備をするとき、

 戦場の興奮が残ってるコックピットに座ると、

 いつも緊張して手が震えちゃうんだって」

 

「じゃあ今まで戦場に出てた時は何してたの?」

 

「敵のミサイルを破壊したり、威嚇射撃をしたりするだけ。

 誰も殺したくないんだから、まともに戦ったりしてないみたい」

 

二人はそんな話をした後で少し黙った。

その会話を聞いていたワカ=ムーンが口を挟んだ。

 

「案外、そういう奴の方が強かったりするかもしれない」

 

「どういう意味ですか?」

 

二人はワカ=ムーンに聞き返した。

 

「武術でもなんでも、本当に強い人は相手を殺したりしない。

 剣術は剣道に、柔術は柔道に、全て最後は己との戦いに向かって行く。

 相手を生かすことは、相手を殺すことよりももっと難しい。

 だから本当に強い人は、むやみに誰かを傷つけようとはしない」

 

二人はその話を聞きながら、飛んで行く紫色の光を目で追った。

彼女が無事に生きて帰ってくることを祈りながら。

 

 

・・・

 

 

「どうしてディスコードを止められないんですか!?

 ユリーナはなぜ呼びかけに応答しないんですか!?」

 

ゼルコバ内では第46部隊に向かって行くディスコードについて議論されていた。

議論というよりも、それは大人達とレジスタンスの少女達の口論だった。

 

「シンクロ率が高まりすぎて、もはやパイロットが自分の意思をなくしている。

 モビルスーツに引きずられる形で、彼女はディスコードを操縦しているような状態だ」

 

大人達は淡々と説明したが、少女達は納得がいかない。

 

「そうなることは、制御機能が不完全だという時点でわかっていたはずです!

 ましてやユリーナはまだ戦場に出るには若すぎる年齢ですよ、どうして事前に防げなかったんですか!?」

 

「わずかなミスを恐れて仕事の生産性を下げるわけにはいかない。

 もっとも効率よく事を運ぶには、不完全であっても彼女に乗ってもらうしかなかったんだ。

 ディスコードが出撃できなければ、宇宙世紀の革新がその分遅れることになる」

 

少女達には大人達の理由が理解できない。

大義を掲げながらも、本当は自分たちの保身のことしか考えていないのだ。

 

「宇宙世紀の革新ってなんですか?

 あなた達はゼルコバのことしか考えていない。

 いえ、もっと言えば、自分の立場を守ることだけしか・・・。

 私たちレジスタンスの存在意義は、この全宇宙に平和をもたらすことです。

 そのためのゼルコバがあるんです、ゼルコバを守るために平和を失っては、そんなのは本末転倒です!」

 

そこまで言うと、少女達は会議室を出て行った。

レジスタンスのモビルスーツ倉庫に乗り込んで行くと、

整備しているスタッフを押しのけるようにして、

少女達は緑色のモビルスーツに乗り込んで行った。

 

 

・・・

 

 

(・・・何が起きてるんだ・・・ディスコードはどこへ向かうんだ?)

 

ユリーナは微かにコックピットの中に座っている自分を認めた。

先ほどまでは、もはや自分が何をしているのかもわからなかった。

僅かに自意識が戻ったと言っても、体は自分の思い通りには動かない。

 

(・・・どうして戦わなくちゃいけないんだ・・・?

 僕はどうしてこんな事をしてるんだ、一体誰のためにこんな事を・・・?)

 

ユリーナは自分が黒いパイロットスーツを着ていることに気がついた。

そして、このコックピットの中もまた、黒く怪しく光っているように見えた。

それは、何かのセンサーが彼女の意思を汲み取っているように思えた。

 

(・・・ディスコードが話しかけてくるのか・・・何を言ってるんだ?)

 

コックピットの中は時々緑色に、主に黒色に点滅を繰り返していた。

ユリーナは僅かに保たれている意識の中で、その声に耳を傾けた。

 

誰かの声が聞こえる。

遠くから、いろんな声が聞こえてくる。

 

 

 

 

自惚れて調子乗ってんじゃないの?

 

大人になってから恥ずかしいことになるだけなのにね

 

あの子達、本当は仲悪いらしいよ

 

意外だね、真面目そうなのに

 

厨二病なんだよ

 

やっぱそうだと思ってた

 

地元でも有名なワルだったとか

 

友達の彼氏とか奪ったりしたらしいよ

 

もうお願いだから消えてーうざいから

 

 

 

 

(・・・何これ、真実が一つもない・・・無責任な噂ばかり・・・)

 

ユリーナは意識の中で必死に訂正した。

あなた達が言っていることは確証のない嘘ばかりだ。

本当の私はそうじゃない、あなた達が話している私は虚像でしかない。

 

 

 

本当の自分って何よ?

 

ウゼー、そう言うとこがガキなんだよ

 

自分が可愛いから仕方ないっしょ

 

偽善者なんでしょ、それがかっこいいと思ってる

 

自分一人が特別だとか思うな

 

悲劇のヒロインはウザすぎなんだよねー

 

 

 

 

どうして何もわかってくれないのだろう?

どうしてそんなに愚かなのだろう?

見えないところから誰かを攻撃して、それで悦に浸って喜んで、

くだらない、本当にくだらないことばかり。

訂正したって、火に油を注ぐだけ。

バカは相手をしていても、こっちが虚しいだけ。

 

誰も、僕のことなんかわかってくれやしないんだ。

 

 

ディスコードのコックピットはやがて黒い嵐が吹き荒れたように点滅し始めた。

コックピット内部に使われているセンサーが、彼女の狂気を何度も繰り返し反響させていく。

 

 

「・・・もう、そういうのうんざりなんだよ」

 

 

ユリーナは意識が薄れて行くのがわかった。

この暗黒のコックピットが、おそらく自分の棺になるだろうと思った。

 

 

・・・

 

 

「ディスコード、アップルとノギダムに接近中!」

 

「アップルを避難させろ、まともに戦っては危険すぎる!」

 

ジュード艦長は命令を飛ばし続ける。

仲間の命を助けられるかどうかの瀬戸際だと思っていた。

 

だが、こちらの呼びかけが行われた時には、

すでにディスコードはビームサーベルを抜いて飛びかかって来ていた。

アップルは猛スピードで斬りかかってくるのをビームサーベルで受けた。

とんでもない勢いでエネルギーを受止めたことになったアップルは、

その衝撃だけで後ろへと吹き飛ばされた。

それでも、ディスコードは追撃して斬りかかってくる。

 

「ちょっと~!

 モビルスーツの性能が違いすぎるわ~!

 こんなん勝負にならへんやんか~!」

 

そんな愚痴を言いながらも、サユ=リンのアップルは攻撃を受け止め続けた。

運動性の高さで言えば、サユ=リンのアップルも通常のモビルスーツの三倍の速度で動けるのだ。

赤い林檎と恐れられ、また第46部隊の御三家の異名をもつ彼女は伊達ではない。

それを見ていたマレスケの乗組員達からは「意外っていうか、前から強いと思ってた」という声も聞かれた。

 

それでも、休むことなく斬りかかってくるディスコードは、

もはや狂気の沙汰としか思えないほどの剣撃を打ち込んで来た。

さすがの赤い林檎でも、防戦一方で攻撃を受け流すのがやっとだ。

 

その時、ディスコードは後ろを振り返って剣撃を受けた。

背後からビームサーベルで斬りつけたのは黒いノギダムだった。

 

「・・・マイちゃん!」

 

「・・・サユ=リン、早く逃げて!」

 

黒いノギダムは性能ではディスコードを下回るはずだが、

気合いでそれをカバーしながら、ほぼ互角の戦いを展開していた。

おそらく、この宇宙でこの二人の戦いを超える激しさを持つものはなかっただろう。

 

「サユ=リン、今の内に早く撤退しろ!」

 

ジュード艦長の声が回線から流れて来た。

もはやマレスケの中も興奮状態で、艦長自ら声を枯らして叫んでいた。

 

「でも、このままやとマイちゃんが・・・」

 

「彼女だって正気ではない、強化人間にされているんだ!

 そこで戦っているのはまともな人間達じゃない、構うな!」

 

ジュード艦長はそう言ったが、先ほど自分を助けてくれた時に聞こえた声、

マイ=シロイシは確かに自分のことを気遣ってくれたような気がした。

強化はそれほど完全な状態ではなく、何かの拍子に彼女も元に戻るような気がした。

だからサユ=リンはそんな彼女を見捨てたくなどなかった。

 

「・・・お前は誰だ、消えろ!!」

 

ディスコードから声が聞こえて来た。

もはやそれは正気の沙汰ではないことをサユ=リンは感じた。

 

「・・・いつまでも調子に乗るな!!」

 

黒いノギダムから聞こえて来た声もまた、いつもの穏やかなマイ=シロイシではなく、

人間の心の奥底に潜む黒い憎悪を解放したマイ=クロイシだとサユ=リンは感じた。

どういうことかわからないが、黒いノギダムはディスコードと戦いながら、

先ほどよりも一段と凶暴化して行ったように思えた。

 

 

二機のモビルスーツは正気を失ったまま戦い続けていた。

サユ=リンはもはや、その二人の間に入ることもできなかった。

最強対最強の戦いといっても過言ではない状況に、

自分が余計な横槍を入れることなどできなかったのだ。

そうして状況に圧倒されながら二人の激突を見ていると、

回線から声が聞こえてくるのがわかった。

 

「・・・サユ=リン少佐、後退して下さい」

 

その声を聞いたサユ=リンが振り返って見たのは、

紫色に発光するノギダムN46の姿だった。

 

「・・・ノギダムN46が、そう言っていますから」

 

アヤメはそう告げると、激しく戦っている二機の方へ向かって行った。

サユ=リンは言われた通り後退できなかった。

ノギダムN46の事が気になってしまい、ずっとその後ろ姿を見つめていたのだ。

 

 

・・・

 

 

「ゼルコバより、数十機のモビルスーツ部隊の出撃を確認!」

 

ミサ=ミサは味方機の回収を急ぎながらも、レーダーに反応するモビルスーツについて報告をした。

 

「ゼルコバが我々を攻撃して来たらまずい事になる。

 我々には敵意はないんだ、さっさと全機後退させろ!」

 

「・・・ようやく面白いことになって来たね」

 

アキ=モト将軍は一人だけ余裕の笑みを浮かべていた。

ディスコードの性能の高さに満足しているようだった。

 

「誰もディスコードを倒すことはできんよ。

 あれは神になるんだからな、みんなの崇拝を一手に集めるんだ。

 宇宙世紀はユリーナを新たな女神として、新時代を築くことになるよ」

 

「・・・あれが女神だと!?

 あんな狂気の女神に誰もついて行きはしない!

 大衆が求めているのは、こんなものではない!」

 

ジュード艦長はしまってあった銃をまた取り出した。

そして、アキ=モト将軍に向けて銃口を向けて引き金に指をかけた時、

どこかから声が聞こえてくるのがわかった。

 

(・・・ジュード艦長、やめてください・・・)

 

それは確かにアヤメ=スズミ少尉の声だった。

ジュード艦長は耳を疑った、回線から聞こえて来たのではない。

もっと直接脳に語りかけてくるようなやり方で、その声は届いた。

 

(・・・憎悪を闘争心に変えてはいけません、それでは何も変わらない・・・)

 

「・・・何だ、一体何が起こっているんだ?

 俺にはアヤメ=スズミ少尉の声が確かに聞こえている・・・」

 

ジュード艦長は頭を抑えながら、冷静さを取り戻そうとして椅子に戻った。

座り込んでから、信じがたい目の前の現実をどう理解するべきか悩んだ。

 

「・・・ノギダムは、ノギダムN46はどうなっている!?」

 

ジュード艦長はメインモニターにノギダムN46だけを映すことを求めた。

全体を指揮する指揮官が、一つのモビルスーツだけを映し続けろという命令は今まで誰も聞いたことがなかった。

 

 

・・・

 

「・・・なんだ、紫色のノギダム?」

 

ディスコードと戦っていたマイ=シロイシ少佐は、

第46部隊の方から新しいモビルスーツが向かってくるのが見えた。

それは自分と同じようなノギダム型をしているモビルスーツで、

機体全体が奇妙なほど紫色に発光していた。

 

ディスコードはそんなことにも気づかないように、

ただ狂ったように斬りかかって来た。

マイ=シロイシの乗る黒いノギダムはその攻撃を受けては躱す。

連邦軍のモビルスーツが落として行ったのか、

宇宙をさまよって流れて来たビームライフルを掴んで射撃した。

それによってディスコードと距離を取ることができたが、

相手も同じようにビームライフルを撃ってきた。

そのライフルの口径は大きく、つまりビームの威力が桁違いだった。

だが、歴戦のモビルスーツであるノギダムも負けていない。

パイロットのマイ=シロイシは幾度も激戦をくぐり抜けて来た。

そう易々とやられることはなく、機体の性能差を技術で埋めていた。

 

ノギダムN46はそんな二人の間を彷徨うように飛び回っていたが、

やがてディスコードがその存在に気づいたように攻撃を始めた。

ノギダムN46は器用にその攻撃を全て躱して行った。

ビームサーベルを抜いて相手の攻撃に合わせて行ったが、

決して自分から攻撃することはしない。

 

「ノギダムN46、相手と互角に戦っています!」

 

マレスケに戻って来たパイロット達は回線で実況中継を聞いているようだった。

 

「アヤメ、すごいな」

 

ザキ=レナはパイロットスーツからノーマルスーツに着替えながら呟いた。

ミリオン=ラブは一足早くモニターの前へ移動していた。

 

 

ディスコード、ノギダム、ノギダムN46の三機は、

三つ巴の形で戦い続けていた。

時に二体が、時に三体が入り混じりながら攻撃し、

誰も一歩も譲らない攻防を繰り広げていた。

だが、ノギダムN46は攻撃はしていない。

アヤメは相手の攻撃を受け止めたりはしても、

自ら相手を倒そうとはしていなかった。

 

 

「・・・ユリーナが負けるはずなどない」

 

アキ=モト将軍はモニターを見ながらそう呟いた。

そして勝手にマイ=チュンの席を奪うと、回線をディスコードに繋いだ。

 

「ユリーナ、君の力はこんなものではないはずだ。

 まだそれではディスコードの力を十分に引き出せてはいない」

 

アキ=モト将軍の激励は、回線を通じて届いているはずだが、

すぐには反応が返ってこなかった。

アキ=モト将軍は何度も何度も語りかけるように呼びかけ、

ついに、しばしの沈黙の後で彼女の声をキャッチした。

 

「・・・うるさい!!!黙れ!!!」

 

返って来た言葉は明らかにユリーナのそれだったが、

アキ=モト将軍の想像したようなものではなかったのか、

彼はしばらく黙った後で、諦めて回線をまた切ってしまった。

ジュード艦長はその様子を見ていて後ろから声をかけた。

 

「あんな返答をもらったのはショックかもしれませんが、

 今はとにかく大人しく椅子に座っていて下さい。

 子供の意思を、大人の都合で踏みにじることはできませんよ」

 

ジュード艦長はそう言って乗組員にアキ=モト将軍を座らせようとしたが、

彼はその申し出を断ってブリッジから降りて行ってしまった。

ジュード艦長はその様子を見ていたが、もう彼に構うのはやめた。

 

「モビルスーツ部隊、ノギダムN46とアップルを除いて全て回収しました!」

 

ミサ=ミサがそう叫んだ。

ジュード艦長の次の命令を期待していた。

 

「艦長、アヤメ=スズミ少尉が戻ってくるまで離脱できませんが、どうしますか?」

 

彼女を呼び戻せば、それで撤退することはできるかもしれない。

だが、ジュード艦長は考えた末にそうした決断をしなかった。

 

「いや、彼女が自分の意思で帰還するのを待ってやろう。

 彼女はきっと戻ってくるはずだ、必ずな」

 

 

・・・

 

 

「・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ディスコードから悲鳴のような声が響いた。

それは、先ほどのアヤメの声と同じように、その近くにいる人々の脳に直接届いたようだった。

 

「・・・この場からいなくなりたい、もう嫌だ・・・全てがどうにでもなればいいのに・・・!!」

 

ディスコードは暴走するようにノギダムN46に斬りかかって来た。

アヤメはそれらを受け止めながら、間一髪で躱し続ける。

 

(・・・どうして人は分かり合えないんでしょう・・・)

 

今度はアヤメの声が聞こえて来た。

ユリーナの脳にも、その声は響いているようだった。

 

「・・・わかりあうなんて不可能さ、どうでもいいことだよ」

 

(・・・では、どうして人は閉じこもってしまうの、自分の心に?)

 

「・・・一人の方が楽だからだ、誰にも裏切られずに済むからだ!」

 

(・・・では、永遠に一人ぼっちでいたいのでしょうか?)

 

「・・・そんなこと、考えたって何になるんだ・・・」

 

ノギダムN46は攻撃をかわした後で、隕石の陰に隠れた。

そして、それに気づかなかったディスコードを捕まえて隕石に押し付けた。

ディスコードはノギダムN46の肩にビームサーベルを振りかざした。

肩を半分抉ったところで、ビームサーベルは止まった。

ノギダムN46は損傷しながらも、ディスコードを離さない。

 

(・・・あなたのモビルスーツは、あなたになんて言っていますか?)

 

「・・・そんなの知らないよ、声なんて聞こえないし・・・」

 

(・・・傾聴して下さい、あなたのモビルスーツの声を)

 

ディスコードは逃れようとしてもがいたが、

ノギダムN46に抑えられて隕石から逃れられなかった。

 

「・・・消えてしまいたいって言ってるよ、全てがどうでもいいってさ・・・」

 

(・・・それはモビルスーツの意思ではありません、それはあなたの意思です)

 

「・・・わかってるよ、僕もこいつも同じ想いを持ってるってことだろ!?」

 

(・・・違います、それは純粋なあなたの意思です。

 インフルセンサーは、全てあなたの意思を増幅して反響しているだけです。

 だから、モビルスーツが話しているのは、全てあなたの意思なのです)

 

「・・・これが、僕の意思・・・?」

 

(・・・私もノギダムN46の声を聞いてわかりました。

 私が本当に考えていたこと、発信して行きたいことは何なのか。

 そして、ノギダムN46は、私の代わりにそれを表現してくれました)

 

ノギダムN46は紫色に発光しながら宇宙にその色を拡大して行った。

モビルスーツを中心として、その宇宙空域は紫色に包まれて行き、

やがてその声は、宇宙空間に存在するもの全ての耳に届くようになった。

 

 

・・・

 

 

 

 

この世界で確かなものとは何でしょうか?

科学、心理学、哲学、それとも家族、恋人?

人は何かを信じながら生きています。

 

でもどんな偉大な科学者も、世界の果てを見ることはできません。

どんな素敵な恋人も、あなたを100%理解することはありません。

そして、私は私、あなたはあなたの領域を超えることはできません。

私たちは私たちが生きている人生の中で、何一つ真実を知ることはできないのです。

 

では本当に確かなものとは何でしょうか。

それは学校で学ぶ歴史の教科書でもないし、恋人が囁いてくれる甘い言葉でもありません。

アインシュタインの物理学でもないし、偉大なる神の予言でもありません。

 

確かなことは、今あなたが目の前の物を見ているという事実であり、

あなたが見つめたその手が、自分の意思で動かせるという事実のみです。

そして人間が「時」と呼んでいるその中を限られたあいだ漂い続けるということだけが何より確かなことです。

 

それ以外に確かなものはありません。

アメリカ大統領の言葉も、聖書に書かれていることも、

日本書紀や古事記に書かれていることも、それがたとえ事実だったにせよ、

それは確かなものと呼べるものではない気がします。

私たちは、私たちの隣に生きている人間が、どうやら同じように生きているらしい、

という認識のもとに、それを信用して生きているだけです。

だから本当に確かなことは、今あなたが目の間に何かがあると見つけることで、

自分の身体が自分の意思で動かせるという、それだけの事です。

それが「時」という得体の知れないものの中を彷徨っているのです。

 

人々はどうして争うのでしょうか?

どうして「時」が戻せないと知りながらも、

最も身近な認識である「私」と「あなた」を傷つけたりするのでしょう?

そこに含まれる「家族」や「仲間」をどうして失うことを繰り返すのでしょう?

それは私たちが最も確かなものを、自ら傷つけているという事です。

人間の尊厳の根幹を、自ら削り取っていくようなものです。

 

私は、優しい世界が好きです。

第46部隊は、そんな私の好きな優しい世界の一つです。

だから、私はここを守って行きたいです。

私に何ができるかわからないですけど、

少しずつ、少しずつでも、自分の色を出しながら、

大切なものを守っていけたらいいなと思っています。

 

 

 

・・・

 

 

「あれ見て!

 隕石のところ!」

 

アヤメの声が聞こえて来た後、ノギダムN46は紫色の光を宇宙空間に放ちながら眩しい光で全てを照らした。

その眩しさが収まった後、みんなはまたモニターを凝視した。

隕石のところにノギダムN46とディスコードが映っていた。

 

「あっ、ディスコード、機能を停止しています!」

 

ノギダムN46が隕石から離れると、ディスコードも隕石からゆっくりと離れて宇宙空間を漂流して行った。

 

「こちらに緑色のモビルスーツ部隊接近、数十機です!」

 

「・・・ディスコードの回収に向かうんだろう、仲間だものな」

 

ジュード艦長は夢から覚めたような気持ちでそう言った。

どういうわけかわからないが、健やかな気持ちで生まれ変わったような気がした。

 

「艦長、連邦軍の艦隊が出現しました!」

 

「・・・どういうことだ?」

 

ジュード艦長は銃を捨ててマイ=チュンのデスクへ駆け寄った。

 

「・・・いえ、連邦軍のモビルスーツ部隊も現れました!

 これは、さっきディスコードにやられた連邦軍です!」

 

「・・・これは、何が起きているんだ?」

 

ジュード艦長が大きなモニターに映像を映すように指示を出した。

映し出されたゼルコバ空域には、先ほどやられたはずの連邦軍の艦隊が復活していた。

 

「・・・艦長、オフショルも復元して行きます!」

 

カ=リンの手によって回収されたマナ=ツーの脱出ボールが動き出し、

その部分を核として頭が復元されて行き、続いてオフショルの胴体が戻ってきた。

 

「・・・艦長、ヨシツネも受けたはずの損傷が・・・ありません!

 爆発によってできたはずのゼルコバの穴も復元されています!」

 

「何だ・・・奇跡でも起きていると言うのか?」

 

「先ほど復元された連邦軍の艦隊が、この空域を離れて行きます!」

 

「連邦軍が、ゼルコバと争うことを止めた・・・?」

 

ディスコードにたどり着いたゼルコバの緑色のモビルスーツ達は、

ユリーナの乗る機体を抱きかかえるようにして、またゼルコバへと戻って行った。

途中で連邦軍の艦隊とすれ違ったが、お互いに攻撃をすることはなかった。

 

「・・・さっきの光は何だったんだ、ううっ、頭が痛い・・・」

 

マイ=シロイシ少佐の乗る黒いノギダムは、先ほど光を放ったノギダムN46を探していた。

何が起きたのかわからなかったが、自分はまだ第46部隊を殲滅させなければならないと考えていた。

 

「・・・見つけた!」

 

ノギダムはビームライフルをノギダムN46の背後から撃った。

アヤメはそれに気づいてモビルスーツを旋回して躱す。

 

(・・・あなたももう、自分が何者なのか、わかっているはずでは?)

 

アヤメの声がまた全員の頭の中に直接響いて来た。

マイ=シロイシ少佐に語りかけているのだ。

 

「・・・うるさい、私はマイ=クロイシ、第46部隊は敵!」

 

(・・・あなたには、みんなの声が聞こえないのですか?)

 

「・・・ううっ、頭が痛い、話しかけないでくれ!」

 

ノギダムは狂ったようにビームライフルを無差別に撃ち始めた。

強化が弱まっているのか、声をかけるたびにマイ=シロイシ少佐は苦しそうだった。

 

「マイちゃん!」

 

サユ=リンのアップルも近づいて言って声をかける。

それをノギダムはビームサーベルを振り回して追い払う。

 

「お願い、昔のマイちゃんに戻って!

 いつもみたいに、またしょうもないことで一緒に笑ったり、遊んだりしたいの!」

 

「・・・うるさい、うるさい、うるさい、ああっ、頭が痛い・・・」

 

ノギダムは説得に苦しみ始めていた。

その様子をモニターで見ていた仲間達が呼びかけた。

 

「マイちゃん、ズミリーだよ!」

「マイ=シロイシ少佐、ワカ=ムーン大尉です!」

「ミサ=ミサです、聞こえますか?」

「俺だ、ジュードだ、帰ってこい!」

「マイちゃん、甘い蜜たっぷりの林檎用意して待ってるよ!」

 

そうして口々にみんなが呼びかけたことで、

マイ=シロイシ少佐に変化が見受けられた。

 

「・・・ううっ、みんな、どうして私の事を知ってるの・・・どうして・・・?」

 

(・・・みんなあなたの帰還を待ちわびているのです、マイ=シロイシ少佐・・・)

 

ノギダムN46は先ほどディスコードIから受けた肩の損傷がひどく、

左右のバランスを崩していて上手く飛べなかった。

何とかここで彼女の強化を解いて、連れて帰りたいと思っていた。

 

「・・・私の・・・帰る場所は・・・もしかして・・・」

 

(・・・そう、そうです、あなたの帰る場所は、こんな近くにあるんです・・・)

 

ノギダムはビームライフルを捨てて両手で頭を押さえ始めた。

もうひと押しで、彼女のことを助けられるとアヤメは思った。

 

「ノギダム、機能が停止していきます!」

 

「よし、あと一息だ、彼女を助けよう!」

 

ジュード艦長も希望を抱き始めた。

このままいけば、きっと助けれられるはずだ。

 

「・・・マイちゃん、美味しいケーキ作って待ってるよ~♡」

 

最後のひと押しとして、乗組員がまた声をかけてくれた。

これで、きっと・・・。

 

 

 

 

「・・・あっ?マナ=ツー?」

 

「えっ、うん、マナ=ツーだよ、マイちゃん!」

 

「・・・今まで、そんな呼び方したことあったっけ?」

 

「・・・えっ、いま初めてだけど・・・」

 

「・・・あっそう・・・どうして、ナメてんの?」

 

「・・・あの、その、ナメては、ないけど・・・」

 

乗組員の誰もがやってしまったと思った。

どうしてこいつを取り押さえておかなかったのか。

完全にツメが甘かったとしか言いようがなかった。

 

「ノギダム、再起動!」

 

「もう、どうして~!!

 私にだけなんでこんなに冷たいの~!!」

 

「マナ=ツーが強化の鍵になってるんだよ!

 もうあんたは邪魔だから声出さないで!」

 

ワカ=ムーンが非情な一言を告げて彼女を隅っこへ押しやった。

これでは助けられるものも助けられなくなる。

 

(・・・やれやれ、また初めからやり直しみたいですね・・・)

 

そのアヤメの落胆した声も、残念ながらみんなの脳に聞こえて来た。

 

 

 

・・・

 

 

「・・・マナ=ツー!!どこだ!!」

 

黒いノギダムはまたビームライフルを持って乱射し始めた。

近くにいたノギダムN46は、回避運動をしたが、肩の損傷が思いの外ひどく、

バランスを崩した回避運動になってしまい、ビームライフルを反対側の肩に受けてしまった。

 

(・・・ううっ、まだ、これくらいでは・・・)

 

「いかん、ノギダムN46を回収に向かうんだ!」

 

ジュード艦長はそう叫んだ。

損傷した機体では本来の力など発揮できない。

これなら他のモビルスーツに出撃させて、ノギダムを食い止めた方がマシだった。

 

「サユ=リン、まだ行けるか?

 ワカ=ムーンのヨシツネも出せるか?」

 

「う~ん、そうしたいねんけど、うちのアップルもそろそろエネルギー切れやわ〜」

 

サユ=リンは申し訳なさそうにそう言った。

仕方なく、彼女には撤退命令が出された。

 

「艦長、ワカ=ムーンはまた出られます!」

 

「連戦ですまない、相手の足を止めてくれ!

 その隙に他のモビルスーツ部隊でノギダムN46を救出する!」

 

そうしてヨシツネは少しエネルギーを充填しただけで、また出撃して行った。

救出部隊として、ドローンノギダムとノギスナイパー三機が出された。

Zノギダムは、弾薬の補充にまだまだ時間がかかるようだった。

 

 

・・・

 

 

救出部隊が向けられたとは言え、マレスケから前線まではかなり距離があった。

その間、ノギダムN46は一機で相手をしなければならなかった。

 

「アヤメ=スズミ少尉、無理をするな、もう退がってもいいんだ!」

 

(・・・いえ、私は大丈夫です、彼女の説得にはノギダムN46の力が必要なんです・・・)

 

アヤメは確信していた、自分の意思を拡大してくれるノギダムN46の力を。

ニュータイプの半分は優しさでできている、なんて事が本に書いてあったけれど、

どうやらそれは本当だったのだ、ノギダムN46は、自分の内なる声を代弁してくれた。

そして、自分がもっと自由に、素直に意思を表現してもいいんだと教えてくれた。

この機体はニュータイプを、人類をより良い方向へ導ける新世代のノギダムなのだと。

 

「・・・マナ=ツー!隠れてないでさっさと出てこいよ!」

 

また強化されてしまったマイ=シロイシ少佐は、狂ったように攻撃を仕掛けて来た。

もう一度、意識を集中させて、ノギダムN46の力を借りなければならない。

 

だが、アヤメが思っているよりも、ノギダムN46は限界が来ていた。

回避運動もままならず、また相手のビームライフルをかすめてしまった。

直撃こそ避けているが、これが続くと機体が持たないかもしれなかった。

 

(・・・マイ=シロイシ少佐、やめてください、あなたには帰るべき場所があるはずです・・・)

 

「・・・ううっ、邪魔をするな、マナ=ツー!!」

 

どうやらアヤメはマナ=ツーと間違えられてしまったようだった。

先ほどよりも強化が効きすぎていて、説得が難しい。

 

「アヤメ=スズミ少尉、もういい、退がれ!」

 

(・・・ダメです、私が退がるわけには・・・)

 

ノギダムはまたビームライフルを乱射して来た。

アヤメは回避したはずだったが、機体が言うことを聞かない。

正面から向かってくるビームを避けきれない。

やられたかと思ったそのとき。

 

 

「・・・危なかったよ、実に危なかった・・・」

 

気付いた時には、ノギダムN46は青い飛行型モビルスーツの上に乗っていた。

可変型で、モビルスーツタイプと飛行機型の両方に変化できるタイプだ。

 

「君は意外と負けず嫌いなんだな、それとも意思が強すぎるのか」

 

語りかけてくるのは青いモビルスーツのパイロットだった。

機動性を失った今のノギダムN46にとっては、この助けは非常にありがたかった。

 

(・・・この機体はなんですか?)

 

「そんなことはどうでもいい、今は目の前のことに集中するんだ!

 いいか、君はあと一撃でも攻撃を受けたらやられていたかもしれないんだ!

 まずはその自覚を持つことだ、そして次に僕の言うことに素直に従うことだ、いいね!」

 

青い機体はノギダムの放つビームライフルを躱しながら逃げていく。

相当腕の良いパイロットでなければ、こんなことはできっこなかった。

 

「いいかい、次のタイミングで、僕は方向を変えてノギダムに向かって飛ぶよ。

 君は至近距離まで近づいたら、このビームライフルをノギダムに撃つんだ。 

 躊躇してはいけない、何も考えなくていい、とにかく僕の言う通りに撃つことだ、いいかい?」

 

(・・・どう言うことですか、よくわかりません・・・)

 

「それはこう言うことだ、君はあと一撃でも攻撃を受けたらやられてしまう。

 だから、やられる前に相手を撃って倒す、それだけのことだ、簡単だろう?」

 

青いモビルスーツのパイロットはそう言ったが、アヤメには理解できない。

これまであれだけ説得に挑戦して来たのに、ここへ来て攻撃しては意味がない。

そして、それはアヤメのポリシーにも反することだった。

 

「何度も言うよ、何も考えなくていい、ただ僕の言うことに従ってくれ!

 そうしなければ、君の命が危ない、僕は君を助けたい、だからわかってくれ!」

 

(・・・でも、やっぱりわかりません、ここまでせっかくやって来たのに・・・)

 

向こう側からヨシツネがやってくるのがアヤメには見えた。

もうすぐ援軍も来てくれる、時間を稼いでいる間に、また説得を試みればいい。

アヤメはそれだけしか頭になかった、だからこの話は受け入れることができない。

 

「・・・ううっ、マナ=ツー、なめるなー!!」

 

ノギダムは容赦なくビームを撃って来た。

青いモビルスーツはそのビームをかわしながら方向を反転させた。

次はビームを避けながらノギダムに対して向かっていく。

 

「君の気持ちはわかる、戦いたくないんだろ?

 それはいい、それは君の優しさだ、わかってるよ僕は、でもね、それはそれ、これはこれだ!

 戦わなければ、君がやられる、二者択一の選択肢なんだ、頼むからわかってくれ!」

 

アヤメは何がどうなっているのか、もうわからなくなって来た。

それでも、モビルスーツは容赦なくノギダムに接近していく。

 

「いいね、これから僕が5つ数えるよ、ゼロになるタイミングで、君は撃つんだ。

 そうでなければ、次は君がやられる可能性がある、それをわかるんだよ!」

 

青いパイロットのモビルスーツは必死に叫んでいた。

アヤメの目の前には狂ったような黒いノギダムの姿が見える。

 

 

(・・・じゃあもし、私が白以外に塗り替えようとしたら、その時は止めてね。

 あのとき、ずっと白がいいって言いましたよねって、私も疲れすぎておかしくなって、

 なんだか間違った方向に進んじゃう時もあるかもしれないし・・・)

 

 

 

アヤメは以前、マイ=シロイシ少佐と話をした事を思い出していた。

あの言葉は、自分がこうなってしまったときは、撃ってでも止めてくれという意味だったのだろうか?

 

青いモビルスーツに乗っているノギダムN46はぐんぐんと距離を詰めていく。

目の前にはマイ=シロイシ少佐の乗るノギダムが迫って来た。

 

(・・・でも、私、私、まだ説得できる可能性もあるのに・・・)

 

「・・・5、4、3、2、1」

 

(・・・どうして・・・?)

 

「アヤメちゃん、このまま撃てー!!」

 

青いモビルスーツのパイロットは叫んだ。

アヤメは反射的にビームライフルを構えた。

 

「可能性に殺されるぞー!!

 そんなもの、捨てちまえーー!!」

 

青いモビルスーツのパイロットがまた叫んだ。

アヤメはその声に促されるように、誘導されるようにビームライフルのボタンを押そうとした。

 

その時、アヤメの頭の中に声が聴こえてきた。

 

(・・・アヤメちゃん、悲しいね・・・)

 

それは確かにマイ=シロイシ少佐の声だった。

彼女の悲しげな声が、アヤメの頭の中に突き刺さってきた。

 

(・・・私には・・・撃てません!)

 

アヤメは泣き叫びながらギリギリでビームライフルの発射ボタンを押すのを止めた。

マイ=シロイシ少佐の乗るノギダムは、こちらに向けてビームライフルを撃とうとした。

 

アヤメが撃たなかったので、青い飛行機はモビルスーツ型に変形し、

ノギダムN46からビームライフルを奪って代わりに撃とうとした。

狙いを定めて発射ボタンを押そうとした瞬間、ノギダムの機体を後ろから貫く一筋のビームがあった。

 

「・・・だって、こうするしかないじゃない・・・」

 

ノギダムの後ろにはビームライフルを構えていた、今まで見たこともないモビルスーツの姿があった。

それはノギダム型のルックスをしており、また第46部隊の誰かなのかとアヤメは思った。

 

「・・・バレッタノギダムか!?

 強制リセット、やってくれたね・・・」

 

青いモビルスーツのパイロットはそう言ったが、アヤメには意味がわからない。

アヤメはただ呆然と撃ち抜かれたノギダムを見つめていた。

やがて、ノギダムはエンジンからの内部爆発を起こし、漆黒の宇宙に浮かぶ光の球体になっていった。

 

(・・・シロイシさん・・・)

 

アヤメは涙で頬を濡らしながら、目の前で爆発していくノギダムを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・シロイシさん!!」

 

ここで大声を上げてしまったことを後日、絢芽は後悔していた。

周りにあまり人がいなかったから良かったものの、もしいたら恥ずかしいではすまなかっただろう。

 

自分の目尻が濡れているのがわかった。

それを指で拭ったのが、まず初めにしたことだった。

その次には、ちょっとなんでもなかったようなふりをして猫みたいに伸びをしたのを記憶していた。

 

テーブルの上には自分の携帯電話が置かれてあった。

画面に表示されていた電池は結構減っていた。

帰ってから充電しなければいけないと思いつつも、

これから自分が何をする予定だったのか思い出せない。

 

備え付けられていたTVにはワイドショーが放送されていた。

時刻は午前10時35分、おなじみの司会者たちが芸能人の話題を取り上げて話をする番組だった。

芸能人の最新情報に興味のある人には楽しい番組かもしれなかったが、

今の絢芽にはあまり関心のある番組ではなかった。

 

「さて、マルチタレントの白岸芽衣ちゃんですけれども、

 年末年始も忙しかったみたいで、ようやく休みが取れるみたいですね。

 芽衣ちゃんクラスの芸能人だったら、てっきりハワイにでも行くのかと思ったら、地元でゆっくり過ごしますなんて、

 庶民派の僕らでも共感できるような返答をもらっちゃいました、やっぱり僕らのめいやんさすがっす~!」

 

お笑いタレントの方が面白おかしく説明をしていた。

次に映ったのは白岸芽衣の姿だったが、その姿があまりにもマイ=シロイシ少佐に似ていたので、

絢芽は驚いて思わず両手で口を抑えてしまった。

少し顔を近づけて見たり、距離を置いたりしながら、見る角度を変えて見たりもした。

だが、やはりその容貌はあまりにも酷似していて、なんだか胸がギュッと締め付けられた気がした。

 

その時点で、絢芽はそれほど広くない通路を挟んで、自分の隣のテーブルに他のお客さんが座っているのに気づいた。

コーヒーを飲みながら何か本を読んでいたけれど、絢芽が興味を惹かれたのは、

テーブルの上に乗っていた、見たことのある青いモビルスーツのプラモデルだった。

隣の男性はコーヒーを飲むときに、ちらりとこちらを見たような気がした。

絢芽は思わず、そのモビルスーツの名前を尋ねようと思ってしまったりもしたが、

自分はそんなに初対面の人に気さくに話しかけられない性格だったと思い出すと、

やはり気持ちはモゴモゴと口の中にしまいこんで、そのまま飲み込んでしまった。

誰かが代弁してくれたらいいのだと思ったりもした、たとえばモビルスーツとかが。

 

「お待たせしました、塩アイスです」

 

後ろから聞き慣れた声が聴こえてきて、絢芽は思わず振り返った。

そこにはトレーにアイスを乗せて持っていた森未代奈が笑っていた。

未代奈はお皿に乗った三色の球体型のアイスクリームをテーブルの上に置いた。

そして、そのまま絢芽の向かいの椅子に腰を下ろした。

 

「絢芽やから塩対応はなしにしといたよ」

 

未代奈はにっこり笑いながらそう言った。

塩アイスを作った後、未代奈はひどく疲れるので塩対応になることは有名だった。

 

「ありがとう、あれっ、これ私が頼んだんだっけ?」

 

未代奈はキョトンとした表情をしていた。

注文したから出しましたけど、何か?という表情だ。

 

「そうだよね、注文しなきゃ出さないよね」

 

絢芽がそう言うと、堪えきれなくなった未代奈が吹き出した。

 

「ふふっ、なーんてね。

 これは頼まれてないけど出したやーつ。

 絢芽がバレッタに遊びに来てくれたんやから、これくらいして当然やろ?」

 

「えー、嬉しいー、ありがとー」

 

そう言いながら絢芽はスプーンを持ってアイスを食べた。

アイスは大好物だったので、1日に何回食べても飽きなかった。

 

「おいしい?」

 

「うん、おいしい、未代ちゃんも食べなよー」

 

「絢芽がそう言うんやったら私も食ーべよ」

 

未代奈はスプーンを手にとって、同じように向かい合ってアイスを食べた。

彼女は自分で作ったアイスでありながら、非常に美味しそうな顔をして食べる。

その顔を見ていると、彼女が食べたものがもっと美味しく見えてくるから不思議だ。 

 

「あれっ、そういえば、私なんでここに携帯置いてたんだっけ?」

 

絢芽がそう尋ねたとき、未代奈は一瞬怖い顔をした気がした。

そして、隣のテーブルに座っていた男性もまた、絢芽をチラ見した気がした。

だが、絢芽がそちらに視線をやったときには、もう彼は読書に没頭していた。

 

「なんでそんなこと聞くん?

 携帯ってテーブルに置くもんやないん?

 携帯って地面に置くもんやったっけ?」

 

そう言いながら未代奈は絢芽の携帯を地面に置こうとしたので、

それはさすがにやめて欲しかったので抵抗した。

隣に座っていた男性は、そのタイミングで咳払いした。

何がなんだかわからないが、とにかく自分は何かまずいことを言ったのだろうか、

そう思った絢芽は、どうにも萎縮してその話題を継げなくなってしまった。

未代奈も目線を下に向けて咳払いをしたので、もう絢芽はこの話題を振るのはやめた。

 

「あれー、でもなんだったっけ、私ここに来るまで何してたんだろう?

 あと、これから何する予定だったんだろう、なんか頭がボーッとしてて、

 そんなことが全然思い出せないんだけど・・・」

 

絢芽は片手で頭を抑えながら真剣に考え込んでいた。

過去の記憶が思い出せないなんて、寝起きだとしてもちょっと恐ろしい。

今までこんなに何かを忘れたことはなかった気もした。

自分で言うのもなんだが、物事はわりときちんとしている方だと思うのだ。

 

そんなことをしている間にも、未代奈は温かい飲み物を持ってきて、

絢芽にはホットミルクを差し出した、自分は緑茶を飲んでいるようだった。

いつも通りケロっとした表情で、両手で湯呑みを持ちながらお茶をすすっていた。

まるで何事もなかったような顔をしながら。

 

絢芽が自分の携帯を手にとって検索履歴をチェックしてみると、

そこにはノギダムのことを調べた形跡があることに気がついた。

こんなものを調べていたから、あんな不思議な夢を見たのだろうか?

ただ、それは初心者の人がノギダムとは何かを調べるようなサイトであり、

こんな初歩的なノギダムの知識を自分の為に検索するとは思えなかった。

一体、自分は何をしていたのだろう、それにしても体はやけに疲労している。

まるで本当にモビルスーツに乗って激闘を繰り広げたみたいに。

 

ワイドショーは天気予報のコーナーに差し掛かっていた。

お天気キャスターに映像が切り替わり、今日はこれから雨になりますと言い、

また場所によっては雷を伴いながら、土砂降りになる見込みです、と告げた。

 

「えー、せっかくのバレンタインデーやのに、これから雨なんて嫌やねー」

 

未代奈が温かいお茶をすすりながらそう言った。

絢芽は窓ガラスを通して外の様子を伺って見たのだが、

空は雲ひとつない快晴であり、ここから雨になるとはどうしても思えない。

 

「本当に降るのかな?」

 

「でも、こう言うのって結構当たったりするやん?」

 

「まあ、私はいつも折りたたみ傘持ってるから大丈夫だけど」

 

そう言いながら絢芽もホットミルクを飲んだ。

温かい飲み物を飲むことで、気持ちも少し落ち着いてきた。

 

そんな風にカフェ・バレッタでゆったりとした時間を過ごしているのは幸せだった。

とても静かで何も起こらない平日、人々が仕事に出ている間、友人と過ごすまったりした時間。

多少の沈黙ですら、なぜか贅沢に感じてしまう、しかしどうして自分がそんな空間にいるのだろう。

絢芽はまだ頭がしっかりと働いてはいないと感じていた。

大事なことを色々と思い出せてはいない気がする。

 

「あっ、そうや、忘れてたー」

 

未代奈はそう言ってお店の奥に入って行った。

彼女も何か忘れていたのだろうか。

やがて彼女は両手を後ろに隠しながら戻ってきた。

 

「はいこれ、私からのバレンタインチョコ」

 

未代奈は綺麗にラッピングされた小さな箱を手渡してきた。

「えっ、ありがとー」と言って絢芽はそれをもらった。

 

「ごめんね、トモチョコやけど」

 

「いや、本命チョコだったら、そんなの私もらえないし」

 

「もし男に生まれとったら、絢芽に本命あげとったよ」

 

「私、それ言われてなんて返せばいいかわかんないよ」

 

その様子を、隣に座っていた男はまたもチラ見していたような気がした。

だが、やはり気のせいで、彼は一心不乱に読書に耽っていた。

彼が読んでいた本の題名は、富野由悠季の「機動戦士ノギダム」だった。

テーブルにモビルスーツのプラモデルを置いているところを見ると、

彼もまた、ノギダムが好きなのだろうか、話しかけたら友達になれるだろうか。

だが、絢芽はそんなことできなかった、初対面で話しかけたら変な風に思われるだろう、やめとこう。

 

会話が尽きたので、絢芽がまた窓の外の方に目をやると、

道路を挟んで向かいに立っているお店が見えた、バレッタの向かいに立っているお店と言えば、

児玉坂の有名店、パティスリー・ズキュンヌであった。

そのお店の前では、背の小さい女の子が辺りをキョロキョロと見回していた。

何かを探しているのかもしれない、あれは綿投びり愛だ。

 

その瞬間、絢芽の両目はカッと開いた。

思い出した、今日はバレンタインデーという大事な日だった。

それはズキュンヌでこの日に合わせて開発してきた新商品のチョコレートを販売する日だ。

そして、自分はそこで働くアルバイトだった、出勤時間は朝9時から、そうだ私にもちゃんとお仕事があった・・・。

 

絢芽は椅子から立ち上がり、ショルダーバッグを肩にかけた。

未代奈はその様子を呆然と眺めていたが、思えばこの子は私のスケジュールを知らなかったのだろうか。

それともライバル店で働く身だから、そこは遅刻したほうが良いとでも思っていたのか。

 

「未代ちゃん、ごめん、私、今日アルバイトあるのすっかり忘れてた!」

 

未代奈はまだ焦る絢芽を呆然と見ているだけで反応がなかった。

絢芽はもう彼女の返答を待っていられず、一目散にドアに向かって走り出していた。

考えるよりも反射的にドアを開けて出て行こうとしたとき、レジの横にモビルスーツのプラモデルが立っているのに気がついた。

 

(・・・あれは、バレッタノギダム!?)

 

絢芽はどういうことかわからなかったが、それに頓着している暇はなかった。

急いで向かいのお店に向かって走ると、入り口に立っていたびり愛が手を振ってくれた。

 

「ごめん、私なんか今日ボーッとしちゃってて、シフト入ってるの忘れてた!」

 

「そうなんだ、絢芽が遅刻なんて珍しいから、なんかあったのかと思った」

 

「あー、やってしまった、真冬さん怒ってるかな?」

 

「大丈夫じゃない、真冬さんも心配してると思うけど」

 

絢芽は申し訳ない表情をしながらズキュンヌのドアを開けた。

 

 

・・・

 

 

バレッタのドアが閉まると、男は窓から外を見ていた。

絢芽がズキュンヌの中に入ってしまったのを見届けると、大きくため息をついて読んでいた本を閉じた。

 

「森ちゃん、これは僕もチョコレート貰ってもいいくらいの貸しだよ」

 

男の名は成瀬源太郎。

森未代奈と同じ未来からやってきた留学生だった。

 

彼があまりに嫌味っぽく言ったので、未代奈は聞こえていたのに無視をした。

テーブルの上に乗っていたお皿やコップを片付けながら忙しいふりをしたのだ。

 

「全く、僕が偶然来たからよかったものの、

 そうじゃなかったら、あの子は今頃この世界に帰ってこれなかったかも知れないよ?」

 

源太郎はそう言いながら携帯電話を取り出した。

スマホの画面にダウンロードされていたアプリケーションを一つ消した。

それは「機動戦士ノギダムN46 ー黒い憎悪編ー」というゲームアプリだった。

 

「未来の世界で販売中止になったこのゲーム、勝手にアプリに移植してダウンロードなんかしたりして。

 誰が作ったのかわからない海賊版だから、当時はバグも多くてクレームが殺到したんだよ。

 ゲームを始めた人が昏睡状態に陥って、ある程度クリアするまで戻って来られない。 

 おまけに、ハイパーマルチシナリオシステムとかいう胡散くらい要素を取り入れてて、

 物語が主人公の行動の数だけ無限に分岐するなんて、つまりどう展開するかもわからない、

 とりとめのつかないシステムを都合良いように説明してるだけなんだから」

 

源太郎は自分の携帯電話をテーブルに置いて、未代奈の携帯も差し出すようにジェスチャーで伝えた。

未代奈は携帯を渡して、源太郎は自分のと同じように操作して、そのアプリケーションを削除した。

 

「これでよし、削除しておけば、今後君が誤って開いちゃうこともないし。

 全く、僕に感謝して欲しいくらいだよ、何から何まで手取り足取り教えたんだから」

 

源太郎は携帯を未代奈に返し、またコーヒーを飲んだ。

未代奈は携帯を受け取ると、店の奥へと入って行った。

 

 

・・・

 

 

それは今朝のことだった。

時刻はまだ8時、バレッタはオープン前の時間帯だった。

 

「あっ、絢芽、来てくれたんやね~」

 

バレッタのドアが開いて入って来たのは鈴見絢芽だった。

未代奈は開店準備をしていたが、絢芽を席に通して飲み物を出した。

そして、今日の為に準備をしていたプリンを二つ持って来た。

 

「今日はびり愛は来られんけど、二人だけでプリン会を開催しま~す!」

 

「でも、びり愛ちゃん、朝早すぎてパスって言ってただけで、本当は来られたはずなんだけどね」

 

絢芽はスプーンを持って早速プリンを食べた。

これが1日の楽しみであり、定期的に開催しているプリン会の醍醐味であった。

絢芽はズキュンヌで毎日のようにプリンを作っているが、

その作業から離れて、純粋に友達と一緒にプリンを食べる機会が欲しかった。

そこでズキュンヌに遊びに来ていた未代奈から提案されたのがプリン会であった。

趣旨はただ、三人で一緒にプリンを楽しむだけというシンプルなものだった。

ズキュンヌでアルバイトしているびり愛もメンバーの一人なのだが、

大抵三人のスケジュールを合わせるのは難しく、まだ三人で開催したことがなかった。

 

「でも、この時間じゃないとバレッタも忙しくなっちゃうし、

 二人もズキュンヌでアルバイトがあるからって、せっかく予定を調整したのにな~」

 

「あれじゃない、この間、私達が黒縁眼鏡をかけてた時、

 びり愛は黒縁じゃないねって未代ちゃんがいじりすぎたから怒ったんじゃない?」

 

「あっ、あれのせいなんかな~?

 でも、もう時代は黒縁メガネやんな~」

 

この日、未代奈も絢芽も黒縁メガネをかけて来ていた。

だからなんだという話だが、びり愛がその輪に入るのを拒絶した説があった。

だが、真実はおそらく、ただ眠たかっただけだと思われる。

 

時刻は8時20分。

二人はプリンを食べ終えた後で雑談を始めた。

絢芽は9時にはズキュンヌに行かなければならない。

 

「絢芽はさぁ、昨日は何しとったん?」

 

「昨日かぁ、私はずっと家にいたなぁ。

 ああ、録画してたユニコーンノギダム観てたよ」

 

それは些細な話から始まったのだ。

誰もこんなことになるとは思ってもいなかった。

 

「・・・ノギダムってさ、私全然知らんのやけど、それっておもしろいん?」

 

未代奈は好奇心からそう絢芽に尋ねた。

絢芽がノギダムが好きだったことは前から聞いていて知っていたし、

たまにノギプラを作っていたことがあったので見た事はあった。

ちなみに、ノギプラとはノギダムプラモデルの略である。

 

「うん、未代ちゃんは観たことないの?

 アニメだけど、大人も楽しめるくらい結構深い作品だよ」

 

「なんか~ロボットアニメって男の子が好きそうやん?

 私あんましそういうの観たことないからさー」

 

「えー、結構面白いと思うよ。

 まあ人それぞれ好きなものは違うから、未代ちゃんにとって面白いかどうかはわからないけど」

 

そう言いながら、絢芽は携帯を取り出して検索エンジンでノギダムを調べ始めた。

初心者がノギダムとは何かを理解するのにうってつけのサイトが見つかったので未代奈に見せた。

 

「宇宙世紀?」

 

「うん、ノギダムって人類が宇宙に出た後の話だから。

 西暦じゃなくて、宇宙世紀っていう架空の暦を使ってるんだよ」

 

「へー、ただのロボットアニメじゃないんやね。

 なんかもっとロボットがずっと戦うばっかやと思っとったけど」

 

「そうだよ、もっと人間ドラマみたいな感じが多いかなー。

 人類愛みたいな物が描かれていて、なんか色々と考えさせられる作品だよ」

 

「へー、絢芽、本当にノギダム好きなんやね。

 なんかノギダム語ってる時の目がキラキラしとるもん」

 

「あっごめん、ノギダム好きじゃなかったらわかんないよね。

 私、好きな物の話をあまり誰にも共有することがないから、

 わかってもらえると嬉しくなっちゃって・・・」

 

「ううん、別に気にしとらんよー。

 絢芽が好きなことやったらどんどんしゃべりんさい」

 

「それ、どこの方言?」

 

「えっ、なんかノリで言っちゃった」

 

そんな事を言い合いながら、未代奈が立ち上がった。

「そろそろ2個目のプリン行っとこーか?」と言いながら。

どうやらプリン会は、複数個のプリンを食べるのが常識らしかった。

サラリーマンの「二軒目行きますか?」的なノリらしい。

 

だが、お店の奥に引っ込む前に、未代奈が振り向いてニッコリと笑った。

何かを思いついた時の楽しそうな未代奈の表情である。

 

「いいこと思いついた、ちょっと待っとって」

 

未代奈はプリンを取りに行くだけでなく、何か思案があるらしかった。

絢芽は何か他人の心の中を積極的に詮索するタイプではないので、

未代奈が何を思いついたのかは、未代奈が帰ってきたらわかることだと考えていた。

携帯電話をテーブルに出し、時刻を確認した、8時35分。

未代奈が持ってくる2個目のプリンを食べたら、そろそろ出勤しようかと思っていた。

 

だが、絢芽が携帯をしまおうとした時、画面に何やら通知が来たのに気づいた。

それは新しいゲームのアプリの無料ダウンロードの知らせのようだった。

絢芽は少し気になって見てみると、それは「機動戦士ノギダムN46 ー黒い憎悪編ー」というゲームであり、

期間限定の無料ダウンロードが可能だという知らせだった。

 

「あっ、通知来た~?」

 

未代奈が嬉しそうにプリンを持って帰って来た。

どういうことか分からずにいると、未代奈はとりあえずプリンをテーブルに置いた。

 

「それ、バレッタ限定のダウンロードアプリやから」

 

「えっ、そんなのあるの?」

 

「うん、お客さんを呼び込むために、これでも色々考えとるんやからね。

 来週から始めようと思っとったんやけど、絢芽が来たから特別に今日ダウンロードできるようにしてみた」

 

未代奈は嬉しそうにほんわかした声でそう告げた。

他人を幸せにすることが、何よりも自分の幸福なのだ。

未代奈はそう考えていて、他人に何かをしてあげたい性格をしていた。

 

「えっ、嬉しい、ありがとー。

 どんなゲームなのかな、アクションとかかな、RPGなのかな?」

 

「私もやったことないから分からんけど、なんかすごい話題にはなっとったみたい」

 

「へー、ちょっと見てみようかな」

 

絢芽はそのアプリケーションをダウンロードしてみた。

少し時間がかかっている間、2つ目のプリンをスプーンで口に運んだ。

「開きますか?」の文字が出て来たので、絢芽はそのまま「はい」を選択した。

 

そして、絢芽はスプーンを床に落とした。

なんだか急にすごく眠たくなって来て、食べかけのプリンが2つにも3つにも見えた。

 

「・・・未代ちゃん・・・これって・・・何・・・?」

 

絢芽はテーブルにうつ伏せになるようにして眠り込んだ。

向かいに座っていた未代奈は驚いて椅子から立ち上がった。

そして、絢芽の体を揺すってみるも、絢芽は一向に目覚める気配はない。

 

「絢芽!絢芽!なんで、どうして?絢芽ー!」

 

白雪姫のように眠り込んでしまった絢芽はどうしても起きなかった。

未代奈はパニックになって「ムンクの叫び」のような叫び声をあげた。

どうにかしなければと、また店の奥へと駆け込んで行く。

 

「森ちゃん、開店前だけど、もう入ってもいいよねー。

 この時間がいつも空いてるの、僕くらい常連だとわかっちゃってるからさー。

 まあ、別に贅沢は言わないよ、いつものコーヒー淹れてくれない?」

 

その時、店にやって来たのは源太郎だった。

彼は色々あって未代奈には嫌われているが、めげることはなかった。

時々この店にやって来ては、同じ留学生の未代奈と話をしたいのだ。

 

だが、この日はさすがの彼も焦った。

開店前に来ることも多かったが、入ってくるともうすでに先客がいたのだ。

そして、その先客はテーブルにうつ伏せになったまま動かない。

床にはスプーンが落ちていて、プリンは食べかけのままである。

スプーンと彼女の姿勢から、明らかにスプーンを落としたように見えた。

 

「・・・こ、こ、これはいったいどうしたんだ!?」

 

源太郎がうろたえていると、店の奥から涙をボロボロこぼした未代奈が姿を現した。

彼女はさすがにどうしようもなかったのか、嫌いなはずの源太郎に駆け寄って来た。

 

「・・・大変なんです、誰かがプリンに毒を・・・」

 

 

・・・

 

 

 

こうして源太郎は、プリンの毒が混入された線で検証して30分をロスした。

どう考えてもプリンに毒は混入されていなかったことが証明されてから、

源太郎はテーブルの上の携帯電話でアプリが起動しているのを発見した。

 

隣に立っていた未代奈がまだ涙ぐんでいたが、

源太郎はこの早とちりがもたらした謎の検証で時間をロスしたことを恨んだ結果、

その毒入りプリンと思われているプリンを突然食べるというドッキリを仕掛けた。

案の定、未代奈は「ひゃあ!」と声を上げて驚いていて、

彼が普通に食べてしまうのを見ても、まだ何が起きたかわかっていなかった。

 

「森ちゃん、プリンは普通に美味しいよ。

 これはバレッタで商品化してもいいくらいに。

 でもね、このアプリはどうしたんだい?

 これは未来の世界でダウンロード禁止になったソフトだよね。

 しかも、どうやってこの時代のアプリに移植したの?」

 

未代奈は驚きながらその話を聞いていた。

どうやら未来でそのゲームが話題になったことだけを知り、

現代に取り入れたくて、カスタマーサポートに電話をして聴きだしたらしい。

本当はもっと短時間でわかるのだろうが、彼女は機械が得意な方ではないので、

8時間もかけてしまったらしい、その執念は買うが、サポートセンターの人の根性も素晴らしい。

 

「わかった、とにかくアプリを止めないとだね。

 彼女は今、ゲームの世界に迷い込んでしまってるんだよ。

 このゲームの危険なところはね、ゲームの世界でやられてしまったら、

 二度とこの世界には戻って来られなくなるところなんだ。

 とにかく、早めにアプリを止める方法を調べることだ」

 

源太郎はそう言ったが、未代奈は涙ぐみながら首を振った。

 

「ムリムリムリ・・・だって私が調べたら、また8時間くらいかかっちゃうし・・・。

 そんなことしてる間に、絢芽がゲームオーバーになったら、私どうしたらいいんですか!!」

 

前半は珍しく自分の未熟さを認めた未代奈だったが、後半の口調は逆ギレもいいとこだった。

あまりにもパニックに陥っていて情緒不安定すぎて感情の振り幅が大きすぎる。

そんな状況ではあったが、とにかく、源太郎は彼女は自分を頼っているのだと好意的に解釈してアプリを止める方法を探し始めた。

 

アプリを止める方法を調べるのに、また1時間程度かかった。

ゲームの進行具合は、携帯の画面を見ていればわかるようになっていた。

そこでは普通のゲームのように物語が進んでいるのがわかるのだ。

 

「わかったよ森ちゃん、止める方法が」

 

「どうすればいいんですか!?」

 

未代奈は身を乗り出して尋ねて来た。

友達を助けないと行けない時は、彼女はとても熱くなる。

 

「ゲームを止めて彼女が戻ってくる方法は、セーブするポイントまでたどり着くことだよ。

 ボス系のキャラクターを倒せば、どうやらセーブポイントになるらしいけど、

 さっきからゲームの展開を見てる限り、絢芽ちゃんは敵を倒す気がないね・・・。

 きっとゲームだってことがわかってないんだ、これでは永久に出られないよ」

 

未代奈が悲しそうな顔を見せたので、さすがに源太郎もかわいそうに思った。

 

「助け出す方法はある、僕らもゲームの世界に入って、彼女をサポートして敵を倒してもらうことだ。

 もしくは、強制リセットという方法もある、つまり僕らが代わりに倒したっていい。

 セーブポイントにたどり着いたら、彼女を一緒にこの世界に引き戻せるはずだよ。

 さっきから物語を見てる限り、絢芽ちゃんは優しすぎて敵を倒す気がないから、

 もうこっちで倒してしまうしかないかもしれないね」

 

未代奈がすぐにでも携帯でアプリをダウンロードしようとしたが、源太郎はそれを止めた。

 

「ちょっと待って、君はこのゲームやったことある?

 もし中に入ってやられちゃったら、君まで出て来れなくなるんだからね」

 

「でも、ここで待っていても絢芽は戻って来ないじゃないですか!」

 

「わかってるよ。

 幸い、僕はこのゲーム、バグがないものでやったことがある。

 そして、まず課金しよう、その方が安全だ」

 

「カキン?」

 

未代奈はピンときていないようだった。

 

「課金しないでゲームに入ったら、最弱のノギスナイパーからスタートすることになる。

 僕らにはレベルアップをしている時間がないから、課金してガチャを回してモビルスーツを手に入れるんだ。

 それで少しでもいいモビルスーツに乗った方が、勝てる確率が高まる。

 おまけに、そのモビルスーツのノギプラも貰えるらしいけど、まあこれはおまけみたいなもんだね。

 君は怖かったら来なくてもいいよ、もし僕が戻って来なかったら、未来にいる先生に連絡してくれ・・・」

 

源太郎はアプリを起動しながら、課金してガチャを回すことを選択した。

ガチャで手に入れたのは、青い可変型のモビルスーツだった。

 

「・・・ダメだ・・・ブルースカイだ・・・僕はいつも・・・これ出るな・・・何度目の・・・ブルースカイか・・・」

 

源太郎はそう言って、テーブルに倒れてしまった。

彼の伏せたテーブルの上には、どこからともなく青いモビルスーツのプラモデルが現れた。

 

源太郎はそうしてゲームの世界に行ってしまった。

だが、彼が行ってしまう前のセリフで、これでは勝てないかもしれないと未代奈は思った。

彼女はこのゲームをやったことすらなかったが、とにかく絢芽を助けることしか考えていなかった。

 

そして、彼女も同じようにゲームのアプリを開き、ガチャを回すことにした。

そこで出たのがこのゲームのレアモビルスーツである蝶のようなルックスをしたバレッタノギダムだった。

 

 

・・・

 

 

そうして、兎にも角にも絢芽はこの世界に戻ってくることができた。

バイトの時間は遅れてしまったが、彼女には長い夢を見ていたような気がしていただけだった。

ゲームに入ってしまう前の記憶は、源太郎が軽く操作しておいた。

こんなゲームがあることを知られてしまっては、未来人に繋がるきっかけになってしまうからだ。

そういうきっかけは理屈ではない、疑問を抱き始めた人間は、胸の衝動に任せて何かを嗅ぎつけたりする。

物事は初めに処理をしておく方が、後がスムーズに進むのだ。

 

源太郎は携帯電話で時間を確認した。

ちょっとコーヒーを飲みにきただけのはずが、もうすぐお昼の時間になってしまう。

 

「さて、森ちゃん、僕はこの辺で失礼するよ。

 昼からは雨だって天気予報でも言ってたし、巻き込まれないうちに帰った方がいいからね。

 そうそう、今日のコーヒーのお代は、もういいだろ?

 僕の時給に換算しても、十分すぎるくらい君に還元したはずだからね」

 

悪い奴ではないのだが、いちいち鼻につく言い方しかできないのが彼の欠点だった。

未代奈はいつも彼の話などは聞いていない、聞いているふりをしているだけだ。

 

源太郎がブルースカイのノギプラを持ち、椅子から立ち上がってバレッタを出て行こうとした時、

店の奥から未代奈が出てきて何か申し訳なさそうな素ぶりをしていた。

源太郎が何だろうと考えていると、彼女は隠していた両手を後ろから出した。

 

「・・・今日はありがとうございました。

 これ、バレンタインデーなので、ささやかなお礼です」

 

未代奈が差し出した両手には小さな箱が乗っていた。

源太郎は今までこんなしおらしい未代奈を見たことがなかったので戸惑った。

さっきは冗談で言っただけだったが、まさか本当にチョコレートがもらえるなんて。

 

「・・・ま、まあ大したことしたわけじゃないけど、

 君がそこまで言うんだったら、僕ももらわないわけにはいかないねー、仕方ない」

 

そう言って源太郎はその箱を受け取った。

未代奈はニッコリと笑ってくれたので、この数時間は無駄ではなかったと思った。

バレンタインデーの日に、こんなアクシデントに巻き込まれたのも、実は運が良かったのかもしれない。

 

「・・・そうそう、ゲームでボスキャラ倒したから、ノギダムN46のノギプラ貰えたけど、

 あれ、森ちゃんにあげるから、部屋にでも飾っておくといいよ、まあ実際にボスを倒したのは君だしね」

 

源太郎は上機嫌になってバレッタを出て行った。

ノギダムN46のノギプラは、源太郎の指示で絢芽には見せないように店の奥にしまってあった。

下手に記憶を刺激して、ゲームのことを思い出してもらっても困ると思っていたからだった。

 

未代奈は源太郎を見送った後、そのノギダムN46のノギプラを手に取った。

その紫色のノギダムを、とりあえずレジの横のバレッタノギダムの横に並べて手を繋がせた。

また別のお客さんが入ってきて、その光景を不思議そうに眺めていた。

 

「・・・ふふ、今度絢芽にあーげよっ!」

 

やはり未代奈が懲りることはなかった。

 

 

・・・

 

 

「あっ、絢芽、無事だったんだ~良かった~!」

 

絢芽がズキュンヌに入ると、すぐに店長の真冬が奥から飛び出してきた。

いつも真面目に遅刻しないでくるはずの絢芽が来ないのだから、みんなで心配していたのだ。

 

「真冬さん、すみません、なんだか知らない間に寝てしまっていたみたいで・・・」

 

絢芽はそう言いながら丁寧に頭を下げた。

こんなに丁寧に謝られて、さらに怒れる人はいない。

怒った方が悪者になってしまうからだ。

それに、そもそも真冬店長は他人を怒ることはあまりない。

 

「うん、いいのいいの、絢芽が来ないから心配しちゃった!

 でもきっと毎日お店が忙しいから疲れちゃったんだと思う」

 

「いえ・・・すみません」

 

絢芽はまた申し訳なさそうな顔をした。

いつもは遅刻することなどないので、絢芽的には落ち込んでいるのだった。

店内にいたアルバイトのびり愛も「大丈夫だよ」と言い、

田柄美織も「気にしないで」と言って慰めた。

浜崎瀬奈も「時にはそんな日もあるさ、人間だもの」と言った。

 

「・・・あれ、みつを、じゃなくて、せなち、何でここにいるの?」

 

ズキュンヌのカフェスペースで、瀬奈は一人でドリンクを飲んでいた。

絢芽はびっくりしたようにそう尋ねたが、彼女はお客さんとしてこの店に来ていただけだった。

 

「そりゃ私だってカフェでお茶する事ぐらいあるでしょうが」

 

「でもわざわざこの店に来ることはなくない?」

 

びり愛が瀬奈にそんな事を言うのは、彼女はズキュンヌのアルバイト面接を受けたことがあったからだ。

だが、残念ながら彼女が面接を受けた時、アルバイトスタッフの3名はもう決まってしまっていた。

真冬店長は、申し訳ないと思いながらも瀬奈の応募を断った経緯があった。

 

「いいじゃん、私はこのお店が好きなんだから」

 

「そんなこと言って、空きが出たらまた応募しようと思ってない?」

 

「いやいや、どーせ私はチーム無所属ですよ。

 私は時々遊びに来てこの席からみんなの働きっぷりを見学させてもらうから。

 でもまあ、今日は絢芽がいなかったから少し驚きましたけど」

 

そんなことを言いながら、瀬奈はストローでドリンクをかき混ぜていた。

彼女が飲んでいた飲み物は、絢芽が考え出したという噂の新商品「自惚れピーチ」だった。

これは絢芽が買ってきた桃があまりにも美味しそうだったので、

スタッフみんなで、この桃はきっと自分が美味しいことを知ってるに違いない、という話になった。

それを絢芽がドリンクにしたのだが、真冬さんはそれを「自惚れピーチ」と名付けたのだ。

 

「ごめんね、せっかく期待して来てくれてたのに・・・」

 

絢芽はまた申し訳なくなって頭を下げた。

「ああ、気にしないで、びり愛がドリンク作ってくれたし」と瀬奈はフォローを入れた。

店長の真冬も、これ以上謝らせても仕方ないと思っていた。

楽しく働く環境でなければ意味がないのだ。

 

「うん、大丈夫だから、もう気にしないで。

 それよりね、今日は絢芽に見せたいものがあるの。

 これ見たら絢芽きっとびっくりすると思う~!」

 

そう言って真冬はニコニコしている。

そうでなくても、真冬はいつもニコニコしているのだが。

そう考えると、そう言う方面では偉い人である。

 

「じゃーん!」

 

そう言って真冬は左手の小指を絢芽に立てて見せた。

そこには赤色のネイルが塗られており、続いて美織も同じように見せてきた。

 

「ちょっと真冬さん、じゃーんは中学生の特権ですから」

 

そばで聴いていた瀬奈がそう言った。

この児玉坂の街では、中学生の女子がじゃーんと言うのが流行っているらしい。

 

「いやいや、私が言っても別に大丈夫だし。

 それより、このネイル可愛くない?

 これからズキュンヌのスタッフは、左手の小指に赤いネイルをしま~す!

 これがここで働くスタッフの約束事で~す♡」

 

「えっ、嘘でしょ!?

 そういうの本当に勘弁してください」

 

びり愛が軽蔑の視線を向けながらそう言った。

 

「いやいや、そんなびり愛の小指にももう塗られてるから」

 

真冬がそう言ったので見てみると、びり愛の左手の小指にも赤いネイルが塗られていた。

 

「えっ、いつの間に!」

 

「さっきびり愛が休憩室で寝ちゃってた時、

 私がこっそり塗っちゃいました~♡」

 

「もうほんっと勘弁してください、うーわ最悪!」

 

びり愛はそう言いながら小指のネイルを落とそうとした。

だが、しっかり塗られているネイルは落ちそうもなかった。

 

「え~美織は可愛いと思うけどな~♡」

 

美織はそう言いながら自分の小指を角度を変えながら嬉しそうに眺めていた。

だが、絢芽はそれに断固として反対の立場だった。

しかし、そんなことは言い出せない、何か言いたくなって、また言葉を飲み込む。

こう言う時にノギダムN46が代わりに言ってくれれば・・・。

 

「さあ、絢芽も塗ったげるからこっち来て~」

 

あんなものを塗られてしまったら、また余計なストレスを抱えてしまうだろう。

そして、それは心の底に黒い憎悪として溜まり続けて、やがて人を爆発させてしまう。

何よりも、ノギダムN46は嫌がっていた、それはすなわち、絢芽も嫌ということだ。

 

「・・・真冬さん」

 

「ん?どしたの?」

 

「・・・私は塗りたくないです、それから、真冬さんもやめた方がいいと思います・・・」

 

絢芽がいつになく真剣な目つきでそう言ったので、4人は目を丸くした。

 

「もう、絢芽までびり愛みたいなこと言わないでよ~♡」

 

真冬は冗談っぽく笑って真面目に取り合ってくれなかった。

美織も「本当にびり愛みたい」とはしゃいでいた。

びり愛は嫌そうな顔で小指を見つめている。

 

「・・・すみませんが、私はふざけているわけではありません。

 きちんと言わなければならないことは、しっかり自分で言うと決めただけなんです」

 

絢芽は心に秘めた思いを、きちんと伝えようと思った。

それで誰かを助けることができたり、自分の意思をわかってくれることもあるかもしれない。

いつまでも言葉に縛られていたくない、何かを主体的に変えて行きたい。

あんな悲劇は繰り返したくない・・・時は二度と戻らないのだから。

 

「・・・と、ノギダムN46が言っていました」

 

絢芽は下を向きながら照れ臭そうにそう言った。

聴いていた三人はますます意味がよくわからなくなった。

 

「・・・すみません、お店の制服に着替えてきますね」

 

絢芽は静まり返った場の雰囲気が嫌で、更衣室へと入って行った。

遅刻しているのに何かを偉そうに言っている場合ではないと思ったのもあった。

 

更衣室のドアをバタリと閉めて、絢芽は両手で胸を抑えた。

さっきはあんなに偉そうに言ってしまって、大丈夫だっただろうか?

胸の鼓動は高まっていて、無理をした反動が身体に来ていた。

 

(・・・でも、私はちゃんと言うべきことを言ったんだ、これで良かったんだ・・)

 

絢芽は何となく心が軽くなった気がした。

そして、肩の力を抜くように息を吐くと、自然と笑みが溢れて来た。

あの夢は、なんだかよくわからなかったけれど、面白かったな・・・。

 

 

・・・

 

 

 

(あ~、天気が良い休日って最高ね)

 

久しぶりの休暇を地元で過ごすことは至福の時だった。

少なくとも、白岸芽衣のような芸能人にとっては早々あることではない。

 

(ハワイとかも良いけど、やっぱり私はこの街が一番落ち着くかな・・・)

 

ファーのついた赤いコートを着て、児玉坂の中央通りを歩く彼女はいつも通り美しかった。

仕事は完璧にこなすぶん、休日は何も気にせずにゆっくりと過ごすのが彼女流だった。

自宅でゴロゴロしているのも楽しいけれど、街を散歩するのも気持ちいい。

 

街行く恋人達が多く目に入ったのは、今日がバレンタインデーだったからだ。

芽衣は忙しすぎて曜日の感覚もないし、行事のある日は仕事で埋まってしまうことが多い。

クリスマスも年末年始も、結局はお仕事でゆっくりしていることはできなかった。

ようやくお休みが取れたけれど、一人で散歩しているのは勿体無くもあった。

だが、普通の休日に休みが取れない芽衣は、友人と休みを合わせることもできない。

結局はこんな風に当てもなくブラブラと過ごすことが多かったのだ。

 

(・・・ゆっくりお休みが取れたのも、夏休み以来かもしれない。

 そういえば、あの時もこんな風に児玉坂の街を散歩したっけ。

 そうそう、あの時は真冬のお店にも寄ったんだった。

 あいつ、なんか知らないけど勝手に私の写真集の真似してて、

 自社出版とかで変な写真集をお店で売ってたんだっけ。

 勝手なことばっかしてたから、結構怒ってやったけど、

 もうしませんって反省してたから、しょうがないから許してやったんだった。

 でも、あれもよく考えたらちょっとかわいそうだったかなー?)

 

芽衣はこんなことを思い出しながら、気づいたらズキュンヌの前を通りかかった。

お店の中の様子を覗いて見ると、いつものスタッフと一緒にワイワイ賑やかそうに笑っていた。

 

(・・・ふふっ、相変わらずなんだから。

 まあでも、こんなお店があるって羨ましいな。

 みんな仲良く家族みたいに楽しく働けてるんだし。

 そういえば、クリスマスは忙しくて今年はケーキ買ってあげられなかったし、

 バレンタインデーで新商品出すって言ってたから、まあ何か買ってあげてもいっか)

 

そんなことを考えて、芽衣は微笑みを浮かべながらズキュンヌへ入って行った。

 

「この赤いネイルの意味は、私達がお客さんと繋がってるって意味だから♡」

 

「もうほんとそういうの勝手に決めるのやめてください!

 だから私達いつも、やらされてる感あるって言われるんじゃないですかー!」

 

「あっ、絢芽が帰って来た、じゃあ次は絢芽にネイルを塗ってあげよっかな~♡」

 

「・・・真冬さん、飲食店でネイルをするのは、お客さんに怒られませんか?」

 

「大丈夫、こんなに可愛いんだから、きっとお客さんも私たちのこと許しちゃうから~♡」

 

そんな話をしている時、ズキュンヌのドアが乱暴に閉まる音がした。

 

なんだかこれから楽しそうな事が始まりそうな予感がして、

瀬奈は一人で「自惚れピーチ」を飲みながらその光景をじっと眺めていた。

それにしても、なんとなく辺りが暗くなった気がして窓から外を眺めてみると、

空模様は午前中の快晴が嘘のように何処かへ消え去ってしまい、

いつの間にか雲行きが怪しくなり、ゴロゴロと雷の音が空に轟き始めていた。

雷はズキュンヌに落ちるかもしれない、と瀬奈は考えていたのだが、「まあいいか?」とも感じていた。

きっと真冬店長が避雷針になってくれるのだから、ここはひとつ高みの見物を決め込んでやろうと思っていた。

 

「まあ・・・良くないって!」

 

真冬はムンクの叫びのような叫び声をあげた。

 

 

 

ー終幕ー

 

 

 

 

 

 

インフルセンサー ー自惚れのあとがきー

 

 

このあとがきを書く段階になって、一体何から書こうか迷っている。

それと言うのも、書きたいことが多すぎるからだ。

それくらい本作も思い入れの深い作品になってしまった。

 

ただし、書いている段階からわかっていたことだが、

この作品は機動戦士ガンダムを知らない人には読みにくいと思う。

それは、世界観を知らないし、映像がまずイメージの中にないからだ。

そもそも、筆者は小説版のガンダムを読んだこともあるが、

アニメで映像を見たことがない人には到底読めないと感じたことがある。

それがこの作品において解消できない一つの問題である。

 

逆にガンダムを知っている人には、おそらくこの世界観や物語の意味などがわかりやすいと思う。

そもそも、そういったエッセンスや枠組みを利用して作られているのだから当然だ。

 

ガンダムを知らない読者がどの程度ついてこれるのかはわからないが、とにかく書き上げてみた。

この作品はもう1年以上前から頭の中にイメージがあったからだ。

もちろん、ストーリー自体は改めて考えたので、今風の展開を見せるのだが、

登場する人物がいささか懐かしい人も含まれていることから、

構想自体が随分前からあったことは察していただけると思う。

その構想を残したい思いもあって、懐かしい人にもご登場いただいた。

本人は望んでいないかもしれないが。

 

本作のストーリーだが、個人的には結構タブーにも踏み込んだ気がしている。

書いていいのか、書かないほうがいいのか、迷った末に書いている。

それは結局、書きたいから書き始めたわけであり、自分に嘘をつくことになるからだ。

だが、筆者が書いていることが引き起こす効果や与える影響については、

ある意味で筆者は無責任かもしれない、それについてはいつも葛藤しているし悩んでいる。

本作は久しぶりに書いているが、実は本作の前には書きかけの物語が一作あった。

リリーナイトが主役になる物語だが、他にも多数登場人物はいたのだが、内容は本当に暗いものだったし、

これを書くことが良いのかどうか、本気で迷ってお蔵入りになった。

タイミングも逃してしまったので、もう二度と作者の頭の中から形になることはないだろう。

 

今までのあとがきでもなんども書いている気がするが、

筆者は全てのキャラクターやストーリーに深い愛情を抱いている。

全てを肯定的に書いているつもりなのだが、否定的に捉えられる可能性もあるし、

それがなんとも葛藤する部分である、かといって物語を綺麗事だけで書いたら嘘になるだけだ。

キャラクターによって役割は異なるし、葛藤させられたりもするし、失敗させられたりもする。

だが、全てのキャラはその役割を担当してくれたり、物語に深みを与えてくれたりする。

誰が悪いも、劣っているも、優っているも、そんなことは重要なことではないのだ。

世界には勝ち負けも優劣もあるし、だがそこに生きる人々にそれぞれの物語があり、それが全て意味がある、尊い。

 

弁解ばかり書いていても仕方ない。

先に進もう。

 

本作ではワカ=ムーンとザキ=レナが筆者の中で敢闘賞だった。

二人ともよく登場するのだが、主人公ではないし、だが渋い名脇役と言った立場だ。

それにしても、この二人はよく喋ってくれるし、セリフが全部綺麗に決まる。

どう言うわけかわからない、劇場的なキャラクターというか、かっこいいセリフを吐かせても凄くいい。

二人とも頭のいいキャラなので、その性格に合わせて作者が言って欲しいことを的確に喋ってくれるのだ。

作者が言わせたいことを、このキャラは言わないだろうなという制限が少ない。

 

例えば、アヤメの場合は制限が多い。

彼女は筆者が言って欲しいことを基本的に言わない。

そういう性格ではないし、公の場ですごく積極的ではないし、開放的でもないからだ。

主人公でありながら、実はまだまだわからないことも多いし、動かすのは難しかった。

 

ただ、ザキ=レナ、ミリオン=ラブとの絡みでは彼女も割と自然体で話してくれた。

その場面では、いろんな意味で彼女は普通の今時の女の子だった。

また、モビルスーツについて話をするときには、人格が変わったように喋ってくれたし、

彼女の独特なキャラを描いていく場面では本当に楽しかった。

ノギダムN46に乗って飛び出していく場面などは、なんとなく筆者は感極まっていた。

彼女はこちらが応援したくなる性質を持っているのかもしれない。

 

さて、本作品も従来の作品と同じように、物語の中に色々と意味を込めている部分が多い。

どうしても筆者はそういう風に作ってしまうのであり、自然とそうなるのであるが、

おそらく読んでいても気づかないで終わってしまう読者も多いかもしれない。

 

一例を挙げれば、ワカ=ムーンとマイ=シロイシが戦う場面では二人ともビームナギナタを持っている。

二人とも、実は「あさひなぐ」の真春のセリフを喋っている箇所もある。

それがどういう意味を持っているのか、わかってもらえるだろうか?

 

その他にも、ニュータイプはガンダム本作とは違う概念に設定しているし、

ノギダムに乗るとはどういうことか、Zノギダムはなぜ100発もミサイルを打つのか、

NOGY社とは何をベースにしているのか、「バード」と「ゼルコバ」とは何なのか?

そして、物語で作者は一体何を批判しているのか、何に絡め取られてしまっているのか。

 

そういうことが色々と盛り込まれているので考えてみて欲しい。

もちろん、単純にキャラクターの名台詞もたくさん盛り込んでいるので、

あれだなと思いながら読んでくれてもいい、キャラの名前もそれらしく全部英語風になっている。

 

 

当初、この物語のタイトルは「傾聴する」だった。

その他にも「サイコキネシスの可燃性」なども候補に上がったのだが、

物語の途中でノギダムN46に使われる特殊部品を「インフルセンサー」にしたときから、

こちらのタイトルにしてしまおうと決めた。

歌詞にも地球やら宇宙やら重力やらが出てくるので、

こちらの方がちょうどいいと思ったのだ。

 

 

語ると長くなるのだが、ガンダムには男の子の理想が詰まっている、と思う。

科学、政治、経済、哲学、色んなことを勉強してから観るとそれがわかる。

完全に大人向けのアニメなのだ、男と女の駆け引きなんかもよく出てくる。

 

オリジナルガンダムでは、戦争の悲劇を描いている。

筆者が衝撃的だと思ったのは、ガンダムでは重要人物が声も出さずに死ぬ。

今までずっと物語の核となってきた人物が、2秒で死んでもう出てこなくなることもある。

だが、これが本当のリアリズム、人が死ぬとはどういうことかを監督は表現していると筆者は思っている。

それがこの作品が大人向けだと思う部分でもあり、作者の哲学を感じられる部分だ。

 

もちろん、ノギダムではそんなことは表現していないし、

筆者が伝えたいことはそんなことではない。

それは物語を読み解きながら考えてもらえれば嬉しい。

 

ちなみに、ジュード艦長はベースとなる性格がない。

なぜなら名前を拝借した人物を筆者は知らないからだ。

だから物語を進めるのに適した熱血艦長になっているが、

その辺はあまり気にせずにやり過ごして欲しい。

 

途中で出てくる政治的な駆け引きや展開がわかりにくいかもしれない。

だが、ガンダムも実際のところ、一度見ただけではストーリーは全然わからなかったりする。

そもそも、わかる人にわかるようにしか書いてない箇所もガンダムには多い。

だからこそ、政治や歴史を勉強して何度も見返す価値がある作品だと言える。

実際にガンダムの世界は、現実世界の延長線上にあるSF世界だ。

それは色々と勉強すればわかってくる、筆者もそれを理解するのに10年くらいかかった。

 

この作品もなんども見直して、ようやく理解できるのが深みだと思えば、これで良いかと思ったりもするのだが、

読者にとってあまりにとっつきにくい作品になっていないことだけを祈りたい。

できれば諦めずに、物語の意味を考えてもらえれば幸いである。

 

 

ー終わりー