人間という悪鬼

 

ー注意書きー

 

多少読んでいて苦しい文章が続くかもしれませんが、忍耐を持って読み進めてください。

しばらく読んでいれば慣れて何も感じなくなると思います。

なお、少しアゴを前に突き出しながら音読すると、文章の風味が際立ちます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誰の心にも1人くらいエンジェルが住んでるんだよな。

お、俺にとってそれは、びり愛ちゃん以外考えらんないの。

 

だけど、びり愛ちゃんを狙っているのは俺だけではないはずなのね。

ライバルが多いことはもうずっと前からわかってたんだよ。

でも俺は逃げることはしなかったの、むしろそのシチュエーションに俄然萌えたわけ。

だって、び、びり愛ちゃんはきっと俺が迎えに来るのを待ってっからね。

だってこの間お店に行ったときに、び、びり愛ちゃんは確かに俺だけにウインクしてみせたし。

 

俺は勇気を持って足を踏み出したんだけど、どういうわけか自動ドアが開くのが少し遅れやがった。

だから俺は自動ドアが開くよりも早く前のめりになったせいでドアに激しくおでこをぶつけたの。

そこでしゃがみこんだ俺が見えたのかな、びり愛ちゃんはこちらを心配するように駆け寄って来た。

予想外の展開になったけど、結果オーライ、これはこれで好都合だったわけ。

 

「大丈夫ですか・・・ってカサヲさん!?」とびり愛ちゃんは大声を出して驚いてた。

無理もないよな、だって俺は昨日もこの店に来たし、一昨日もこの店に来たから。

好きな人が毎日会いにきてくれんだから、年頃の乙女が喜ばないはずがねーし。

 

「び、びり愛ちゃん、でゅふ、きょ、今日もメイド服似合ってるね~」と俺はおでこを抑えながら彼女を褒めたわけ。

乙女が好きな男子に褒められるのに弱いことは、俺くらいの男になればすぐにわかんの。

案の定、びり愛ちゃんは照れちゃって俺の前から逃げ出したんだよ、まったくうぶなやつだよな。

 

俺はおでこを抑えながら立ち上がり、店の奥に置いてあるグラスに水を注いでから椅子に座ったの。

俺はこのパティスリー・ズキュンヌの店長の春元真冬とは昔っから知り合いで、

いつ来てもVIP待遇で迎えてもらえんだけど、それを敢えて断ってる。

水を汲んでもらうのも遠慮して、いつも自分で水を汲んで席に座ってんの。

俺の注文を取りに来るのを争って、従業員がヒソヒソと話をしてんのも知ってっけど、

俺は慌てずに1人で水を飲んで足を組みながら待ち続けてる。

スタッフの対応がどんなに遅くても決して怒る事はねーんだよ。

なぜって、こういう場所で従業員に対してキレる男は嫌われるって、

この間コンビニで立ち読みした雑誌に書いているのを読んだかんね。

俺ぐらいになると、そんなリサーチも日課となっちゃってんのな。

だから逆にお店側からVIP客扱いされんだよ、みんな俺の注文を取りたくて仕方ねーから。

 

 

 

・・・

 

 

「あ、あの~、ちゅ、注文まだかな~」と俺は店の奥を見ながらそう言ってやった。

従業員たちが全員でヒソヒソと話をしながら俺の注文を誰が取りに行くかで争っているのはわかっけど、

さすがにこれじゃサービス業として他のお客さんからの印象が悪いなと思った俺は、

それとなく注意してやることにして、そう呼びかけたわけ。

彼女達は押し合いへし合いしながら争い合ってけど、ついに決着がついたみてーで、

俺から今日、注文を取れるラッキーガールは鈴見絢芽ちゃん。

本当はびり愛ちゃんが来てくれればよかったんだけど、彼女はどうやら照れちゃってんだな。

 

「・・・い、いらっしゃいませ~、ご注文は何になさいますか?」と緊張した笑顔の絢芽ちゃんが尋ねてきた。

俺はメイド服姿の絢芽ちゃんをジロジロと眺めながら、萌える心を抑えるのに必死だったのは言うまでもない。

 

「あ、絢芽ちゃんが作ってくれる自惚れピーチ一つ・・・」と俺は告げた。

本当はびり愛ちゃんが作ってくれる萌え萌えキュンジュースも捨てがたかったが、

この前、そんなものはメニューにないとか言われちゃったし、

まあそんな事は分かっていて彼女達の反応を試したんだけど、

まだ若い彼女達にそこまでのアドリブ対応を求めるのは酷なので、

今回はせっかく俺の注文を取りに来てくれたラッキーガールの絢芽ちゃんに花を持たせよう、

という俺の粋な計らいでそんな感じにしてやったわけ。

 

絢芽ちゃんは余程嬉しかったのか、俺の注文を聞いたと同時にすぐまた店の奥へ走って戻ってった。

いつからかな、もう忘れたけど、この店の従業員はみんなすぐ照れちゃって、

俺が来るといつも店の奥に隠れてしまうようになってった。

他のお客が来たときには姿を現わすけど、やっぱ俺と目が合うと照れちゃって、

何も言わずにすぐに店の奥へ隠れるようになりやがった。

でもま、それは実際のところこの店だけじゃないの。

俺が行く店のほとんどの女の子は、俺の顔をみるとすぐ照れちゃって、

みんなすぐ店の奥へ隠れちゃうし、注文を誰が取るのか争うのも、

他の店でも同じで、つまりは彼女達のせいというより、

魅力がありすぎる俺の方に責任があるんだよね。

 

 

俺は背負ってたリュックをテーブルの下に置き、

ポケットからスマホを取り出して児玉坂46の公式ウェブサイトを開いた。

今日、これから会員限定の夏のバースデーライブチケットの優先予約が始まんの。

びり愛ちゃんには悪いけど、俺はとっても忙しい男なんだよな。

もちろん本命はびり愛ちゃんなんだけど、実はアイドルにもすっげぇモテモテだし。

特に児玉坂46のメンバーは、いつも俺に会うとすごく喜んでくれんの。

そんで、いつもまた来てくれと言って手を振ってくれる。

この前も俺にだけだよって言いながらウインクしてくれたり、

剥がされてる間にもずっと手を振ってくれたりしてた。

それから推しメンの何人かには、夏のライブにも来てくれってお願いされてっし、

そのお願いを叶えてあげるためには、今日なんとしてもチケットを予約しなきゃだめなんだよ。

最近では、あまりモテるのも困るから、握手会には行かずに割と在宅だったんだけど、

この前ちょっと久しぶりに現場に出ちゃったら、なんで来てくれなかったの寂しかったって言われちゃったし、

やっぱ一回認知もらっちゃうと後には引けないよなー。

 

こうして俺が真剣な顔でチケットの予約をしている中、

俺の後ろでは自惚れピーチを持って行くのを誰にするかでじゃんけん大会が開かれているのを俺は知ってる。

たかがじゃんけんなのに、みんな必死な顔して、そんなに俺のこと好きなのかよ。

だけどそれはマナーとして、俺は見て見ぬ振りを貫くことにしてる。

だって、俺があんまり見つめちゃうと、彼女達はじゃんけんするのをやめちゃうから。

俺のことで争っているのが悪いと思って遠慮しちゃうんだと思うけど、

とにかく彼女達に余計な気を使わせないようにする、これが俺流のマナーかな。

 

そうやって俺はチケットの予約に夢中になっているふりをしてやった。

どうやらじゃんけん大会は終わったみてーで、選ばれたのは田柄美織ちゃんらしいね。

彼女は確か、ここのアルバイトをもうすぐ辞めるとか、そんな話を聞いたことがあった。

俺が独自に仕入れた極秘情報だから、辞めちゃうの残念だねとか言ったらびっくりさせちゃうかもな。

 

俺は軽く鼻で笑ってから、彼女が後ろから自惚れピーチを運んで来るのに神経を尖らせてた。

彼女達は不思議なもんで、じゃんけん負けた人が俺に商品を届けるという少し変わったルールを採用してたんだけど、

多分、俺がじゃんけんの勝敗を読むことで誰が持って来るかを予想していると考えて、

その裏をつくために負けた人が行く、という斬新なルールを採用しているに違いなかった。

そして、俺に近づくのがバレないように足音まで完全に消してる。

だが俺には分かってる、あと2、3歩で美織ちゃんは俺のテーブルに辿り着く。

そして自惚れピーチをテーブルの上に置いたときに、さりげなく話しかけてやんの。

せっかく運んで来てくれる店員に愛想がないなんてのは、モテない男のやること。

俺は違う、そこんとこ、よく分かってっから。

 

「・・・あっ、でゅふ、み、美織ちゃん、なんか噂によるとアルバイト辞めちゃうんだって~?」

 

俺が振り返った瞬間、そこには美織ちゃんはもういなかった。

テーブルに目を戻すと、そこには自惚れピーチだけが置かれてた。

おいおい、照れるにもほどがあるだろう、それにしても逆にすごいテクだなおい。

無人店舗かと思うくらいの早業で提供されちゃったよ。

でも俺は知ってる、美織ちゃんは確かに右側から俺に近づいて来たって。

だってこの右側のあたりにかすかに美織ちゃんのいい匂いがしてるのを俺はちゃんと気づいてっから。

 

俺はとりあえず、しばらく美織ちゃんのいい匂いを楽しんだあと、

自惚れピーチを飲みながら、絢芽ちゃんが作ってくれたこのジュースを堪能してた。

きっと桃を掴んだときにこう手が触れてっから、このジュース自体はもう絢芽ちゃんそのものと言っても過言じゃない。

俺はちょっと他の人よりもぶっ飛んだ五感を持ってっから、その辺普通の人よりもだいぶ鋭い自信はあるし。

だから普通の人では気づかないような些細なそういうエッセンスも嗅ぎ分けることができんの。

これでただのジュースが通常の2倍は楽しめるんだけど、凡人にはどうやらこの楽しみ方がわからないらしいから、

これは必然的に俺だけが編み出した俺だけの楽しみ方ということになる。

やっぱ、俺くらい違いのわかる男にしか、こういう楽しみ方はできないんだよな。

 

 

・・・

 

 

児玉坂46の夏のバースデーライブのチケットは申し込みを終えたんで、

あとは抽選当たっかどうかだけ、これはさすがの俺でも神様頼り。

でもま、神様も誰を贔屓するかちゃんと分かってっから、まあ見とけって感じかな。

 

それにしても、さっきから全然この店の従業員が出てこねーけど、

さすがにこれは客に失礼だろう、いや、別に俺はそんなことでキレたりしねーけど、

他の客だっているんだし、もうちょっと愛想ないとサービス業とかやってけねーと俺は心配しちゃうんだよね。

優しさとは何なんだろうって、児玉坂46の曲にもそーいうのあったかも知んねーけど、

俺はやっぱちゃんと男としてビシッと言ってやるとこは言ってやるべきだと思うんだよね。

だからここはあえて心を鬼にして、叱ってあげなきゃダメなんだよ、俺的にはそう思ってる。

 

俺はもう飲み干した自惚れピーチのグラスをあえてテーブルの真ん中に置いてから、

「ドリンクのお代わりはいかがですか?」のチャンスを与えてやることにしてみた。

けど、やっぱ従業員はまだ店の奥から出てこない、これはもうさすがに無理だと思ったんで、

「あ、あの~、す、すいませ~ん、でゅふ、注文したいんですけど~」と店の奥へ声をかけた。

しばらくの間、何も反応なかったけど、やがてみんなに押し出されるように出て来たのは店長の真冬。

なんかすっげぇみんなから押し出されてて、どんだけ照れてんだよって感じなんだけどさ、

さすがに店長とはもう長い付き合いだから、そういうの勘弁してよって思ったりもすんだけど、

まあ、こんな風にさせてる俺の魅力が罪なわけで、そこはもう彼女達を責められないよな。

真冬はようやく落ち着いたみたいで、ちょっと俯き加減でこっちに向かって歩いて来た。

 

「あの~、カサヲくん・・・の方ですよね?」と真冬は俺に声をかけた。

他に何の方があるんだよと思ったけど、まああれか、今日は正装しちゃってっからわかんなかった?

赤のネルシャツに、ハイウエストのジーパン、丸いふちのメガネ、赤いバンダナでキメてっから、

いつもみたいにラフな格好じゃないからわかんなかったんだろうな、ダメだよ真冬、客ぐらいちゃんと覚えてないと。

しかも、俺別に普段からラフな格好ばっかで、基本的に2、3種類くらいしか着まわしてねーし、

この正装だってちょっと前に着て来たことあったと思うけどな~、忘れたの?

俺くらいになるとさ、そんないっぱい服とか買わねーから、そんな金あったら握手券買うし。

だいたい服ばっか買うチャラチャラした感じとか、本当は女の子は好きじゃねーしな。

女の子はもっと飾らない感じが好きなんだよ、服とか買ってる暇あったら会いに行ったほうが喜ぶの。

 

しかし真冬、サービス業やってる店長としてはこれじゃダメ。

それじゃ児玉坂46のメンバーの方が偉いよ、だって彼女達、俺の服装とかちゃんと覚えてっし、

しかもいつもオシャレだねって褒めてくれっからさ、バンダナ可愛いねとか言われたことあるけど、

やっぱ推される子ってそういう細かいとこちゃんと見てんのな、そんでちゃんとさりげなく褒めんだよ。

そーいうのやっぱ大事だよね、でもサービス業でもおんなじだよ、お客のそういう細かいとこ見てないとさ。

ま、ここまで正直に言っちゃうと真冬もさすがに傷つくだろうから、これは俺の中でオフレコにしとくけど。

 

「・・・なんか、最近毎日来てくれてるみたいでありがと~、でもそんな無理しないでいいからね」と真冬は言った。

俺は彼女がどういう意味でそんなことを言ったのか一瞬考えたが、何を今更そんな水臭いことを言うのかと思った。

 

「いやいや、別に無理とかそんなんじゃねーから、び、びり愛ちゃんに会いに来てるだけだし」と俺は正直に言った。

ここで普通の男だったら目的をごまかしたりなんかして、逆におどおどしちゃって情けない感じになるんだよ。

でも俺はそこんとこちょっと違って、あえて正直に言っちゃうわけ、女の子達もびびっちゃうよね、

えっ、こんなに正直に言われたことないって、それが逆にいいんだよね、ドキドキさせちゃってさ、

女の子も意識しちゃうわけ、やっぱ好きって気持ちは正直に伝えるのが一番なんだよな。

 

「・・・うん、でもほら、びり愛もやっぱり毎日だとさすがに辛いって言うか・・・」と真冬は言った。

何か言いにくそうな感じだったので、俺は彼女の真意はどこにあるのか考えてからピンときたの。

やっぱ、びり愛ちゃんも俺のことが好きすぎて仕事に集中できなくなってしまっているのかもしれない。

そこまで行くと、さすがに俺の存在が逆に重荷になってしまうのか、それは俺としたことが気づかなかった。

これはモテる男だけが経験することなので、普通の人々には理解しにくいことだと思うんだけど、

俺くらいのモテる男になると、その辺も配慮して生きていかなきゃいけなくなるんだよな。

 

「あっ、そっか、ごめんごめん、俺としたことが気づかなかった」と俺は正直に謝った。

真冬の顔はパッと明るくなった、そりゃそうだよな、言いにくいことを言わせてしまったんだからな。

びり愛ちゃんは今、店の奥で俺への気持ちが溢れすぎて仕事にならねーって悶えてるんだからな。

俺はリュックを持って椅子から立ち上がり、レジの前に行って会計をすませる事にした。

ドリンク代は500円、握手券より安い、やっぱコスパは全然いいんだよな。

しかもびり愛ちゃんの為だから、プライスレスの為だから、こんなの痛くも痒くもねーし。

 

「じゃあ、今度からは1日置きに来るからね」と真冬に告げて店の奥へ目をやった。

そこには誰も見えなかったが、びり愛ちゃん達が俺の噂をしている姿が鮮明に目に浮かんだ。

 

「・・・ありがとう、カサヲくん、また来てね~・・・」と真冬は俺に手を振って見送ってくれた。

なんだかんだ言って、真冬も俺のことが好きなんだろうな、でもごめん、俺にはびり愛ちゃんがいるから。

 

お店を出て10秒くらい歩いてから、真冬が店の中に入ったことを確認したら急いで戻る。

この時が実は俺くらいになると至福の時で、帰ったふりをして、店の隅からガラス越しに中の様子を確認するんだよね。

だってびり愛ちゃんは俺がいるときは恥ずかしがって出て来てくんないから、びり愛ちゃんを一目見るには、

この方法が一番いいと俺は発見したわけ、案の定びり愛ちゃんは店の奥から出て来ていて、

他の従業員達と何やら興奮気味に話をしてた、びり愛ちゃんは何やらとても饒舌になっていて、

何かいいことでもあったのかな、まあそれは俺が店に来たからだと思うけど、考えるまでもないよな。

 

俺はこうして満足してズキュンヌを後にした。

 

 

・・・

 

 

ヲタ活にとってコスパを考えることは重要なんだけどさ、

実際のところ、最終的には活動の終着点はプライスレスなんだよね。

推しの為だったらさ、出費がいくらだったとか全く関係なくなるわけ。

 

現に俺はさぁ、児玉坂46がグッズ出す度にタオルもチケホルも毎回換えてっし、

遠征も別に推しの為だったら当たり前だからさ、そんなんで躊躇するやつは全然甘いよね。

多分、そういう奴らは推しに対する愛が全然ないのにさ、にわかだって認めないからね。

俺はそういう奴らとは一緒にされたくないし、まあメンバーから見てもやっぱわかるよね、

だからメンバーもカサヲくんまた来てねって言ってくれるわけだし、そういう特別対応はあって当然で、

それをしてもらうためにどうすればいいかって、だれかに聞いたりする時点で俺からすると甘すぎなんだよね。

何をしたら推しが喜ぶかって、そういう風に考える癖をつけなきゃダメなんだよ。

 

俺はズキュンヌを出てから児玉坂の街のCDショップを何件も回り続けた。

これが苦痛だと思ってるやつは、もうヲタ活なんてできないよね、これが醍醐味なんだから。

お店に置いてある新曲のCDを見つけて買い漁るんだけど、

なんでネットで注文しないのって、そりゃお店によってもらえる特典が違うわけだし、

どの特典も一生に一度しか出会えないんだから、そんなの躊躇してたらなくなっちゃう。

それに俺の経験上、生写真の引きが良い店が何軒かあって、やっぱそういうのはネットに全部頼ってたらわかんないよね。

新規ヲタなんかはその辺、なんもわかってないから全部ネットで楽しようとするけどさ、

そういう楽したのって結局は後で全部自分にしっぺ返しが来るし、多分推しにもどっかでバレてっからね。

 

だから俺は愚直に足で稼ぐんだよ、そしたらわかって来るよ、ああこの店はいい写真出そうだなって。

俺は今までどこの店で買ったやつでいい写真が出たかとか全部記録つけてっし、

まず何より握手会で推しに会う前にチケホルに生写真入れとかなきゃ話になんない訳で、

本当はこの時点で挫けてるやつなんかは推しに会う資格なんてないんだよね、俺から言わせると。

あと、ヲタの中には俺が真面目にCD買ってることをバカにするやつもいると思うんだけど、

そりゃあ、もちろん本気になったら俺だってCD買わなくても握手券手にいれる方法も知ってるよ。

でも、俺は絶対にそれをやらない、アイドルはヲタが支えてなんぼなの、それわかってないやつはドルヲタの資格ないね。

 

街中のCDを大量に買い占め終わったので、俺のリュックは結構パンパンになった。

こういう時に手提げとかだと重すぎて持てなくなるから、やっぱヲタ活は自然にリュックになるよな。

なんか最近のチャラい若い奴らは手に持つカバンとか持ってっけど、あんなの全然機能的じゃないし。

これから握手しに行く手が塞がるような格好してどうすんだって、まあどうせ握手の前にカゴに入れっけどね。

けどああいう奴らはヲタ活をナメてんの、どうせ適当に握手してるだけだからツレと連番とかして、

そんくらいで推しに喜んでもらってると思ってるんだろうけど、そんなチャラいの推しも望んでないかんね。

 

 

さて、次はCDから握手券と生写真を抜いてまとめなきゃなんだけど、

それよりも腹ごしらえしなきゃな、腹が減ってはヲタ活もできぬって言うしな。

 

そんでさ、なんで俺が最初にコスパの話をしたかって、ここが重要だからなんだよ。

人は動いてりゃ絶対に腹が減る、なんか食わなきゃ持たない、そんなのわかってんだけど、

ここで良いもん食ってるやつは、推しに何で嫌われてっかわかってないやつだと俺は思うわけ。

 

だって、そんな金あったらなんで握手券買ってくんないのってなるわけじゃん?

また会いに来てねって言われて結局いけないやつは、大抵普段からいいもの食ってっから。

でも考えてみたらいいけど、推しが俺らが何食ってるかなんて興味あるわけないかんね。

推しは俺らが握手に来てくれるかどうかだけ見てるわけだからさ、昼飯は絶対コスパで選ばなきゃダメなんだよ。

 

だけどここが重要なんだけどさ、推しに生活の心配とかさせるやつはもう最悪だかんね。

そういう心配させてる時点でヲタ失格だし、まあ男として失格かな、俺に言わせると。

 

それで俺は昼飯を食べる場所に吉野家を選んだわけ。

吉野家は言うなればヲタ活の友みたいなとこあるから。

でもこの日はちょっと俺にも予想できなかったアクシデントがあって、

吉野家でのコスパいいランチを諦めなきゃならなくなったのよ。

 

俺が店に入ろうとしたらさ、どうやら中でコスプレしてる3人組がいることに気づいたのよ。

そんでよく見てみたらさ、その内の1人が俺の知り合いの若杉佑紀っぽいのね。

どういう経緯でそういうことになったか知んねーけど、まあこれはちょっとマズイなと。

だって俺は若杉のこと知ってっけど、若杉にコスプレ趣味があったなんて聞いたことねーし、

これはきっと見られたくないやつだと思ったわけ、俺もそういうのは結構ピンとくる方だからさ、

多分コスプレしてたのはノギダムってアニメのキャラだったと思うんだけど、

まあ俺はアニヲタじゃないし、ドルヲタ専門だからあんましわかんないんだけどね。

でもとにかく、ここは見て見ないふりしてあげるべきかなーっと思っちゃったからさ。

俺はこの日は吉野家を諦めて他の飯屋を探すことにしたわけ。

 

 

・・・

 

 

だけどさ、吉野家に行けないと俺は困っちゃったわけよ。

コスパがいいから大抵いつも吉野家で済ませちゃってっし、

他にヲタに優しい良い店とかもあんま知らねーからさ。

どうしようか困り果ててトボトボと歩いてたわけ。

 

そしたら偶然にも一軒のお店の前を通りかかったんだけど、

そこで店の前に出て掃除してた女の子が「えっ、カサヲさん!?」ってこっち見て叫んだの。

はいきたと思って、俺も思わず笑っちゃったけどさ、まあ認知もらってて嫌な思いするやついねーから、

まあ俺もその子に返事してあげようと思ったんだけど、また例のごとく恥ずかしがっちゃったみたいで、

その子お店の中に急いで走って戻っちゃったのね、俺もまあその店がなんて店か知ってっし、

何回も来たことある店だったから、まあ認知もらってても当然だとは思うんだけど。

 

それでその時、ふと俺は思い出したわけ。

そういえばこのお店には坂木トト子ちゃんっていう可愛い子が働いてて、

この間なんか児玉坂の街の「顔だけ総選挙」ってイベントで結構上位に選ばれてたのよ。

そのお祝いの言葉をまだかけてなかったから、俺はちょうどいいタイミングだと思って店に入ることにしたの。

 

店の名前は「よろず屋」って言って、飯屋じゃねーんだけど、なんでも屋みたいな店で、

どういうわけかこの日、店の中からすげぇ食いもんのいい匂いがしてたんだよな。

あと、実はここの偉い人とも顔見知りなんだけどさ、だから俺がいつ行ってもだいたい嫌な顔されないの。

まあ普段から結構色々してあげってからね、でも俺もそんなデカい態度とかしないよ?

そういうやつってさ、だいたいどこ行っても嫌われるんだよね、だから俺はしないわけ。

 

「こ、こんちわ」って気さくな感じで俺が扉開けて入ってったら、

「あっ・・・カサヲさんの方ですよね?」って尋ねて来た女の子がいたの。

なんかさっきもおんなじような質問されたけど、他に何の方があるのかしんねーけどさ、

まあ一つ言えることは、俺はここでも認知もらってるってことなんだよね。

話しかけて来た子は次藤みりんちゃんって女の子で、この店の女将さんみたいな人。

すっごい有能で気が利く子なんだけど、俺がトト子ちゃんいるって聞こうと思ったら、

「あいにくですけどトト子は今日はいないんですよ」って先手打たれちゃった。

 

「せっかく来てもらったのに、すみません」ってみりんちゃんの後ろに立ってた子が言ったんだけど、

その子はさっき玄関のとこで掃除してた寺屋蘭々って子で、この子もまた可愛んだけど、

俺はやっぱトト子ちゃん一筋だから、そこは認知もらってっけど一線引くようにしなきゃと思ってる。

 

だけど残念ながらトト子ちゃんはいないみたいなんで、俺はさっさと出て行こうかと思ったんだけど、

まあお目当の子がいないからってすぐ帰るのも失礼だなと思って、俺はこの店の偉いさんの勝村さゆみに挨拶しようと思ったのね。

それで「軍団長はあっちです」って部屋の後ろの方をさしながら蘭々が言ったんで、

俺がそっちを見たら、なんかわかんないけど勝村さゆみは白い割烹着みたいなの着てて、

こっちの事は全く気にしてない様子でせっせとカップラーメンの準備をしてたの。

さっき店に入るときにしてた食いもんのいい匂いの正体はこれだったってわけ。

そこには小さい屋台みたいなのが出来てて「かつむラー亭」って名前が書かれてた。

なんか知んないけど、いつの間にかさゆみんはまたなんか新しい事始めてたみたいだな。

 

「あら、カサヲくんの方ですか♡」って俺の方を見たさゆみんが言った。

やっぱり俺にはどうもカサヲくん以外の方があるみたいなんだけど、まあよくわかんないから気にしなかったけどさ。

「久しぶり」と俺は言って「何?ラーメン屋でも始めたの?」って尋ねたら「そうなのー♡」って返ってきた。

だけどその言葉をみりんちゃんが一瞬で否定してて、彼女が言うにはどうやらこれはさゆみんの気まぐれで、

食費を節約しながら気分だけでも美味しく食べられるようにする工夫なんだってさ。

なんか時々こんな風に気まぐれで屋台風にして、軍団長からの振る舞い飯ですって偉そうにされるらしい。

 

「偉そうになんかしてへんわー♡」とさゆみんが言ってたけど、

カップラーメンとお湯の入ったポットを掴んだまま昼飯を独占供給する立場だったから、

みりんちゃんも蘭々も腹が減ってはどうしようもないし、とりあえず彼女のご機嫌を取りながら昼飯を待ってたみたい。

俺もさすがにそれ見てると腹減ってきちゃったから、一つ余ってたのもらえんのかなーって思ったけど、

「カサヲくんの分はないんですー、これはトト子の分やからー♡」って否定されちゃった。

まあ別に、俺もそんな人様のうちで飯恵んでもらおうとか心の底から思ったりしねーけどさ。

でもトト子ちゃんの様子は見当たらねーし、余ってるのは勿体ないかなって思っただけだし。

 

だから念のために「ト、トト子ちゃんに会いに来たんだけどさ、いないみたいだね」って俺が言ったら、

「えー、そんなことないやろー、トト子ー!こっち来てー!」ってさゆみんが叫んだの。

その時、なんでかしんねーけど、みりんちゃんと蘭々は顔面蒼白になってたんだよ。

俺はこの時は何が起きてんのかよくわかってなかったんだけど、あとで考えてみたらわかったのは、

要するに、みりんちゃんと蘭々は俺を驚かせようとして、トト子ちゃんがいないふりをしてたわけ。

だからあんな感じで顔面蒼白になってたんだよ、この後トト子ちゃんが部屋の奥から出て来て、

サプライズがばれちゃったからか、みりんちゃんはさゆみんをすごい睨みつけてた。

 

まあそんなこんなで、俺は無事にトト子ちゃんに会うことができたわけ。

久しぶりに会ったトト子ちゃんはやっぱ可愛くて、黒髪を後ろで三つ編みにしてた。

なんかアニメのキャラから影響を受けたみたいだけど、俺にはそんなことはわかんない。

ただ、こういう時はシンプルに褒めてあげればよくって、難しく考えなくていいの。

 

だから俺は、

 

「ト、トト子ちゃん今日も可愛いね、なんか髪型変えたよね、でゅふ、俺は気づいたよ、

 前に会った時は後ろでシンプルに髪の毛留めてたよね、俺は覚えてんの。

 あれ、そういえばなんか前髪の分け目もちょっと違くない?

 なんか一割くらい違うと思うんだよね、他の人は気づかないと思うけど、

 俺は気づいたよ、だってトト子ちゃんの写真毎日見てるからさー、

 ちょっとした変化とかも見逃さずに気づいちゃうんだよね、

 えっ、も、もしかしてそれ俺のために変えてくれたの?

 俺が前に髪型変えたほうがいいってアドバイスしたの覚えてくれてんの?

 あれ、もしかしてハンドクリームも変えたよね、なんか匂い違うもんね。

 ああ、また同じハンドクリーム買わなきゃいけないなー、そ、それどこのやつ?

 あとですぐ買いに行くわ、それで毎日トト子ちゃんの匂いを嗅げるからさ、

 そうやってちゃんと匂い覚えるからこれからどこにいてもトト子ちゃんのこと見つけられるね・・・」

 

って言ってやったらトト子ちゃんはシベリアの氷山みたいに美しくて冷たい表情をしてて、

ゆっくりと右手を上げてこっちを指差したかと思うと、これまたダイヤモンドダストみたいに透き通った声で、

「あえて言おう、カスであると」と俺に向かってボソッと呟いた。

 

俺が呆然としてたら、そのまますぐみりんちゃんにバタンって扉を封鎖されて、

「トト子、ちょっと今日、体調悪そうなんで」って言われちゃって、

「えっ、でもなんか、カスとか言ってたけど・・・」って俺が追求したら、

「あー、あれはほら、カップラーメンかす汁味!」ってみりんちゃんがラーメン指差して、

俺はそっちの方を見たんだけど、パッケージはもう蘭々が隠しててよく見えなかった。

 

そんな感じで、結局カップラーメンの味はよくわかんなかったけど、

まあとにかく、そのままトト子ちゃんはもう出てこなくなっちゃった。

でもま、体調悪いところに長居するのもよくないかなと思ってたんで、

俺はこの辺で失礼することにしたんだけど、ハンドクリームのメーカーがわかんないから、

それだけみりんちゃんとかに聞いたんだけど、わかんないって言われちゃったんで、

結局、あとで自分で探しに行かなきゃいけない、俺はそんな感じで結構忙しくて日々時間がないんだよな。

 

 

・・・

 

 

 

そんな感じでトト子ちゃんに会えたから満足してたんだけどさ、

よく考えたら俺、飯まだ食べてなかったわけ。

とにかく早く生写真も整理しなきゃいけなかったし、

仕方なくその辺で適当な店に入ったのね。

でもちょっとミスったの、その店はなんか気取ってる感じで全然良くなかった。

 

まず、店員が男だった時点で、これもうちょっと論外だった。

蝶ネクタイとか気取った感じで、そこまでしなくてもいいよって感じ。

やっぱ男は自然体でないとさー、カッコつけすぎて逆にカッコ悪いみたいな?

とにかく入ったらすぐ嫌な予感したんだけど、「お一人様ですか?」って聞かれたから、

俺は「お、お、お一人です」って答えて、とりあえず席に案内されたわけ。

 

でもさ、これまた嫌な予感が的中したのよ。

通された席の隣がチャラい感じの男と女の2人組でさ、

俺が入って来たらこっちをジロジロ見やがってさ。

まず、男がシャツのボタンを上から2つ目まで開けてんの。

あと、女がどっかのブランド物みたいなバッグを持ってて、

持ち手のところになんかスカーフみたいなの巻いてて、

なんかすごい気取ってるのが俺の趣味じゃない感じ。

俺のパンパンに膨れたリュックを見てヒソヒソ何か言ってたから、

絶対俺とは価値観合わないタイプ、案の定男のカバンは手持ちタイプだった。

機能性のことを何にもわかってない奴らだよな。

 

あと、これ個人的に最悪だなと思ったのは、

この店、店員さんを呼ぶベルがテーブルの上にない。

だからこれ、マジ不便なのね、気軽に呼べないしさ、

ベルがないから店員はこっちをチラチラ見てくんだけど、

だったらベルつけたら早いじゃんって思うしさ。

なんかお高くとまってる感じがすっごい滲み出ててマジ辛い。

メニューを見たけど何頼んでも高いし、ドリンクだけでも800円とかするし、

だからこんなに昼間っから空いてんだよって思う値段設定。

で、席余ってんのになんで俺をこのカップルの横に通したのか。

しかも空調効いてないのか、俺の体から尋常じゃない汗が出て来て、

バンダナ巻いてなかったら汗が目に入って大変なことになってたはずだよ。

隣の席の女は「さむーい」とか言ってなんか肩から羽織ってたけど、

体温おかしいんじゃねーのかと思う、俺はこんなに汗だくなのに。

 

こんな店だったせいで、俺は注文するまでに15分もかかった。

だってベルがねーから店員を声で呼ばなきゃいけない。

しかも、スパゲッティみたいな気取った料理しかねーから、

俺はまず発音練習から始めなきゃいけなかったし。

吉野家のメニューは隅から隅まで知ってっけど、

こんな気取った店はメニューも気取ってっから何頼んでいいかわかんねーし。

だから俺は、とりあえず唯一聞いた事あるペペロンチーノを頼もうとして、

店員さんを見たんだけど、なんか目があうと俺とか無理なんだよな、

やっぱベルで呼ぶシステムが一番いいんだよ、目を合わせて呼ぶのとかさ、

俺的には本当に不便なやり方だと思うわけ、あーそれにしても暑い店だな。

空調おかしいからとりあえず俺はテーブルの上にあった水をもう全部飲み干してた。

 

「す、す、す」と何度も発音練習をしてから「す、すんません!」と俺は呼びかけた。

それからずっとテーブルの上のメニューをジロジロと見つめて店員が来るまで待った。

目を合わせるのは失礼だろうから、とりあえずずっとメニューだけを見てた。

「あの、こ、この、ぺ、ペロペロ、ペペロンチー、の・・・」と俺は店員に告げた。

この店はどうやら富士山の頂上くらい酸素が薄いみたいで、俺は呼吸するのがやっとだった。

店員はどうやら俺が指差していたジェスチャーから読み取ったらしく、

「アーリオ・オリオ・ペペロンチーノでよろしかったですか?」と聞き返してきた。

おいここは日本だぞ、日本語しゃべれよ、と俺はイライラきていたが、

「ぺ、ペロペロ・・・」とだけ俺が噛み噛みで返した時点で、

「アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ一つですね、かしこまりました」とか言いやがった。

わかってるなら聞き返すなよ、ここは酸素が薄くて呼吸するのすら辛いんだから。

 

 

・・・

 

 

 

とりあえず注文を終えた俺だが、

何よりもペペロンチーノが1500円もすることに驚いたね。

アイドルの歌とか一曲もかかんねーし、聞いたことないジャズばっかだし、

本当に気取っているだけで良いところがない店なんだけど、

とりあえず空いてるってことだけはまあ救いがあったし、

俺はリュックからさっき買ったCDを取り出して行ったんだよ。

 

案の定、隣のカップルはこっちをジロジロ見ながら何か話ししてたけど、

昼間っから気取りたいだけでこんな店きてる暇人達に俺も興味ねーし、

そんな奴らを構ってるほど俺は暇でもないからさ、とにかくさっさと機械的にCD開けてったわけ。

 

俺くらいになると、CDから生写真と握手券を取り出すスピードも、

その辺の奴らとはわけがちげーから、隣の席のやつらも驚いてたと思うよ。

生写真のメンバーを確認して、1秒もかけずにそれを整理して行くわけだから。

コンプしてるやつとか、レートいいやつとか、個人的な推しとか、

まあ分類にはいろんなのがあるんだけど、隣の席のあいつらにはさっぱりわかんなかっただろうね。

だからかな、あいつら目を丸くしてビビってたのを俺は見逃さなかったな。

だけど、そんな優越感に浸ってる暇もねーし、とにかく俺は生写真と握手券の取り出しを進めたわけ。

 

途中で店員がペペロンチーノ持ってきたから、

俺は分類してた生写真と握手券を即座にリュックに戻したの。

あんまり集中してたから、腹減ってたのも忘れてた。

店員が気取ったスパゲッティを置いてったけど、

変な横文字を羅列するほどの味がするわけでもねーし、

ほんと、色々とコスパ悪い店だなと思ったね。

でもま、さすがの俺でも腹減るのには勝てないからな。

文句言わずに食べるしかねーかとペロペロチーノ食べてやったの。

 

一息ついてやっと落ち着いたからか、今日は結構濃い活動した事を思い出したの。

びり愛ちゃんに会って、児玉坂46CD買って、トト子ちゃんにも会って、

こうして生写真と握手券を整理して、ほんと俺って超多忙だなって思うわ。

明日からバイトも入ってっし、これ今日中にやっとかなきゃまずいからな、

ヲタ活って想像以上にきついんだけど、でもこれが充実感に繋がるっていうかね。

 

そんな感じでちょっとまったりして俺も休息をとってたんだよ。

スパゲッティは大した味はしなかったんだけど、俺もようやく落ち着いたからか、

やっと隣の席にいるカップルの話が聞こえてきたんだな、さっきまでは集中してたから聞こえなかったけど。

 

「ねえ、びっくりするよ」とか女が言って、「どうしたんだよ」とか男が言って、

「私ね、できちゃったみたい」とか女が言ったら、「えっ、マジで、俺もやっとパパになるのか!?」とか男が言ってた。

 

俺がとにかく鮮明に覚えてんのは、なんてまずいスパゲッティを食わされたのかということぐらいで、

急いでスマホにイヤホンぶっ刺して、児玉坂46の「自惚れビッチ」と「不平等」の二曲を聴いたこと。

それだけじゃ足りなかったから「人間という悪鬼」も聴いた、確かこれは二回くらいリピートした。

これバイブスやべえと呟きながら、音量最大にして俺はまずいスパゲッティを一人で食い続けたんだ。

 

スパゲッティを食い終えた後は、またCDを取り出して生写真と握手券の整理を始めた。

もうイヤホンははめてなかったけど、俺の耳には何の声も聞こえることはなかったね。

ただ無心の境地っていうかさ、ただ黙々と生写真と握手券を取り出しては並べて、

これはいつも思うけど、すごくいい修行だと思ってる、やってるうちに無心になってっから。

そのうち悟りの境地に達するんじゃないかって思うときもあるっていうか、

なんつーかその辺の奴らとは生きてる次元が違うようになってくる感じっつーか、

嫌なこと全部忘れて行って俺は俺としてここに生きてるっていうか、そういうの感じるんだよ。

ある意味でヲタ活の極致かも知んないね、現場に行くまでにピークに達する感じっていうか。

遠足も行く前が楽しいみたいなとこあるし、その感覚に近いかな、もちろん現場も楽しいけどね。

 

俺が黙々と悟りの境地を歩んでいると、やがて隣の席のカップルが席を立った。

店員が皿とかグラスを片付けて行って、ようやく俺は自由の翼を得ることができた。

生写真が置ききれなくなってきたから、隣のテーブルこっちにくっつけて、

俺はコンプして行く生写真を横展開し、握手券を積み重ねて縦展開していった。

言うなれば生写真と握手券が俺の世界を縦横に広げて行ってくれるんだよ。

蝶ネクタイした店員が俺のペロペロチーノの皿を片付けに来た時にこっちをチラ見しやがったけど、

俺はそんなの無視してとにかく無心になって生写真と握手券を取り出して行ったのよ。

やがて店員もその場を離れて、誰も俺の邪魔する者はいなくなった時、

CD9割開け終わったことがわかって、俺はちょっと油断してしまったんだな。

集中してたはずの手が滑って、肘が生写真に当たって横展開してた生写真がテーブルから落ちたんだよ。

 

俺はやばいと思って落ちてった方へ目を向けたんだ。

そしたらさ、俺が手を伸ばす前に生写真が誰かに拾われちゃった。

もうちょっとで悟りの領域に達するかなって時に邪魔されてしまうと思ったんだけど、

拾った相手に目を向けたらさ、そこには中学生の女の子が立ってて、

生写真と俺の方を交互に見ながらニコニコ笑ってんの。

 

 

 

マジ、天使降臨したと思った。

 

 

・・・

 

 

 

 

「これ、児玉坂46の生写真ですよね~?演加も児玉坂46好きなんですよ~」と中学生の女の子は言った。

ニコニコしながらこちらを見つめて来て、テーブルの上に乗ってる他の生写真にも自由にタッチして来た。

 

「うわー、こんなにいっぱい、すごいすごい、え〜握手券もこんなに~」と感動した様子で女の子は嬉しそう。

「はい、落としましたよ」と言って彼女はこちらに俺が落とした生写真を渡してくれた。

俺は突然の出来事だったのでまた酸素が足りなくなってしまい、何も返事ができなかった。

 

そして、俺はこの時点でやっと自分の身体の異変に気がついたんだ。

さっき慌てて生写真を拾おうとしたせいで、机の角に左手をぶつけてしまった。

そのせいで、どうやら人差し指と中指を突き指してしまったみたい。

 

「いてて・・・」と俺が左指を抑えていると、その女の子は心配そうに見つめて来た。

「やばい、突き指しちゃったかもしんね・・・」と俺は一人で呟いたんだけど。

 

「・・・人差し指と中指?大丈夫、ピースできるじゃん!」と言って彼女はにっこりと笑った。

 

俺はその女の子にそんなことを言われて、なんだか指の痛みがなくなったような気がしたね。

不幸なことが起きたと思ったんだけど、どういうわけか魔法にかかったみたいに楽になれたの。

 

「わ、悪かったな、じゃ、邪魔しちゃって・・・」と俺はその子に言った。

「えっ、なんで~?演加は別にここ歩いてただけだよ~」と女の子は無邪気に答えた。

「め、目が悪いから、時々こうやって物を落としたりすんだよね・・・」と俺が言ったんだけど。

「そうなんですか、でも大丈夫、きっと目で見えない何かを見ることができるから~!」と彼女は答えたの。

 

俺はその時、またしてもとても不思議な気持ちに襲われたんだよ。

この子はどういうわけか、俺のネガティブを全てポジティブに変えてしまう力持っているらしい。

演加ちゃんというこの子は、まだ中学生かもしれないが、俺はダイヤの原石を見つけるのは得意だから、

きっとこの子は将来大物になる予感がする、今の内に推し増しておくべきかもしれないと直感したの。

 

「き、君、演加ちゃんって言うの?」と俺は聞いてみた。

「うん、皆本演加だよ!」と元気な答えが返って来た。

「か、可愛いけど、アイドルの卵とか?」と俺は確かめてみる事にした。

「え~、そんなんじゃないけど、児玉坂46は好き~」と彼女は答えた。

 

俺達がそんな話をしていると、もう一人向こう側から近づいてくる女の子がいた。

やっぱモテる男には勝手に女の子がよって来てくれるもんだなと思っていると、

その子は以前から俺も知っている女の子で、内藤明日奈という子だった。

俺はそんなに喋った事はないけど、ズキュンヌの常連でもあって店でよく見かけたこともあったわけ。

 

「突き指したんですか?」と彼女はこっちへ寄ってきて俺に聞いてきた。

「うん、ま、まあ大したことじゃねーけど、ピースできるし」と俺はピースしながらそう答えた。

「でも、折れてるかもしれませんけどね」と彼女は笑いながらそんなことを言った。

 

俺はなんて返したらいいかわからず、頭が真っ白になって沈黙してしまうと、

彼女は嬉しそうに笑ってたけど、演加ちゃんが「明日奈さんひど~い」と笑いながら言った。

 

「目、悪いんですか?」と続けて明日奈は俺に聞いてきた。

「まあ、でも目で見えない何かは見ることができるけどね」と俺は答えたのだが、

「きっと今まで大切なことをいくつも見落として生きてきたんでしょうね」と彼女は笑いながら言い放った。

 

俺はその時に気づかされたんだ。

この子はどうやらポジティブな何かを全てネガティブに変えてしまう力を持っているらしい。

っていうか、すっげぇわざとだと思うんだけど、完全に俺をバカにしてる気がする。

 

「でもまあ、メガネかけてっから別に問題ねーし」と俺は反論した。

「ああ、だからか、だから服装全体がすごいダサい感じになってるんですね」と内藤明日奈は追撃してきた。

「え~、大丈夫、時代があなたに追いついてないだけだよ~」と演加ちゃんは言ってくれた。

 

「そ、そうだよね、だってよくこのバンダナとか褒めてもらうし」と俺は自慢のバンダナを指差した。

「うん、赤いバンダナとってもよく似合ってるよね~」と演加ちゃんは言ってくれた。

「あらあら、お世辞って言葉を知らないんですね」と内藤明日奈は言いやがった。

 

二人の間にいた俺は、山あり谷ありというか、アップダウンの落差が激しすぎて疲れ果てちゃった。

もうポジティブになったらいいのか、ネガティブになったらいいのかよくわかんねーでいると、

内藤明日奈が「演加ちゃん、危ない人について行っちゃダメだよ、ストーカーされるよ」とか言って、

「え~、わかりました、明日奈さん大好き~」と言って演加ちゃんは内藤明日奈に抱きついた。

そして、二人は「スパベッキー食べよー」と言ってそのまま自分たちの席まで戻って行っちゃった。

 

 

 

・・・

 

 

 

あのさ、ストーカーという言葉について、俺は持論あんのね。

それはさあ、定義がテキトーすぎて言葉だけが一人歩きしてると俺は思うわけ。

 

街で女の子に声をかけているチャラい男はなんでストーカーになんないのか?

キャッチとか10秒以上付きまとってっし、相手も迷惑を受けてるはずなのにさ。

 

あと、ナンパはなんでストーカーになんないのか?

結局、チャラい男に引っかかって遊んで捨てられて被害を受けてるくせに、

騙された自分が悪かったねとか、そんな言葉で片付くのおかしくないかってこと。

 

ちなみに俺のヲタ友達、この前バイトでアンケート調査やったらしいんだけど、

道行く人に声かけてただけで、職務質問されたらしいんだよね、なんでって話よ。

 

俺とそいつがこのあいだ本屋で見つけてすげえムカついた本のタイトルがあって、

「人は見た目が9割」ってやつ、まあ俺は別にいいんだけどさ、そのヲタ友達はなんかいつも見た目で損してて、

そんな本出されて売れちゃったらなんか死刑宣告されたみたいだって嘆いてたよ。

まあ、俺には関係ないことなんだけど、そいつがかわいそうだったからちょっと言ってみたんだけど。

 

 

そんなわけで、そのヲタ友達は最近ではめっきり在宅ヲタになっちゃってて、

しばらく現場には出てないんだけど、まあ俺もストーカーはいけないとは思うわけ。

だけどそんな罪のないやつがストーカーみたいに扱われるんだったらそりゃ現場に出たくなくなるよね。

俺らヲタはその辺、ちゃんと線引きわかってっし、目的はただアイドルを応援するだけ。

推しが幸せになってくれたら、それが俺らの幸せなわけで、それってすごい純粋な愛なんだよね。

だからそれ以上でもそれ以下でもないんだから、一部の過激なやつはわかるけど、

誰でも彼でも捕まえてそれを全部をストーカーとか言っちゃうとさぁ、

まあ俺は別に大丈夫だけど、俺の友達がね、もう現場出たくなくなっから、そういうのはやめてあげて欲しいわけ。

 

 

そりゃあさ、そんなことが続いたら俺も友達が在宅になっちゃうのもわかるよ。

でもさ、俺らやっぱ現場行ってなんぼだから、俺はやっぱそこだけは譲れないんだよな。

俺も今までいろんな地下ドルとかのライブ見に行ったりもしたけどさ、

やっぱ会いに行って応援するから認知もらえんだよ。

まあCD買って握手干してる在宅だったらまだいいけどさ、無銭ヲタとかだともう全然ダメだよ、

やっぱそれって根本的にアイドルを支えてないしさ、

そういうの俺は認めらんないっていうか、間違ってると思うんだよね。

 

 

そんなことを考えながら、俺は今ずっと弁当にシール貼ってたんだよ。

ベルトコンベアーで流れてくるコロッケ弁当の肉がどこの産地の肉使ってるよって、

シール貼って示さなきゃいけないらしいから、どっかの偉い人が決めたのか知んないけどさ、

とにかく俺は現場に出るためにシールを貼り続けるだけなの、結構速いんだよこれ。

うっかりしてっと弁当すぐに次に流れてくから工場長のおっさんに怒られんの。

 

おっさんに怒られたりするとき、それを精神的に乗り越えるめっちゃいい方法があって、

それは2時間経つたびに握手券1枚って考えんの、そんな感じで計算すんだよ、

だって俺の時給958円だから、2時間分ありゃそれでCD1枚買えるんだからさ、そこはもうそんな感じで当てはめんの、

厳密に計算が合ってる必要はないんだよ、ただ2時間経ったら握手券1枚って考えたら、

これで推しに1回会えるって思えばいいだけ、そうすればさ、シールを貼り続けることで、

俺の推しは喜んでくれるわけ、間接的にはこれ、繋がってるんだよ、循環してる社会なわけよ。

ダメなやつはこれ、単純に機械作業だと考えちゃうから、すぐバイト辞めちゃうんだよ。

前入ってきたやつ、ドルヲタだったから結構仲良くなったんだけど、どうしても梅干し乗せ続けるだけの作業が無理だって。

俺はそいつに言ってやったんだよ、そんなこと考えんな、2時間を握手券1枚と考えろって秘策を教えてやったんだけど、

やっぱそいつは無理だった、梅干し置いてると弁当がいつの間にか日の丸の国旗に見えてきて、

俺は果たしてこんなことしていて、この国の役に立ててるのかとか余計なこと考えちゃうんだって言ってたな。

確かに梅干し載せる作業はシールより過酷かもしれねーな、国旗に見えるとかは俺も予想外だったし。

俺なんかオーストラリア産かアメリカ産か、そんなの貼り間違えても構わないと思ってたくらいだよ。

そんな違いが分かる奴なんてこの世にほとんどいないんだからさ、意味なんてないんだよ。

 

そうなんだよ、俺が言いたいことはさ、

世の中どうせ見た目だけどうにか良く見せて、本当は中身なんかわかってる奴いねーってことよ。

オーストラリア産かアメリカ産か、そんなの見分けられる奴なんていねーんだからほっといて、

日本米に外国米が混ざってるかどうか、そういうわかりやすいところから摘発するわけ。

日本米は短いのに外国米は長いから、そういうのは目立つからすぐに摘発されちゃうんだな。

でも、日本人は別に外国米をそんなにちゃんと食べたことないのにさ、まずいと決めつけてさ、

だけどひょろっとして長くて目立つそいつだけを悪と決めつけて締め出すわけなんだよ。

 

まあでも、そんなことはどうだっていいんだよ。

俺にとって大切なのは、数日後に迫った児玉坂46の全国握手会だけだから。

昨日のうちにもう生写真と握手券の整理は終えたわけだし、

あとは23日ここでシール貼り続けて、コスパいい飯食って過ごして、

手に入れた資金で握手会場でグッズ買ったりすればいいだけなんだよ。

その日が来れば、俺は生きてるなって充実感をもらえるわけで、

そう思えばバイトなんて別に苦でもなんでもないわけ、

最終的に得られるものはプライスレスだから。

 

だから俺は言ったんだよ、958円とか考えんなって、

2時間で握手券1枚って考えた方がいいんだよ、だってその方が元々がプライスレスなんだからさ。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

バイトが終わって工場を出た俺は、そのまま幕張メッセに向かったの。

児玉坂46の全国握手会は明日なんだけど、当日入りするようじゃもう負けなんだよ。

前日入りするのがヲタとしての忠誠心が試されるところなんだよな。

 

バイト終わってからロッカーに入れておいた正装に着替えて、

俺はリュックにブルーシートが入ってるのを確認し、これまたロッカーに置いてあったキャリーケースを引きずって、

児玉坂の街を離れて千葉にある幕張へと乗り込んだわけ。

 

幕張メッセに着くと、そこには俺と同じようなヲタ達がもう到着してた。

バイトとかないヲタは、そりゃあ俺よりも先に到着することができるからな。

前日入りの場合、まだちゃんとした列とかできてないんだけど、いいポジションをキープするためには、

いつでも戦闘態勢に入る準備はしとかなきゃいけない、だから眠ってる暇なんてあんまりないんだよ。

 

コンビニで今晩の飯、翌朝の飯、翌朝の昼飯を買ってリュックに詰め込んだ。

なっ、だから言ったろ、ヲタ活には絶対にリュックだって、これなんでも入るんだから。

天気が怪しい時なんかはレインコートも必要だし、傘なんてさしてらんないしな。

だけど全握の時はリュックだけでは足んなくて、こいつ、キャリーケースが必要になるわけ。

まあそれはおいおいわかってくるから今は別に気にしなくてもいいけどさ。

 

とりあえず会場に到着した俺は、適当な場所にブルーシートを敷いて座り込んだの。

ここまで来るのに結構汗かいたし、しかもバイト終わりだから既に結構汗かいてたしな。

あたりは真っ暗だったけど、まあこれが前日入りの醍醐味だし俺くらいになると何ももう気にならない。

ただ明日が来るまで適当に時間潰して、列ができ始める時だけ注意していい場所とったら勝ち、それだけ。

シール貼るのとなんも変わりない、いたってシンプルなゲームなのよ。

 

ここからの時間の潰し方は人それぞれだけど、スマホで児玉坂46のゲームやったり、

児玉坂工事中の動画見たり、児玉坂46のライブ映像見たり、自由にしたらいいだけ。

実際、地下ドル追いかける時はこんなに時間もかかんないんだけど、

児玉坂46くらい大きなアイドルになると、これくらいかかるのはしょうがない。

でもまあ、俺はもう慣れっこだし、俺以外の現場ヲタもこれくらい屁でもないと思うけどね。

 

そういうわけで俺は、ブルーシートの上に座って膝を抱えて三角座りの姿勢になって、

そこに顔を埋めて目を瞑ることにしたの、バイト終わりの適度な疲れがようやくやってきて、

俺をゆっくりゆっくりと夢の世界へと誘ってくれるんだな、よく働いて、よく握手する、

これがヲタの理想的な生活サイクルなんだよ、誰にもそれを邪魔する権利なんてないんだから。

 

 

・・・

 

 

気付いた時には、もう太陽が少しずつ登り始め、辺りは少しずつ明るくなってきてた。

俺は相変わらず三角座りの態勢をキープしたままブルーシートの上にうずくまってた。

現場を仕切る施設のアルバイトスタッフが数人あたりに見え始めていたので、

おそらくもうすぐ整列し始めるのだろう、俺はもう眠ることはやめて身体を伸ばした。

 

思った通り、前日入りしたヲタ達は我先にと走るようにして列の前を陣取り始めた。

だが、俺はそこで焦りはしない、なぜなら列には数種類あることを知ってっから。

ライブを見る人の列、握手に並ぶ列、物販に並ぶ列などが色々あるわけで、

だいたいヲタ歴の短いやつはライブにまず並ぶことになんのね。

だけど俺くらいになると、もう児玉坂46の人気が凄すぎてどうせ前の方で見れないし、

握手券を1枚出さなきゃ見れなくなったから、コスパに合わないのはわかってる。

推しには悪いけど、パフォーマンス見るなら地下ドルの方がいい、距離が違いすぎるからね。

じゃあ握手列に並ぶのかって、それも違うんだよな、鍵開け狙う奴とかもいっけどさ、

走らないでくださいって言われてるのに走ってみっともない格好するなんて、

そういうのは俺の主義じゃないっていうか、あんまし意味あるとは思えないわけ。

 

じゃあ俺の並ぶのはどこかって、そりゃ物販列なのよ。

なぜって、ライブ見てから物販並んでたら生写真売り切れてる可能性あるし、

握手会場はどうせ混むから、一般客が並んでる時に並んでも疲れるだけ。

俺くらいのヲタになると、最後にまとめ出しするのが一番効率いいの知ってっし、

それまで物販のとこでトレーディングでもして握手券集めてる方がいいんだよな。

そんで適当な時に出て行って、とりあえず出席確認の為に顔出して行って、

最後に推しにまとめ出しして荷物片付けて帰るって流れかな、俺はそんな感じ。

 

まああれよ、俺は別にガチ恋とか否定しないよ。

そういうヲタがいても、それは別にいいと思ってっし、

でも児玉坂は俺の場合ほとんど箱推しだし、

そういうんじゃないと思ってんだよね。

それにガチ恋ってやっぱリスク高いんだよ、

ヲタ活が長くなると、そういうリスクもちゃんと考えてっから。

何があってもおかしくないし、自己責任なとこあるかんね。

 

そんなわけで、俺は物販列に待機しながら列が動き出すまでまたしばらく眠ったの。

この列に並んでいる間はいろんな事があるんだよ、割り込む奴もいれば、

集団で来て周囲に迷惑をかけながらはしゃいでる奴もいるし、

生写真集める為に人を使って買い占めようとする奴もいるだろうしな。

でも俺くらいヲタ活やってっと、もうそんなの気にしなくなんのよ。

もうそんなことする奴は好きにやってって、俺の領域だけ侵さなきゃもういいからって。

でもだいたい群れる奴はさぁ、つまんない奴らなんだよね、俺の経験的に。

そういう奴は推しと何話すかも決めてねーし、連番とかやってケラケラ笑って、

やべぇ事故ったとか行ってあの子のとこもういかねーとか言い出す始末。

そういうのってさ、アイドルが悪いわけじゃなくて、お前が悪いんだろって俺は思うね。

だいたい塩対応の子とかわかるだろって話だし、そういう子を推しにすんのは、

その塩対応の中からどれだけ神対応を引き出せるかっていう、ちょっと違う次元にチャレンジする奴なんだよ。

だからアイドルの対応が悪いとか言ってる奴は俺からしたら草生えるねって感じだから。

そんなわけで、俺から見ればだいたい群れてる奴は新規ヲタで、一人で虎視眈々と機会を待ってる、

俺みたいな感じのやつは、ヲタ歴長いんだなって、やっぱお互いわかるんだよ、フィーリングで。

 

そんなこんなで、とりあえずライブの列は動くのが早いのね。

会場に入ってからまだ並ぶんだけど、列長くなるからバイトの兄ちゃん達が先に入れてって、

列長くなった部分を整列させてかなきゃいけないし、俺のいる物販列はそうでもないわけ。

ここには歴戦の猛者しかいないし、顔見知りばっかになってっからアイコンタクトで全て終了ってわけ。

俺はとにかく物販列が動き出すまでまた座って待ってて、そのちびちびした動きに乗るだけ。

そんで会場に入る事ができたら、物販の建物の中に入って場所を取るわけ。

いい場所とってブルーシート並べて、当日の生写真買ったりしながらキャリーケース開いて、

事前に持って来た生写真をシートに並べてって、あとはカモが来るのを待つだけ。

言い方悪いかもしんねーけど、トレーディングは弱肉強食の世界だからさ、ここはもう戦場なのよ。

俺はもうメンバーの生写真のすべてのレートとかは頭の中に入ってっし、

バイト以外の生計はトレーディングで立ててるとこもあっからこっからは本気なの。

まあ見てりゃわかるよ、俺がどうやってカモを料理していくのかがさ。

 

 

・・・

 

 

 

ライブが終わる頃になると、会場はまた慌ただしくなって来るんだよな。

握手列に並ぶやつ、物販に流れて来るやつ、色んな奴がいっから。

 

んで、ここからが俺の仕事ってわけ。

児玉坂46くらい大きなアイドルになると、

もうライブ行ってっと生写真買えないやつとかも出てくんだよ。

そこで俺の出番ってわけ、トレーディングエリアでブルーシート敷いてる俺は、

もちろん生写真同士の交換もすっけど、もちろん握手券と交換してもいい。

実はこれ、会場の中には握手にそんな価値を置かない奴もいるわけよ。

あと、どうしても推しの生写真欲しいから握手券いらないって奴も出て来ると。

俺はそういう奴が声かけて来るの待って、生写真と握手券を交換するわけ。

俺はもちろん、生写真のレートとかレアなやつとかすべてデータは頭に入ってっから、

騙されるようなことはないし、逆に悪いけどなんも知らねーなと思ったら、

もちろんこっちに有利な交換条件を提示したりもするよ、だってそれがトレーディングだから。

さっきも言ったように、ここは戦場なんだよ、弱肉強食なんだからさ、

それが悔しかったら騙されないようにレートとか頭に叩き込んで来いってことなんだよ。

賭け麻雀とかと一緒かな、カモられて強くなってくってやつ、誰でも最初は騙されんだよな。

 

まあ見てて、ほら握手券持ってるヲタが来た、俺はこう言ってやったんだよ。

 

「あー、麻衣子ちゃんは今結構推されメンだからさ、それだったら1枚もらっても換えれないよね。

 握手券何枚持ってるの、3枚、だったら何枚まで出せるの、3枚か、しょうがないな特別だよ」

 

そんな風に言って、俺は麻衣子ちゃんの生写真1枚と握手券3枚を交換するわけだ。

向こうはどうしても欲しかった推しメンの生写真を手に入れたわけだから喜んで帰るし、

俺はこうして握手券3枚手に入れたわけだから、これがトレーディングの醍醐味なんだな。

詳しいやつほど得をする、悔しかったら強くなってみろって、そういう世界なんだよ。

 

でもさ、俺もそんなに酷いことばっかするやつじゃないよ?

トレーディングするやつには色んな奴がいてさ、レート重視のやつとか、

推しメンだけ無限回収するやつとか、わらしべ長者的なのを楽しむやつとか。

 

俺の場合、一応これで生計立ててっからレートは重視すっけど、

やっぱ推しのコンプとかはちょっと別格で、これは守るタイプかな。

だからまあ、えりりんは俺の中でコンプを崩したりとかはしないわけ。

二推しとか三推しも、コンプしてる場合はやっぱ崩せないよな。

だから何でもレートってわけでもないんだよ、俺なんかまあポリシーある方だけどな。

 

そんでさあ、まあ今日はちょっとついてるなって思ってんだけどさ。

実はさっき生写真買いに行ったときに、最初からえりりんがコンプしててさ、

普通こんなのありえないからね、ヨリ・ヒキ・チュウ全部いきなり揃うって、

トランプでいきなりロイヤルストレートフラッシュ出るようなもんだから。

麻雀でいきなり国士無双でてるようなもんだから、普通はありえないの。

でも、今日はそれがとにかくコンプしちゃってたから、今日の俺はちょっと神だよねって話。

 

だから今日はもうこれあがっちゃってるようなもんなんだけど、

ちょっと強気になってトレーディングできてるのもえりりんコンプしてる満足感があるからで、

それがまあいいように作用してくれたりもするし、ほかのメンバーもコンプしてくから、

別に握手券じゃなくても楽しめてるしって感じかな、とりあえずここまでは。

 

 

ここからは、ちょっとなんか嫌な予感がしてたんだけどさ。

それは物販会場に現れたリア充系の連中を見た時だったの。

つーかそいつら、4、5人でチャラい感じで現れたんだけど、

よく見たら女連れてるし、俺からしたら握手会に女連れて来る意味がよくわかんねえ。

最近は結構こんなリア充な奴らが握手に参加してヲタのテリトリー荒らしてんの。

俺は別にいいんだけどさ、ほかのヲタ達の楽しみを奪うのはやめて欲しいよなって思うかな。

モテない奴らで、ここに生きがいを求めてる奴もいるわけだしさ。

 

あれ、ちょっとそのチャラい奴らが俺のブルーシートの前に止まりやがったけど、

えっなに、えりりんのヨリが欲しいって、いやいや、ちょっとそれは・・・。

えっ、ちょっと勝手に触らないで、何、みーちゃんのヒキと替えてくれって?

いやいや、それはちょっと全然レートが違うしさぁ、だいたいコンプ崩しって・・・。

あの、いや、みーちゃん嫌いとかじゃないけど、えりりんのヨリはちょっと、

だいたいヒキと交換するのはさぁ、えっじゃあ、みーちゃんのヨリだったらいいだろって、

いや、まあ、その、やっぱほらレートがさぁ、釣り合わないような気がするしさぁ、

ちょ、ちょっと勝手に触らないでって、えっ、みーちゃんのチュウもつけるからって、

いや、俺、それもうもってっしさ・・・えっ、ちょっと、待ってよ、えっちょっと・・・。

 

 

・・・

 

 

 

 

ついに時は来た。

俺は握手券の束を握りしめて握手会場へ向かうんだよ。

 

生写真は一足先にキャリーケースにしまいこんでロッカーに預けたし、

荷物は背負ってるリュックだけ、やっぱこれが握手会に向かう正しい姿だよな。

 

会場は人でごった返してっけど、俺はちゃんとこの中でどう動けばいいか知ってる。

わかってないやつは時間を無駄にして1、2人とかしか回れなかったりするけど、

俺はメンバーの休憩時間のタイミングとかも頭に入ってっし、どこの列が長いかも実際に見なくても想像できる。

とりあえず出席確認しなきゃいけないから、列短いとこから早めに流して行ったらいいし、

行けそうならループしてもいいかもな、ループしても話すことがないなんてのはもう新規ヲタ。

メンバーの髪型とか服装とか、そういう些細な変化に気づいて褒めてあげればいいんだよ。

それもできないようじゃ、女の扱いに慣れてないってさらけ出してるようなもんだから。

 

それにしても今日の会場は少し暑いな。

列に並ぶのは別に苦でもなんでもねーけど、なんだか今日はちょっとイラっときてる。

やっぱちょっとムカつくことあるとさ、俺クラスでもなんか引きずってるとこあんのかもしれねーけどさ、

でもだからって推しにそういうの見せたりとかしたら最悪だから。

いつも余裕を見せとかないとさ、そういう意味では握手ってやっぱ平常心でないとダメだよな。

そもそもさ、トレーディングの時にたまに思うんだけどさ、彼女達にレートつけるってどうなのって?

そんなの人それぞれなんだからさ、推しメンだって違うしさ、変な順位とかつけるからさ、

みんなもそういうのばっか気にして病んでくんだよ、俺だったらそういうことしないと思うしさ、

やっぱ推しと会うってのはプライスレスなのよ、たとえそれが数秒間とかだったとしても、

時給いくらで稼いだ金で得るこの世で唯一のプライスレスの時間なの。

ここだけはね、一般的な社会の論理とは違うんだよ、時給いくらばっかで考えるやつはダメなの。

あっ、そうそう、列が前の方で折り返す時はさぁ、隣のレーンのメンバー観れるから得だよね。

これタダで楽しむコツの一つだからね、基本中の基本かもしんないけど。

 

あと言っとかなきゃいけないけど、みんなマナーとしてチケホルはちゃんと換えたほうがいいね。

別のメンバーのチケホルつけたまま他のメンバーに会いに行くやつとか結構いるけど、

普通に考えてそんなやつに特別対応したいと思わないよね?

裏返してたらバレないと思ってるやつとかもダメ、向こうはそんなの見抜いてっから。

ひっくり返されたらおしまいだし、そういうの女の子の気持ちをわかってないやつのすることだから。

だから俺は毎回全部チケホル換えて行くし、チケホルに入れる生写真も換えて行くの。

でもこんなの基本中の基本だよ、やってないやつ多いけどね、エチケットだよね。

その準備をするのに金かかるって言ってるやつはもうダメなの、プライスレスをわかってない。

そんなこと言ってる間に、俺の順番が回ってきたよ、まあ見てなって。

 

「1枚ですか?」と入り口の姉ちゃんに尋ねられて両手を見せんの。

近頃は物騒なやつも多いから、俺は危ないやつじゃないってことを示さなきゃいけなくなったんだよな。

でもま、そんなのだいたい見たらわかると思うんだけどね、推しはわかってくれてっけど、

まあルールはルールだから、俺とかそんなことに文句とか別に言わねーけどさ。

そんでまあ、このタイミングで前のやつと握手してる様子を伺って今日の推しの状態とかを観察すんの。

ここ結構重要で、体調いいのかなとか、目が疲れてんなとか、その様子を見て臨機応変に話すことを変えんの。

テンプレで考えてきてるやつとかは、ここでもう全然対応できないのね、推しが疲れてんのにハイテンションとか、

推しが元気なのに暗い感じで行ったりとかさ、もうそういうの俺から言わせると握手する資格ないよね。

 

「・・・あっ!?」と俺の手を握ってくれたみなぽんが思わず呟いた。

はい、これ認知ね、他のやつはもらえないやつもいるよ、俺はいつももらえっけど。

「久しぶり」とだけ俺は言ったんだけど、みなぽんは恥ずかしそうに俯いてた。

この子はあんまし釣り対応とかできる子じゃなくて、人によっては物足りないとか言うやつもいっけど、

俺的にはそんなに多くを求めてないから、こうなるのはもう最初から想定済みだよね。

これを事故ったとか言うやつは新規ヲタで、こういう子の場合はこっちからリードしてあげなきゃ。

 

「みなぽん今日、なんか髪型違うよね、でゅふ、そ、外ハネ可愛いなって思って・・・」と俺が言うと、

「・・・あ、ありがとー、じゃあまたきてねー」とまあ1枚だから向こうも適度な会話で終わらせなきゃだし、

でもまた来てって言われちゃったから、こんな感じで俺はまた次も来なきゃいけなくなるわけ。

 

 

まあ、こんな感じだよ。

そんな緊張とかしなくてもいいし、こんな感じでサクサク消化して行くだけだから。

 

でもま、それはアイドルによって多少異なるけどね。

児玉坂の場合、俺はだいたい箱推しだから、適当に何人か挨拶行って、

最後の方にちょっとだけ気に入ってる推しにまとめ出しするだけだからさ。

だけど、まとめ出しする前に推しのコンディションを見極めるのも重要なのね。

だから先に1枚だけ出して様子を見に行くのが俺流なんだよね。

 

そんな感じで、俺はえりりんのレーンに並んでたんだけどさ、

なんか嫌な予感がして前の方を見てみたんだよ。

その嫌な予感ってのは、多分俺の前の方にコスプレしてる3人組がいたことだろうな。

あれはこの前、吉野家にいた3人組で、相変わらずノギダムのコスプレしてたみたいで。

なんか見てると列に並びながらわいわい話してて、若杉もなんであんな奴らとつるみ始めたのか。

ああ言うのって絶対ピンチケなんだよ、そんな奴らも並ぶんだからアイドルも大変だよな。

しかもえりりんのレーンに並んでるなんて、今日はすげぇなんか嫌な予感がするね。

えりりんってそういうの上手く交わせる子じゃないから、きっと泣かされたりしちゃうかも知んねーし。

 

俺は不吉な予感がしてたから、そいつらの動きをずっと目で追ってた。

案の定、被り物やマスクは外すように注意を受けてたけど、素直に指示に従った感じはしない。

自分が目立つために、アイドルの注意を引くために、色々やりたい気持ちはわかるけど、

あんな風に目立つのは、俺は全然いいと思わない、むしろえりりんの評判を下げてることになんで気づかないの?

 

俺は結構ムカッ腹立ってたけど、俺の位置からえりりんは見えないし、

えりりんがどんな仕打ちを受けてるのかはまだわからないからどうしようもなかった。

わずかな希望は若杉があいつらを止めてくれることだったけど、きっと若杉もあいつらに騙されてっから、

変なコスプレとかさせられてワイワイやるのがイケてると思い込まされてるに違いねーし、

そこには結局は期待できっこない、俺は握手券を握りしめながら手に汗かいてることに気づいた。

昨日からずっと並んでっから、手だけじゃなくて全身結構汗かいてたけど、それはあいつらのせいだし。

 

あんまし頭に血が上りすぎて、やってやんよって気持ちになってたから、

俺はずっと一人だけ身体を違う向きにしてレーンの横ばっか見てた。

するとそのレーンの横の道からコスプレ集団が満足そうに歩いてくるのが見えたの。

握手を終えた人は、レーンの横を通って退場するように導線が組まれてっから、

列に並んでいる人からはその姿がしっかり見えんのよ、それがまた俺の怒りの火に油を注いだね。

 

俺は知らない間に興奮してたのか、鼻をヒクヒクさせたり唇を歪めたり目をしばしばさせたりしてた。

無意識のうちに怒りの感情って俺の中から出ちゃうんだよな、心臓もいつになくドキドキしてたし。

コスプレのやつら、何が面白いのか手を叩いて爆笑しやがって、マジうざい、死ねよ、死ねって。

俺のえりりんに何かしてたら許さねえからな、あと数分で確認できっからちょっと待ってろ。

 

俺は高鳴る胸を押さえながら列に並び続けた。

前に近づくにつれ、一刻も早くえりりんの状態を確かめたく、

覗き込むようにしてバイトの兄ちゃんに注意されちまった。

でも、それくらい俺は彼女のことを心配してるわけだからさ、

バイトの兄ちゃんも俺の事情はわかってくれてると思うわけ。

とにかく、そんなことをしている間に列の前の方に近づいて、

俺はついにえりりんの様子を見ることができた。

俺の目に映ったえりりんは、あいつらのことなんか全然なんでもなかったように、

いつも通りの笑顔でそこに立ってた、よかった、あいつら俺のえりりんに危害は加えなかったみたいだな。

 

「1枚ですか?」と尋ねられて握手券を渡す、両手を見せて俺はえりりんの前に進んだ。

「・・・あっ」とえりりんが言って何と無く表情が曇った、どうしたんだえりりん?

やっぱりあいつらえりりんに何かしやがったのか、俺は興奮していたから自然とえりりんへの握手の力も強くなった。

 

「・・・だ、大丈夫、お、俺はえりりんだけを見てるからね」と俺は告げた。

1枚だからそんなに多くは喋れないし、これが精一杯だと俺は判断したわけ。

「・・・はい、ありがとう」とだけえりりんは言った、それが彼女の精一杯だったに違いない。

 

「お時間でーす」の無情な声が響き、俺は剥がされて行ったんだけど、

えりりんはちょっと下向き加減で、俺に手を振ってくれることはなかった。

やっぱりちょっと疲れてたのかもしれない、絶対あいつらのせいだ、マジムカつく。

 

普段なら、ここから他のメンバー回りとかすっけど、

この日の俺はもうそれどころじゃなかった。

あいつらのせいでえりりんが傷ついてる、

別に俺もそんなアイドルの一人にそこまで感情移入する義理とかもないし、

他のアイドルの推しとかもいっから、別にえりりんが俺のすべてとかじゃねーけど、

単純に推しを傷つけるやつとかはぜってー許せねーって気持ちくらいはあるよ。

そういうの無くしたら、なんの為にドルヲタやってんのってなるしな。

 

俺は煮え切らない気持ちを抱えてリュックを取ってさっさとレーンの横の道から出て行った。

他の有志たちにも気づいて欲しかったから、俺はえりりんに会った後でもわざと仏頂面を貫いた。

今日はちょっと違うぜ、お前ら、えりりんを励ましてやってくれよな、変なピンチケに負けんなよ。

 

俺は他のメンバー回りを諦めて、会場の端っこまで移動して壁にもたれかかるようにして座った。

まとめ出しが可能になる時間帯まで、俺はただ待つだけだ、そこに今日の俺の全てをぶつけよう。

そう思いながら俺はチケホルを首から取ってリュックに入れようとした。

あんまりにやってやんよの気持ちになってたから、チケホルをずっとみなぽんのままにしてたことに、

俺はやっとこの時点で気がついた、まあ言うなればそんくらい頭にきてたってことよ。

 

 

・・・

 

 

 

 

12番レーン待機列が短くなっております。

 まだ握手券をお持ちのお客様はお急ぎください」というアナウンスが流れた。

 

俺はようやく重たい腰を上げて立ち上がった。

先ほどまで取り乱していた気持ちは、この休息時間にようやく整えることができてた。

 

俺は握手券の束をペラペラとやりながら、えりりんのチケホルを首から下げた。

生写真はチケホルの中に入っていて正面を向いている、何も恐れることはなかった。

 

俺は列の近くまで行ってから握手券の枚数を数えてみた。

手持ちは50枚程度で、今日の剥がしはちょっとキツめだから1枚で2秒と考えて、

100秒、100秒ということは140秒が俺に与えられたプライスレスな時間ね。

シール貼りで換算すれば、86時間、要するに約11日間の労働であり、

工場長のおっさんが13回俺に怒鳴るとすれば、俺は約33回ほどキレられたことになる。

もし実際に貼ったシールの数で換算するならば・・・もうそんなことには何も意味はねーの。

えりりんに会えることが全てであり、神が俺に与えてくれたお金とは無縁の時間だから。

 

しかも実際のところ、50枚なんてヲタからすればなんでもない数で、

だけど握手会はこれからも続くわけで、何も1日で100枚も1000枚も出す必要はないからね。

短期間で枚数を誇るヲタもいっけど、ヲタ活は長期戦だということを知るべきなんだよ。

だから俺は別に50枚で十分だし、えりりんに俺の愛を伝えるには問題ない枚数だと思ってる。

 

俺はさっきよりも短くなってたレーンを見つめた。

そして、俺はえりりんにこの限られた時間で伝えることをシュミレーションしてみた。

そういうのが大事なんだよ、まとめ出しだけは事故るわけにはいかないかんな。

できるやつはしっかりプラン考えて行くんだよ、こう来たらこう返す、こう言ったらこう返ってくるから、

ボクシングのイメトレみたいな感じかな、そんな感じで考えて最後はえりりんが喜ぶ顔をイメージすんの。

そうすれば大抵うまく行くから。

 

例えばこんな感じだよ。

 

えりりんがまず俺のチケホルに気づくだろ、この生写真もう手に入れてくれたのって、

俺はさあ、そんなの別に対したことじゃないよって言って、それよりさっきは大丈夫だったって尋ねんの。

何がって、多分えりりんは俺に気を使わせないようにアイドルとしての模範対応として、

何にもなかったように振る舞うんだけど、俺にはわかってっから、優しく声をかけてあげんのな。

今日は大変だったろって、最近は変な奴も増えたよな、でもめげずに頑張れよって、

お前の良さをわかってるやつはわかってっし、別に変なやつばっかがファンじゃねーから、

たまには連番とかして調子乗ってる奴とかもくっけど、愛想笑いしてりゃ大丈夫だからって。

そしたらえりりんもちょっと心動かされて、実は私ちょっと今日は辛かったのなんて言い出して、

やっぱそうだったんじゃん、俺はひとめ見たときにわかったよって、そうなのなんて言われて、

俺今まで何回えりりんに会いに来てると思ってんだよって、うんいつも来てくれてありがとうなんて言われて、

いや、お前俺をそんな風に見んなよって、会いに来てる回数だけが俺のお前への愛じゃねーかんなって、

俺は別にお前に会えない日があっても、いつもお前のことばっか考えてっし、仕事してっときでも、

お前に会えんなら工場長のおっさんにぶん殴られても別になんてことねーんだって言ってやったら、

でも、私のためにいつも来てくれて生活大丈夫なの、なんってえりりんは優しいから気遣ってくれっけど、

ふざけんなよ、お前そんな風に俺のこと考えてたのかって、えりりんはちょっと驚いた顔すんだけど、

お前は俺の生活の心配なんかしなくていいから、お前はまずお前のことだけ考えてりゃいいから、

俺はいつも会いに来てやるし、お前のこと支えてやっから、余計なことは考えないでアイドルやってりゃいいんだよって、

えりりんは俺の言葉に感動して、わかった、カサヲくんがいてくれるから私頑張れるって言ってくれたりして、

わかったよ、俺はもうお前のその言葉だけで十分だよって言って後ろを振り返らずに去って行くって感じかな。

 

どう、わかった?

できるヲタってのはこんくらいイメトレしてんの。

ヲタ活って思ってるより簡単じゃないんだよ。

 

 

・・・

 

 

 

「待機列が短くなっております」ってアナウンスが何回も入るんだけど、

俺は鍵閉め狙ってっから、先に行きたいやつがいれば譲ってたんだよ。

俺以外に鍵閉めしたいやつもいたろうけど、そういう時は手持ちの握手券をそれとなく見せてやんの。

俺より多いやつがいれば、そりゃ俺も諦めっけど、まあ推しの特別な日でもない限り、

そんなに突っ込むやつばっかじゃねーし、えりりんは俺の推しではあるけど、

そんな太いヲタついてるわけじゃねーから、多分今日は俺の勝ちなんだよ。

その辺はもうここ来る前から予測してっし、それで枚数コントロールしてっから。

まあこの辺も弱肉強食だよな、動物界と一緒だよ、雄ライオンが威嚇し合うのと一緒。

それが握手券の枚数になってるだけ、男の世界はどこも一緒なんだよな。

 

俺はそんな感じで列を譲り続けてて、もうそろそろ途切れて来たかなと思ったとき、

俺の目の前に現れたのは、あのトレーディングの時にいたチャラい4、5人組のやつら。

握手会に女連れで来る、場違いなリア充のやつらだったんだよ。

「先に行っていいスか?」なんて聞いていたから「お、おう」って俺は答えた。

多分、あいつらはもうさっきトレーディングの時に俺と会ったことなんて忘れてて、

初対面の相手に気遣うような感じで声かけたんだと思うんだけど、俺はちゃんと覚えてた。

えりりんの生写真のトレードを希望してたから、やっぱえりりん推しだったのか。

 

「お客様、列が途切れますのでお並びください」ってバイトの兄ちゃんに声かけられたんで、

俺は仕方ねーから列に並ぶことにしたんだけど、最悪なことにあのリア充の奴らの後ろ。

女含めて5人で一緒に並んでて、握手券はある程度まとめてて連番でもすんのかな。

なんかムカついたのは、俺が後ろに並んだ時は女が一番後ろにいたんだけど、

5人組の中の男が一人、急に女の肩に手をやって、並び順を変えやがったの。

結果的に女と俺の間に、その金髪のチャラい男が入るように立ちやがった。

こういう自意識過剰な奴はほんと面倒だよな、誰がお前の女になんか手を出すかよ。

ここは幕張メッセで、俺はえりりんの握手レーンに並んでんだから。

 

俺はなんかリズム崩されて不愉快な感じがしてた。

思えば全部こいつらのせいだったと思ってる、精神集中しなきゃいけない時間帯に、

余計な邪魔が入ったからだと思う、なんもわかってない奴が邪魔しなきゃ、

俺はいつも通りの結果出せんだけど、こういうやつがいるとマジ邪魔なんだよな。

せっかく待ち時間で心を落ち着けたのに、また変な汗かいて来やがったし。

なんだかバンダナがびしょびしょになってたんで、一回外してもっかい巻き直してやった。

そん時に、どういうわけか前の5人組が爆笑してやがったんだよ、うるさいったらなかった。

 

でも俺はこっからが大事だと思ってた。

オリンピックアスリートだって、他の選手のパフォーマンスばっか見てて、

変なプレッシャーかかって失敗したりもするしな。

よそはよそ、うちはうち、その精神がなけりゃ平常心で握手に望むことはできないの。

そう考えて俺は平常心を取り戻そうとしたんだよ、工場で肉のシール貼り続けるの思い出したりして、

あんま何も考えないようにして、ただベストパフォーマンスで終われるように祈って。

 

前のやつらは連番で何いうか相談し合ってたけど、俺にはそんなことは関係なかった。

心の中で、さっきえりりんを想定したイメトレを何回も何回も繰り返してた。

幸いなことに、前のやつらがえりりんを痛めつければ痛めつけるほど、

俺の慰めの一言の効果が増すんだから、これはいいカウンターになるんだよ。

えりりんには悪いけど、こっちは状況に合わせて対処しなきゃいけねーのな。

でもって言うことは決まってんの、そんなに奇抜なことは言わねーで大丈夫。

オーストラリア産かアメリカ産かなんて迷ってる暇はねーの。

そんなのどっちでもいいの、シール貼ればいいの、いつも通りやればいけんだから。

 

列はどんどん短くなっていって、ついに前のやつらの連番が始まった。

ブースが近いからあいつらが何を言ってっかだいたい聞こえて来てたけど、

えりりんの声もおんなじように聞こえて来てたから、俺はそれだけ聞いてた。

えりりんはどうやらさっきよりは楽しそうな声になってんな。

連番くるのわかってっから、テンション上げて対応してあげてんのかもしんねーな。

 

俺はリュックを荷物カゴの中に入れて、握手券をバイトの兄ちゃんに渡した。

50枚ですね」と言われて俺は頷いた、俺はついにえりりんが見える位置までやって来た。

前の女が握手を終えて、チャラい金髪の男が握手に向かうのが見えてた。

おまけにこの距離だから男が何喋ってるかも嫌でも聞こえて来やがった。

 

「あー、生写真当ててくれたのー!」と嬉しそうなえりりんの声が響く。

「そうなんだよ、このヨリ当てるまでめっちゃ苦労したんだぜ!」とチャラ男の声。

「えー、嬉しい、ありがとー、なんか愛を感じたー」とえりりんの声。

「ねえ、恋人繋ぎしてもらっていいー?」とチャラ男の声。

「えー、恥ずかしいけど、特別だよ」とえりりんの声。

「やっべ、俺今日めっちゃ自慢するわー!」とチャラ男。

「もうやめてよー、特別なんだから二人だけの秘密でしょー」とえりりん。

 

俺はずっとさっきのイメトレを一人で繰り返してた。

目の前に映る光景は信じなかった、えりりんはきっと野菜か何かと話をしてたんだ。

今晩のおかずはあなたで決まり、とか人参やごぼうに向かって言ってたんだ、きっとそうだ、そうに違いない。

 

「はーい、もうすぐお時間でーす」とバイトの兄ちゃんが言ったので、

金髪チャラ男はえりりんに手を振った、えりりんもそいつに手を振り返した。

今晩のおかずはきっときんぴらごぼうかもしれないと俺は思った。

 

「どうぞ、50枚でーす」と言ってバイト君はストップウォッチを押した。

俺は目の前でえりりんが見えたが、彼女の目の前に踏み出すことができなかった。

 

「・・・カサヲくん、いつもありがとう」とセリフみたいなえりりんの声が聞こえた。

俺の名前を呼んでくれているのだが、俺はそんなの一つも嬉しくは感じなかった。

 

「・・・えりりん、なんであんなやつのこと信じちゃうの?」と俺は無意識に呟いてた。

「えっ、何が?」とえりりんはよく分からないような表情を浮かべてそう言った。

 

あの金髪チャラ男のヨリの生写真は、俺から無理やりトレードして行ったやつだった。

俺はちゃんと覚えてた、たとえあの金髪チャラ男が俺のことなんか忘れてしまったとしても、俺は覚えてた。

俺からコンプ崩しで奪った生写真を、あのチャラ男は自分で引き当てたフリをしてえりりんにアピってた。

おかげで俺のチケホルにはえりりんのヨリの生写真はなくてヒキのやつを前にするしかなかった。

えりりんはなんであんなやつのことを信じたのか、なんであんなやつの悪に加担したのか。

 

「・・・愛を感じたって、バカじゃないの」と俺はえりりんに向かって叫んでた。

心の中が何かドス黒い物に支配されていくのが俺にはわかった、何か別の感情が芽生えていたんだよ。

例えるならば俺の中に住む悪鬼が目を覚ましたような、そんなどうしようもない絶望の気持ちだった。

 

えりりんの姿勢が少しのけぞったのが俺にはわかった。

かろうじて手を握っているが、すぐにでも離したがっているように思えた。

プライスレスの俺の時間は、まだあと120秒は残っていたはずだ。

 

「ちょっと、意味わかんないんですけど」とえりりんは言った。

えりりんはアイドルになるだけあって芯は真っ直ぐで反骨心は強かった。

でも俺は想像してたえりりんの返答集の中にそのレパートリーはなくて、

俺は自分のイメトレの中から言葉を探し求めるしかなかった。

 

「いや、ふざけんなよ、お前そんな風に俺のこと考えてたのかよ・・・」と俺は言った。

この状況でこのチョイスはふさわしくなかったと言ってから感じてた。

それに対してえりりんは何も答えなかった、なんならちょっと俺のこと怖がってた。

 

いや、違うんだよ、こんな事言いたかったわけじゃねーんだよ。

ただちょっとイメトレした通りに喋れてねーだけなんだよ。

だって昔からずっとこうなんだよ、頭の中で考えてるのと言ってることは全然ちげーんだよ。

うまく喋れねーんだよ、どうやって嫌われないように女の子と喋ったらいいかわかんねーんだよ。

だって昔っからみんな俺のこと見たら指差して笑ってくるだろ?

小学校の時からずっとそうだよ、俺がなんか言ったら絶対みんな笑ったんだよ。

俺が体育の時間に走ったらみんなバカにしたんだよ、なんもしてなくてもアゴ出てるって言われんだよ。

だってどうすりゃいいんだよ、俺なんにもしてねーのに殴れられたり蹴られたりすんだよ。

女の子だって俺が近寄ったら逃げんだよ、俺がペン触ったらもうそれ使わねーんだよ。

いい筆箱持ってったら壊されんだよ、だからこの歳になっても生写真奪われんだよ。

先生も俺のこと信じねーで適当にチャラチャラしてるやつのことばっか信じんだよ。

俺は昔っから外国米なんだよ、日本米に紛れててもすぐにつまみ出されんだよ。

俺は何にも悪いことしてねーのに、必死に働いて握手券買っただけなのに、

これしか俺にはやりかたわかんねーんだよ、どうやったら女の子が喜んでくれるか知らねーんだよ。

ヲタだってわかってんだよ、ただちょっと優しくされたいだけなんだよ、多くは望んでねーんだよ。

でもなんでえりりんまであんな金髪チャラ男の事信じんだよ、なんで誰もわかってくんねーんだよ・・・。

 

 

俺は後ろから誰かに肩を掴まれたのがわかった。

プライスレスな時間はまだ1分くらい残っていたはずだ。

でも、俺はもう神様にも見放されたんだとわかってた。

俺は誰にも止められない人間という悪鬼に成り下がってた。

だけど、これを目覚めさせたのは一体誰だと思ってんの?

お前らの中にも、みんな一匹ずつこの悪鬼は住み着いてんだよ。

そんでいつの日か、何かのきっかけでこいつは目覚めんだよ。

お前らだけが清廉潔白だと思ったら大きな間違いなんだよ。

そんなことを言いながら、俺はもうえりりんの手を離していた。

えりりんはマネージャーか誰かに肩を抱かれるようにして引き下がり、

俺は数人の兄ちゃんに後ろから羽交い締めにされてどこか裏口の方へと連れていかれた。

 

 

「以上を持ちまして第12レーンの握手会を終了させていただきます」というアナウンスが流れ、

俺はどこかへ連れていかれながら、あの5人組の男女に笑われながら見送られて行った。

 

 

・・・

 

 

俺はどこか部屋の中に連れていかれ、身分証を出すように言われた。

リュックの中から財布を取り出して、俺は身分証を出した。

兄ちゃんたちはその身分証の写真と俺の顔を何度も照らし合わせてた。

 

目の前で誰かが俺に何かを延々と説教してた。

問いかけもいくつかあったかも、理由を尋ねる系が多かったかな。

俺は全部わからないって答えてた、だってわかんねーんだもんな。

一部始終を話したって、誰もわかってくんねーだろうし、それだけかってバカにされるだろうしさ。

だけど、それだけか、で片付ける奴らには俺のことなんてわかんねーんだよ、一生かかっても。

 

多分、俺の身分証はコピーか何か取られてたように思う。

なんか書類にサインさせられたかも、それもあんまし覚えてない。

心にもねーこと言わされて名前を書かされたような気がするし、

その書いた名前も書き直させられたような気がする。

最終的には俺の意思を無視してこう書けって指示されたくさい。

かなり強権的なやり方だったんじゃねーかな、学校の先生みたいに。

 

解放された時には、あたりはもう薄暗くなってて、

帰り道には握手帰りのヲタ達で溢れてた。

電車乗って帰るやつ、飯食ってから帰るやつ、

いろんな奴がいたけど、俺はもうそんなのどうでもよかった。

俺が連れていかれたのを見てたやつも中にはいただろーし、

また指さされんのも嫌だったから隠れるようにして電車に飛び乗った。

 

帰りの混雑した電車の中で、俺はえりりんの事を思い出した。

こんな形になってしまって、彼女には申し訳ないなと思った。

えりりんには何も罪はなくて、至って普通の対応をしてただけだからな。

俺が一人でキレて、厄介ヲタになってしまったんだ、そんな現実を俺は受け止めざるを得なかった。

 

電車の車掌が鼻が詰まったような声で駅名を二度アナウンスする。

俺は風邪ひいて鼻水が止まらないやつみたいに、そのアナウンスに合わせて鼻水をすする。

目が痒いふりをして何度もメガネを外して目を服の袖で拭ってた。

電車の壁際でずっと壁の方を向いてるから誰にも顔は見えなかったと思う。

そんで歯を食いしばって自分の中のドス黒い悪鬼と闘ってた。

やり場のない怒りや悲しみを、誰にも迷惑かけないように一人で押し殺してた。

 

車掌が「次は児玉坂、児玉坂です」というアナウンスをしたので、

俺は咳き込むふりして顔を抑えながら児玉坂駅で電車を降りた。

家に帰るまでが握手会ですよって、えりりんがいつか言ってた事を思い出した。

 

改札を抜けて駅から出ると、あたりはもう暗くなってた。

街灯や飲食店の明かりが歩いてる人を虫みたいに惹きつけて行く。

そういえば、俺も昨日からロクな物を食ってないことに気がついた。

少し歩くと吉野家が見えてきたので、俺はここで飯を食おうと決めた。

どんなに傷心でも人間は腹が減る、悲しい性だよな。

 

でも、俺が店に入ろうとしたら、また中から賑やかな声が聞こえてた。

覗いてみると、あのノギダムコスプレの3人組がここで打ち上げをしていた。

今日はどこまでもついてない俺だった、あいつらも俺の情けない姿を見たかもしれない。

諦めて店から出て、通り沿いの窓から中の様子を伺ってみると、やっぱ若杉佑紀の姿もあった。

彼女は変な連中と組んで道を踏み外さなければいいがと俺は思った。

ため息をついてその場を離れようとした時、俺と同じように店の中を覗いている子がいた。

その女の子はバキバキに画面が割れたスマホで若杉たちの写メを撮ってた。

俺がその様子を見てた事に気づいたのか、彼女は照れくさそうに笑ったんだ。

 

「あっ、見てました?」と彼女は恥ずかしそうに言った。

「私、ちょうどここ入ろうとしたら、先輩がコスプレしてるの見ちゃったんですよね」と彼女は言う。

「やばい、これ見ちゃっていいのかなと思いながら、気づいたら写メ撮っちゃってて」と彼女はまた笑った。

 

俺が何も言えずにいると「お一人なんですか?」と尋ねてきた。

俺は「お、おう」と答えると、「えっ、今日は彼女さん忙しいとかですか?」とか言いやがった。

 

 

お、俺に彼女がいるように見えたのか???

 

 

「べ、べ、別に彼女とか今はいないけど(前世ではきっといたから嘘ではないだろう)」と俺は言った。

「えっ、そうなんですか、私てっきり彼女さんがいると思ってました」とその小悪魔はにっこり笑ってそう言った。

 

「ま、まあ彼女とかいたらめんどくせーしさ、俺もそんな暇じゃねーから」と俺はなんか言ってた。

「えー、そうなんですか、わかります、私も一人ですし、やっぱり一人って自由でいいですよねー」と小悪魔は言った。

 

俺にはわかったよ、ぜってーこの子はプロだって。

だって嫌な顔一つせずに俺に笑いかけてくれんだもん。

そんで俺は、いつの間にか俺の中に住んでた悪鬼のことを忘れてた。

澄み切った俺の心には、もう夜空に浮かぶ美しい三日月しか見えてなかった。

もうそんな時間になっていたかと俺は気づかされたもんだ。

 

「知ってますか?

 私、孤独なスプーン売りの少女なんです」と小悪魔は孤独を強調して言った。

 

俺には彼女が何を言ってんのかわかんなかった。

だけど確かなことは、俺は不器用すぎてこの不器用なスパイラルから永久に抜けられないってこと。

目の前の小悪魔が俺には天使に見えるんだから、俺はもうどうしようもないんだよな。

 

「このスプーン、擦ると願いが叶うんですよ」と言って彼女は何の変哲も無い一本の銀色のスプーンを差し出した。

「別にずっと持ってるだけでも構わないです、お守りみたいな感じで」と説明した。

「これであなたのハートを救っちゃうぞ♡」と畳み掛けてきた。

 

700円です」と彼女は言ったので、俺は1000円札を取り出してスプーンを手に入れた。

握手券よりも安かったので、これはコスパのいい買い物だと思ったもんだ。

彼女は小銭を持ってないようだったので、お釣りはいらないと俺は告げてた。

 

「これで、きっとあなたは救われますよ」と小悪魔は耳元で囁いた。

「でも気をつけてくださいね、このスプーンを手放してしまったら、幸運が逃げちゃいますから」と彼女は続けた。

俺はどういう意味だかわかんなかったけど、ゴクリと唾を飲み込んでた。

その彼女の言葉が意味深だったからか、俺に話しかける彼女の顔がすごく近かったからか、

俺が緊張してた理由はわかんなかったけど、「私だと思って肌身離さず持っててくださいね」と彼女が言ったから、

ただ大事に使ってくれという意味だったのかなと俺は思ったんだ。

 

そして、俺が少しボーッとしてしまってたら、彼女はいつの間にか姿を消してしまったんだよ。

握手会でもあんなに顔近づけて話しかけられた事なかったんでちょっとうろたえてしまったのかもしんねーけど、

とにかく、彼女はどっかへ行ってしまって、さっきまで見えていた三日月も、もう雲に隠れてどこにも見えなくなってた。

その場に取り残された俺は、とにかくそのスプーンという幸福を大切に抱えながら家まで帰ったんだ。

 

 

・・・

 

 

 

 

「じゃまするよー」と言ってうちはズキュンヌの自動ドアを開けて中に入った。

目の前に立ってた綿投びり愛ちゃんが驚いたような顔をしてそばにいた鈴見絢芽ちゃんに抱きついてた。

 

「あれ、真冬は?」とうちが尋ねると、びり愛ちゃんは店の奥に走って行った。

店の奥から春元真冬がなんだか恐るおそるこちらを見ながら出てきた。

 

「・・・あっ、今日は違うのか」と真冬はよくわからないこと言った。

「何わけわかんないこと言ってんの」とうちは真冬の肩をポンと叩いた。

びり愛ちゃんと絢芽ちゃんが苦笑いを浮かべながらうちの事をじっと見てた。

 

最近、うちは異変に気付き始めてた。

尋ねて行く先々で、どういうわけかうちはみんなに嫌われているような気がしてたから。

うちがなんか悪いことしたのか、誰もはっきり教えてくんないからすっごいモヤモヤしてたんだけど、

この日、真冬だけがうちに真実をこっそり教えてくれたの。

どうやらうちにそっくりの「カサヲ」っていう奴がこの児玉坂の街に頻繁に現れるらしくて、

彼がすっごい気持ち悪いらしくて、見た目が似てるってだけでうちが風評被害を受けてるってわけ。

実はうちも彼のことを知ってて、自分的には友人だと思ってるし、まあ同じヲタとしては邪険にはできないっていうか、

いつもタイミングが悪くてすれ違うだけなんだけど、まあ普段の彼には別に恨みはないのね。

だけど、こういう風評被害に関しては、ちょっとめんどくさいなって思ってる。

だって赤の他人なのに似てるだけでなんでうちが被害受けなきゃいけないのって感じ。

 

「チーズケーキでいい?」と真冬が聞いてきたので「任せるわ」と返した。

うちと真冬はもう長い付き合いだし、好みもわかってくれてるからいちいち言わなくても分かり合える仲。

嫌いなものとかは何も言わなくても出してこないので、うちはよくこの真冬のお店に食べにくるわけ。

 

「お待たせ~♡」と言いながら真冬がケーキと飲み物を運んできた。

そんで、真冬はうちの向かいの椅子に座った。

この店は真冬の店だから、暇なときはこうして喋り相手になってくれる。

うちはその辺も楽しみだから、この店を贔屓にしてるってわけ。

 

「最近どう?」とうちが尋ねた。

「どうって、いつも通りだけど」と真冬は答える。

「最近、若とか来てんの?」と、うちは若杉佑紀の話題を振ってみた。

彼女もこの店を贔屓にしていてよく来ているはずだったから。

 

「それがね、若は最近来なくなって、浮気されてるの」と真冬は言った。

「えっ、そうなの、前は2週間に一度くらいは来てたのにね」とうちは飲み物を飲みながら言った。

「そうなの、なんか来ないからどこいってんのかと思ってたら、こないだ吉野家で見かけたの」と真冬。

「吉野家かぁ、うちもたまには行くよ、コスパがいいからね」とうちは答えた。

「でも、なんか若ったらよくわかんない人達とコスプレパーティみたいなのしてて」と真冬は心配そうに呟いた。

「えっ、そうなの、若も色んなことに手を出すかんねー、今はコスプレにハマってんのかな?」とうちは適当に合わせた。

「そうなの、今日も絶対その辺の吉野家にいると思う、あとで見にいってみる?」と真冬はうちに尋ねた。

 

うちは飲み物をテーブルに置いてからバッグの中から銀色のスプーンを取り出してケーキを食べ始めた。

真冬はその様子に驚いたようで、「えっ、マイスプーン持ってるの?」と大きな声を出した。

 

「うん、なんかね、これ幸運のスプーンなんだって、いつ買ったのかうちも忘れたけど、家にあったから愛用してんの。

 あとごめん、今日はねー、ちょっと用事があってね、なんだとおもう、実はさー、この間申し込んでた、

 児玉坂46のバースデーライブの抽選当たっちゃったんだよね、久々のヲタ活だからちょっと楽しみなの」とうちは告げた。

 

「えっ、二つの会場で同時中継みたいなのするって噂のライブのやつ?」と真冬は驚いていた。

どうやら彼女もライブに行きたかったらしいが、バースデーライブは抽選なので当選しなかったみたい。

うちもいつの間に抽選に申し込んでたのか忘れてたし、さすがにこれ当たったのは結構運を使い果たした感はあるんだけど、

まあ当たったものはありがたく楽しませてもらっとこうかと思って。

 

 

そんなこんなで、うちはケーキを食べ終えてライブ会場に向かった。

 

 

 

・・・

 

うちはそうして児玉坂46のライブ会場に辿り着いた。

ちょっと天候は悪かったけど、児玉坂46には誰か雨女がいるから仕方ない。

毎年夏のライブは天候が悪くなるのは恒例なので、うちらもそれは覚悟して挑むわけ。

 

今年のバースデーライブはどうやらチェックを強化してるのか、

荷物検査や金属探知機はもちろんのこと、身分証の確認も行われるみたい。

チケットを転売する人がいるから、まあそれも仕方ないのかもしれないけど、

身分証忘れた人は会場に入れなくなるから、それもちょっとかわいそうな気もするけどねー。

でもまあ、大事なアイドルのイベントの日に忘れ物をする人も悪いのかもしれないし、

とにかく、うちはちゃんと家を出るときに身分証持ったから何の心配もないけどね。

 

会場前はたくさんの人で溢れかえってた。

なんか4、5人で固まって来てる人たちもいたし、

一人で寡黙に参加してるヲタの人もいるし、それはまあ人それぞれ。

ヲタっぽい人も、リア充っぽい人も、みんなで楽しめるのがアイドルのいいところ。

中にはアニメコスプレをしてるような人もいるし・・・。

 

「あれ、あっ、若?」とうちは思わず声をかけてしまった。

そこにはノギダムのキャラクターのコスプレをした若杉佑紀がいたから。

 

「えっ、あ、こ、これは違うの!」と若はこっちを見て恥ずかしそうに叫んだ。

何が違うのか、うちにはさっぱりわからなかったが、彼女的にはあまり見られたくなかったのか。

 

「お、お芝居の練習なの、将来のためなの、別にコスプレしたいとかそんなんじゃなくて」と若は言った。

「そうなの、うちは別に何も気にしてないけど」とうちは率直に言った、そんなの別に人の自由だと思うから。

「認めたくないものだな、コスプレをしている自分が、友人に出会ってしまった現実というものを」と赤い服を着てる人が言った。

きっとノギダムの名セリフをもじったものだろうが、うちにはその意味は良くわかんない。

 

とりあえず、うちは若がどんな趣味を持ってても友達であることをやめたりしないし、

ここで会ったのも何かの縁だと思い、一緒にライブ会場への道を進んで行った。

若は少し恥ずかしそうに俯いていたが、ノギダムのコスプレをしている2人の男達は、

「アフロ・レーだ、こっちはシャー・アスナベルか!」と周りから騒がれていた。

どうやら彼らがコスプレしていたのは、初代ノギダムの有名キャラクターらしいのでやけに人気もあり、

周囲の人々も珍しいものを見たようにヤジを飛ばしたりしていた。

それに応えるように、2人は少し調子に乗りながら浮かれた様子で、

何やら名セリフをもじりながら大声でやり取りをしていて、

うちみたいに何も知らない人からすれば、彼らの行為は少し迷惑だと思った。

それでも彼らも児玉坂46のヲタだと思ったので、うちは共通の話題を振ろうと思い、

「今度の個握の券当たったー?」と尋ねたが「当たらなければどうということはない」とシャーには謎のセリフを返された。

アフロと呼ばれる方は、こっちは何も聞いてないのに「アフロ、いっきまーす!」とよくわからないことを言う始末。

多分、個握に行くって言う意味だったのかもしれないけど、真相はよくわからない。

うちは友達の趣味をとやかく言うつもりはないけど、やっぱり若は少し付き合う人を選んだほうがいいとは思った。

児玉坂46も人気になりすぎたので、こうした厄介ヲタも増えて来たのだと思うけれど、

どんな理由があれ、結果的に迷惑をかける行為はやっぱり許されないと思う。

世の中に色んな人がいるのは理解できるし、まあうちもあんまし偉そうに言えたことじゃないけどさ。

 

ライブ会場の入り口へ近づき、荷物検査をしている箇所へ差し掛かった。

若はバッグの中から大量に入ってた割り箸を取り出されてて、スタッフの人に不思議そうに眺められてた。

あと、コスプレのウィッグを外すように言われててちょっと恥ずかしそうにしてたのがウケた。

男達は相変わらずふざけてて、シャーの方は「見せてもらおうか、運営スタッフの実力とやらを」とか言いながら、

アフロの方はカバンの中のカメラを没収されてて「たかがメインカメラをやられただけだ」とか言いながら、

もう一個サブのカメラを取り出したので、それも没収されてた。

シャーの方も、結構迷惑な感じにウザかったので運営の偉い人もマークしてたみたいに見えた。

無線機を飛ばしながら指示を出してるみたいで、彼はブラックリスト入りしてしまったかもなんてうちは考えてた。

結局、その人は荷物検査で結構時間かかってた(マスクを外したり何やかんや)。

 

 

うちも荷物検査でカバンチェック受けて、金属探知機を身体に当てられたんだけど、

その時に腰のあたりでピーって音がなっちゃったの、「ベルトしてますか?」って聞かれたけど、

ポケットの中に手を入れたら、あのお守りのスプーンが反応してただけだった。

うちはそれを取り出して見せたんだけど、余計なもの持ってたからスタッフさんがそれ入念にチェックしてて、

「他にも何か持ってますか?」って追求されてきて、うちは持ってないって答えたんだけど、

スプーンが反応しちゃっただけに、スタッフさんもわざわざ追求しなきゃいけない規則なんだろうね。

なんかもうめんどくさいなって思っちゃったうちは、そのスプーン要らないですって言っちゃった。

別にいつ買ったのかも忘れたし、変に怪しまれてめんどくさいの嫌だからさ。

それだけ言ったら、スタッフさんもうちのこと信じてくれたのか、もう余計な追求しなくなった。

だからうちはそこを普通に通り過ぎたの、まあ元々そんなに余計なものは持って来てないから当然っちゃ当然なんだけど。

 

うちが通り抜けた横では、まだシャーはマスクについてなんか持論あったみたいで、

「マスクをしている訳は分かるな?私は過去を捨てたのだよ」とかなんとか言ってたから全然進んでなくて、

運営さんもちょっと困った顔して苦笑いしながらこんな厨二病の相手して本当に大変な仕事だなとうちは思った。

アフロの方もカメラ何個も持ってたから相当怪しまれたみたいで、見てたら結構問い詰められてた。

もう詰問されすぎてて、ここで相当ヘロヘロになって疲れちゃってたみたいだったから、

もうこの先に入れなくなるんじゃないかってところで、先に通過してた若がなんとかスタッフさんを説得してくれたみたいで、

アフロはどうにか荷物検査をクリアして若と合流してたけど、なんか顔見たらもう半泣きみたいになってて、

「ごめんよ、まだ僕には帰れるところがあるんだ、こんなに嬉しいことはない・・・」って感極まってた。

うちも合流した時に「わかってくれるよね、ララーにはいつでも会いに行けるから」ってよくわかんないこと言われた。

もうなんかウザすぎて、こんな大人にだけは絶対なりたくないなって、うちは密かに思ってた、でもそれも顔に出てたかも。

 

 

まあこんな感じで、何とか全員で荷物検査を抜けたんだけど、どうやらあの人達が騒ぎすぎたせいで、

多分、これは運営の偉い人に目をつけられたんだとうちは密かに気づいてた。

いつの間にかバレないように四方を取り囲まれてて、みんな無線機で何やら指示を出しながら話をしてる。

ライブ会場に入るだけでなんでこんな事にならなきゃいけないのかと、うちはなんかもうウンザリしてたの。

でも若には悪いけど、万が一の時には、うちはこの人達は知らない人だと言って逃げ切ろうと思ってた。

だって楽しみにしてた児玉坂46のライブを、こんな形で不参加になるのは絶対に惜しいから。

 

その辺りから、うちは一人の世界に入ったように見せるために、

バッグからヘッドフォンを取り出して耳に装着した。

音楽を聴いているふりをしながら、そんな感じで自然に、

バレないように少しずつ彼らと距離を取り始めたの。

進んでいくと、身分証とチケットを提示する箇所に差し掛かって、

うちはそこでも巻き込まれないようにと思って、一人で端っこの係の人のところへ進んだ。

赤い服を着てたシャーは、うちから見て3mくらい横の係員のところで、

身分証の提示をしながらまたマスクとヘルメットを取るように言われてた。

 

若も本当に災難だなと思いながら、うちは財布の中から身分証を取り出して係員の人に手渡した。

その人は女性だったけど、何だかうちの顔と身分証を何度も見て、どう言うわけか無線で誰かに話しかけた。

すぐに近くにいたゴツい男の人がやって来て、うちの身分証を手にとってまたうちの顔と見比べ始めた。

うちは意味わからなくて変な汗をかきながら唾を飲み込んだ。

ヘッドフォンを外さなきゃいけないのかと思って両手を耳に持っていった時、

うちは信じがたい言葉が発せられるのを聴く事になった。

 

「すいません、残念ですが、お客様は入場をお断りさせていただいております」とゴツい男はうちにそう告げた。

意味がわからなくて、うちは文句を言ってやった「だってあのコスプレしてる人達は友達でも何でもないんです、

うちは一人でこのライブに参加するんです、何で、どうして、なんでうちが出禁なんですか!!?」

 

「坊やだからさ」とヘルメットを被り直したシャーがボソッと呟くのがうちの耳には聞こえた。

シャーは一瞬こっちをチラ見して微笑んだ気がしたが、うちにはその意味は全くわからない。

 

でも、その後のことを、うちは忘れもしない。

赤い服を着たシャーはどう言うわけか何も言われずにそこを通り抜けた。

うちだけがゴツい男に肩を掴まれて、カバンも取り上げられて、身分証を返してくれもしなかった。

「なんでうちが・・・意味わかんない、ちょっと、若、助けてよ若」とうちは叫んだけど、

若も俯いた表情のままでどうすればいいのかわからなかったのだと思う。

 

うちはそんな感じで、よくわからないまま複数人に肩を抑えられてしまった。

顔面蒼白になって連れていかれる時、敬礼をしていた赤い服を着たシャーの姿が目に入った。

何のセリフかうちにはわからなかったけど、彼はきっとうちのことを言ってたのだと思う。

 

「聞こえていたら、君の生まれの不幸を呪うがいい。

 君は若にとっていい友人であったが、カサヲ君がいけないのだよ」

 

うちはこの時に全てを理解した。

そうか、うちはまたカサヲに、うちにそっくりの彼に間違われているんだ。

もしかしたら、うちは運営の人からも、カサヲと思われちゃったのかもしれなかった。

 

「違う、それは赤の他人だから、うちはカサヲじゃないから」とうちは抵抗して見せたけど、

数人の男達に抑えられてしまうと、もううちにはどうすることもできなかった。

そのうち、赤い服を着たシャーの高笑いがうちの耳にまで届いてきて、

うちは思わず「謀ったなシャー!」と叫んでヘッドフォンを投げ捨ててしまった。

彼はきっとうちがこうなることを出会ったときからわかってたに違いなかった。

 

だけど、そんなことをしてもどうにかなるものでもなかった。

うちはやがて抵抗する力もなくなって、複数人に引きずられるようにして別室へ連れて行かれた。

赤い服を着たシャーはうちを見送りながら、もう会場側を向いて、また最後に何かを呟いていた。

 

「認めたくないものだな、自分自身の・・・いや、もう1人の人格の、若さ故の過ちというものを」

 

 

ー終幕ー

 

 

 

 

 

 

 

 

人間という悪鬼 ー自惚れのあとがきー

 

 

今まで一人でなんとなく適当に感想を書き続けてきた筆者ではあったが、

長くやっていると、時には不思議な人もいるものであり、

こんな筆者にインタビューしたいという変わり者と出会った。

今回のあとがきは、そんな彼とのインタビューという形式で進めたいと思う。

新しい試みではあるが、読んでいただけると嬉しいです。

 

 

・・・

 

 

——久しぶりに書いた中編小説という事でしたが、また一つ奇怪な作品を作り上げましたね、これはどうしてですか?

 

筆者 ありがとうございます。

   毎回、いい意味で読者の期待を裏切りたいと言うのが自分の中であって、

   綺麗な作品もいいですけど、ちょっとあまり一般的でない物を書きたいと思っていました。

   それが今回の「人間という悪鬼」という形になって生まれてきた感じです。

 

——どうしてまた、こんなに気持ち悪いものを書かれたんですか?

 

筆者 ありがとうございます、それは私にとってすごい褒め言葉ですね(笑)

   カサヲを主人公として一つ書きたいという構想自体は1年前くらいからありました。

   最近ではこういうヲタ系の話も増えてきてる世の中だとは思いますが、

   まだまだ一般的ではないと思いますので、一つすっごく気持ち悪いものを書きたいと思っていました。

   読んでいてすごい気持ち悪いんだけど、何となくそれだけでは終わらなくて、

   最終的にはちょっと「キモ可哀想」みたいな感じに展開するものをっていうイメージはあったんです。

   ストーリー自体は今回、改めて考えましたけど、構想自体はずっと前からあったので、

   それがやっと具現化できたという感じですね。

 

——確かに最初のうち、読み始めはすごいカサヲが気持ち悪くて耐えられないんですけど、

  最後の方になってくると、だんだんカサヲも根っから悪いやつじゃないなって感情移入してくるというか・・・。

 

筆者 そうですね、そう感じてもらえてればこちらの意図通りではあるんですけどね。

   でも、本当にそんな風にうまく書けてるかはわかりませんけどね、いつも不安ばっかりですから。

 

——何をそんなに不安に感じられているんですか?

 

筆者 まず、カサヲはガチヲタですし、筆者は彼とは価値観が違うので、そこが難しいと思っています。

   カサヲは偉そうに俺流みたいな意見をドンドンというのですが、筆者はそういうタイプでもないですし、

   また、本当の意味でガチヲタってこんな感じなのか、イメージを膨らませたりして書いてみましたけど、 

   本当は全然的外れなところもあるかもしれないと思っています。

 

——握手会の描写とかは、実際に現場で見られた経験から書いているんですか?

 

筆者 そうですね、でもやっぱり私はカサヲから言わせると永遠に新規ヲタかもしれないですけど、

   物販レーンとかには朝から並んだこともないし、全国握手会ではライブが一番コスパいいと思うので、

   その辺は全く彼とは価値観が違いますし、だからあえて真逆を書いてみた感じですね。

   だけど前日入りとか、ブルーシート敷いてとかの場面も想像でしかないし・・・。

   トレーディングの場面に関しては、実際にその場に行ってトレーディングに参加してみて、

   それでそこにいる人たちを観察して書いた感じです、実際にカサヲみたいな人に偉そうに説教されました。

   だってレートとか全く知りませんでしたし、最初はカモられましたね、仙人みたいな人もいて、

   あの場所は意外と面白いですよ、フィールドワークとかは私は好きなんですけど、

   人々の欲望渦巻くエネルギーというか、なんか熱気がすごくて夏場はサウナみたいですよね(笑)

   でもその場で耐えられるカサヲみたいな人はある意味ですごいタフだと思います。

 

——じゃあ実際にチケホルに写真入れてみたりとかしたんですか?

 

筆者 ごめんなさい、そのあたりはもう観察と想像です。

   実際にはチケットホルダーを買ったこともないですし、握手券も2、3枚もあったら十分と考える方で、

   そもそも「チケホル」なんて略称で呼んだこともないです、なんか照れますよね。

   でもカサヲのセリフを書くときには、できるだけ四文字に収まる略語を意識しました。

   ピンチケとかキンブレとか、使ったこともない言葉もリサーチしましたけど、

   使い方があってるのかわかりませんし、その辺は書いたけど実際は自信がないものなんです。

 

——では逆に、この物語と筆者さんが近いなと感じるところはありますか?

 

筆者 実体験を書いてるのは肉のシールを貼る仕事ですかね。

   あれは昔3日だけ体験した派遣バイトで実際にシール貼りやってたんです。

   やったー、こんな絵に描いたような非人間的な仕事をやれるチャンスを得られるなんて、って楽しんでました。

 

——辛くはなかったんですか?

 

筆者 実際には時間も長くてつまらないんですけど、

   こんなつまらない仕事を経験できたことは何かの役に立つとは考えていました。

   もうこんな仕事はやりたくないぞって奮起できるとか、こんな小説を書く時には役立つとか。

   そういう経験できることが好きなので、辛いばっかりでもなかったです、3日間だけでしたし。

 

——他には近いなと思う部分はありましたか?

 

筆者 あるとすれば、カサヲが過去を暴露する場面で感じる悲しさとかですかね。

   筆者は彼みたいにいじめられたりすることはなかったですけど、

   誰かがいじめられるような現実がこの世にあるってことが嫌でしたし、

   それをどうにも解決できない自分の無力さも嫌いでした。

   世の中って無情だなと思うことは多かったし、それがやっぱり作品に反映されてる気はしますね。

 

——他にも過去作も読んだことがあるんですが、筆者さんの作品に通じてる感覚って、

  どこか弱者への共感とか、社会から疎外される者へのいたわりみたいな感じがするのですが。

 

筆者 ありがとうございます、そうかもしれませんね。

   多分、反社会的な勢力の方々って、一般的には認められないし、疎外されると思うのですが、

   誰もそうなってしまった理由に目を向けることがないような不満はあります。

   それを認めることがタブーのような風潮があって、被害者の立場からすればそれは許されないと。

   実際、罪を犯してしまった人が許されるべきだとは思いません。

   ですが、そこに至るまでにその人自身のプロセスに何があったのか、

   もしくは生まれながらにして不平等な世界で、劣等感を持っている人がいて、

   もちろんそれを堪えてみんな生きてるわけですが、なぜそうなってしまうのかの理由を考えなければ、

   問題解決にはならない気がするんです、結果に対して感情論でぶつかるのではなくて、  

   プロセスを観察した上で、そうならない方向へ考えていかなければ人々は救えません。

   実際、カサヲだっていじめにあってなければ、あんなにひねくれることもなかったかもしれません。

 

——カサヲは随分とひねくれているというか、自己主張が強いですね。

 

筆者 自己主張が強いって言うのは、他者から認められない飢餓感が発端だと思います。

   原因があるから結果があって、ただ実際にカサヲの論理はかなり破綻していて、

   時々何を言ってるのかわからない時もありますが、それも彼らしさと言うか、

   一般社会の正論では勝てないから、独自の論理を組み立ててそれを殻に閉じこもって守ろうとする。

   なんか一見すごそうなことを言って、実は何を言っているのかわからないという、

   そう言う感じでセリフを吐かせることには苦心しました。

 

——彼のセリフを書くのは難しかったですか?

 

筆者 最初はかなり難しかったです、彼の論理に合わせることも難しかったし、読むこともしんどかった。

   筆者はいつも主人公の気持ちを考えながら、彼や彼女だったらどう考えるのかを探します。

   言うなれば主人公の気持ちを憑依させて書くようなことを常に意識しているんです。

   ですが、カサヲの場合は自分とは感覚的にかなり違うところにいる人なので、

   どうしてこんな論理になるのか、それに合わせることが心情的に気持ち悪かったんです。

   読んでいても彼の自慢げな口調に腹が立つし、書いていてもかなり不快になりますし、

   例えるなら、運転が荒い人の車の助手席に座るような感じです、かなり酔ったので、

   本当に書き始めてからしばらくして書くのを一旦中断しました、なんだか自分がおかしくなりそうだったので。

 

——そうなんですか、でも苦労しただけあって、セリフはカサヲっぽさが出たんじゃないですかね。

 

筆者 そうだと嬉しいんですけどね。

   今回、実は地味に結構辛かったのが顎でして、非常にくたびれました。

   いつもセリフを書く時に、自分でキャラの方言とかアクセントを真似て音読してみるんです。

   その感覚があっていればOKで、違っていれば書き直したりもしています。

   でも今回はカサヲだったので、音読するときに全部顎を前に出しながら読み上げて確認していました。

   それってやってみたらわかるんですけど、めちゃくちゃ顎が疲れるんです。

   実は書くよりもこっちの方が疲れたと言うか、坂田花沙もカサヲになった後は、

   絶対に顎がかなり疲労していると思うんですけど、彼女はそう言う意味ではすごいですね。

 

——そんな裏話があったんですか、読んでいるだけでは気づきませんでした。

 

筆者 別に気づく必要もないことですけどね(笑)

   一度顎を前に出して音読してみるとわかりますよ。

   それで気持ち悪い感じに聞こえたらそのセリフはOKだと言うわけで。

 

——さて、本編に話を戻しますが、この小説って他と少し違うのは、主人公の語りにあまり真実がないことですよね?

  基本的に彼の感覚は客観的な真実からはずれていて、本当に彼の言うことを信じながら読んだら面白さがわからないと言うか。

 

筆者 その通りですね、それは書いていた途中から気づきました。

   例えばえりりんが元気ないように見えたのは、彼がみなぽんのチケホルをつけたまま握手に望んだからなのですが、

   カサヲ自身はそれに気づいても自分が間違ってたとは認めない、さらっとごまかそうとする。

   真実はほとんどカサヲとは別のところにあって、そのズレを認めながら読まないと面白くないですよね。

   だって彼は偉そうにチケホルを換えるのはマナーだと言いながらも、握手会前には風呂に入ってこない。

   めちゃくちゃなんですけど、自己正当化が激しいからそれを悪いとは認めませんし、

   そのズレに気づかないと笑いに繋がらないから、ちょっと書くのが難しかったところもあります。

 

——カサヲ以外のキャラクターについてはいかがですか?

 

筆者 今回はそれほど他のキャラにスポットは当たりませんでした。

   カサヲのもう一つの人格である坂田花沙は登場しましたが、

   割とかわいそうな結末に進むだけの犠牲者になってしまいました。

   でも彼女はそういう役で美味しい場面を作れてしまうキャラなので、

   こうなるのは必然というか、本人はいい子だと思うんですけどね、

   こんなキャラを引き受けても自虐で笑い飛ばそうと頑張ってますし。

   本編で語りが坂田花沙にバトンタッチされた後も、

   無情にもカサヲから彼女に引き継がれたのは、

   彼女もまた客観的真実を知らないと言う視点でした。

   誰も彼女自身がカサヲだとは教えてくれないし、

   自分がブラックリストに載っているとは夢にも思わない。

   若杉が助けてくれない理由もわからない。

   彼女は至極真っ当な人物でありながらもこの滑稽さを受け継いでしまったのが、

   今回のおかしみではありますし、彼女はとても重要なオチを引き受けてくれました。

   でもまあ、今回のメインはカサヲでしたし、彼は終始孤立してしまいました。

   みんな自然と彼を避けてしまうので、どうしようもなかったんです(笑)

   誰も彼を相手にしてくれない中で、構ってあげられるのは演加ちゃんと明日奈ぐらいだと思いました。

 

——あの場面のカサヲも気持ち悪かったですね(笑)

 

筆者 そうですね、自分でも書いていて本当に吐き気がしました。

   でも、吐き気がするんだと言うことは、きっと正しいことを書いてると言う気もしていました(笑)

   おそらくカサヲだったら彼女が現れたら「天使降臨」と言うだろうなとか。

   ですが、この二人を登場させたのは筆者の気まぐれでもありますけどね。

   演加ちゃんはなんでも無邪気にポジティブに変えるし、明日奈はなんでも意図的にネガティブに変える。

   どうしてこんな正反対の気質の二人が一緒にいるのか、その間に挟まれるのも面白いなと思って書きました。

   気まぐれという意味では、吉野家のコスプレ3人組もそうですね。

   本編とは全然関係ないですが、吉野家のCMは最近とても面白かったネタなので、

   ストーリー関係なくこれは書きたいという気持ちが優ってしまいました。

   若杉佑紀の場合は結構これが多いです、彼女はいつも新境地に踏み出すので、

   いつも楽しく笑わせてもらっていますし、それをネタにして書きたくなってしまう。

   何のことか分からない人は、まずあの吉野家のCMを観て欲しいですね。

   最後に個人的にシャーばかり活躍させてしまったのは、最後のシーンがうまくハマったからです。

   分かる人には分かるラストシーンになっていますが、分かる人がどれだけいるのか・・・。

   極めて個人的な遊びの展開となってしまった感じはありますけどね。

   申し訳ないのは、結果的に物語のオチに加わりましたが、若杉自体はあまり活躍させられませんでした。

   それは結局、あの3人組を登場させたのも、筆者の気まぐれ衝動から始まったのがきっかけだったからです。

 

——でも若杉佑紀が出てきたから、あの月の少女も出てきたわけですね?

 

筆者 そうですね、彼女はきっと店外から若杉を見てると思いました。

   そういう想像の中で勝手に繋がってくる部分があってキャラクター自身から物語に入って来るときもあります。 

   彼女の設定は前作の「新月の大きさ」から繋がっていて、一人になってもまだスプーン売ってるわけです。

   掃除という仕事から解放されてスプーン販売を始めたのに、もう若杉はまた新たなことをしていて、

   自分は取り残されても孤独にスプーンを売り続けているわけです。

   そして彼女は販売力があるので、結局はあんな風に売れてしまうんですね。

   それにしても、すごく小悪魔キャラにしてしまったので、心外ですって怒られて、

   月に代わってお仕置きされてしまうかもしれません。

   とにかく、彼女の箇所なんかは想像力を膨らませて他の作品とつなげて読んでもらえると楽しめます。

   まあ、ある意味で私が結構投げっぱなしに書いている感じもあると思いますが。

 

——筆者さんの作品って、基本的に多くをきっちりと書かないですね、おそらくあえてそうしているというか・・・。

 

筆者 ちょっと卑怯なんですけど、現実世界で読者が知ってると思われる情報は書いてませんね。

   本当に小説だけで完結させるなら、それは書かなきゃ完成しないだろうという箇所もありますけど、

   書くとあまりにもくどいと感じるか、みんなそれは知ってるでしょみたいな部分は書きません。

   だからこそ、読者はおそらく勝手に現実世界と小説の繋がりを探し求めなければならなくなって、

   トト子ちゃんの「顔だけ総選挙」ってなんだろうって現実世界とのリンクを探すわけで。

   知らなければ何のことかわからなくなる可能性もありますけど、書くと長ったらしくなるし。

   それが良いか悪いかわかりませんが、あえて飛ばしてますね、現実とリンクして合点してくださいって感じで。

 

——また今後は書いていこうという予定はありますか?

 

筆者 気持ちはあるんですけど、仕事が忙しいのでかなり難しいとは思います。

   長編はもうあまり書けないと自分では思っていますし、適当なやつなら書けるとは思いますが、

   いつも結局自分の中で納得できなくて、あまり同じような感じのものを書きたくなくて、

   まあ同じじゃんって思われてるかもしれないですけど、そこはやっぱりみんなそうだと思いますけど、

   少しでも新しいものを書きたいって思うと、やっぱり適当に書いて満足はできません。

   でも短編や中編で、程よい感じのネタとリサーチで書けるようなものを選びたいとは思っています。

   それだったら今後も書き続けることができるかもしれませんし。   

   

——いま現在で頭の中に何か構想はありますか?

 

筆者 今回のカサヲの話も含めて、前から貯めてきた構想はかなり書き終えることができたので、

   今の所ストックになりそうなのは1、2個くらいしかありません。

   でも、それはきっとインプットが足りないからで、調べることができればもっと構想も増えると思うのですが、

   最近はインプットする時間自体が足りないので、それもなかなか難しいですね。

   一つ、この夏に書こうとして諦めたのがありますが、それも空中分解しましたし、

   復活するかどうかはわかりません、登場キャラが多すぎたので書けなかったんです。

   仮タイトルだけは言いますが「三番目のガセ」っていうものでした。

 

——ってことは、もしかして三期生の話ですか?

 

筆者 そうなんですけど、申し訳ないですが、おそらくもう着手することはないであろう作品です。

   人数が多いので調べる時間が足りないのと、登場する量が多い子とそうでない子で差別みたいになるし、

   難しいですよね、本当はみんな書きたいんですけど、登場する量はネタベースにもなるし、

   でも嫌いな子がいたり優劣をつけたりしたいわけではないんです。

   そんな事を悩みすぎた結果でボツになってしまいました、申し訳ないですが。

 

——でも、そういう構想があったと聞かされると読みたくなりますね。

 

筆者 そう言ってもらえると嬉しいですけど、実はいくつもボツにしてるものありますよ。

   書き方によっては誤解されるかなとか、色々と考えると難しい作品もありました。

   タイミングを逃してしまった物なんかもありますし、それはどうしようもないというか、

   今更これを書いてもみたいなのはありますし、例えば四年後に「三番目のガセ」が完成しても・・・。

 

——それは確かに・・・忙しい中でタイミングよく発表するのも難しいんですね。

 

筆者 そうなんですよ、わかってくれますか(泣)

 

——最後になりましたが、今回はどうしてあとがきをこんな形式にしたんですか?

  まるでインタビューを受けてるみたいに見えますけど、これ自作自演で一人で書いてるだけですよね?

 

筆者 あれ、それ言っちゃいますか。

   そうなんですよ、あなたも私も筆者ですし、何のことはない一人遊戯なんですけどね。

   きっかけは雑誌を立ち読みしてた時にインタビュー形式だとなんか面白いなって思いまして、

   もしかすると、こんな風にインタビューされてるみたいに見せるだけで、

   なんかあたかも私がすごい人になったように読者は錯覚してくれるんじゃないかって思ったんです(笑)

   要するに、これもちょっとした気まぐれのお遊びというか、悪ふざけの一つにすぎないですよね。

   人間って日々多くの見せ方に化かされてることが多いんだよって皮肉りたかったと言うか。

   あと本当はこれ、動画にしたかったんです、一人でカメラで撮影してモザイクかけて声も変えて、

   途中でインタビューに怒り出して部屋を出てしまうっていう一人芝居をイメージしてました。

 

——どうしてそんなことをしようと思ったんですか?

 

筆者 単純に面白いかなと思ったんです、動画にしてここにはめ込んでみようかとか、

   一人芝居で怒り出したらシュールな笑いになるかなと思ったんですけど、

   やっぱりそれは面倒なのでやめましたけどね。

   他にも漫画を描く力があったらこの物語達の漫画化もしてみたいし、

   アニメを作る力があればアニメ化もしたいし、でもそんな力はないので、

   それを身につけようとしたら2年も3年もかかってタイミングを逃しますよね。

   だから想像は結構たくさんあるんですが、具現化できるのは小説ぐらいになってしまいます。

 

——奇抜すぎて引かれてしまうということは考えないんですか?

 

筆者 う~ん、それくらいやっぱり今までと同じことをやりたくない精神が強くて。

   なんか常に引かれるかもしれないけど、惹かれる人もいるかなとか思いながら、

   新しいことをして、楽しんで生きて行くのが自分らしいんですかね。

   このインタビューのアイデアは割と新しくて、三ヶ月前くらいに思いついたはずです。

   「新月の大きさ」の「森熱大陸」の自作自演に影響された点は否めないですね。

   あの子のぶっ飛んだ感覚は、個性的で割と好きなので。

 

——長くなりましたが、ありがとうございました。

 

筆者 こちらこそありがとうございました、あなたも私も同じ人ですけどね。

   このあとがきも含めてエンターテインメントだと思えば、こういうのもありかもしれませんね。

 

 

ー終わりー